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13 獣人の国

 翌朝目覚めると、すぐに着替えて薬草畑に水を撒いた。

 リュックにバルドさんの服と靴、水筒と密閉容器といった必要最小限の荷物を詰める。

 クーニアの花をベルトに挿して、準備を整えた。


 バルドさんが部屋から出てきて「おはようございます」と声をかける。バルドさんは私の前で座って小さく頭を下げた。

 その仕草があまりにも可愛らしくて、私はしゃがんで頭を撫でる。


 顔が近付き、バルドさんはふいっと顔を背けた。

 今日はキスをしないんだ。毎日狼のバルドさんとキスをしていたから、少しの寂しさが募る。


 狼の薄くて硬い唇の感触を思い出して、指先で自分の唇に触れる。

 バルドさんが唇を触る私の手の甲に、口を押し付けた。


 驚き過ぎて目を見開く。

 手越しにキスをされて、耳まで熱くなった。

 私がキスがなくて残念に思っていたからしてくれたのかな? その気持ちに気付かれたのかもしれないと思うと、恥ずかし過ぎて頭から湯気が出そう。


 私が両手で熱い頬を覆っていると、バルドさんが姿勢を低くする。乗ってってことかな?

 私は頭を振って恥ずかしい気持ちを彼方に追いやる。

 獣人の国に行って、エテールムを分けてもらわなきゃ。


 バルドさんの背中に跨り、首にしがみついた。

 バルドさんが足を伸ばすと、私のつま先が地面から離れる。

 乗ると大きさや逞しさをより感じられた。


 バルドさんが「アオーン」と力強い遠吠えを響かせて、地面を蹴る。。

 自分で走るよりも断然速くて、向かい風で目が開けていられない。

 目を瞑りながら、バルドさんに必死にしがみついた。


 すぐに腐敗した池の匂いがして顔を顰める。

 私でもこんなに臭いがきついんだから、狼の嗅覚は優れていて、バルドさんは相当しんどいはずだ。

 走るのが速いから、私はしばらくすれば臭いを感じなくなった。


 耳元を通り過ぎる風の咆哮に混じって、バルドさんの荒い息遣いが聞こえる。

 速くてちょっと怖いけれど、少し硬い毛と温もりをバルドさんのものだと意識すると、途端に安心できた。

 




 長い時間走ると、バルドさんが速度を落として止まった。

 大きな木の下で姿勢を低くされて降りる。

 私が入ったことのないほど森の奥だ。

 ベルトに挿したクーニアの花を確認する。振り落とされていなくてホッとした。


 水筒からコップに水を注ぎ、バルドさんに差し出す。

 バルドさんはすごい勢いで水を飲んでいく。


「ありがとうございます。いっぱい飲んでくださいね」


 もう一杯注ぐと、鼻先でコップを押された。私に飲めって言っているのかな?

 私が飲むとバルドさんは乗りやすいように体勢を低くする。

 再び背に乗ると、勢いよく走り出した。


 何度か休憩を挟んで森を駆け抜ける。

 お昼過ぎに森を抜けた。

 森を抜けると広大な草原が広がっていて、遠くの方に街が見えた。

 バルドさんはそこ目掛けて駆ける。





 街は強固な塀に囲われていた。

 私たちが近付くと、衛兵が街の入り口で片膝を地面について頭を下げた。


「バルド様、おかえりなさいませ」


 衛兵の声は滲んでいた。一人で国を出たバルドさんを心配していたんだろうな。

 バルドさんが「ワフッ」と鳴くと、衛兵が端に移動してバルドさんは街に入る。


 街はウサギや猫などの小動物から、ライオンや牛などの大型動物と人が一緒になって暮らしている。全員獣人なのだろう。


 笑い声や鳴き声が響いて、活気に満ち溢れていた。でもみんながこちらに目を向けると、口を閉ざして道の端に寄る。

 動物も人も姿勢を低くして頭を下げた。


 バルドさんが警備隊の仕事に就いた時に「遠慮をせずに接してくれるのが嬉しい」と言っていたことを思い出す。

 街の人たちは王族であるバルドさんに敬意を表しているのだろうけれど、バルドさんの耳は少し下がっていて悲しそうに見えた。


 人と動物が端で頭を下げる道を進んでいくと、大きなお城に着いた。

 太陽の光を浴びて輝く白いお城は、ステンドグラスが七色に煌めいていて言葉を失うほど綺麗だった。


「バルド!」


 お城の階段を、二十代半ばくらいの男性と女性が駆け降りてくる。二人とも目元に涙を浮かべていた。

 男性の服は繊細な刺繍が施されていて、女性は煌びやかなドレスだった。

 バルドさんのご家族だろうか?


 バルドさんが姿勢を低くして私を下ろす。「クーン」と甘えるような声で鳴いた。


「バルドが君にしゃがんでほしいと言っている」


 男性の目が私を捉えて、透き通る声でバルドさんの言葉を伝えてくれた。

 私はすぐにしゃがむと、バルドさんにキスをされる。


 バルドさんが人になると、男性も女性も目と口を開いて固まった。

 私はリュックから靴を出して、バルドさんの足元に置く。バルドさんは「ありがとう」と靴を履いた。


「兄さん、彼女はクレア。クレア、兄のアークスと兄嫁のイヴリンだよ」


 バルドさんに紹介されて勢いよく頭を下げる。


「初めまして、クレアと申します」

「そんなに畏まらないで。仲良くしましょう」


 イヴリン様が私の手を取る。びっくりして顔を上げると、うっとりと見惚れてしまうほど綺麗に微笑んでいた。


「バルドの愛する子なのよね。わたくしはイヴリン。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 イヴリン様はふわふわのピンクの髪を揺らして飛び跳ねる。


「バルド、帰ってきてくれて嬉しいよ。ずっと心配していた」


 アークス様がバルドさんの肩に手を回す。バルドさんと同じ髪と瞳の色だ。バルドさんが精悍な美丈夫なら、アークス様は柔和な瞳の中性的な美形だ。


「兄さん、俺は帰ってきたわけじゃないんだ。温室にあるエテールムという薬草を分けてほしくて戻ってきた」


 アークス様とイヴリン様は声を揃えて「エテールム?」と首を傾けた。

 バルドさんが森のことを話すと、アークス様は神妙な表情で頷いた。


「わかった、好きなだけ持って行け。だが俺は温室のことはよくわからないから、庭師に話せ」

「兄さんありがとう。クレア、温室にいこう」


 バルドさんに手を握られる。私はアークス様とイヴリン様に頭を下げながら手を引かれた。

 広大な中庭を駆け、温室に入る。

 エテールムは三十二度でしか育たない薬草だから、外よりはマシだけど、温室の中も暑い。


「確かこっちにあったと思ったんだけど」


 バルドさんの向かう先には庭師がいて、事情を話せばエテールムのところまで案内してくれた。

 図鑑で見た通り、透けそうなほど薄い星型の黄色い葉がたくさん生えていた。


「すみません、三十二度を保ったまま、一番早く乾燥させる方法を教えていただけませんか?」

「食品乾燥機を使えば、今日中に乾燥させられると思います。ここに持ってきてもらうように頼んできます」


 庭師が温室を出ていき、バルドさんと顔を見合わせて微笑み合う。


「よかった。ここまできて、薬草が間違っていたとならなくて」

「バルドさんのおかげで、森を元に戻せそうです。ありがとうございます」

「今日はここで一泊して、明日の早朝に帰ろう」


 こんなに綺麗なお城に一泊するの?

 でもバルドさんの育った場所に興味はあって、恐れ多い気持ちもあるけれど頷いた。

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