大聖堂内の戦い(1)
隠し扉からの暗い通路を、てくてくと歩いていく。
外からわずかな光が入ってくる。
城壁や別の建物を装ったその通路には、ボンヤリと光が途中途中で灯っていた。
油やろうそくの明かりではない。
いったい帝国皇帝は、この大聖堂で何をしようと企んでいたのか?
私は既に剣を両手に構え、ゆっくりと進んで行く。
私も大聖堂内に入るのは初めてだ。
もちろん、この通路も通ったことはない。
外からは、爆音が時々聞こえてくる。
皇国守備隊が攻撃しているのだ。
目が暗がりに慣れてきた。
この通路を抜けたら、言辞が転移してきた魔法陣が書いてある大聖堂の部屋だ。
(そう言えば、親方様は何度かは入ったことあるって言ってたな。単純な構造の部屋だからと言われていたが)
少し重い扉を開ける。
また、通路だ。
どっちへ行けばよい?
右? 左?
この通路の壁の向こうが、大聖堂の広間か?
「左で良いか?」
大聖堂広間へ入るための扉を探すことにした。
「いや、やっぱり右にしよう」
私は、くるりと反転して、右回りに歩いていく。
利き腕が右だから、内部から飛び出して来た時に左で受けて、右で反撃をする方が楽だと思ったからだ。
「あった。あそこだな」
広間に入る為の扉を見つけた。
そして、扉をゆっくりと開けて内部に入っていく。
普通の部屋だったら「お邪魔します」とか言って入っていくんだろう。
ルナだったら、普通に言ってそうだな。
内部は広い空間だ。
そして、目の前に、いくつもの模様。
絵画のような物も、周りに沢山飾ってある。
(親方様から聞いていたのと違うな)
言辞を転生させた時は、もっと複雑で大きな魔法陣だと聞いていた。
あの絵のような物は、何に使うのだろう?
魔法陣には見えないが。
私は周りを見回していて、感慨深い思いをした。
ここに言辞が転移して来てくれなかったら、今も私は暗殺者のままだった。
そして、いつか任務に失敗して野垂れ死にしてたかもしれないのだ。
しばらく前までは、ここに大勢いた感じがする。
ここから、大量の傀儡を転移させたんだろう。
近距離だと、魔法陣のサイズも小さくて問題ないのか?
私は、この魔法陣は踏まない方が良いと判断した。
この魔法陣がどんなものか、まったくわからないからだ。
下手をすれば、どこかへ飛ばされるかもしれない。
体の自由が利かなくされるかもしれない。
(罠だらけだな)
魔法陣の縁の淵に触れないように、慎重に奥に進む。
そして、天井や周りを見回した。
(おかしいな。アルキナの姿が見えない。隠し部屋にでも潜んでいるのか?)
もう、私の姿は確認しているはずだ。
ずっと見ているはず。
いつどこから突然、切りかかって来るかわからない。
両手とも斜に構えていたが、右手の方を前に突き出す形へ変えた。
左は、後ろから来た時に切り返せるように。
(どこだ? どこにいる? アルキナ!)
中心に向かって歩いてい足をいったん止めた。
(このまま真っすぐ中心に向かうのは良くない気がする。少し淵に沿って回ろう)
魔法陣の綺麗だけど不気味な光が、大聖堂の内部をボンヤリと照らしている。
(いけないな。少し、気を飲まれているかもしれない)
例え魔法陣が無くとも、人の心を集中させて力を集めようとする雰囲気がここにはある。
「アルキナ! どこだ?」
返事が無い。
気配が感じられない。
だが、ひしひしと強い視線は感じる。
『やっぱり帰る』って言ったら、直ぐに切りかかって来そうな感じだ。
(ん? 外の音が聞こえないな? 防音もしっかりしているのかな?)
クローンや傀儡の時は、あんなにお喋りだったのに。
本人はシャイなのか?
「出て来い! 姿を現さなかったら、このまま大聖堂を燃やして帰るぞ!」
すると、ようやくアルキナが喋った。
『困るなぁ。そんなことしたら』
洞窟で話すような感じで聞こえてきた。
「どこにいる? 私と決着を付けたいんじゃないのか?」
『ははははは。君が僕より強いのは、お互い知っているじゃないか? 素直に出て行って、じゃ戦いましょうってならないよ』
「こそこそ隠れていては、何も始まらないだろ? 出て来いよ!」
私は、剣を握る手を少し強くした。
『ねぇ。リリィちゃん。このまま一緒にどこかに行かない? 良いところに連れて行ってあげるよ』
声の方向から位置を探ろうと思ったが、反響して聞こえて来るのでわからない。
「連れて行く? 最初に傀儡を放った時は、殺しに来てただろう?」
『……』
返事が無い。
『あれは、挨拶さ。君はちゃんと生き延びただろう?』
挨拶?
人の体を串刺しにしておいて?
時間稼ぎか?
忌々しい奴。
目をつぶり、耳を澄まして聞いてみた。
声が、私の周りをぐるぐると回っている感じだ。
声の方向を変えているのか?
魔法陣の力を使って?
その魔法陣はどれだ?
少し、そっちの勉強もしとけば良かったかな?
今頃言ってもしょうがないな。
声の方向と魔法陣のデザインを確認していこう。
「あの時お前は、私の部下たちを殺そうとしただろう? 私が、それを許すと思ったか?」
『ははは。そうだねぇ。でも、ちゃんと誰かが来ただろう? お前の大好きな親方様がぁ?』
こいつは、それも計算に入れていたのか?
傀儡だからって、無茶苦茶する奴だな。
「どうして。
どうして、こんなことをする!
人を他所の世界から勝手にさらってきたり。
人を複製したり。
人の形をした泥人形を作って戦わせたり。
本当なら、言辞も元の世界にいた方が平和に暮らせていただろう。
お前が連れてくるからだ。
絶対、許さない。
私は、お前を許さない!」
こうなったら、一か八かだ。
声が聞こえた時、それらしい魔法陣の方に向かって切りに行くか?
「私は、お前なんか大嫌いだ! さっさと死ね!」
『そんな事……』
と、アルキナが話しかけた時、私は目星を付けた魔法陣の上に向かって飛び掛って切りに行った。
ガキッ!
「!」
手ごたえがあった。
振りぬこうとした私の剣をアルキナが受けたのだ。
「チッ! もう、見切っちゃったの? 凄いなぁ?」
アルキナがやっと姿を現した。
だが。
(空中に居る? どうやって?)
私は、アルキナを切りに行った後、そのまま大聖堂の床に着地した。
魔法陣は避けて着地した。
しかし、アルキナは空中で留まっているのだ。




