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エピローグ

 ケイジュは公安局の自室の窓から白い建物を眺めている。工事の進捗を見るため、バイザーをミクスチャーモードに切り替えた。リアルの割合を最大の八割にセット。

 そこにはすでに、輝く白い建物が再建されていた。以前よりもひとまわり小さい建築物である。

 目前に広がる中央東京の街並み――ほとんどは積み重なった瓦礫があるだけの荒凉とした風景。戦後に整備されたのは、まだせいぜい二、三割程度か。だがこの政治・商業区で整備された区画に新たに建てられるのは地上が二階建てまでであとは地下に延びていく形なので、実際に目につくのは瓦礫と破壊されて使用不能になった高層ビルばかりである。

 そして目の前にある皇居。そこは戦後、処理不能の汚染された瓦礫の集積所と化した。先の大戦時に首都の受けた戦術核ミサイル攻撃による被害は甚大だった。行き場所のない瓦礫はここに集められ、その量は今でも増え続けている。もちろんそのことは一般国民の知りうるところではない。

 情報技術センターの爆破は反政府組織によるテロであったと公式には記録された。それを防ぐことのできなかったケイジュの責任を問う声も挙がったが、その後の復旧のスピードを評価する声もあり、相殺ということでなんとか降格は免れた。

 一連の出来事について、今でもケイジュには腑に落ちない点が多い。だがとりあえずはすべて収まるところに収まった。良しとせねばなるまい、と彼は考える。

 爆発の後、まるですべて事前に準備されていたかの如くに重態であった十一人のハンドラーの脳が取り出されて機器に直結されるという処理がなされた。サカキバラとエリたちはその技術を完成させたばかりだったということだったが、あまりにもタイミングが良い話である。

 レオはなぜ、十二天子本体が稼働する地下のマシンルームには一切手をつけずにハンドラーのいる上層階だけを爆破したのか。ネイティブのハンドラーが他のハンドラーたちに個人的な恨みなどを抱くとは思えない。ケイジュの印象ではそもそもネイティブのハンドラーたちが強い感情というものを抱いているように見えたことすらなかった。レオの行動にはなにか別の理由があったのではないだろうか。

 レオとカリナの死体は確認されていない。情技セン周辺にいたデモ参加者らの死体も身元不明者扱いとされ、ほぼ検分されずに処理された。政府として市民の死亡を認めてしまうと補償問題が発生するからである。臭いものには蓋をする戦後政府の典型的対応だ。レオとカリナの死体も彼らのものと一緒に処理されてしまったのだろうか。だが、情技セン周辺でのデモ参加をよびかけたのがレオである――証拠は見つからなかったが――ことを踏まえると、これは自分らが死亡したと思わせようというレオの策略だったのかも。しかしタイミング的に言えばレオは爆発時には拠点内から外に出る時間はなかったであろうから、やはり死亡したものと考えるのが妥当かもしれない。

 爆破を免れた二人のハンドラー、ジョウとハルカだが、なぜか爆発の寸前にベンとフユキとシフトを入れ替わっていた。彼らはコクーンに入っていなかったため他の職員らと一緒に避難できた。本来であればベンがエクササイズ、フユキが休憩のタイミングだった。シフトの入れ替えというのはこれまでにもまったく行われていなかったわけではないが、大抵はシフトの切り替わりのタイミングで行われるものだし、二人同時に入れ替えというのも初のことだ、それになにより、その必要性が感じられない。なぜだったのか。

 ――といったところがケイジュの抱いている疑問である。

 だが、災い転じてなんとやらではないが、ハンドラーが直結されたことにより十二天子の処理能力はおよそ三十パーセントも向上したのだ、多少の疑問には目を瞑るしかない。そこを掘り下げようとして、せっかく丸く収まったものを覆すようなことは立場的にできない、というのが彼の実情だった。消化できないものでも飲みくだす他ない。

 ケイジュはミクスチャーモードを終了させる。

 目の前には、整備された緑に囲まれた皇居の歴史ある建物と、その向こうに輝く白い建築物、十二天子の拠点。

 そして高層ビルの建ち並ぶ中央東京のお馴染みの風景が広がる。

 ため息をひとつつき、彼は執務に戻った。


 事件後、ハルカとジョウにはそれぞれ専用のコクーンが用意された。しかし、以前のようなシフトという制度は撤廃され、二人は睡眠代わりにディープダイブに入るだけとなった。それ以外の時間は何をしていても構わないこととなったが、正直、そんなことを言われても手持ち無沙汰なだけであった。もっとも意味のある時間の使い途として二人が辿り着いた答えは、体を鍛えることだった。

 ランニングなどの基礎トレーニング以外には、ボルダリングやスカッシュなどに二人は没頭することとなった。

 彼らはたまにレオのことを思い出し、その行方を探ってみたりもしたが、何も得るところはなかった。だが実際のところ、彼らはディープダイブ中にはレオの存在を感じていた。起きている間にはそれを思い出せないでいるだけだった。だから彼らはレオのことを心配はしていなかった。

 拠点内に閉じこもっているのに飽きた二人は外に出ることを画策し始めたが、その際にネックとなるのが、ハンドラー同士がイントラネット内でしか相互に通信できないという設計になっていることだった。ハンドラーはオルターネットに自在にアクセスできるが、オルターネット側からハンドラーへのアクセスはできないという設計思想なのだ。

 しかし拠点から外部に出たときに、ハンドラー同士が連絡つけられないのは不便極まりない。

 そこで拠点のイントラネットにはVPNバーチャルプライベートネットワークの接続口が設けられることとなった。これによって二人が拠点外に出てもハンドラーたち――脳だけとなった十一人も含め――は常に連絡を取り合うことができるようになった。

 そのVPNへのアクセス情報さえ伝えることができれば、レオとも連絡が取り合えるようになる――。

 二人、いや、十三人のハンドラー全員が、そうなる日を心待ちに思った。

 そして皆がいつかその日がくることを確信していた。


「ここはなんなの」

 カリナがそう尋ねた。二人は打ち捨てられた廃墟のような古い建物にいた。東京を離れたのち、時に短く、時には長くひとつところで過ごし、転々として、長い期間を経て二人は此処までやってきた。かつては避暑地とされていた山間の街のはずれ。樹々の生い茂った中の細い道を延々と歩いて此処にたどり着いた。

「昔、此処に住んでいた。生まれてから戦争が終わる頃まで。オレ自身、そのことを忘れていたけどな。どのみち建物から出ることはなかったから、どこにいても同じだった」

「へえ、そうなんだ」

 彼女は室内を見回す。不可思議な装置が円形に並んでいる。数えると、十二個ある。白いカプセルのような物体。

 彼は当時のことを思い起こしていた。一般の人々が知るところの戦争の、その前にあった出来事を――。

 それこそが〝第三次世界大戦〟だった。それは、ほとんどの人間がその存在を知ることのないままに、始まって、終わった。

 戦った相手がどんな実体のものだったのかは分からない。超巨大AIなのか、それとも、十二天子じぶんらと同じようにAIと人間のハイブリッドだったのか。とにかく主だった国のシステム同士がインターネットを介して攻撃し合うことになった。それは長く続いた。

 十二天子も他の国のシステムも、そろそろ事態に幕引きを図る時期だと考えた。このままでは互いに消耗し尽くし、共倒れになる未来が予測できた。

 最初に動いたのは某国のシステムだった。それはリアルに戦争を引き起こすことで事態を収拾しようとした。最終的に大戦に参加していたすべての国のシステムはその手段に相乗りすることになる。だが、それは表面的な見え方であり、事実はやや異なる。

 十二天子は某国のシステムにハッキングを仕掛け、某国から日本に宣戦布告をさせ、東京に長距離ミサイルを打ち込ませた。そう、それは十二天子のやったことだったのだ。その結果、国家間防火壁が施設されることになり、インターネットはオルターネットに差し替わった。そのことでようやく十二天子は大戦から身を引くことができたのである。

 他の国のシステムもそれに追随した。インターネットという戦場が遮断されたことで、ようやく第三次世界大戦は終わった。リアルの世界での戦争は大戦を終わらせるために各国システムが描いたシナリオの通りに演じられたものでしかなかった。

 彼は当時、まだ幼さの残る少年だったが、すでにハンドラーとして十二天子の一部となっていた。なにが起きていたのかは認識していたが、特にそれに対して思うところはなかった。それは今に至るまで変わることはない。

「このカプセルの中で寝てたんだ。中に入っている液体に浮いた状態でね」

 彼は慣れた手つきでカプセルの蓋を開けた。当然、中に液体はない。かすかな薬剤の乾いた匂いが空間に放たれた。

「ふーん、気持ちよさそう」

 カリナもそこを覗き込んでそう言った。

「ああ、ぐっすり眠れる。それこそ死んだように」

 彼はそう返す。

 ――あるいは実際、死んでいたようなものだったのかもしれない。あの頃のオレは生きていたと言えるのだろうか。

 今は違う。今は確実に自分が生きているという実感がある。

 だが当時と今となにが違うのだろう。わからない。ただ確実なのは、カリナがそばにいるということ――。

 彼は彼女の肩を抱き寄せた。

「なあに? 二人で入るには狭すぎるわよ」

 カリナのそのセリフに彼は声を立てずに笑った。彼女もウフフと笑う。

 二人は抱き合った。

 そのときだった。

「レオ、そこにいるのかい?」

 部屋の隅から声がした。そこに人影があった。

 彼女の背に回していた手を離し、彼は身構えた。少し混乱する。周囲の状況はモニタリングしており、ここには誰もいないはずだった。

「複合現実の動画だわ。大丈夫、リアルじゃない」

 カリナは昔の仕事での経験上、すぐにそれとわかった。

 人影は近づいてきた。それはダイタ・ジョウだった。

「驚かしたかな。君がいつかここを訪れるかもしれないと思ってね。いや、正確に言えば、エリに頼んで君がここを訪れるよう潜在意識にメッセージを流してもらった。無害なやつだからどこまで効き目があるのか分からないけど」

 ジョウはそこで言葉を切った。カリナは少し体を横にずらしてみた。自分の立ち位置にかかわらずジョウはまっすぐにこちらに視線を向けていた――そういう作りになっていることを彼女は確認してみたのだ、ジョウがずっと自分を見ているのが気になって。つまりどこから見ても相手が自分を見ているように見える動画なのだ。

「君に伝えたいことは一点だけ。拠点のイントラにはVPNが導入された。だから僕らは離れていても直接にコンタクトできるようになった。アクセスポイントは――これは機密事項だから録画には残しておけない。だが君にはわかるだろう、アクセスポイント、アカウント、パスコード。どれも君になら想像がつくものを設定してある」

 カリナは隣にいる彼の表情を見る。彫像のように美しいその顔。そこにはなんの感情も浮かんでいない。

「それだけだ。また会える日を待ってるよ、レオ」

 ジョウの映像が消えた。

 沈黙。

 カリナは彼の手をそっと握った。彼も握り返してくる。

「昔の仲間なのね」

「ああ」

「連絡するの?」

「そのうちな」

「大丈夫?」

「なにが?」

「公安の罠だったりしないかしら」

「それはない」

 彼は即座に否定する――公安局は自分を積極的に探しはしていないことを彼は知っている。十二天子が自分の存在を検出すれば公安は動き出すだろうが、それは起きていない。皆が自分のことを裏切らない限り、それは起きない。

「行こう」

 彼はカリナが不安を感じているのを察知し、その手を引いて歩き出した。此処は地下深くにある核シェルターなのだ。核攻撃には耐えられるかもしれないが、出口はひとつしかない。つまり、追っ手にそこを押さえられたら逃げ場がない。そのことが彼女を不安に陥れているのだ、と彼は理解する。もちろんそれが杞憂であることは彼はわかっているのだが、それを彼女には説明しない。

 なぜ戦争のあと、ハンドラーたちはこの安全な場所を棄てて、皇居のそばに拠点を移したのか。当時、まだ少年だった彼にはそのあたりの事情は単なる大人の世界の問題のように感じられていた。

 2013852――それがパスコードだろう、と彼は思う。それは某国から東京への長距離ミサイル攻撃による死者数。その犠牲によって現在の日本の平和は守られた、それがなければ日本という国自体が滅びていた可能性だってあったのだ、WW3が続けばどのようなシナリオを辿っても最終的には大国同士が核を使うことになるというのが見えていた。十二天子のネット分断戦略は世界をも救ったのだ――彼はそう聞かされて育った。

 そのために犠牲となった人々を忘れぬために、拠点はヴォイド・ゼロ、攻撃の中心地点の脇に置かれたのだった。大人のハンドラーたちは安全な地下のシェルターから出て地上の建物内に自らの居場所となる機器を据えたのだ。

 だがそれは、彼をはじめネイティブのハンドラーらにはどうでもよい話だった。

 地上に出て、二人はどちらからともなくキスを交わす。

 手を繋ぎ二人は歩いていく。

 ゆっくりと。

 カリナは一瞬だけ後ろを振り返った。が、シェルターの入り口がどこにあったのかはもう肉眼で捉えることはできなかった。そこには緑なす樹々が生い茂るばかりだった。


<了>

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