18 初めてのキス
顔に光が当たり、眩しくて目を覚ます。
昨日はカーテンも閉めずに眠ってしまった。
体を起こして伸びをする。
空を見上げると雲ひとつないような快晴で、今日も暑くなりそうだ。
窓を開けると、鳥の囀りが聞こえて耳を傾ける。
『コンコン』
扉をノックされて、扉を開いた。
狼のバルドさんが座りながら片方の前足を上げていた。前足でノックをする姿を想像したら、可愛すぎて胸がキュンと高鳴る。
「バルドさん、おはようございます。あの、さっそくお約束のブラッシングをさせていただけないでしょうか?」
バルドさんを部屋に招き入れて、リュックからブラシを取り出す。
バルドさんは「ハフゥ」とため息に似た声で鳴いた。
目を輝かせてワクワクしている私に呆れたのだろうか? でも、狼の姿でしかブラッシングはできないし、仕事前の時間しかチャンスがない。
「ここに寝転がってください」
ベッドに手のひらを向けると、もう一度「ハフゥゥ」と空気をたっぷり吐き出した。
バルドさんがうつ伏せで寝転がる。
「すみません、パジャマを脱がしたいので、仰向けになっていただけますか?」
バルドさんは無言で体勢を変えた。
前足を曲げてジッと私を見つめる。
可愛すぎる。
「それでは脱がしますね」
ボタンを外して上の服を脱がし、ズボンも下げる。尻尾がピョンと飛び出してきて、再びうつ伏せになると私の手首に巻き付いた。
尻尾の先が揺れていて、撫でられているみたいで少しくすぐったい。
「始めますね」
バルドさんの少し硬い毛にブラシを通す。背中を優しくさするように梳いていくと、抜けた毛がブラシに絡んでいた。
引っ掛かりはないから毛玉はなさそうだ。
「グルグル」
バルドさんの喉が鳴る。
顔を覗き込むと、気持ちよさそうに目を細めていた。
幸せってこういうことなんだろうな、と頬骨が上がる。
「バルドさん、次はお腹を見せてください」
仰向けになったバルドさんの首やお腹も、優しくブラシを通す。
うつ伏せの時はリラックスしてくれたのに、今は私の顔から視線を外さない。
「気になるところはありますか?」
バルドさんはゆっくり首を振る。
体全体を梳かし終わると、バルドさんは起き上がってパジャマを咥えて私の前に置いた。
着ないと人になる時裸になっちゃうから、着させてってことなのかな。
バルドさんにパジャマを着せると、すぐに鼻先を突き出してキスをされる。
人になったバルドさんは大きなため息を吐いた。
「クレアは狼の俺の前で無防備すぎないか? 昨日の朝、俺の部屋でも思ったけど」
「無防備ですか?」
首を傾けると、大きく頷かれる。
「狼の俺だって、クレアのことが好きなただの男なんだって自覚してほしい」
バルドさんだってわかってはいるけれど、狼の姿はどうしても可愛いが心を占める。
「それともクレアはあっちの俺の方がいいの?」
「どっちもバルドさんなので、どちらが好きとかはありません」
バルドさんに肩を押され、背中をベッドに受け止められた。
私の顔を挟むように両手を付き、体を跨がれる。
バルドさんの後ろには、見慣れた天井があった。
覆い被さって、バルドさんは真剣な瞳で私を見下ろす。
顔にじわじわと熱が集まって、私は視線を彷徨わせた。
緊張と羞恥と少しの期待がないまぜになって、心臓が痛いほど高鳴る。
「俺の部屋で狼の時の俺も同じ体勢を取ったよね? その時は頬を舐めても、クレアは無邪気に笑っていた。この姿で同じことをしたら困るだろ? でも俺は狼の姿でもクレアのことを、好きな女性として触れている」
バルドさんは私の上から退いて、肩の下に手を入れると起き上がらせてくれた。
離れていこうとするバルドさんの袖をつまんだ。指先が震える。
下唇を噛んで意気込み、バルドさんを見上げた。バルドさんの綺麗な金眼に、眉を下げて口を引き結んだ情けない顔をした私が映っている。
バルドさんは「どうした?」と優しく声をかけてくれた。
「……困りません」
「ん?」
「わ、……私はバルドさんを好きだと言いました。だから困ることなんてありません。ドキドキしすぎてあたふたしてしまいますが、困っていません」
声は震えるし裏返るしで散々だけど、自分の気持ちは伝えられた。バルドさんに誤解をされたくはない。
バルドさんはとびっきり甘い笑顔を見せて、そっと私を腕の中に閉じ込める。
頬にリップ音を響かせてキスをされた。
体は密着したまま、吐息の混ざる距離で見つめ合う。近すぎて、精悍な顔が少しぼやけていた。
「クレア」
名前を呼ばれると、唇が触れる。
狼の時とは違い、すごく柔らかい。
狼のバルドさんとは毎日キスをしているのに、この姿のバルドさんとは初めてのキス。
私の気持ちを優先して、待っていてくれたのかな?
そっと離れると、バルドさんは私の肩に手を置いて首元に顔を埋める。
先ほどまで口に触れていたバルドさんの唇が首に当たり、熱い息遣いも鮮明に感じられた。
「そろそろ準備をしなければ。なんで今は朝なんだろう」
時計に目を向ける。
いつも朝食を作っている時間だ。
「続きは夜にしてもいい?」
耳元で低い声が囁き、鼓膜を震わせる。
私はただ首を縦に振ることしかできなかった。
手を取られて立ち上がり、バルドさんが「着替えてくる」と部屋を出て行った。
私も急いで着替える。
夜に続き? 緊張するけど、もっとバルドさん触れられたい。
先ほどのキスを思い出す。唇を触れ合わせたら、もっとバルドさんのことが好きだと感じられた。嬉しくて幸福感に満たされて、離れていく唇が名残惜しかった。
指先で唇に触れる。
扉を『コンコン』とノックされ、飛び上がるほど驚いた。
「クレア、先に行って食事の準備をしているね」
「待ってください。すぐに行きます」
扉を開けると、バルドさんは警備隊の制服に身を包んでいた。
手を握られて、階段を降りる。
一緒に朝食とお弁当を作って、声を揃えて「いただきます」と朝食を食べた。
「バルドさん、いってらっしゃい」
「いってきます」
家を出る前に、もう一度キスをされた。すぐに離れて、バルドさんは家を出ていく。
顔が熱くてポーッと閉められた扉を見つめていた。
すぐに首を振って、熱を追い出す。
「私も仕事をしなくちゃ」
麦わら帽子をかぶって薬草畑に水を撒き、枯れたものを間引きながら薬草を摘んでいく。
綺麗に洗って日陰に干し、掃除と洗濯を済ませる。
バルドさんが伝えてくれると言っていたけれど、私もお礼に行こう。
リュックに消毒液と傷薬を詰めた。バルドさんが怪我をした時のために、少し多めに保管しておいたものだ。警備隊の詰め所に持って行こう。
リュックを背負って街に向かって歩き出した。




