16 穏な眠り
早朝から活動して眠たいはずなのに、緊張で目は冴えてしまっている。
瞼を閉じても眠れそうになくて、首だけバルドさんの方に向ける。
バルドさんとばっちり目が合って頬が染まる。
「眠れない?」
「はい」
「俺も」
バルドさんは眉を下げてはにかむ。
短い言葉の中で、バルドさんも同じ気持ちなのかな、と照れくさくてむず痒い。
顔の半分まで布団に潜り込む。
バルドさんがこちらに手を伸ばした。
「手を繋いで眠ってもいい?」
私はそっと握った。バルドさんが力強く握り返してくれる。
大きくて温かくて安心できる、私の大好きな手だ。
「クレアの手は小さくて優しい手だね」
「優しい手、ですか?」
首を傾けると、バルドさんがゆっくりと頷く。
「人のために一生懸命薬を作っている、優しい手だよ」
私の手は薬草を洗うから、水で少し荒れている。短く切り揃えた爪は、薬草の色が移っていてあまり綺麗とは言えない。
そんな手を褒められたのは初めてで、自分の手が誇らしくなった。
バルドさんの言葉は私の心を満たしてくれる。
「ありがとうございます」
心が温かくなると、体まで熱が回るようで急に眠気がやってきた。瞼を開けていられず「おやすみ」とバルドさんの声に返事をできたかわからない。眠りの中に落ちていく。
振動と呻き声が聞こえて、無理矢理瞼を持ち上げる。
目の前には大きな狼がいて、バルドさんと一緒に眠ったことを思い出す。
私の手に硬い肉球が乗せられていた。眠っても手を繋いだままだったんだな、と顔が綻ぶ。
バルドさんの顔を見ると険しくて、グルグルと喉を鳴らしいた。
怖い夢を見ているの?
バルドさんに近付き、体に手を回す。背中をさすって「怖くないですよ。大丈夫ですよ」と声をかけ続けた。
次第に表情が和み、穏やかな寝息と可愛らしい寝顔を見せてくれた。
私はバルドさんが怖い思いをしないように、寝落ちするまで背中をさすった。
顎をくすぐられたような感覚で目を覚ます。
目を開けると、バルドさんとピッタリ引っ付いていた。
抱きしめて眠ったようで、私の腕がバルドさんの背に回っている。
くすぐられたと思ったのは、バルドさんの耳が顎に触れたからだ。
腕を離して顔を見る。バルドさんはベッドに寝転がって、ジッと私を見つめていた。
「おはようございます」
頭を撫でながら声をかけると、頬擦りされた。
硬めの毛が少しくすぐったくて、甘えるような狼のバルドさんが可愛くて口元が緩む。
バルドさんは起き上がって私の顔の横に前足を付き、足を跨いで後ろ足をついた。
覆い被さられて、頬を舐められる。
パジャマの中で尻尾が揺れていた。
もう一度頬を舐められ、私はバルドさんの耳の付け根を撫でる。
バルドさんは「ワフー」とため息のような鳴き声を出して、私の上から退いた。
「撫で方がダメでしたか?」
バルドさんは小さく首を振る。
外は日が登り始め、淡い光が部屋に差す。
「温室に行きましょう。着替えますね」
バルドさんは部屋を出ていく。
待たせるわけにはいかないから、手早く着替えて髪を一つにまとめて部屋を出た。
扉の傍にバルドさんが座っていて、すぐに立ち上がって歩き出す。私はその隣に並んだ。
温室に入ると庭師がいて、乳鉢と乳棒を用意してくれていた。
乾燥させたエテールムをすり潰すのも手伝ってくれる。
バルドさんは落ち着かない様子でウロウロしていた。
すべてを擦り潰し、密閉容器にしまう。
「ありがとうございました」
「こちらも持っていってください」
昨日のうちに乾燥させたものを、粉末にしていてくれたようだ。私がすりつぶしたものは、昨日の夜に乾燥機にセットしてくれたものらしい。
使える量が倍になった。これだけあれば、池の浄化は充分だろう。
「ありがとうございます」
バルドさんが吠えると、庭師は目を潤ませて深々と頭を下げた。お礼を言ったのかな?
私も頭を下げてから温室を出た。
中庭を駆けて階段を下りると、動物たちがずらりと並んでいた。ライオンやチーター、クマやサイといった強そうな動物ばかりだ。
みんな青い服を着ていて、お城の旗と同じマークが襟に刺繍されていた。胴にはポーチを巻き付けている。
王様と王妃様、アークス様とイヴリン様がお城から出てくる。
「サンドウィッチを作ったから、休憩の時にバルドと食べてちょうだい」
「ありがとうございます」
王妃様からサンドウィッチを受け取ってリュックにしまう。
「道中はうちの騎士団が護衛をするから」
王様の声で、動物たちは短く吠えた。
持ってきたクーニアの花は少ししおれている。花の匂いが薄れているかもしれないから、すごく心強い。
「気をつけて帰るのよ」
イヴリン様に両手を包み込むように握られた。私は「ありがとうございます」と頷く。
「みんな、バルドとクレアを頼んだ!」
アークス様が叫ぶと、士気を上げるように動物たちが一斉に吠える。
バルドさんが体勢を低くして、私はその背にまたがった。
「また二人で帰ってくるのよ!」
「はい、次は美味しいものをいっぱい食べて、いっぱい遊びたいです」
動物たちが私たちを囲うように隊列を組む。
バルドさんの「アオーン」という遠吠えを合図に、駆け出した。
私は落ちないように、バルドさんの首にしがみつく。
道の端では獣人たちが膝をついて頭を下げていた。




