6.黎明の逃走
大型の物流トラックが時速二百キロを超える速度で車間距離もなく連なっている。その間を走っていた搬送車はやがて左側の低速車線に移った。そこからさらにSAへと進む分岐へと進む。
車は急減速した。
すでに夜は明け、一面の厚い雲が空を覆っているのが見て取れた。
SAの広い駐車場にはポツポツと車が停止している。搬送車はその端、建物から離れた場所にゆっくりと停まった。レオは運転席から降りた。車両後部にまわって扉を開ける。
モニターで確認していたとおりの空間がそこにはあった。手前右側にストレッチャー。左側にもストレッチャーが置けるだけの幅があるがそこには何もない。その奥の椅子に女性医師が腰掛けたまま寝ていた。
彼はストレッチャーの上に固定されているカリナの体を見下ろした。その腕に点滴の管が繋げられている。彼は手をのばし、無造作にそれを外した。それからストレッチャーのベルトのバックル部分を操作して全てを外す。寝ているところを連れてこられたのだから当然、彼女の目にバイザーは装着されていない。スウェットの上下を着ただけの格好だ。
その肩を揺すってみる。彼女は目を覚さない。次にレオは彼女の頬を叩いてみる。最初は軽く、次第に少し力を入れて。
数回の後に彼女の表情に変化が生じた。目をギュウとつぶるような動きと共に「んんー」という声が漏れた。彼はもう一度強く彼女の肩を揺さぶった。
カリナの目が薄く開いた。
「んんー、痛い――。頭、痛い。なに、これ……」
次の瞬間、彼女の目が大きく開かれ、目の前のレオの姿を認めた。
「レオ! あれは何だったの。怖かった。大勢の人が……」
彼女の手がレオの腕を掴んだ。彼はただ〈もう大丈夫だ〉ということを伝えようとするかに微笑を浮かべて頷いてみせた――言葉での伝達手段がないことにもどかしさを覚えた。そのようなことを感じたのは彼にとって生まれて初めてであった。
彼女はバッと上半身を起こしレオに抱きついた。
「怖かった、レオ、ほんとに……、死ぬかと思ったぁ」
カリナはおいおいと泣き出した。彼は一瞬、対処に困ったが、彼にアクセス可能な膨大なデータを瞬時に検索した結果、こういう場合はただ背中を撫でてやればいいということがわかり、その通りにした。
数分ほども泣き続けて、ようやくカリナは体を引いた。レオも手を下ろした。彼女は俯いた。
「頭……、痛い……」
催涙ガスの後遺症と考えられた。レオは車内のインベントリのデータにアクセスした。頭痛薬の在り処がわかった。収納棚の引き出しを開け、薬の束を取り出した。十錠の入った一枚のシートを彼女に差し出す。
彼女は力ない手でそれを受け取った。
「あ……、ありがとう」
カリナは手を目の横に当てた。薬についての説明が視界にポップアップしなかったことで、初めて自分がバイザーを掛けていないことに気づいたのだった。
「あ……、そか」
レオは車内に据え付けのウォーターサーバからプラカップに汲んだ水を彼女に差し出した。彼女はそれも受け取る。
「ありがとう……。何錠、飲めばいいんだろ」
呟くように彼女は言う。いつもなら即座にミントがそれに答えてくれるのだが。
レオは指を二本立ててみせた。
「二錠? ありがとう……。そか、レオの声も聞けないのね……」
カリナは頭痛薬を飲んだ。それから彼女は周囲を見回す。
「ここはどこ? そこの人は?」
口にしてから、質問が無駄だということに彼女は気づいた――レオには答えようがないのだ。彼女は少し考える。それから口を開く。
「わたしたちは囚われてるの? ここから出られないの?」
レオは首を振った。
「そうなんだ。レオがわたしを助けてくれたのね」
彼は頷いた――実際のところそれは結果論としてのYESであり、彼はもっとも効率よくあの場を脱出する手段を計算した結果として彼女をダシに使った、とも言えた。だがそれならば今は彼女と医師をそのままにしてこの場を立ち去るべきでもあったのだが、彼はそれをしなかった。なにが彼にそのような行動をさせているのか、彼自身にもまだ理解できていない。
「わたしの部屋に襲ってきたのは公安局? レオを探してた人たち?」
再度、彼は頷く。
「ここは安全なの?」
彼は首を振る。
「そうか……」
カリナは状況を理解し始めた。しかし自分がどうすべきなのかはまったくわからなかった。困惑の表情で呟くのみだ。
「困ったな。バイザーがないとわたしは何もできないよ……」
レオはそばで寝ている医師のところに行って、その顔にかかっていたバイザーを手に取った。それを見て彼女は言う。
「ダメよ、生体認証が掛かっているから他人のバイザーは使えないわ」
彼にはもちろんそのことはわかっていた。ただ、医師の使っているバイザーには製造ロットによって特定の信号で機器を初期化できるというバグが存在していた。それで彼はバイザーに記載されているロット番号を確認したのだった。
残念ながら該当しなかった。彼はそっとバイザーを医師の顔に戻した。
なんとか彼女との意思疎通を図るべく、彼は車内のネット接続機器をことごとくチェックしていった。ようやくひとつの機器に行き当たり、棚を漁ってそれを取り出した。トリアージタグである。本来は、大量の怪我人が発生しているような事故現場で処置すべき患者それぞれに優先順位を明記したタグをその体につけるという使い方をするものだ。そのためにネット経由でそこに簡単なメモを書き残すことができる仕組みである。旅行鞄につける名札を少し大きくしたような形状をしている。
カリナにそれを一枚手渡した。
「なにこれ」
受け取ったそれに彼女が視線を落とすと、そこに文字が浮かび上がった。
〈これでオレの言葉を伝えられる〉
「へえ」
表示スペースには一度に二十文字程度しか表示できない。
〈ここには長くいられない。じきに追手が来る〉
「うん」
彼女はそろっとストレッチャーから足を下ろした。そしてゆっくりと立ち上がる。こめかみを押さえた。まだ頭痛薬が完全には効いていない。
「靴もなし、か」
彼女はそう言ってレオの足元に目を向けた。二人とも裸足だ。
〈オレは裸足でも問題ない〉
「そう?」
〈君はその医者の靴を拝借しろ〉
「え」
カリナは医師の足元を見た。官給品らしきスニーカーである。
「サイズ合うかな」
〈睡眠誘導されているから簡単には目を覚さない〉
カリナは頷いた。
医師の靴を脱がして履いてみた。少し緩かったが紐をキツく縛れば問題ない程度と思われた。
〈行こう〉
レオは搬送車の後部ドアを大きく開けた。とたんに外部の冷気が車内に流れ込んでくる。思わずカリナは背を丸め、自分の上半身を抱き抱えるようなポーズとなった。その様子を見たレオは、自分の着ていた警察のウインドブレーカを脱ぎ、カリナの背に掛けた。
「あ……、ありがとう」
彼女はそれに腕を通し、ジッパーを引き上げた。
レオはカリナの手を握った――彼女はドキリとする。彼は搬送車のドアから、ゆっくりと地面に降り立った。続く彼女が降りるのを待ってから、その手を握っているのとは反対の手でドアを閉めた。
彼は搬送車のコンピュータに指示を送った。スルッと車が動き出し、高速道の本線へと続く出口に向かった。
「どこに行くんだろ」
車が動き出したのがレオの指示によるものだとは気付いていないカリナが呟いた。
〈北。あの医師が目を覚まして車を停止させる[続]〉
彼女はレオの顔を見上げた。車の行方について彼女の関心はそんなに続かなかった。
〈依頼を公安局に投げるまで〉
それからレオはゆっくりと歩き始めた。手を繋がれたままのカリナがそれに続く。
彼が彼女の手を握っているのは、このSAに配備されている監視カメラから二人の姿を消す際の処理の効率を考えてのことだった――手を繋いでいれば削除すべきオブジェクトは常にひとつとなる――が、もちろん彼女のほうではそんな事情はわからない。バイザーのない自分を気遣って彼が手を引いてくれているものと受け止めた。
彼女がバイザーなしに外の空気に触れるのは実に小学生の頃以来だった。今、実際にやってみると彼女はそのことにかなりの不安を覚えた。動いている車を見ても警戒のための強調表示にならないし、SAの各施設に目を向けてもそれぞれの施設の説明がフキダシ表示されないのでトイレの入り口がどこなのかさえもわからない。
「ここは中央東京の中なのかな」
彼女は呟いた。〈違う〉とタグに表示された。
「そうなんだ」
ならばバイザーを装着していなくてもとりあえずは条例違反にはならない――彼女はそんなことを考える。まだ自分という存在がそういう社会的枠組みから外れつつあることは理解できていない。
二人はSAを取り囲むフェンスの傍にまで歩いてきた。レオはカリナの手を離した。
〈ここを乗り越えよう〉
「ん?」
〈ちょうど監視カメラの死角だ〉
「あ、そうなの?」
彼女は周囲を見回した。彼女にはどれが監視カメラなのかすらわからなかった。なんでレオにはそんなことがわかるんだろう――。
そんなことを考えている彼女に構うことなくレオはフェンスに登って、すぐに反対側に飛び降りた。さほど高いフェンスではない。
仕方ないので彼女もフェンスに手を掛けた。なぜだか戸惑いを覚えた――そこを超えたらもう後戻りができない世界に足を踏み入れることになるかのような。彼女はフェンスの向こう側のレオの顔を見た。その目はまっすぐに自分に向けられていた。彼は頷いてみせた。彼女は心を決め、手に力を入れた。
地面に降り立ったとき、カリナはかつて感じたことのない開放感を覚えた。その理由はわからなかったけれども。
フェンスの外側には首都近郊エリアとしてはごく一般的な住宅街が広がっていたが、カリナにはそれが目新しいものに映った。一戸一戸が独立している割にはやけに小さい建物だ、自分が子供の頃に暮らした街のそれと比べて。それにそれぞれに妙に狭い庭がある。ドラマなんかでは見たことのある風景だけど、生で見るのは初めて――。
早朝なので人の気配はない。
二人は歩き始めた。
「どこへ行くの?」
カリナは訊く。
〈どこか人の多いところ〉
そうタグには表示された。
視線を落とした彼女にはレオの足元が目に入る。裸足でアスファルトの上を歩く足、なんとかしなくちゃ――。
そう思って彼女はあたりを見回した。
「ね、ちょっと待って」
彼女は目の前にある家の掃き出し窓から庭に通じるステップにサンダルが置かれているのを見つけたのだった。
彼女はその家の門扉の横の塀を乗り越えて庭にそっと侵入した。素早くサンダルを失敬して再び塀を乗り越える。
レオの待つ路上に戻って、あらためてカリナは自分の盗ってきたモノを見た――庭に侵入している間はそれを確認する余裕がなかった。サンダル一足とはいえ、それは犯罪行為であることに違いないのだから――長いこと風雨にさらされていた感じのサンダルだ。
「ないよりはましでしょ」
そう言ってカリナはそれをレオの足の前に揃えて置いた。
彼はサンダルに足を突っ込み、サムアップしてみせた。満面の笑みで応えつつ、カリナはサムアップし返した。初めて彼と気持ちが通じ合ったように思えた。
二人は住宅地を歩いた。二、三分も経たないうちにカリナはしゃがみ込んでしまった。
「んんん……」
頭痛がぶり返していた。薬によって一旦は治まりかけていたのだが、そこで彼女は普通に歩こうと努力してしまった。自分が弱っているとレオに思わせたくなかったのだ。
彼女はレオに渡された頭痛薬の残り八錠をポケットに入れているが、時間をあけずに飲むわけにもいかない。
レオは彼女の隣に膝をついた。
〈頭が痛むのか?〉
小刻みに震えるカリナの手にあるタグに、そう文字が浮かび上がった。
彼女は小さく頷いた。
彼は周囲を見回した。延々と一戸建て住宅が並ぶ道。夜が明けて間もない街並みには人影もない。
レオは、カリナの両肩を掌で支えるようにして一旦立ち上がらせ、すぐそばの家の玄関先の門扉の前の段差のところをベンチ代わりに彼女を座らせた。
〈力を抜いて〉
少し訝しく思いつつも彼女はそのとおりにする。
このような場合に打つことのできる、ありとあらゆる対処方法をレオは瞬時に検索できる。スーパーコンピュータを超える演算能力を用いてベストな応急処置を決定することが彼には可能だ。
このときにレオが導き出した解は、頭痛に効くツボを刺激するという方法だった。
彼はもちろん、ツボを押すという行為をこれまでに行ったことはない。しかし彼は、エキスパートシステムを呼び出すことで、いつでも世界最高レベルの施術者になることができる。自分の肉体的能力を超えることはできないという制約は残るが。
カリナの額の上部にそっと左の掌を当て、右手で後頭部から首筋の辺りを押していく。彼女が深く息をついたのがわかった。つぎに両手を使って肩と、背中。それから腕、足へと。真剣な顔つきでレオはツボを押す。
気持ちいい――そうカリナは感じた。ちから加減もそうだが、それとともにレオの手のあたたかみが心地よかった。すぐに彼女の体からは余計な力みが消え去った。うっとりとした心持ちで彼女はレオに身を委ねる状態となった。いつまでもこれが続くといいな――いつのまにか彼女はそう考えている。
十分もすると、不思議なほどカリナは自分の体が軽くなったことを感じていた。このような体験はかつて味わったことのないものだった。
「うわあ、すんごい楽になった」
彼女はそう言って、首を回してみた。
「ありがとう、レオ」
それは口先だけの感謝ではなかった。そして彼女の心のうちには、彼の優しさ――実際にはレオは状況に対して有効な解決方法を選択していたにすぎなかったのだが――に対する依存心のようなものも芽生えていた。
カリナの言葉にはなにも返さず、彼は腰を上げた。
〈行こう。どこか休めるところに〉
彼女も立ち上がった。
「もう大丈夫よ、わたしは」
それは見込みが甘すぎると彼は判断したが、指摘はしなかった。カリナ自身の評価にかかわらず、彼女には休憩が必要だと彼は認識していた。瞬時の検索により、ひとまずの行先として彼は近隣の二十四時間オープンのカフェを選択した――そこにはリラックスできるソファタイプの席がある。
〈あと十一分、歩く。ゆっくりでいい〉
彼女は頷いた。
〈悪いが、まだタクシーは呼べない〉
ここでタクシーを使えば公安側に自分の動きをキャッチされる確率が高まる、そうレオは考えていた。もちろん彼は自分の存在の痕跡をネット上からリアルタイムに消していくことができるのだが、タクシーが動いているという事実を示すデータを削除することはできない。いや、やろうと思えば消せるのだが、それをすればデータに不整合を生むことになる。それではむしろ逆に自分の居場所を知らせているようなものだ、そんなことができるのはハンドラー以外にいないのだから。
データのマイニングは十二天子のAIモジュールによって行われる。膨大なデータから特異なものを抽出する作業。自分らが姿を消したタイミングでこの周辺で起きるイベントはすべてスクリーニングの対象となる。できるだけそれに引っかからないようにすることが肝要だ。レオはそれが決して簡単ではないことを知っている。
しばらく行くと、周囲は住宅街から商業地区になった。広めの道路には車も少しばかり走っている。その道沿いにはちょっとした複合アミューズメント施設――地方によくあるタイプの――があり、その並びにいくつかの飲食店がある。イタリアン、中華、和食など。いずれもが営業中だった。それらから少し離れたところに目的のカフェがあった。
二人はその店に入った。
中にはまばらに客がいた。誰もが一見してこの店で朝を迎えたという風情だ。
カウンターで注文する方式の店だったので、二人はまっすぐにそこに足を向けた。
「あぁ……」
カリナが声を漏らした。
「バイザーがないと注文もできないわ」
普通なら無人のカウンターの前に立てば目の前の空間にオーダーメニューがポップアップする。バイザーをかけていなければ当然それは見えない。
「わたしはなんでもいい。レオに任せる」
レオは即座にメニュー上のすべての飲み物の成分・効能と今の彼女の状態とを含めて演算し、カリナにはホットココアが最適であると判断した。
問題は自分の分だった――それについて考えたときにレオは微かな戸惑いを覚えた。
彼は自分ではカフェなどに来たこともなければ、コーヒーなども飲んだことがないのである。いや、もっと言えば彼は成分を細かに調整された自分専用のドリンク以外のものを飲んだことがなかった――カリナの部屋に転がり込むまでは。自分で飲みたいものを選んだことなどないのだ。
大袈裟に言えば、レオはここで生まれて初めて純粋に自分の欲求と向き合う必要性に迫られた。とはいえ彼にはメニューのどの飲み物も実際にはどんな味のものなのかすら――データとしては知っているが――わからなかったので、本質的な意味では何も選びようはなかったのであるが。
彼は、コーヒーを飲んでみよう、と思った。統計的に最も人が恣意的に選ぶことの多い飲み物だった。それがどんなものか体験してみたい、という好奇心である。
宙に浮くメニューにタッチし、注文を終えた。
清算のタイミングで彼は店舗のシステムに介入し、自分の会計に無料クーポンを適用させた。これはビットをひとつ立てるだけの処理なので介入した形跡が見つけられる可能性はほぼゼロと考えられた。もちろん彼はそうしようとさえ思えば、この場にいる誰かの口座を使って清算させることもできたし、そもそも会計そのものを無かったことにもできた。単にもっともイレギュラーな痕跡の残らない方法を取っただけである。
当然ながらカリナには何が行われているかは一切わからない。レオのバイザーが普通に清算をしたものと思った。
ふたりは隣の受取カウンターに移動した。レオはカフェに来るのは初めてなわけだが、このような場での要領はよく知っている。日々、国内のありとあらゆる監視カメラの映像を処理している彼の脳は、どんな場での物事の進み方やマナーといったものでも熟知している。
トレイに載った二つのカップが機械から出てきた。
レオはトレイを手に取った。カリナが先に立って店の奥に進み、彼は後に続いた。だが彼女はフルにリアルな世界に慣れていない。空いているテーブルを見てもそれが本当に空いているのかどうかをバイザーが教えてくれないので、その場で躊躇してしまった。結果、レオに促されて二人がけのテーブルの奥側の椅子に腰掛けることとなった。
窓際の席だった。
「わたしもコーヒーでよかったのに」
レオが目の前に置いたカップを眺めてカリナはそう言った。
〈コーヒーは頭痛に悪影響がある〉
「そうなの?」
レオは自分のカップを口に運んだ。
うむ、確かに苦い――これがコーヒーの苦さというものなのか、という感想を彼は抱いた。
カリナは両手でココアのカップを持ち、少し啜った。ダメージのある体に甘さがしみわたる感じがした。
「おいしい」
思わず彼女はそう口に出した。ココアなど飲むのは小学生の頃以来である。さらにひと口飲んだ。
それから窓の外に目を向けた。
リアルの街並み――そこにはバイザーによる説明もなければ補正もない。もちろん広告も。なんとも無味乾燥なように思えた。そのうえ細かい部分に焦点が合わず、ボケたように見えた。頑張らないと自分が何を見ているのかわからない、という感じか。
ココアをもうひと口。
急に彼女は眠気を覚えた。頭痛薬のせいかもしれなかった。あるいはレオにずっと優しくされ続けていることでの安心感からか。椅子はゆったりとしていて体を包み込むような感じがあった。カップをテーブルに置くと同時に、もう彼女の目は閉じている。
その呼吸に合わせてカリナの胸がゆっくりと上下するのをレオはしばらく見つめていた。ふと、搬送車の中で彼女に抱きつかれたときの感触が蘇った。それとともに自らの喉の奥にヒリリと灼けつくような感触が発生したことを認識した。彼はそれを不思議に思った。