11 お星様の薬草
次の日は起きてリビングに行くと、バルドさんはまだいなかった。
眠っているのだと思っていたけれど、ふと窓から外を眺めていたら、大きな狼を見つけた。
「バルドさん?」
バルドさんは耳を忙しなく動かし、森の様子を探っているようだった。
私が外に出ると、こちらに駆け寄ってくる。バルドさんが家に入るから、私も続く。
ソファに座るとすぐにキスをされ、バルドさんが人になった。
「何をしていたんですか?」
「魔物が近くにいないか警戒していた。今は大丈夫そうだ。クレア、一緒に街に行かないか? ここに一人にするのは不安で仕方がない」
「大丈夫ですよ。家の近くの花は無事ですし、今日は家で薬を作っています。一人で森の奥には行きません」
バルドさんは眉を下げて、私を掻き抱く。
突然のことに顔から火が出そうなほど熱くなった。体に力が入り固まってしまう。
でもバルドさんの心音が早いのに気付いた。すがりつくようなバルドさんに、少し冷静になる。
不安だと言ったバルドさんを安心させたくて、背中に手を回して撫でた。
「大丈夫ですよ。お仕事頑張ってくださいね」
何度も心配そうに振り返るバルドさんを見送って、私は薬草に水を撒く。
薬草を摘んで薬を作っていると、お昼前にバルドさんが帰ってきた。
バルドさんだけでなく、警備隊の人たちが十人ほど一緒だ。
「どうされたんですか?」
「森のことを話したら、魔物がどこまで近付いてきているか調査をすると言ってくれた。調べる範囲で魔物が見つからないのが一番いいんだけど、見つけたら討伐する」
警備隊のみなさんは帯剣していた。
私も同行したいけれど、戦えないから足手纏いになってしまう。
奥歯を噛み締めて頭を下げる。
「みなさん、よろしくお願いします。無理はなさらないでください」
食事を食べると、バルドさんは警備隊のみなさんと森の奥へ向かう。
胸の前で指を組んで瞼を下ろす。
みなさんが無事に帰ってきますように。
薬を作っていても集中できず、時計や外を気にしてしまう。
擦り潰して粉末状になった薬を密閉容器に入れてしまった。
薬を作るのをやめて、みなさんが帰ってきた時のために、フルーツをたくさん使ったゼリーを作る。
タオルを冷たい水に浸して冷やした。
三時間ほど経つと、みなさんが戻ってきた。
誰も怪我をしていなくてホッと息を吐き出した。
絞ったタオルと、水にレモンの蜂蜜漬けを入れて渡す。
みんな一気に飲み干して、「生き返る」と笑った。
「見回った範囲には魔物はいなかったよ」
「よかったです。みなさんに怪我がなくて」
ゼリーを配ると、美味しいと言って食べてくれた。
少し休むと、みなさんは街に帰っていく。
「毎日警備隊のみんなが森を見回ってくれることになったから」
「すごく心強いです。早く原因がわかって、元の綺麗な池に戻るといいのですけど」
「そうだね。俺にもなにかできればいいんだけど……」
バルドさんは肩を落とす。
「バルドさんがいてくれるだけで、私は安心できます」
大きな手をそっと包む。
バルドさんは反対の手を私の背に回した。
「ありがとう」
バルドさんの体温が私の体温を上げていく。
この腕の中が一番安心できる場所なんだな、と頬を染めた。
バルドさんは警備隊の人たちと森を見回り、私は家にある薬草の本を見ながら池を元に戻せるようなものはないかと探す。
五日が経ち、警備隊の人と一緒に役場に依頼された研究者が家に来た。
五十代くらいの研究者は、白衣を腕まくりして話し始める。
「検査の結果、異常なほどの微生物が検出された」
「微生物ですか?」
おうむ返しすると研究者は頷く。
「この暑さで微生物が大量に湧いて水の中のバランスが崩れ、水が腐敗したことで瘴気が発生したと結論付けた」
「暑さのせいってことは、暑さが続く限りこのままってことですか?」
「浄化ができないか調べている」
研究者の連絡先を聞き、街まで警備隊の人が送りに行く。
私の頭を『浄化』という研究者の言葉が占めていた。
……私は浄化の薬草を知っている。
小さな頃におばあちゃんが話していた。記憶の引き出しを片っ端から開けて、必死に探す。
『悪い魔女が街の空気を悪くして、みんなが病気になってしまった。でも良い魔女がお星様の薬草で空気を浄化すると、みんなが元気になったんだよ』
おとぎ話みたいな気持ちで聞いていたけれど、私が「お星様の薬草を見たい」と言った時に、おばあちゃんは「きっと見つけられるよ」と笑っていた。
お星様の薬草は実在するんだ。
でも肝心の薬草の名前がわからない。
写真付きの図鑑を真剣に眺めていく。見た目が星っぽかったり、名前が星のようだったりするものを探す。
部屋が薄暗くなる頃、図鑑を片付けた。
集中しすぎて、時間が経過していたことに気付かなかった。
リビングに行くと、バルドさんとゼファーさんがいた。
「おかえりなさい。警備隊の人たちは?」
「みんな帰ったよ」
「すみません、お礼も言えず」
「俺が声をかけなかったんだ。クレアは本を読むのに集中していたから」
気を使わせてしまった。「すみません」と頭を下げる。
「いや、気にしないで。それと、ゼファーが泊まりたいって聞かないんだが大丈夫だろうか?」
「だって明日もここにくる予定なんだから、帰るの面倒だし。大人しくしてるからダメ?」
ゼファーさんが首を傾ける。
「おばあちゃんの部屋が空いているので使ってください」
食事とお風呂を済ませて、早めにベッドへ入った。
翌朝、陽の光が眩しくて目が覚める。
リビングに行くと、窓からバルドさんが外にいるのが見えた。
私が外に出ると、ズボンの中で尻尾が揺れる。私の毎朝の癒し。
大きくてかっこいい狼なのに、パジャマを着て尻尾を揺らす姿に毎日胸を撃ち抜かれてキュンとする。
頭をそっと撫でた。朝日を浴びた毛並みは、いつもよりふんわりしているような気がする。
「うわっ! クレアちゃん危ないって!」
叫び声が聞こえてそちらに目を向けると、ゼファーさんが抜剣して剣先をバルドさんに向けていた。
ゼファーさんが泊まっていたことを忘れていた。
私はバルドさんの前に立って両手を広げる。
「危なくありません」
「……クレアちゃんのペット?」
ゼファーさんが眉間を狭めて、バルドさんに訝しげな目を向ける。
ペットじゃないし、バルドさんだって伝えていいのかな?
後ろをチラリと見ると、バルドさんが頷いたように見えた。
「この狼はバルドさんなんです」
ゼファーさんはポカンと口を開けてた。
私はしゃがんでバルドさんと目線を合わせる。
すぐにキスをされた。バルドさんが人になると、ゼファーさんは驚きすぎて尻餅をついた。
「驚かせてすまない。俺は獣人なんだ」
バルドさんがゼファーさんに手を差し出す。ゼファーさんが手を重ねると引き上げた。
「実際に見せる前に口で言えよ」
ゼファーさんはバルドさんの背をバンバンと叩く。
「俺は獣人だけど、ゼファーは態度が変わらなくて嬉しいよ」
「種族は違っても、お前はお前だろ。何も変わらねーよ。他の種族に会うことがないから、偏見を持つ奴もいるのか? 俺はよくわからないけど、クレアちゃんも態度はかわらなかったんだろ?」
バルドさんはゼファーさんの言葉で頬を緩める。
そして私に目を向けて口角を上げた。
「クレアは人になるとアワアワしていたな」
「だって可愛いと思っていた狼が、かっこいい男の人になるなんて思わないじゃないですか」
必死に弁明すれば、バルドさんとゼファーさんが声を立てて笑った。
「バルドさんいじわるです」
頬を膨らませると、指でつつかれて口から空気が抜ける。
それでまた二人が笑い、私もつられて口元が緩んだ。




