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任務 2

「よし、これで問題なし。万が一の時でも応急処置はすぐできるわ」


彼女が一通り確認を終えると、こちらに気づき、柔らかい笑みを浮かべながら声をかけてきた。


「森本君、まだ自己紹介してなかったわよね?私は日高真理。医療担当としてここにいるわ。迷宮の中では何が起きるか分からないから、怪我をした時はすぐに知らせてね」


「日高さん、よろしくお願いします。僕もなるべく迷惑をかけないように頑張ります!」


「そんなに気負わなくていいのよ。怪我を防ぐためにも、落ち着いて行動するのが一番大事だからね」


彼女の穏やかな声と笑顔が、少しだけ緊張を和らげてくれる。医療担当がいるというだけで、心強さが倍増する気がした。


「さて、準備はこれで終わりっと。あとは無事に戻るだけよね」


日高が軽い冗談を交えると、近くで地図を見つめていた長谷川が小さく鼻で笑った。


「無事に戻るって簡単に言うなよ。どんな魔物が出てくるか分からないんだぞ。油断してると命を落とすことになる」


「もう、優君はいつもそうやって脅かすんだから。新人が怖がるでしょ?」


日高が苦笑しながら軽く肩をすくめる。長谷川は肩を竦め返しつつも、真剣な目で俺に言葉を向けた。


「森本、日高の言うことも大事だが、迷宮の中では何が起きても不思議じゃない。だから、準備が万全でも絶対に油断するな」


「……はい、分かりました」


その言葉には皮肉も混じっていたが、彼の経験から来る警告だというのが伝わってくる。俺は深く頷き、緊張感を胸に刻んだ。


「さて、全員準備はいいわね?」


美穂が声を上げると、隊員たちが一斉に「問題なし」と頷いた。それを確認すると、彼女が改めて全員を見渡した。


「迷宮の中では、チームワークが命を守る鍵になる。全員、慎重に、落ち着いて進むこと。さあ、行きましょう」


その言葉を合図に、俺たちは迷宮の入り口を抜け、一歩ずつ奥へと足を踏み入れる。石畳のひんやりとした感触と、湿った空気が全身にまとわりつく。この冷たさが、命がけの場所にいるという現実を突きつけてくる。


前回の魔物との遭遇が頭をよぎった。巨大な体躯、鋭い牙、圧倒的な威圧感――俺たちを襲おうとしたあの瞬間。あの時はどうにか切り抜けたが、迷宮では常に次の脅威が待ち構えている。


「……次はもっと冷静に、確実に動かないと」


自分に言い聞かせるように胸の中で呟いた。今回の任務では絶対に仲間や遭難者を守り抜く。それが、迷宮に入る前に心に誓ったことだ。


「全員、装備の状態を再確認して」


結城美穂の冷静な声が通路に響く。隊長としてのその言葉には、いつものように無駄がなく、的確さが光っている。


俺も腰のポーチに手をやり、アイテムや装備をもう一度確かめる。懐中電灯、応急処置用の包帯、通信機器――すべて問題なしだ。


「森本君、大丈夫?」


真里が優しい声をかけてきた。彼女は持参している応急処置キットを抱えながら、俺をちらりと見ている。


「はい、万全です」


そう答えると、真里は満足そうに頷きながらキットの中身を再確認し始めた。包帯や消毒液、止血剤などが丁寧に並べられている。


「怪我はいつ起こるかわからないから、準備はどんな時でも怠らないのが基本よ。森本君も、何かあったら無理せずに言ってね」


「ありがとうございます。真里さんがいてくれると心強いです」


その言葉に、彼女は少し微笑みながら応じた。


「隊員同士のサポートがあってこそ、レスキュー隊は機能するのよ。みんなで無事に帰る。それが何より大切なことだからね」


その時、長谷川が地図を広げ、通路の先を指し示した。


「ここから先、道が分岐してるな。狭い通路が続く区域だ。モンスターが現れたら避けるのは難しいかもしれない」


彼の言葉に全員が緊張を高める。迷宮の奥へ進むほど、モンスターとの遭遇率が上がるのは誰もが理解している事実だ。


「どんな魔物が出るかわからないぞ。気を引き締めていけよ、新人」


長谷川が軽く振り返りながら声をかけてくる。その口調はいつもの皮肉交じりだったが、その目には明確な警戒心が宿っていた。


「わかってます。油断しません」


俺も短く答える。自信を見せることで、彼の言葉に負けない意思を伝えたかった。


「いい返事だ。それなら期待してるぞ」


長谷川がふっと笑いながら地図を折りたたむ。


「みんな、時間を無駄にしないよう進むわよ」


美穂が全員を振り返りながら、短く指示を飛ばした。その言葉に全員が頷き、再び迷宮の奥へと進んでいく。


道中、真里が俺に近づき、小声で話しかけてきた。


「森本君、任務の流れを再確認しておきましょうか?」


俺は頷き、彼女の言葉に耳を傾けた。


「まず、遭難者の最後の位置が確認された場所まで慎重に進みます。その後、遭難者を見つけたら応急処置をして、安全なルートを確保しながら戻る。それが今回の任務ね。途中で魔物に遭遇した場合、チーム全員で冷静に対応することを忘れないで」


「了解しました。冷静に動きます」


「その意識があれば大丈夫よ。迷宮での任務は緊張するけれど、チームが一緒にいるから安心して」


真里の言葉が妙に頼もしく感じられる。レスキュー隊は個人ではなくチームとして成り立っている――その言葉を改めて胸に刻み、俺は目の前の任務に集中した。迷宮の奥へ進む足音が反響し、静かな決意だけが胸の中で熱く広がっていく。


「自分が役立つためには、どう動くべきだろう……?」


遭難者を見つけ出し、無事に救助する。そのためには自分の力を最大限に発揮しなければならない。しかし、それはただ感覚に頼ればいいという話ではない。チーム全員が協力し合い、的確な判断を下すことが何より大切だ。


美穂や長谷川、真里――このレスキュー隊の一員として、どう振る舞えばいいのか。足を進めるたび、その答えを必死に探していた。


「新人、気負いすぎて転ばないようにな」


長谷川の軽口が後ろから聞こえる。俺が振り返ると、彼がいつもの皮肉っぽい笑みを浮かべて肩をすくめていた。


「まあ、どうせまた大物に会ったら、お前に頼むからな。前回のアレを思えば、お前は悪くない盾になるかもな」


「……やります!」


少し悔しい気持ちもあったが、それ以上にチームの役に立ちたいという思いが強かった。長谷川の言葉に気合を入れ直し、拳を軽く握りしめる。


「その意気ね、森本君」


前を歩いていた美穂が振り返り、柔らかく微笑んだ。その笑顔は、どんな時でも冷静さを失わない彼女の自信を感じさせた。


「でも、気合だけじゃなく、落ち着いて進むことが何よりも大事よ。迷宮では、冷静さを欠いた瞬間に命を落とすこともあるから」


「……はい、わかりました」


俺は深く頷く。彼女の言葉には重みがある。そして、それがどれだけ重要な教えか、俺にもよく理解できていた。


「焦らないでいいわ。あなたの力は必要な時にきっと役に立つ。その時は、全力で信じて進みなさい」


彼女の言葉が心に沁み渡り、気持ちが少し軽くなったような気がした。美穂が再び前を向いて歩き出し、チーム全員が慎重に進んでいく。


「よし、俺も……絶対にやり遂げる」

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