15 家族団欒
バルドさんの話を聞いていると、扉がノックされた。
バルドさんが扉を開けると、可愛らしいウサギがペコリと頭を下げる。
バルドさんは何度か頷いて「わかった」と言うと、ウサギはまた頭を下げて部屋を離れた。
「クレア、食事の用意ができたそうだ。食べに行こう」
外を見ると、日が沈んで薄暗くなっていた。
再び広い廊下を歩く。
「私には聞こえませんでしたが、バルドさんはウサギの言葉がわかるんですか?」
「獣人の言葉はわかるよ。普通の動物の言葉はわからないな」
「私も話せるようになりたいです。そうすれば狼のバルドさんとも会話できるのに」
バルドさんはあやすように、私の頭をポンポンとした。
「人間には難しいかな。だからクレアはこの姿の俺とたくさん話してよ」
爽やかな笑顔を向けられて頷いた。
バルドさんが真っ白な扉を開く。
部屋の規模にしては小さめの正方形のテーブルが真ん中にあった。イスは一辺に二脚並んでいる。
六人分の食事が用意されていて、バルドさんがイスを引いてくれてそこに座った。バルドさんは私の隣に腰掛ける。
すぐに扉が開き、アークス様とイヴリン様が部屋に入ってきた。
二人は私たちの正面に座る。
「ねぇ、クレアとバルドはいつまでここにいるの? 明日は一緒にお出かけしない? クレアにこの国のいいところをいっぱい見せたいの」
イヴリン様が顔を輝かせて「神殿、コロシアム、滝、海」など指折り観光名所を挙げていく。
「俺たちは明日の朝には帰るよ。森の瘴気を消すために来たんだ。なるべく早く帰らないと」
バルドさんの言葉に、イヴリン様は肩を落として落胆した。
「そう……。次はいっぱい遊びましょうね!」
すぐに表情を明るくするイヴリン様に「はい、お願いします」と答えると、イヴリン様は可愛らしく笑う。
それをアークス様が愛おしそうに見ていて、この二人と一緒だったから、バルドさんは人になることに憧れていたんだなと納得した。
ほどなくして、扉が開いた。王様と王妃様が入ってきて席に着く。
全員が揃って手を合わせて食事を始める。
「クレア、俺の好きな料理」
バルドさんが教えてくれたのは、鶏肉と野菜のトマト煮込み。
鶏肉が舌でほぐれるほど柔らかく、トマトの酸味と野菜の甘味が絶妙なバランスで、頬が落ちそうなほど美味しい。
「美味しいです」
「そうなの! ママの料理は最高なの!」
イヴリン様が絶賛する。イヴリン様の親が使用人と聞いていたけれど、シェフなんだ。
「レシピが知りたいです。そうしたらいつでもバルドさんの好きな味を作ることができます」
「食べたら渡すわ」
王妃様に言われて目を丸くする。
「これは全部母が作ったものだよ」
バルドさんに耳打ちされて、飛び上がるほど驚いた。
ママって王妃様のことだったの? 王妃様が料理をするの?
「家族の食べるものくらいは私が作りたいわ。クレアにもいろんなものを食べてもらいたい。いつまでここにいられるの?」
「明日の朝には発つよ。森を浄化するために来たのだから」
バルドさんの言葉に、王妃様は眉を下げて肩を落とす。
「また次の楽しみにすればいいじゃないか」
王様に肩を叩かれて「そうね、楽しみにしているわ」と王妃様は口を広げた。
私のことも家族としてみてくれているの? 視界が涙で滲み、涙がこぼれないように下唇を噛んで耐える。
「どうした? 何か嫌なことでもあったか?」
バルドさんがオロオロとして、手を忙しなく動かしている。
私は首を振った。その振動で涙が一筋溢れる。
「違います。嬉しです。また美味しいものを食べさせてください。遊びに連れて行ってください」
みんながホッと息を吐いたのがわかった。
「次に来る時までに、楽しい場所をピックアップしておくわ」
「クレアの好きな料理も教えてちょうだいね」
イヴリン様と王妃様が優しい言葉をかけてくれる。
私は小さな頃から、おばあちゃんと二人だった。昨年おばあちゃんが亡くなり、一人になった。
私の生活は静寂に包まれた。
孤独を感じていたけれど、一人が当たり前になったころにバルドさんに出会った。寂しさを感じることなんてなくなった。
賑やかな家族団欒が初めてで、感極まってしまう。
料理は美味しくて、楽しく話しながら食事をした。
レシピも頂いて、家でもバルドさんの好きな味が再現できる。今から作るのが楽しみ。
大きなお風呂に入って、可愛らしいピンクのフリルがついたワンピース型のパジャマを貸してくれた。柔らかい生地で、着心地がいい。
バルドさんも湯上がりでパジャマを着ている。
一緒に部屋に戻り、バルドさんが部屋に入ることを躊躇ったりしていなくて胸を撫で下ろした。
怖いという記憶が少しは癒えたのかな?
ソファに座って頬を緩ませると、バルドさんが「どうした?」と聞く。
「すごく素敵なご家族だなって。バルドさんが襲われたって言っていたし、獣人の国に行くことを怖がっていたから少し不安だったんです。お兄さんが助けてくれたって言っていたけど、本当はギクシャクしているんじゃないかって」
「兄とは仲がいいよ。一部の臣下が問題を起こしたのであって。襲われたのも怖かったが、前日まで普通に過ごしていた人たちに襲われたことが辛かった。国を出たのは、誰のことも信じられなくなって逃げたんだ。隣にいるこの人も俺のことを襲うんじゃないかって」
バルドさんの声は震えていた。手をそっと握る。
「大丈夫です。もうバルドさんを傷付ける人はいません」
「ああ、ここに戻ってきてよかった。一緒に来てくれてありがとう」
「はい、また里帰りする時も一緒です。私は王妃様とイヴリン様と約束もしましたし」
バルドさんはふふっと声を出して笑う。
「イヴリンと母にクレアを離してもらえなさそうだな。俺のことも構ってよ?」
「はい、もちろんです」
「明日も早いし寝ようか。起きたらすぐに温室に行って薬草を粉末にして、俺に乗って帰ろう」
明日の朝もキスはなしってことだよね。
起きたらいつも狼のバルドさんとキスをしていたから、薄くて硬い狼の唇に触れられないなんて少しの寂しさを感じた。
「池に着いたら下ろすから、キスをしてほしい」
心を見透かされたのかと思って、火照った顔で頷いた。
ベッドに手を引かれるけれど、一緒に寝るってこと?
「あの、私はソファで寝ますよ」
視線を彷徨わせながら、しどろもどろに言うと、バルドさんの大きな手が頭を撫でる。
「クレアの嫌なことは何もしないよ。ベッドは広いし、離れて寝てもいいから」
ベッドは私が十人は寝られそうな広さだ。
意識しているのが私だけみたいで恥ずかしくなった。
ベッドの端に横になる。ふわふわすぎて浮いているような心地だ。
「落ちないように気をつけて」
バルドさんもベッドに転がり、布団をかけてくれる。
「おやすみ、クレア」
「バルドさんおやすみなさい」




