戦いを終えて
「リリィさん!」
アミュレットが、私の名を呼びながら飛び込んできた。
「止まれ! アミュレット隊長! 下の魔法陣を不用意に踏むでない! それを、皆に徹底させてくれ」
親方様が、アミュレットに注意した。
「おっとっと」
アミュレットは、踏みそうになった魔法陣を曲芸師の様に避けた。
私は、親方様やアミュレットの姿を見て安心したせいか、足の力が抜け、崩れ落ちるように倒れ始めた。
立っているのも辛かったのだ。
しかし、私をスッと誰かが抱き抱えてくれた。
親方様だ。
「良くやったな、リリィ」
「お、親方様」
私は、顔も上げられないほど体に力が入らなくなっていた。
親方様に支えられて、やっと立っていた。
「アミュレット隊長! そこに、アルキナ本人とクローンのアルキナがいる。直ぐに拘束してくれ。串刺しになっている方がクローンだ。両方とも手当をして連行してくれ」
「リーゲンダ隊長、承知しました。おい、お前達、直ぐに拘束し外に連れ出せ!」
伸びている二人のアルキナは、第壱部隊の隊員に縛り上げられ、即席の担架に乗せられて外に連れ出されていった。
「リーゲンダ隊長、リリィさんは? リリィさんは大丈夫ですか?」
「うむ、心配ない。力を出し切って今は体に力が入らない状態だ。直ぐに回復する。外までは私が連れて行く。この大聖堂の後始末を頼む。今すぐにでも、この内部の魔法陣を破壊して欲しい。何かの仕掛けがあるかもしれない」
「さあ、外に出るぞ。リリィ」
「はい」
私は、ようやく自分の足で立ち上がり、親方様の支えを受けながら大聖堂の外へ向かい歩き出した。
入る時は隠し扉からだったが、出る時は正門からだ。
大聖堂に入るこの廊下。
親方様に抱えられながら歩いているこの廊下は、言辞も通った廊下なんだろう。
こちらに来た時、どんな気持ちだったんだろう。
きっと怖くて寂しかったと思う。
言辞のことだから、泣きわめいたりしてなかったと思うけど。
そう言えば、その辺の事、ちゃんと聞いてなかったな。
帰ったら聞いてみよう。
「親方様」
「なんだ?」
「言辞もこの廊下を歩いてたんですか?」
「だろうな。ここから城の宿舎へ向かったことだろう」
「きっと、不安だったんでしょうね」
「かもしれんな。あれだけの事を仕掛ける人間だが、しょせんひとりの若者だ。見ず知らずの土地に単身放り出されて孤独を感じないものは少ないだろう」
「親方様」
「なんだ?」
「私、言辞と会えて良かった」
「そうか」
「親方様」
「なんだ?」
「私を言辞と引き合わせて下さってありがとうございます」
「礼を言われる筋合いではない。私は、あいつを殺せと言う意味も込めて、お前を任命したのだ。自分達の運命を切り開いたのは、お前と言辞の二人だ。私に感謝は不要だ」
「親方様」
「なんだ?」
「あ、あの?」
「ん? どうしたのだ?」
「い、いえ。いいです」
「そうか」
私は親方様が言った『私の娘』と言うのは、どういう意味なのか聞こうと思った。
だけど、今は聞くべき時じゃないと思いなおし、尋ねるのをやめた。
父親の様に接してもらったことは一度も無かった。
だから、本当の父親ではないことは確かだろうと思う。
そう言えば、顔もあんまり似てない気がする。
それに、私も親方様が本当の親だったら、ちょっと対応に困る。
今はこのままで良いと、聞かないことにした。
門の外にようやく出ることが出来た。
外は明るい。
ガルドと第弐部隊隊長が私を見かけて駆け寄ってきた。
「おお、無事だったか」
ガルドが言う。
「『おお』って、あんまり心配してない言い方だな」
「リリィ殿が簡単に死ぬことは無いと確信していたからな」
「けど、今回は、ちょっとやばかったぞ」
「だろうな」
と、ガルド。
「大聖堂の機能が突然停止しましてね。傀儡達の供給と動きが急におかしくなったんですよ。それで、ちょうど到着したリーゲンダ隊長に行って頂くことが出来たのです。大聖堂の中でリリィ殿がアルキナ達を追い込んでくれたおかげですよ」
第弐隊長が補足してくれた。
「そうか、それは頑張ったかいがあったな」
「それだけ憎まれ口が言えるのなら大丈夫だな。傀儡と言えども数が無限となると脅威でな。その実力が、例え十分の一リリィだとしてもな」
らしくもなく、ガルドが私をからかってきた。
「ガルド、そのルナが言った例えで言うのやめるのだ。恥ずかしいの」
「すまんな。相変わらず冗談が下手すぎるな、私は」
そう言うとガルドの仏頂面が、はにかんだ笑顔に変わっていた。
(あ、ガルドが笑ってる?)
「おおぉ! ガルド大隊長が、わ、笑った?」
第弐部隊の隊長が驚いて声を上げた。
それを聞いた第弐部隊の隊員達は、大騒ぎになった。
「本当だ。大隊長が笑っていらっしゃる」
しかし、ガルドは、直ぐにいつもの仏頂面に戻ってしまった。
「んっ、うん。お前達、つまらぬ事を言っていないで、早く大聖堂破壊の準備に入れ!」
そのやり取りを見ていた私は、ようやく戦いが終わったことを実感した。




