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分岐 1

迷宮の奥へと進む道は狭く、冷たい空気が全身にまとわりつくようだった。足元の石畳は湿り気を帯び、歩くたびにかすかな音を響かせる。前を行く長谷川が周囲を警戒しながら、いつもの軽口を漏らした。


「湿っぽい空気だな……まるでこの迷宮が、俺たちを歓迎してないみたいだ」


「迷宮に歓迎されたいって思ってるんですか?」


俺が軽く返すと、彼は肩をすくめながら振り返る。


「冗談だよ。湿気が増えると滑りやすいってだけだ。お前も足元には気をつけろよ、森本」


その一言で緊張感が少しだけ緩んだ。チーム全員が沈黙して進む迷宮の中では、長谷川の冗談混じりの言葉がどれほど貴重かを感じる。


しかし、その緩んだ空気の中で、俺の胸の中に再び熱が灯り始めた。迷宮の空気に慣れてくるほどに、この熱が強くなっていくのを感じる。


「……まただ」


前回の迷宮でも感じたこの感覚――胸の奥で燃えるような熱。それが静かに、しかし確実に全身へ広がっていく。何かが近づいているのか、それとも自分の力が反応しているのかは分からない。ただ、この感覚が俺を導いてくれるという確信だけはあった。


「森本君、何か気になる?」


美穂が歩を止めて振り返り、俺の顔を覗き込んだ。その目は冷静でありながら、優しい光を宿している。


「いえ……でも、胸の中でまた熱を感じます。この先に何かがあるのかもしれません」


「わかった。その感覚を信じて進んでみましょう。ただし、慎重にね」


美穂の言葉に、俺は緊張しつつも頷いた。彼女の信頼を感じるたび、この感覚を無駄にしないと心に誓う。


「いいぞ、新人。お前が道を示してくれるなら、俺たちも心強い」


長谷川が笑いながら肩を叩いてきた。その軽口とは裏腹に、彼の言葉には期待が込められているのが分かる。


「やれることはやります!」


気合を入れ直し、俺は再び歩き出した。迷宮の通路は先が見えないほど暗いが、この胸の熱が俺を支えてくれる。それを頼りに、チーム全員で慎重に進んでいく。


湿った迷宮の通路を進む中で、胸の奥で感じていた熱が次第に強まっていく。そして、それが頭の中にまで伝わるような不思議な感覚が広がり始めた。


ぼんやりとした光景が目の裏に浮かび上がる。それはまるで迷宮の地図が映し出されたような映像だった。狭い通路、曲がりくねった道筋、そしてその先に繋がる空間――すべてがはっきりと見える。


「……右の通路だ」


その言葉が自然と心に浮かんだ。何の根拠もない直感だが、これが間違っているとは思えない。


「森本君、どうした?」


美穂が立ち止まり、こちらを振り返る。その表情は冷静だが、わずかに疑問の色が浮かんでいる。


俺は少し躊躇いながらも、その直感を信じて口を開いた。


「次は、右です。この通路を抜けた先に分かれ道があるはずですが、右に進むべきだと思います」


「右……?」


美穂は一瞬だけ迷うように目を細めたが、すぐに頷いた。


「わかった。その感覚、信じてみましょう。ただし慎重に進むわよ」


「はい!」


俺の返事を受けて、美穂は全員に「次は右に進む」と短く指示を出す。


「右か……お前の言うことだ、信じるしかないな」


長谷川が軽く笑いながら肩をすくめる。その目にはどこか楽しげな期待が込められているようだった。


「それで行こう。ただし、魔物に出くわしたらまずは全力で逃げるぞ」


冗談めかしながらも、その声に混じる緊張感は誰もが共有していた。


俺たちは静かに歩を進め、分かれ道に差し掛かる。暗い通路の先、右の道がぼんやりとした湿気の中に浮かんでいた。


右の通路を進んでしばらくした頃、迷宮の静寂をわずかに破る微かな音が耳に届いた。それは金属が擦れるような音とも、誰かが何かを動かす音とも取れる不明瞭な響きだった。


「……何の音だ?」


立ち止まり、耳を澄ませる。チーム全員が息を潜め、通路の奥から聞こえるその音に集中した。その瞬間、胸の中の熱が再び強くなり、感覚が鋭くなるのを感じる。


「探索者の声かもしれません」


俺がそう口にすると、美穂がすぐに表情を引き締めた。


「全員注意して進んで。探索者がいるなら無事に救出するけれど、警戒を怠らないで」


その言葉に全員が頷き、慎重に一歩ずつ足を進める。暗い通路は狭く、足音が石畳に反響してやけに響く。俺の視線は、自然とその音が発せられる先へと向かっていた。


「森本君、何か感じる?」


美穂の静かな声が耳元で聞こえる。


「まだ正確には分かりませんが、この先に何かがあるのは確かです。感覚がはっきりしてきました」


その言葉を信じるように、美穂が軽く頷き、全員に再度合図を送る。


「森本君の感覚を信じて、さらに進むわよ。間隔を詰めて」


全員が密集した陣形を取り、音の発信源に向かう。通路をしばらく進むと、足元に何かが転がっているのが見えた。


「これは……?」

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