異世界への切符 四枚目
ちょっと前だったら早馬で駆け抜けて行っていたのに、今回の旅はゆっくりだ。
それでも、フェイス達が戻ってくる頃には帰りたいから、少し早めに行くのだが。
「そう言えば、こっち方面は来たことないな」
私は、馬車の御者台に言辞一緒に座った。
言辞も、馬車の扱いはだいぶ慣れたみたいだ。
「もう直ぐ国境に着くよ」
言辞が言う。
「なあ言辞。そう言えば、国境をちゃんとした手続きして通るの、私これが初めてかもしれない」
「え? そうだっけ?」
言辞が笑う。
「いや、皇国に来てからだよ」
「そ、そうか。びっくりした。けど、前職が前職だから、そうかもと思ってしまう」
「酷いな。無法者じゃないんだぞ」
私はちょっと、むくれた顔をした。
入国許可証を見せると、手紙が届いていると手渡された。
ナビ婦人からだった。
国境の両国の警備兵は要件が終わると「ちょっと待ってください」と言って詰め所に戻った。
そして、本を持ってきて言辞にサインを求めてきた。
彼らも言辞の書いた本を読んでくれていた。
私も馬車に乗っていると知ると、私もサインを書いてとせがまれた。
「サインなんて。そんな凝った書き方知らないぞ」
「良いんだよ。リリィは普通に書いてあげて」
二人のサインを見て、双方の警備の兵士さん達は、とても喜んでくれた。
「すごいな。ちゃんと隅々まで行き渡っていたんだな」
旦那様の言辞の顔を見て呟いた。
「ええ? じゃなかったら、僕達出会えてないよ。頑張ったんだから」
「ああ、ありがとね」
教えてもらった海までの道を、馬車に乗って進んでいった。
「あ、潮の香がする!」
言辞が大きな声を出した。
「うん。もう直ぐ見えるね」
堤防代わりに盛られた丘を乗り越えると、そこには広い広い砂浜が広がっていた。
「うわ――。僕の世界の海と一緒だ――! 来てよかった――!」
言辞が子供のような目をして喜んでいる。
「それは良かったな。けど、違うところ少ないと、目新しくないから詰まんなくない?」
「そ、そんなこと無いよ。何度来ても海は良いさ!」
キラキラとした目で言辞は言う。
「ふ――ん」
私は横目で言辞を見てから、視線を海に向けた。
(そうか。言辞の世界の海と似てるんだ。ちょっと無理して来たかいがあったな)
私は今、言辞と同じ海を見ている。
言辞は異世界の海と比べて同じという。
そして、その同じ景色の海を、私は言辞と一緒に見ている。
次元は越えてないけど、思いにおいて言辞と同じ異世界の海を見ているのかもしてない。
宿はナビ婦人の屋敷で部屋を借りることになっていた。
国境で手渡された手紙に書いてあった。
「ねぇ言辞、宿代助かったね」
と私。
「そうだね。知らない土地だと、リリィさんは緊張するからね」
「そんなことないぞ。もう」
皇国に来たばかりの私は、言辞との初デートに暗殺用の短剣を持っていこうとしていた。
見かねたシャトレーヌに、それは置いていけと、もみ合いになった。
懐かしい思い出なのだ。
その時に剣を預けたのがアミュレット。
ルナの旦那さんだ。
浜辺を二人で、ちゃぷちゃぷと遊んだ後、ナビ婦人の屋敷に向かった。
日が暮れての移動は、さすがに不用心だからだ。
手紙に詳しく書かれた地図の通りに行くと、かなり大きなお屋敷が見えてきた。
「あ、あそこかな? 流石だな。僕の屋敷よりでっかいな」
当たり前である。
旦那様は、戦争の後遺症で跡継ぎが作れなくなっているが、医者の名門貴族である。
この旦那様は、後腐れがないと言って進んで戦場に向かうこともあったらしい。
門の前に近づくと屋敷の門番が寄って来た。
「あの、どちら様で?」
「はい。枇々木言辞と申します。こちらは妻のリリィです。ナビ様のお招きで寄らせてもらいました。こちらが、その手紙です」
と言って、ナビ婦人の書いた手紙を手渡した。
すると……。
「お二人が枇々木先生とヒロインのリリィ様ですか? お待ちしておりました。ここは直ぐにわかりましたか?」
「ええ、地図のお陰で迷いなく来られました」
と言辞。
「そうですか。そうですか。帝国との戦争も大変でしたね。リリィ様も大活躍なさったと聞いております。あの、申し訳ないんですが、本にサイン頂けますか?」
門番の人は直ぐに小屋に戻って四冊の本を持ってきた。
(また、サインか?)
慣れない私は面倒と思いながらも、ニコニコと笑顔を絶やさず言辞の書いたサインの下に書いた。
四冊全部に書いたのだ。
偉いでしょ?




