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蝶の羽音  作者: 綾瀬昂夜
6/7

日常

翌朝、ミツと一緒に学校へ向かう。

朝は三割り増しでミツがふわふわしているから、気をつけてやらないといつの間にかいなくなっていたり、転んでいたりと、とにかく危ない。

俺が考えている間にも、ミツはふらふらと人垣に進んでいく。


「ミツ」


呼んで、引き寄せた。

あんな人垣に突っ込んだら、ミツはしばらく帰ってこないだろう。そうなると、学校は完全に遅刻だ。

少し犬や猫を散歩させている気分になりながら、ミツの手首を掴んだ、引っ張る。

掴んだ瞬間、どきりとした。

細い、細すぎる手首。

このまま、ほんの少し力を込めただけで、簡単に砕けてしまいそうなほどに。


「・・・・・よう、ちゃん?」


ミツが、どこか不思議そうに俺を見上げた。

ミツは、俺がどこか違うことに気づいたのだろうか。

いいや、違う。急に掴まれて、驚いただけだ。

ミツは人垣に突っ込んでいっていることなんて、自分で気づいてないし。自覚症状はいつでもない。俺も期待なんてしてない。


どうしてだろう。俺は、夏の最中に、不思議に冷たい空気に触れたときのような。

薄い、氷の上を渡っているような、とにかく。

寒いような、冷たいような、腹から凍えていくような。

そんな気分を、俺は初めて味わっていた。

わけがわからない。

なんなんだ。これは。



――未来の俺が断じたならば、それはきっと「恐怖」という名の感情だった――



「ようちゃん」


先ほどより幾分はっきりとした、今度こそ疑念の込められたミツの声。


「いくぞ」


遅刻する、と大義名分を主張してみたものの、逃げだと俺自身わかっていて。

なんで朝からこんな気持ちにならなければならないんだ。

釈然としないまでも、苦々しく思いながら俺は先だって歩き出した。

すぐに後ろでミツの「あうっ」という声が聞こえて、急いで振り戻ることになったけれど。。。



本当は校門で別れて、といきたいところだけれど、ミツがこの間段差に足を引っ掛けてすっ転んで頭打って保健室に運ばれ俺が呼び出されたせいで(俺がミツの保護者扱いされている。やめてくれ)同じ階だし、教室まで一緒にいくことにしている。


「じゃあ、な」

「うん、また放課後に」


いって、お互いの教室に入った。


俺のクラスはミツのクラス――3-Hから二つ離れた、3-F。

まぁ、比較的近いし、3クラス合同の体育だったりすると、一緒になる。

だからといって、何かをするわけではないのだが。


「よーぉ。見てたぜぇ?相変わらずのラブラブっぷりだな」

「だまれ馬鹿」


クラスに入ったとたんに、圧し掛かってくる重み。

それを邪険に振り払いつつ、俺はその重みに向かっていってやった。

だいたい、ラブラブとかいってて恥ずかしくないのかこの馬鹿は。


「うん、でも僕も見たよー。本当、仲いいよね」


罪のない笑顔で、いかにも「少年」といった姿の相手からいわれて、げんなりする。


「仲は悪くない。だが、それ以上でもない。わかっているだろう?キリヤ」


机に向かいながら、そばで微笑む存在、一応友人の追神桐也オウカミキリヤに答える。

こいつはこんな外見だが、中身は真っ黒だ。よくもまぁ、というほど、外見で中身を隠して笑っている。

本人いわく、お姉様受けはいいから、結構外見も重宝しているらしい。敵を潰すには、この脳みそはもってこいだし、と笑っていたのを見て、心底こいつだけは敵に回すまい、と俺は思った。


「・・・・まぁ、ヨウは、ね?」


そういったキリヤの声は、幸い俺まで届かなかった。


すたすたと歩きながら、まだひっついてこようとする馬鹿を、今度は蹴りで迎撃する。

派手にそこらの机に突っ込んでいったが、無視。

他のクラスメイトも、慣れで笑って見ているか、突っ込まれたヤツは迷惑がって突っ込んだ馬鹿に苦情を並べている。


「ごめんなー」


俺が謝ると、口々に「平気よー」「おう、お前じゃないからなぁ」「安栖里あすりくんは気にしなくっていいの」とかいわれて。

なので、


「ごめんな、馬鹿が」


というと、口々に「ホント迷惑ー」「突っ込んでくんなよなー」「危ないじゃない!」という返答。

・・・・どうやら、馬鹿は愛されているらしい。


やっと席につくと、そこにはキリヤと馬鹿。


「ひ、ひでぇよ、ヨウ」


ぐすぐすと鼻を鳴らして登場した馬鹿は、相変わらず気の強いフリをして、かなりの長身に髪の毛を明るすぎる赤に染めて不良街道まっしぐらな外見の癖に、臆病で気弱だ。

みんながクスクス笑っていっていたことにも気付かないで。本当馬鹿。


「なんだ馬鹿」

「よ、ヨウーーーーーーー」

「うるさい馬鹿」


コイツの精神を鍛えてやるためにも、俺はもう少しコイツを許さないことにした。

けして遊んでるんじゃないし、楽しんでなんかいないぞ、俺は。


「もうそこらへんでいいんじゃない。そろそろSHRが始まるし。ていうか、僕がうるさいんだよ馬鹿」


きっぱりと、笑顔で最後に本音を交えて切り捨てたキリヤに、冷気を浴びた馬鹿が小さくひっと悲鳴をあげて、さめざめと泣き出した。

ただし、静かに。

律儀ではあるものの、目障りであることには、変わりはないと思う。


「わかったから、馬鹿イチ!もうお前、自分の席戻れ」


いってやると、ようやっと浮上したのか馬鹿――九条壱クジョウイチはバネ仕掛けのおもちゃみたいに跳ね上がって、なんでか喜びながら席に向かって突進していった。

なんなんだ、アイツ。わけわからん。

馬鹿っていってることは変わってないのに。


「イチは本当に、単純なんだから・・・」


はぁぁ、と深くため息を吐いて、それから俺の顔を見て、もう一度。

なんだ、失礼だな。人の顔を見て。

キリヤも無言で席に戻ってしまったため、俺は朝から気にしないことにして、前を向いた。

ほどなくして、担任が姿を見せる。


ふぅ、と一息ついて。

さて、今日の睡眠時間はどの時間にしようか。

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