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17 浄化

 獣人の国を後にすると、広大な草原に出る。

 こんなにも速く駆け抜けているのに、隊列を乱さず全員が同じ速度で走っていることに驚いた。

 獣人の国の騎士団は、選び抜かれた精鋭たちばかりなのだろう。


 森が見えると隊列が変わり、私たちの前後を二列になって走る。森の道は狭いから、横に広がっては通れない。


 森に入るとすぐに、先頭の四頭が道を逸れて木の間を縫って駆けていく。

 後続するみんなは構わずに前へ進んだ。

 魔物を倒しにいったのかな?

 私には無事に戻ってきて欲しいと祈ることしかできない。


 しばらく進むと開けた場所で休憩を取る。

 みんな食べ物や飲み物を器用にポーチから取り出していた。

 まずはバルドさんにお水を飲んでもらう。私も一杯頂いた。


 王妃様の作ったサンドウィッチをバルドさんに差し出す。大きな口を開けて食べてくれた。

 二人で食べてと言われたから、私も一つ食べる。シャキシャキのレタスとふわふわの卵が相性抜群で美味しい。


「バルドさん、いっぱい食べてください」


 全部食べさせようとしたけれど、バルドさんはきっちり半分残して、それ以上は口にしようとしない。

 私はただ背中に乗っているだけだから、バルドさんに食べてもらいたかった。

 サンドウィッチを掴む手を、鼻先で押される。私に食べろと言っているようだ。


「ありがとうございます」


 バルドさんのお心遣いに感謝して、サンドウィッチを口にした。


 しばらくすると、道を逸れた四頭が追いついた。

 爪や口元に血液が付着していてギョッとする。


「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


 近寄って観察するが、返り血のようだ。


「助けてくださって、ありがとうございます」


 タオルで口元の血液を拭うと、みんながペコリと頭を下げた。

 充分な休息を取ると、再び二列になって走る。

 今度は別の四頭が道を逸れた。


 安全そうな場所で休憩をして、合流するとまた走る。

 お昼頃に池の臭いがする場所まで着いた。


「バルドさん、池ではなく、家に向かってください」


 私の声が届いたようで、池を素通りして家に辿り着いた。

 バルドさんが体勢を低くして、私は背中から降りる。


「みなさんありがとうございました。ゆっくりしてください」


 日陰を作るためにサンシェードを張ろうとすると、バルドさんが前足で私の足を控えめにつっつく。

 池に着いたらキスをして欲しいと言われたけれど、先に家に戻ってきてしまった。


 キスをしてってことなのかな?

 しゃがむと口が触れる。人になったバルドさんがサンシェードを張るのを変わってくれた。


「みんなありがとう。無事に帰ることができた」


 みんなは寸分の狂いもなく、揃って頭を下げた。


「そんなことしなくていい。日陰に入ってゆっくり休んでくれ」

「お水も飲んでください」


 全員の水筒に、冷たいお水を満タンにした。

 私がパンを焼いて、バルドさんが配っていく。

 みんなは申し訳なさそうに受け取り、バルドさんは困ったように眉を下げる。

 バルドさんは壁を作られているようで寂しいのだろうし、みんなは敬う対象のバルドさんに世話を焼かれるのに戸惑っている。

 難しい問題だけど、バルドさんはめげずに一人一人に声をかけながらパンを配った。


「バルドさんも食べてください」


 バルドさんを真ん中に座らせて、みんなで一緒にパンを食べた。

 少しでも距離が縮まればいいな。





 食べ終えると家の近くに咲いているクーニアの花を摘んだ。

 まだ瘴気の影響を受けておらず、香りも豊かだ。


「魔物が苦手な匂いの花です。安全に帰れると思います」


 私は近くにいたライオンのポーチに花を刺した。

 一時間ほど休憩をして、騎士団は獣人の国に帰っていく。


「着替えてくるから待っていてほしい」


 バルドさんはパジャマを着ている。

 服に着替えている間に、薬草畑に水を撒いた。

 準備ができると、エテールムを持って池に向かう。


 池に近付くにつれ、鼻が曲がりそうな臭いがする。

 手で鼻を覆っても、臭いは軽くならない。

 池に着き、エテールムの入った密閉容器の蓋を外す。


「これを池に撒けばいいの?」

「はい、それで浄化されるはずです」

「俺が行ってくる。クレアはもう少し離れていて」


 バルドさんが容器を取ると、池にエテールムを撒く。

 舞う粉末がキラキラと瞬いているように見えた。

 濁った池は元の透き通った水に戻り、瘴気も消え去った。

 木々も明るくなって、みずみずしい葉の色になった。


「こんな即効性があるんだな」

「魔法みたいです」


 おばあちゃんのお伽話では、魔女がエテールムを使っていた。魔法みたいに浄化ができるから、魔女が使っていたのかな?

 幻の薬草と言われるだけはある。


「バルドさん、ハーブの群生地も確認させてください。どれくらいまで効果があるのか知りたいです」

「ああ、行こう」


 ゆっくり森を見渡しながら進む。

 しおれていたクーニアの花が綺麗に咲いていたことにホッとした。

 黒ずんでいたハーブも、綺麗な緑色に戻っていた。


 少しだけ森の奥も見て回ったけれど、クーニアの花は存在を主張するように誇らしげに咲いている。

 耳の近くで虫の羽音がして驚いて仰け反ると、バルドさんが体を支えてくれた。


「大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます。森も元通りみたいですし、これで安心ですね」

「ああ、帰ろう」


 バルドさんに手を握られて家へ向かう。

 森が元通りになり、久しぶりに穏やかな気持ちで森を歩ける。


「バルドさんのおかげで、森が元通りになりました。ありがとうございます」

「俺は獣人の国にエテールムがあるって教えただけだよ。クレアが浄化の方法を調べてくれたから、元に戻ったんだよ。ありがとう」


 顔を見合わせて笑う。


「私とバルドさんが一緒だったから、浄化できたんですね」

「そうだね。二人だったから元に戻すことができた」


 二人一緒なら、どんな困難も乗り越えられるような気がする。

 バルドさんが隣にいてくれることは、とても心強い。





 家に着いたのは夕方で、ソファに座って体を休める。


「明日の朝仕事に行って、浄化できたことを協力してくれたみんなに伝えるよ。今日はゆっくりしよう」


 パンとサラダを用意して、簡単に食事を済ます。

 お風呂に浸かると、疲れが癒えていくようで自然と瞼が降りた。眠ってしまいそうで、慌ててお風呂から出る。

 着替えてリビングに行くと、バルドさんに頭をポンポンと撫でられる。


「眠そうだね。部屋で寝ておいで」

「はい、そうします。お先に失礼しますね。おやすみなさい」

「おやすみクレア」


 手であくびを隠しながら階段を登り、自室に入るとベッドにダイブする。

 バルドさんの部屋とは違って、少し硬くて狭いベッド。

 小さな頃からこれが当たり前だったから、私はこのベッドが一番寝心地がいい。


 バルドさんにとっても、バルドさんの部屋が居心地のいい場所であって欲しい。この家のことも自分の居場所で、安心できる場所だと思って欲しい。

 目を開けていることができず、泥のように眠った。


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