夕暮れの教室から
「陽ちゃあん。帰ろ?」
視界いっぱいに、茶色の波が降ってきて。
顔のドアップがきた。
ここは教室。放課後、残ってるのは俺達だけ。
そんな中でこんなことするコイツは、本当に危機感がない。
俺は男で、色々真っ盛りなお年頃で。コイツ…紫宮光だって、学年問わず男子に人気がある女なのに。
実際問題でいくと、俺がミツを好きなやつらにやっかまれて絡まれたってとこなんだけれど。
まぁ、幼なじみに今更かもしれない。
ミツは気にするようなやつじゃないし。
「帰るか」
「ん」
はい、と手が差し出される。
俺が立つと胸くらいまでしかないミツと、手を繋いだ。
ミツは、手を繋ぐのが好きだ。
俺がそれを受け入れているのは、昔からの習慣。
ベビーベットから一緒に育った仲だしな。
夕暮れの中、土手を歩いて家に帰る。
マンションの、隣同士の部屋。
その一歩手前で。
ミツが抱きついてきた。
ミツが精一杯、背伸びする。
その姿が哀れで、俺はほんの少し――本当にほんの少しだけ、屈んでやる。
唇が触れ合う。
それだけの、ただの現象でしかないキス。
「じゃあ、ようちゃん、また後でねぇ」
笑って手を振り、ミツは部屋の中へ消えた。
ミツは、抱きつくのと、キスが好きだ。
手を繋ぐのと同じように。
何の意味もない。
それより、後で、というのが気になった。
また…そう、また、ミツは俺の家へくる。
ミツといない時間の方が短くなりつつあって、げんなりしながら家の扉をくぐった。