服毒して生き残った王太子妃が山岳民族に求婚されたのは本当なのか?【連作短編⑤】
単独でお楽しみいただける短編です。
前作を読んでいなくても、お楽しみいただけます。
アラマンダが王太子妃となって北部の国境沿いに起こった、毒による不審死事件を王太子妃自らが解決してから数週間後のこと。
アラマンダの召喚した聖獣の猫のメオ様は相変わらず、アラマンダと二人きりの時にしか人語を話さない。王太子のルートロックもメオ様と人語で会話をしたことはまだ一度も無かった。
アラマンダの私室で、メオ様は好物の魚型のマドレーヌを、時々「にゃごにゃご」と普通の猫になりながら一心不乱になって貪りついて、ティータイムを堪能していた。
「にゃ~。もうお腹がいっぱいだにゃ」
「はい、メオ様。こちらのミルクもどうぞ」
王太子妃のアラマンダは、お皿に入ったミルクをメオ様の近くに置き直す。
(うふふふふ。普通のマドレーヌはあまりお召し上がりにならなかったのに、魚型に形を変えただけでとても見事な食べっぷりですわ~)
アラマンダは、メオ様の好物が何知りたくて料理長にこっそり指示を出して、最近は魚の形にしてもらっていた。
(やはり、メオ様は猫としての動物本能もお持ちなのでしょうね)
メオ様がおやつを完食するのを見て、アラマンダは嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば、アラマンダはヘルムント辺境伯領に住んでいたであろう? ヘルムント辺境伯領の北側の山岳地帯については詳しいかにゃ?」
「えぇ。毎年、許可をいただいて研究の為、毒の植物を求めて足を運んでおりましたが。……でもここ数年は足が遠のいておりました。あの山岳地帯はノーム公爵領になっておりますが、それが何か?」
「最近、いろんな山岳民族が流入してきているのは知っているかにゃ?」
「もちろん、存じております。隣国から戦争や迫害を受けて逃げて来た者がいるというのは、耳にしたことがございます」
「それなら、話は早いにゃ。一度、あの地に我を連れて行って欲しいにゃ。きっと我の力が必要となっている気がするにゃ」
(そうなのですね。前回もメオ様の助言で、北部の国境の駐屯地に行くことになり毒で混乱に陥る前に、問題が早期解決できましたものね。メオ様のご助言があるのでしたら、向かわないわけには参りませんわ)
「かしこまりました。あの地はすでに雪深くなっていると思われますので、暖かくして参りましょう。ルートロック王太子殿下に許可を得て参りますわ」
「我も、ルートロックの執務室に共に行くにゃ」
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ルートロックの執務室に参りますという伝令を出してから、約束の時間に王太子妃のアラマンダはメオ様を両腕に抱えて、ルートロックの執務室を訪れた。
(……メオ様、少し重たくなられたかしら?)
アラマンダは、何となく丸みが増したような白くてふわふわの毛を優しくなでながら、ルートロックにメオ様からまたしても、ご助言をいただいたことを進言した。
「ふ~む。あの山岳地帯かぁ。私も実は隣国から逃げ込んでくる民族が現在どれくらいいるのか把握できていないから気になってはいたのだが……」
「国境検問所を避けて、山の鼻から侵入してくるため、どれくらいの人があそこに流れついているのか把握ができていないのですよね?」
「あぁ、そうなんだ。……それで、今回もメオ様はアラマンダにご同行いただけるのでしょうか?」
「にゃ~」
「それは、助かる。アラマンダに付き添って下さり感謝申し上げます」
(ルートロック王太子殿下も猫語がわかるのでしょうか……非凡な私では、普通の猫との違いが全くわかりませんが……)
ルートロックとメオ様の傍で会話を見守っていたサルフ宰相は理解できずに首を時々かしげながらも、ルートロック王太子殿下の指示にはきちんと従ってくれる。
旅程などの話がまとまると、今回は雪深い山に訪れるということでルートロックの聖獣、ドラゴン様の背中にメオ様とアラマンダを乗せてビュンと一瞬のうちに向かってもらうことになった。
(下道と山道で行くのもいいけれど、今の雪深い時期はさすがに私も不安だもの。ルートロック王太子殿下の聖獣様にはきちんとお礼をしないといけないわね)
今回は、もともとこの王国の民ではなく迫害にあって逃げてきた隣国からの移民のため、王太子妃という身分は明かさずに、雪で帰路につくのが困難になった女性が、山岳民族の存在するであろう集落に天候が良くなるまで滞在させてもらう……という設定で、潜入することになった。
「……だからといって、こんな猛吹雪の中……行かなくても……寒いにゃ~」
前回の移動と異なるのは、今回は馬上ではなくドラゴン様の上に防寒対策をとったアラマンダと、アラマンダの外套の中に丸まって入り込む猫のメオ様がいるということだ。
「やっぱり上空は……寒いですわね……」
ドラゴン様もゆっくり飛行してくれてはいるけれど、極寒の中山岳地帯に向かっているので、アラマンダも正直寒くて仕方がない。
(よ、予想をはるかに超えた寒さでしたわ……)
アラマンダとメオ様は早く到着することを願いつつ、山岳地帯までの道のりを何とか乗り切った。
■■■
上空から見ると、確かに集落が確認できる。とはいっても、吹雪いているので、正確には人が住んでいそうな痕跡が見えているだけで目視できない。
アラマンダはドラゴン様にお願いをして、人がいる痕跡のある部分付近で降ろしてもらう。ドラゴン様に終始「目くらまし」の『隠ぺい魔法』をしてもらっているので、他の人からはドラゴン様見えていないから、大騒ぎになることはなかった。
「さ……寒いにゃ……は、早く寒さを防げるところに……」
猫のメオ様は、猫らしく寒さに弱いらしい。ピンと伸びたヒゲにも、雪があたっている。
アラマンダは、行ったことはないけれどまだヘルムント辺境伯の令嬢として学習していた時に、この山岳地帯の地図を見たことがある。
「メオ様……恐らく、あちらに洞穴がいくつかあるはずなのです。ひとまず、洞穴まで行って、一旦、暖を取りましょう」
アラマンダも、火に当たりたい。温かい飲み物を飲んでからでないと、動き回れそうになかった。
吹雪の中、ゆっくり一歩ずつ踏みしめて、視界の悪い中にも薄っすらと見えている横穴に向かって歩き続けた。
「ふ~。やっと洞穴に辿り……」
両腕に抱えていた猫のメオ様に話かけようとして、アラマンダは口をつぐむ。
なぜなら、急遽、現れた人間に警戒する人の視線を感じたからだ。
(1,2,3……ざっと15人くらいかしら?)
アラマンダはメオ様を抱えたまま、頭にかぶっていたフードを外し、ひょっこりと顔を出すと、女性だとわかった数人の人からは、警戒が解けたようだった。
「……あのぅ……雪道で家まで帰る事が難しいので、しばらくここで休ませていただけないでしょうか?」
洞穴の入り口付近から勝手に中に入るのも憚られたので、先にここにいる人たちお邪魔しても良いか許可を得ることにした。
「nbvfyikjghjklngyui?」
「えっと……私もここで暖をとってもいいですか?」
「bgyunb」
(ここの人たちは隣国の言葉とも違う言葉を話すようね。民族独自の言葉かしら。メオ様なら何て言っているのか理解なさっているのかしら?)
アラマンダは、腕に抱いたままのメオ様と目を合わす。
「にゃ~」
(あぁ。中に入っても良いとおっしゃって下さったのね)
メオ様は、この民族の人の言葉も理解できているようだ。メオ様を介してなら、何とか意志疎通ができるかもしれない。
「それでは、お言葉に甘えて、失礼いたします」
アラマンダは、中に入っていくと火のついている傍に座るような仕草を、みんながしてくれるので火に当たるように言ってくれているのだと理解することができた。
(皆様、とても優しい心の方ばかりですわね)
パチパチパチ
火の爆ぜる音を聞きながら、しばらく火に当たっていると、この民族が差し出してくれた温かい飲み物をいただく。身体の中がほっこりしてくるのを感じた、ちょうどその時。
「おまえさん、帰れなくなったのかい?」
この王国の言葉で、急に話しかけられアラマンダは、腰かけていた木でできた椅子の上から立ち上がり、慌てて後ろを振り向く。
洞穴の入り口に狩りから帰ってきたらしき男性が一人立っているのが目に入った。
「は、はい。初めまして。アラマンダです。吹雪で帰れなくなったので、雪が落ち着くまでここに留まらせてください」
(王国語を話せる方もいらっしゃったのですね。……でも、この方だけかしら?)
この民族の話を聞くとしたら、この人が適任かもしれない。
「オレの名前はナウ。宜しくな。困った事があれば何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます」
アラマンダは、あくまで村娘を装って、品の良さが動作に出ないように気を付ける。
「それは、野兎ですか?」
ナウと名乗った男性の手には、狩ってきたと思われる野兎が3羽がいた。
「あぁ、美味しそうだろう?」
「えぇ、そうですね」
アラマンダもヘルムント辺境伯領で兎狩りはやったことがあったので、見慣れた光景だった。
「私も何か手伝いますわ」
そう言って、当たり前のように野兎の皮をはぎ、調理前の下処理をナウと一緒に行った。
(大事な命を頂くのですもの。この野兎の毛皮もこの民族にとっては防寒着として必需品だったり、これを売ることで暮らしが成り立っているはずだわ)
ナウと一緒に作業をしながら、この山岳民族のことをいろいろと教えてもらうことができた。
まず、この山岳地帯には三つの部族がいること。そして、三つの部族それぞれが独自の言語を話しているので、言葉の障害があり交流は思ったほどできていないこと。そして、三つの部族を集めても百名くらいしかいないということ。戦争からの避難や迫害を受けて隣国から逃げてきたけれど、言葉の壁もあり同族以外と結婚する機会もないので繁栄することができず、人数が減少していっているとのことだった。
「実はな、もう一つ部族はいたんだが……そこは、もう無くなってしまったな。子供が生まれて来なければ衰退していくだけだからな」
「……そうなのですね……」
ひっそりと隠れ住んでいる山岳民族の話を聞いて、アラマンダは何かできることがないか一晩、洞穴の中で彼らと雑魚寝をしながら考えた。
■■■
翌日。
アラマンダは、猫のメオ様と洞穴の外に出て、日光を浴びながら大きく伸びをする。吹雪は明け方には止んだようだ。
少し、洞穴から離れたところに歩いて行き、メオ様と会話をする。
「メオ様は、『我の力を必要としている』と思ったから、この山岳地帯に来たかったのでございましょう?」
アラマンダは、彼女の私室にいる時にメオ様と交わした内容のことを思い出していた。
「そうだにゃ。やっぱり必要だったにゃ」
アラマンダが、聖獣の『召喚の儀』を婚儀前に行う時に、猫の神様を召喚したいと望んだのには理由がある。猫の神様は『多産の神』とも言われていると書物に書いてあったからだ。この王国が繁栄するためには子孫繁栄は無くてはならないものだと考えていたからこそ、アラマンダは猫の神様を召喚したいと望んでいた。
(きっとメオ様は、隣国から逃れてきたといっても、今はこの王国にいるこの民族が衰退の一途を辿っていくのを良しとしていないのだわ)
アラマンダは、ここにメオ様と共にやってきた意味を考えて、メオ様に提案してみる。
「メオ様。もしメオ様のお力でここを救うとしたらどうしたら良いのでしょうか? 私にお手伝いできることはございますか?」
アラマンダの言葉を待っていましたとばかりの笑顔で、メオ様は用意して欲しい材料を次々と述べていく。
「今日は、これらの材料を集めたら洞穴に戻って早速作って欲しいにゃ。作り方の手順は……」
メオ様は、次から次へとアラマンダにやって欲しいことを伝えていく。
(確かに、猫様の御手では難しい作業でございますわね。……それにしても、一気にエイヤー!!と何か力を解き放つ物とばかり想像していましたが、メオ様の力は意外と準備が多いのですね)
アラマンダは、初めての取り組みに胸を躍らせながら、メオ様の指示通りの材料を手に入れると洞穴に戻り作業を開始した。
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「それは……何を作っているんだ?」
もくもくと黙って作業をしているアラマンダは、背後から人が覗き込んでいることにも気が付かずに夢中になって、メオ様の要望を叶えることに集中していた。
「あら、ナウさん。お帰りなさい! 今日の狩りはいかがでしたか?」
「あぁ。今日は雉を捕まえたぞ」
そう言うと、洞穴の外を指差して教えてくれる。どうやら、外で血抜き作業を行っているということを意味しているのだろう。
「私はですね、神様作りをしております」
「ほぅ。これが神様になるのか?」
「えぇ」
ナウには、藁を巻き付けた物体に土を塗りたくっているだけの物にしか見えない。
「今、猫の神様を塑像で作っているところです。多産の神様で子孫繫栄の効果がものすごーーーーくございますのよ?」
「へぇ~。それは、完成したら皆、喜ぶだろうな」
「三体お作りしますので、それぞれの部族の方に祀っていただきたいのです」
「わかった。完成したら他の部族の集落にも届けておくことを約束しよう」
この時のアラマンダは塑像の制作に集中しており、ナウの心に熱を灯したことに全く気が付いていなかった。
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「メオ様。最後の仕上げの段階まで来ましたわよ?」
周囲に人がいないことを確認して、アラマンダは真横で丸まってウトウトしているメオ様に小声で話かける。
「これを挿して仕上げてほしいにゃ」
メオ様の肉球の上には、細い糸のような物がのっていた。
「これは……もしや……」
アラマンダは見覚えがあるそれを自分の手の指でそっと摘まみ上げる。
「我のヒゲだにゃ」
(やっぱり……メオ様のおヒゲでしたのね。6本あるということは左右に一体につき左右で一本ずつ使うということですわね)
「加護の力を込めて、自然と抜け落ちたヒゲだから安心して欲しいにゃ」
どうやら無理に切り落としたヒゲではないらしい。
アラマンダは受け取ったメオ様のヒゲを、塑像でできた猫の神様の頬にプスリと挿して仕上げる。
「か、可愛い~~~~」
自画自賛。
メオ様を横目に見ながら塑像作りをしたけれど、目がクリクリとしたところも再現できたのでとても可愛らしい神様が完成した。
それを見届けたメオ様は、その三体の塑像の頭をちょこんと前脚で撫でつける。
「よし、起動できたにゃ」
どうやら、今のが猫の神様発動の仕草だったらしい。神々しい光も何も発さないのでアラマンダにはよくわからなかった。
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完成した塑像をナウと一緒に他の部族の集落に持っていくことになった。
ナウの話によると、各部族に一人だけ王国語を話せる人物がいるから会って直接渡した方が喜ばれるとのことだったので、結局、雪道をナウと一緒に猫の神様を抱いた状態で歩いて持って行くところだった。
「今から行く部族は五十人ほどの集落で、我々の部族との見分け方は三角型の帽子を身につけていることだ」
「あちらの部族は、鼻に成人したらピアスをするのが特徴で、ここの女性たちは細かい刺繍を衣類に施して、それを売りに行くことで生計を立てている者が多い」
ナウは、アラマンダが作った猫の神様には多産と子孫繁栄のご利益があるから、必ず祀って置くようにと説明をする。
それから、部族の悩みを聞き取りを行い、またナウの部族が住んでいる洞穴に戻るところだった。
「なぁ。アラマンダ。このままオレたちと一緒に暮らさないか?」
雪道をゆっくり二人で並んで歩きながら、ナウが提案してくれる。二人の後ろには猫のメオ様もついてきているけれど、寒くてそれどころではないようだった。
「うふふふ。嬉しいお申し出ですけれど、私には待っている家族がおりますの」
「すまない。遠回しに言い過ぎた。……オレの嫁になっては、くれないだろうか」
アラマンダは、好意を持ってくれたことに感謝してお礼を述べる。
「ナウさんの御言葉、とても嬉しいのですけれど、私は既婚者なんです」
「……そうか。すでに伴侶がおられたか。……しかし、我々の部族は妻となる女性は何人の夫を持っても良いことになっている」
アラマンダは、予想していなかった内容を聞いて少々驚く。
(一妻多夫ということですの? 確かに書物で世界にはそのような国があるとは書いてありましたが、ここに住む部族もそれを取り入れておりますの?)
「ここに住む部族は、必ず子孫を残したいと思っており、女性をとても大事に扱っている。だからこそ、夫を一人に限ることなく、何人と結婚して子を成しても良いことになっているのだ。……もし、アラマンダにすでに伴侶がいるのであれば、どうかその伴侶に相談してもらっても構わないから……オレの妻にもなることを考えてもらえないだろうか」
アラマンダの答えは決まっている。
でも、この閉ざされた地域に住むナウの考えも理解できる。すぐに返事をするよりも、対策を講じてナウだけでなく、みんなが幸せになる方法を見つけてそれを実行していったほうが、長い目でみてここに住む人たちは救われると思われた。
「ナウさん。少しだけ……返事をするお時間を待っていただけますか?」
「……わかった。是非、伴侶と話し合ってもらい前向きに検討してもらえると嬉しい」
返事は決まっているけれど、一度、城に持ち帰ってやるべきことができたのでアラマンダはニコっと微笑んで、その話はお終いにした。
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アラマンダとメオ様は、「天候が良くなったので家に帰ります」と洞穴のみんなにお礼を告げて、再びドラゴン様に乗せてもらい王城に戻って行った。
「アラマンダも大変だにゃ。求婚されておったが、どうするにゃ?」
ドラゴン様の背中の上でメオ様は、アラマンダに今後のことを尋ねてくる。
ドラゴン様も洞穴の近くで「目くらまし」の『隠ぺい魔法』をかけた状態で、ナウとアラマンダが二人並んで歩いているのを見ていたので、メオ様の「求婚された」という言葉を聞いて驚き、空を移動しながらアラマンダの方を振り返ってくる。
「こら! ドラゴン! 急に振り返ったら我とアラマンダが滑り落ちるではないかにゃ!!」
メオ様は、急に身をよじったドラゴンに気を付けるように注意をする。
「メオ様、そしてドラゴン様、ご安心下さい。私はルートロック王太子殿下の妃ですから、彼を支えることしか考えておりませんわよ?」
「それにゃら良かった~」
そんな恋愛話をしながら無事に王城に戻った日の夜。
■■■
「アラマンダ!!!」
突如、夫婦の寝室に飛び込んできたのは、ルートロック王太子殿下だった。
ルートロックの切羽詰まった顔を見て、山岳地帯での報告書を書きあげて追加することがないか読み直していたアラマンダも慌てて椅子から立ち上がる。
「どうかなさったのですか?」
「アラマンダ……山岳民族に……求婚されたというのは本当なのか?」
(あら? もう私が説明する前に話が殿下の耳に届いてしまったのですね。今晩、ルートロック殿下には直接お話ししようと思っておりましたのに)
アラマンダは、誰がルートロックに説明したのか気になるけれど、猫のメオ様とドラゴン様しかその件を知っている者がいない。
(メオ様はルートロック王太子殿下と人語でまだ会話していないとおっしゃっていたから……ドラゴン様がお話になったに違いないわ。……ということは、ドラゴン様とルートロック王太子殿下も二人でいる時は人語で会話なさっているのかしら?)
血相を変えてアラマンダの返答を待っているルートロックが目の前にいるというのに、のん気なアラマンダはドラゴン様の能力について考えてしまっていることに気が付き、慌てて意識を引き戻す。
「えぇ、その求婚話は真実でございますよ?」
「……」
更に困惑した表情を浮かべ動揺したルートロックを見て、アラマンダは自分が愛されているのだと感じることができる。
「……返事もまだしていないというのは……本当なのか?」
俯き加減で、アラマンダがなぜ返事をしないのか戸惑っている様子がルートロックからひしひしと伝わってくる。
「はい。他にやるべきことをやってからお返事をするべきだと思い、一度、持ち帰って参りました」
そのアラマンダの返事を聞いて、なぜか離縁の手続きをされると思い込んだルートロックは、彼女にどれだけ惚れているのかツラツラと語り出した。
「私の愛情表現がまだ足らないのであれば、もっとそなたに伝わるよう努力しよう」
「いいえ、ルートロック王太子殿下に愛されていることは十分承知しております。私は離縁などいたしませんよ? どうぞご安心なさってくださいませ」
ルートロックの両頬にアラマンダは両手を添えて彼の瞳を覗き込んでから、自らルートロックの唇をキスで塞いだ。アラマンダはルートロックに久しぶりに出会えた喜びを深いキスで伝えてみたくなったのだ。
「……私が、愛しているのは殿下だけですよ? この報告書を書いて殿下に許可を頂いてから、再びあの山岳地帯に行こうと思っておりましたの」
そう言って、アラマンダは自分の考えた対策を記載した提案書付きの報告書をルートロックに手渡すと、安心したルートロックは額に右手を添えて、溜息をつきながら寝台にポスンと腰を下ろした。
アラマンダの提案書には、山岳民族の少子化と衰退、一妻多夫制度の現状が書かれており、それに対する対策案が書かれていた。
まず、山岳民族には三つの部族があり、それぞれが独自の民族語を話すため、会話が成り立っていないこと。そのため、王国が山岳地帯に学校を作り、共通語として王国語を学べるように支援することで、王国語を学べる機会を設けて山岳地帯以外の職についたり、自分の民族以外と交流することで出会いの機会が増え、婚姻率を上げること。自分たちが洞穴で作った手作り品を王都で販売するためも販路拡大にもつながることなどが書かれていた。
「あとはですね。メオ様の御力を分け与えた多産、子孫繁栄の神様を作りましたので、その加護が大きく得られるのではないかと思っているのです。そうすればきっと安泰だと思いますわ」
「そうだな。あと付け加えるなら、彼らにこの王国の民として国民権を与えるかどうかくらいかな。それができたら王国医療も受けられるようになるし、生存率も上げていけるかもしれないな。まぁ、それと引き換えにこの王国の税の負担は発生してしまうが」
「そうですわね」
その後、ルートロックとアラマンダはこの案をまとめ上げ、再び山岳地帯を再訪した。
今回はルートロックも同行するが、彼も王太子という身分を伏せて村人を装いアラマンダの夫だという説明をするために訪れた。
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アラマンダの再訪は、ナウだけでなく洞穴にいる言葉の通じない人たちにも喜んでもらえた。
「ナウさん。ご紹介致します。こちらが私の夫の……ロックでございます」
「おー! アラマンダの旦那さんは素晴らしく男前な顔つきなんだな。……それで、オレとの婚姻も考えてくれたからこの地に一緒にやってきてくれたのか?」
「初めまして。ロックだ」
ルートロックも一妻多夫の制度はなかなか理解しがたいけれど、彼らの培ってきた制度を否定するつもりもなかった。
「ナウ殿。我が妻、アラマンダの魅力に気が付いてくれたことを嬉しく思っている。……だが、残念ながらナウ殿との婚姻は認められない。申し訳ない」
ルートロックは真っ直ぐとナウの顔を見つめて、アラマンダの良さを認めてくれたところを感謝しつつも、婚姻の件は認められないと伝える。
「そうか……それは、残念だが仕方がないな」
「申し訳ない。私は強欲で独り占めしないと落ち着かない性格だから……アラマンダは自分だけの妻でいて欲しいと願っているんだ」
「はははは。それもそうだな。アラマンダは魅力的だから、毎晩、夫同士で彼女を取り合いになるのが目に浮かんでくるな」
傍で聞いているアラマンダは、ハラハラしながらも途中から気恥ずかしくなって下を向いて顔を真っ赤にしてこの話が終わるのをひたすら待っている。
その後、アラマンダが考えた学校建設に王国が許可してくれたから王国語が学べると伝え、それが実現すると利点が増えることをナウに説明すると、彼は目を瞠って喜び、民族として確固たる居場所を作ろうと尽力してくれたアラマンダの偉業を三つの民族に伝えてくれた。
きっと、アラマンダが本当は村娘ではないと、この会話でバレてしまったようだが、ナウも他のみんなも、別れを告げる時までアラマンダを出会った時と変わらず、村娘として扱ってくれた。
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それから、数年後。
ナウを始めとする三つの山岳民族は王国語が話せるようになったことで、人との交流する機会が増え少しずつ栄えていった。
しかも、逆に王国民が山岳民族の洞穴にある子孫繫栄の神様の力が絶大だという話を聞きつけ、山岳地帯に自ら出向き、洞穴に祀ってある猫の神様を拝みに訪れるという観光業も活発化していったため、猫の神様の作り手が吹雪の中に舞い降りた女神様だったのではないかという神話まででき、子々孫々、山岳地帯の口伝として伝わり続けたとのことだった。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
楽しんでいただけましたら、↓☆☆☆☆☆の評価、ブックマークを宜しくお願い致します。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つで教えていただけますと嬉しいです。
ルートロック王太子殿下とアラマンダの出会いの話を【連作短編①】でお読みいただくことも可能です。