任務 1
広々とした訓練室に緊張感が漂っていた。いつものように隊員たちが集まり、救助任務のブリーフィングが始まる。隊長の結城美穂はホワイトボードの前に立ち、冷静な表情で手元の資料に目を通していた。その真剣な様子に、俺を含む全員が自然と背筋を伸ばしていた。
「皆さん、今回の任務について説明します」
美穂の声が響き渡り、室内は完全な静寂に包まれた。
「迷宮内で探索者3名が遭難。現在、迷宮第4層付近で行方不明になっています。最後に確認された場所は比較的狭い通路が続く区域ですが、モンスターの出没が頻繁に報告されている危険地帯です」
美穂が指し示す地図には、迷宮の構造が詳細に描かれている。その一部が赤いマーカーで囲まれており、そこが今回の捜索範囲であることを示していた。
「遭難者のうち一人は足を負傷しているとの情報が入っています。負傷した人物の身動きが取れないことで、残りの二人も動けずにいる可能性が高いわ。彼らを発見し、安全に地上まで連れ戻すのが今回の目標です」
言葉を切り、美穂が隊員たちを順に見渡す。その視線には迷いがなく、彼女がこの状況をどれだけ真剣に受け止めているかが伝わってくる。
「私たちの役目は、迷宮で命を救うこと。それは簡単なことではありません。迷宮の罠、モンスター、そして予期せぬ事態に備え、最善の準備と冷静な判断が必要です」
「さて、担当を分けます。長谷川、迷宮の地形の確認と道の選定をお願い。いつも通り頼りにしているわ」
長谷川は軽く肩をすくめて「了解」と答える。その態度はどこか皮肉っぽいが、彼の鋭い頭脳はチームにとって欠かせないものだ。
「森本君」
名前を呼ばれた瞬間、俺は少し緊張しながら顔を上げた。
「君には遭難者の位置を特定する役目をお願いするわ。君の力が鍵になる。胸の熱と感覚に集中して、行方不明者を探すのを手伝ってちょうだい」
「わかりました。全力でやります!」
思わず大きな声で返事をした。美穂の目が信頼を込めているのが分かり、同時にプレッシャーも感じる。しかし、ここで失敗するわけにはいかない。
「他のメンバーは、いつも通り役割を分担して。誰一人、余裕を失わないように。それでは出発準備を開始!」
美穂が指示を出すと、隊員たちは一斉に動き始めた。通信機器のチェック、応急処置キットの準備、武器や防護装備の確認――全員がテキパキと作業を進める。
「森本、緊張してるのか?」
長谷川が準備をしながらこちらを見てニヤリと笑う。
「……少しだけ。でも、やりますよ」
「その意気だ。迷宮は厄介な場所だが、動じなければ案外なんとかなるもんさ」
彼の言葉には経験が滲んでおり、少しだけ緊張が和らいだ。
「さて、みんな準備はできた?」
美穂が確認すると、全員が「問題なし」と頷く。車両に乗り込み、隊員たちと共に迷宮へ向かう道中、俺は自分の中で湧き上がる決意を確かめていた。
迷宮の入り口に到着し、装備の最終確認が行われる中、長谷川優が一枚の詳細な地図を広げた。迷宮の構造が緻密に描かれたその地図には、通路や広間の配置だけでなく、過去にモンスターが出没した記録や危険とされる区域も記されている。
「さて、これが今回の現場だ」
長谷川が指先で地図をなぞりながら説明を始めた。
「遭難者たちが最後に確認されたのはこの第4層の中央部分。この辺りは通路が狭くなっていて、分岐が多いのが特徴だ。しかもここ、最近モンスターが頻繁に目撃されているエリアだな」
彼の声には、危険区域に対する慣れのような落ち着きがあるが、同時に警戒心も見て取れる。
「ここから先、道を誤ると簡単に迷うだろうし、誰かが怪我でもしたら最悪だ。だから、進むルートを慎重に選ぶ必要がある」
長谷川が鋭い視線で地図を見据えながら言葉を続けると、俺の胸の奥にある熱が次第に強まるのを感じた。迷宮に入るたびに湧き上がるこの感覚――これが俺の中にある力だと確信できるようになってきた。
「俺の力で……遭難者を見つけられると思います」
地図を見つめていた長谷川が顔を上げ、驚いたようにこちらを見る。俺の言葉は決して驕りから出たものではない。ただ、この力がどれほど有効なのかを確かめたかった。そして、それが仲間や遭難者の命を救う助けになるなら、俺は全力を尽くしたいと考えていた。
「へえ、新人のわりにはずいぶん自信ありそうじゃないか?」
長谷川が皮肉交じりの笑みを浮かべる。
「まあ、力を試したいって気持ちは分かるけどな。けど、迷宮で“なんとかなるだろう”って思い込みは命取りになるぜ」
その言葉に、少し胸が締め付けられるような思いがしたが、口を開く前に結城美穂が静かに口を挟んだ。
「森本君、その力を信じることは大切よ。でも、慎重に進むことが最優先だと忘れないで。迷宮は想像以上に過酷な場所だから」
彼女の目には冷静な光が宿っていた。その言葉に、俺は背筋が伸びる思いだった。自分の力に頼ることが仲間や遭難者を危険にさらすことになってはいけない。その責任の重さを改めて感じた。
「……はい、わかりました。慎重に進みます」
俺は深く頷き、美穂に目で誓うように答えた。彼女の口元にわずかな笑みが浮かぶのを見て、少しだけ安心感が広がった。
「いいわ。あなたの力が必要な場面が来るはず。その時には全力を尽くしてちょうだい」
「もちろんです!」
俺の答えに、美穂も長谷川もそれぞれ頷き、全員がそれぞれ装備を整え始めた。誰もが迷宮の危険性を熟知しているからこそ、準備には一切の妥協がない。俺も支給された防護具をしっかりと身に着け、背負ったバッグの中身を最終確認する。
「森本君、防護服の留め具、ちょっと甘いわよ」
結城美穂がすぐに気づき、優しく指摘してくれる。慌てて修正すると、彼女は満足そうに頷いた。
「迷宮の中ではこういう小さな確認が命を分けるわ。焦らず、確実に準備して」
「……はい、ありがとうございます」
近くでは、女性隊員の一人が応急処置用のキットを入念にチェックしていた。小型の医療キットが並ぶバッグを開き、包帯や止血剤、抗生物質などの配置を確認している。
「よし、これで問題なし。万が一の時でも応急処置はすぐできるわ」