闇とのケジメ、そして戦闘開始前夜
言辞と、ローズとルナに変な言葉を教えないでくれという話をしていると時、親方様が尋ねて来られた。
「失礼する。私だ」
あ、親方様だ!
それに、シャトレーヌもいる!
「リリィちゃん元気?」
「お、親方様、どうぞ、こちらに!」
私は、シャトレーヌへの挨拶の返しもせずに、親方様を席に案内しようとした。
「リリィ、落ち着け」
親方様に注意されてしまった。
「あ、すいません。シャトレーヌ、この通り元気だぞ」
「うふふ。良かった」
すっかり、婦人というのが似合う雰囲気を出すシャトレーヌ。
さすが、大人の女性なのだ。
シャトレーヌも、この城内に退避して来ていた。
まだ親方様と結婚していないが、少なくとも元帝国の人間でもあり、私と大いにかかわっている。
だから、安全を取った。
ルナは先に疎開していたため、そのままとした。
ちょっと心配ではあるが、後から迎えに行って連れてくると、ルナの周りの人へのも危害が広がるといけないのでやめた。
どのみち、第参部隊からも何名かの人間を街に待機させている。
万が一の時は、どこかに匿う算段となっている。
「言辞殿、リリィ。実は、話しておきたいことがあってな」
「なんでしょう?」
言辞と私は、親方様の話を待った。
「あなた、私も一緒に聞いて大丈夫な話ですか?」
と、シャトレーヌが親方様に質問した。
「うむ。構わない。一緒に聞いてくれ」
「わかりました」
うーん。
親方様とシャトレーヌが夫婦の会話を。
こんな日が来るとは思わなかった。
シャトレーヌは、親方様の事を『あなた』って呼ぶのか?
私だったら、ちょっと照れ臭いな。
それとも、親方様の名前、秘密にしたいからなのかな?
「リリィの『能力』についてだ」
「私の、『能力』?」
そう言われて、私も言辞も目が点になった。
「言辞殿、リリィが『冥府の舞姫』と呼ばれていたことは知っていると思うが、リリィが単に他の物より強いだけで説明できることではないのだ」
「そうなんですか?」
言辞は、親方様が何を話そうとしているのかと不思議そうな顔をしていた。
「リリィも深く自覚はなかったと思うが、本当に力を発揮しだすとトランス状態のようになり、異常な身体『能力』を発揮するようになる。それは常人が追いつけるようなものではない」
確かに私も無自覚だったが、自分的には普段より集中力が増している感じにしか思っていなかった。
「しかし、それは、その分寿命の先食いのような事を起こしている。どこからか補給する事がないのなら、そうなってしまう」
親方様は、続けて説明された。
「え? じゃ、あまり強い敵と戦い続けると……」
言辞が質問した。
「そうだ。最悪の事態も避けられない」
「でも、今まで大丈夫だったよね? リリィ?」
と私に尋ねる言辞。
「う、うん。別に平気だったけど」
すると、親方様は、こう話した。
「今までは、対象の多くが非戦闘員であったからだ。正面から相手と戦うということは、少なかったからな。全力を出し切ることは稀であったろう」
言辞は、少し戸惑った顔をした。
「じゃ、今回の戦いは? アルキナはリリィに近い強さなんですよね?」
「そうだ。そして、そのクローンと傀儡と戦わなければならない。そして、奴らは数で攻めてくる。その数を持って、我らの戦力を削っていこうということだ。それが、問題になってくるわけだ」
「では、全力を出さなければならない状況で戦わせ、リリィの特殊な力を浪費させて、弱った時に拉致とか殺しに来たりとか」
「そうだな。そう考えるのが自然だろう」
「じゃ、大聖堂に行かせるのは……」
「わかっている。だが、他に方法がない。だから、私は出来る限り皇国内でクローンを倒してからリリィを向かわせようと考えたわけだ。傀儡に関しては、大聖堂と魔法と土さえあれば多く作れるので対策のしようがないがな」
「そ、そうですか?」
少し寂しそうな顔をする言辞。
「言辞、大丈夫だぞ。クローンだろうが、余裕で倒せる。11人仲間がいる上に、親方様もいる。全然余裕だよ」
「う、うん」
と返事をする言辞。
「リリィよ、確かにそうだが、お前にも『その力』をあまり使うことの無いようにせよ。これは命令ではない。お願いになる。使わずに済むかどうか、状況次第になるからな」
「あ、はい。わかりました」
私は返事をした。
「言辞さん、きっと大丈夫よ。この人もついている、きっと大丈夫」
シャトレーヌが言辞を勇気づけた。
「うん。ありがとう。きっと、力を出し切らないといけない戦闘自体が、今まで早々無かったことなんでしょうね。だから、どうなるか見えないと……」
言辞が親方様に尋ねる。
「そうだな。それに、恐らく私は傀儡との戦いで、十分な戦力として動けなくなるだろう。それだけ、大量の傀儡を擁して、攻めてくると思っている。第参部隊の元帝国暗殺部隊のメンツだけでは、この城を守り切れぬと思われる。殆どを私が引き受けることになる。それも、奴らの狙いだろうしな。それらを片付けてからなので、リリィの後を追うのが遅れるだろうという事だ」
「あ、そういう事ですか? クローンの方は、リリィやメンバーズの方々。大量の傀儡部隊は、親方様と第参部隊の方々。というわけですね?」
「そうだ」
「その数は?」
「そこは見えていなくてな。だが、十体や二十体程度ではないだろうな。百体程度で済めば助かるが」
「親方様の負担も、相当なものになりませんか?」
言辞が心配した。
「それは、いつもの事だ。なぁ、リリィ」
親方様は、にこやかな笑顔で私に同意を求めてきた。
「はい。親方様その通りです。言辞、私達も傀儡をついでに片づけていく。親方様だけに全部任せるわけじゃない。第参部隊の子達も、一人ではかなわないってだけで、数人で掛かれば倒せる。大丈夫なのだ」
「リリィちゃんも、無理はしないでね」
シャトレーヌも、大量の傀儡を相手にしなければならない親方様の心配もあるのに、私と言辞を気遣ってくれる。
親方様が話をしている時、シャトレーヌは親方様の服の裾の端をギュッと握っていた。
本当は、心配でしょうがないのだ。
しかし、それで親方様の判断を狂わせたくないと思ったのだろう。
親方様には気づかれない様に、服の端を握っている。
親方様は気づいているかもしれないが。
「良いか、リリィ! 今度こそ、帝国との悪しき縁を断ち切れ! 言辞殿が、ここまでしてくれたのだ。それを無駄にしてはいけない。帝国と互角以上の条件に持ってこれたのだ。この私ですら帝国の闇に飲み込まれ、せいぜいお前を逃がす程度しか思い至れなかった。それを、お前の夫の言辞殿は、光のある世界へと引きずり出してくれた。そして、お前だけでなく第参部隊の者達も」
「はい、親方様」
「リリィ! 己の闇とのケジメをつけ、自分の未来を掴み取るが良い」