眠りのさざ波
「・・・ち、ゃん」
「も・・いよ」
「もう、い・・いんだよ」
「ようちゃん」
柔らかい声。
俺を呼ぶ声。
知っている声。
あの時の。
ミツの、声。
どうやら俺は、夢を見ていたらしい。
ふ、と意識が浮上する感覚。
眠りから目覚めるのは、どこか潜っている水から、顔を出すのに似ている、と思う。
しかし、なんか重い。身体が動かない。起き上がれない?
霊感なんかこれっぽっちもない俺は、金縛りもあったことなどない。
とりあえず首だけ動かして、身体を見てみた。
腹の上に、なんか乗ってた。
乗ってるをより正確にいうと、張り付いていた。
化け物系の何かではなく、それは見慣れた存在。
「ミツ、重い」
うぅ。とか唸ってるミツは、ちっとも動く気配がない。
こうなってしまうと長いのを経験で知ってる俺は、諦めて力を抜く。
絶対、ミツのせいであんな夢を見たんだ。
それについてどうこういう気はない。
ぽす、と、ミツの頭に手を置く。
ふわふわとした、やわらかい髪。
さわり心地がよくて、つい玩んでいると。
「ぅんーーー、よぉちゃん?」
何時にも増して舌足らずにいって、ミツが俺の上で起き上がった。
ミツは異様に細いから、耐えられないほどじゃないけれど、さすがに腹の上に座り込まれたら重い。
「ミツ、のけ」
「ぅぅ?」
理解してないだろうミツを、足でどかす。
ころん、と転がったところを、ベッドから落ちないように、片手で支えてやる。
ミツは何がなんだか、さっぱりわかっていない模様。
起き上がった俺の手に支えられていたのに、今度はぺたり、と胸に倒れてきて張り付いた。
「ミツ、邪魔」
なにしてんの、と俺がいうと。
「あったかい、からーーー」
ほわほわと、ミツがいう。
まだ眠っているようなミツは、いい毛布代わりを手放したくないらしい。
「飯、作るから」
「私が作るぅ?」
ミツは意外に料理が得意だが、いかんせん普段からふわふわとしていてなんだか危なっかしい。
見ている俺の方がはらはらすることが多い。
俺はというと、料理は嫌いじゃない。
小さい頃から、慣れていたせいもあるんだろうな。
「いい。いいから、よけろ」
「そ、う?」
「俺が腹減った」
俺がミツを引き離すと、むぅ、とうなったけれど、それ以上反論せずに、おとなしく俺のベッドに横たわった。
「よぉちゃんのにおいがするー」
すん、と鼻を鳴らして、ふわり、とミツが無邪気に嬉しそうに笑った。
はだけたスカートから、やけに白い足が太ももまでのぞく。
それを見た俺は、見てしまったというなんだかよくわからない罪悪感が湧き上がってきて、ミツから目を背けて、部屋を出てキッチンに向かった。