シャトレーヌ
「こんにちは、リリィさん」
やって来たのは、シャトレーヌだった。
「やっぱり、来たのか?」
私は、屋敷の外で出迎えた。
やっと、オルトが許可してくれたからだ。
「すまないな。ルナが心配させるような事言うから」
私は謝った。
「何で? 心配するのは当たり前じゃない?」
「うん。ありがとな」
「よかった。いつものリリィさんだ」
シャトレーヌも、いつもの笑顔を返してくれた。
「お見舞いする為だけに来たのか? 申し訳ないな。もう、この通り動き回れるぞ」
私は、ちょっと体を動かしてアピールした。
「ウフフ。良かった。でもね、それだけじゃないのよ、今日は」
「ん? 何かあるのか?」
「そうねぇ。言辞さんが、絶対来てくれって言うから」
「絶対に?」
「そうなの」
そんな会話をしながら屋敷に入り、いつものリビングに入った。
「まあ、久しぶりね。どれくらいぶりかしら?」
シャトレーヌが懐かしそうにしている。
「うーん。忘れたな」
と私。
あれ?
言辞が書斎にいない。
あいつ、どこに行ったんだ?
探そうと思って席を立とうとしたら、使用人さんから声がかかった。
「あの、リリィ様。『親方様』がいらっしゃったのですが、聞いておられますか?」
「え?」
私は何も聞いていない。
そう言えば、玄関から堂々と一人で入って来られるのは、これが初のような気がする。
いつも突然に表れていたから。
まあ、私らが危機の時ばっかりだったから、それもあるんだけど。
それにしても、何故に今?
「失礼する」
親方様が入って来た。
私はもちろん、ルナもオルト、メンバーズも全員ドアの前で待ち受けた。
もう帝国のような主従関係ではないんだけれども習慣なのだ。
そして、私が先導して、リビングに親方様を通した。
当然リビングには、シャトレーヌが座っている。
慌ててシャトレーヌは立ち上がり、親方様に深々と礼をした。
しかし、シャトレーヌの様子が何か変だぞ。
お辞儀をして座ったかと思ったら、下を向いたまま顔を上げない。
「あ、あの。お久しぶりですね。帝国のお店以来でしょうか?」
うつ向いたまま、親方様に話しかけるシャトレーヌ。
「ふむ。そうだな。あの時は、騒がせてしまったな。失礼した」
「い、いえ。私も、様子を見に来ただけとは知らなかったので。厳しいお顔で来られたので、てっきり……」
慌てて顔を上げて話すシャトレーヌが喋りきらないうちに、言辞が戻って来た。
「言辞、どこへ行っていたのだ? シャトレーヌを呼びつけておいて。それに親方様もいらっしゃった。一緒に出迎えて欲しかったのだ」
私は、気が利かない旦那様を叱った。
「あ、御免なさい。お手洗いに行っていたので」
「うーむ。まあしょうがない。でも、親方様もいらっしゃっている。言辞がお呼びしたのか?」
「うん、そうだけど。ルナさんに伝言して来てもらった」
「な、なんで?」
私は目が点になりそうだった。
「ど、ど、どうして親方様も?」
「まあ、皆さん応接間に移りましょう」
そういうと、言辞は使用人さん達に手配し、親方様とシャトレーヌを応接間に案内した。
そして、私と言辞も入っていく。
オルトやルナと他のメンバーズのみんなはリビングで待つことになった。
「シャトレーヌさん、元気そうですね」
言辞が挨拶をする。
「そ、そうねぇ。元気……、です」
消え入りそうな声で答えるシャトレーヌ。
もしかして、シャトレーヌ具合が悪いのか?
私は心配になった。
「えっと、単刀直入に言わせて頂きます。もう、親方様とシャトレーヌさんも察しているかと思いますが、僕はお二人に御結婚を御薦めしようかと思っていまして。お二人のお気持ちの最終確認をしたいと、こうしてお呼びしました」
「は?」
何を言っているの旦那様。
しかし、この部屋の中で、呆気にとられていたのは私だけだった。
親方様は、座ってシャトレーヌを見ておられる。
しかし、抹殺対象の人物観察……、じゃなさそうだ。
対するシャトレーヌは、大きくはないが小柄でもない体を小さくしてモジモジしている。
「あの時は、デッキブラシで何をするつもりかとびっくりしたな」
(ん?)
突然、前の会話の続きをされる親方様。
わたしは、必死に直前のシャトレーヌのセリフの最後を思い出していた。
「あ、ははは。あれは……。もう、言わないでください……」
顔を真っ赤にするシャトレーヌ。
「今まで、私に向かって来る者はいなかった。向かって来るとしたら大抵は敵ぐらいだった。決して、他の者の意見を黙殺するような考えは持っていないが、皆言わなくてな。シャトレーヌ殿が、初めてだったな。震えながらでも、リリィを守ろうと必死になって向かってる人(女性)は」
「いえ、少し落ち着いてお話聞くべきでした。お恥ずかしい」
「いや、構わぬ。このような仏頂面では、警戒するのも当たり前だ」
「い、いえ。でも、そう褒めてもらえると助かります」
親方様とシャトレーヌの会話が弾む。
旦那様の言辞は、ニコニコしながら会話を聞いている。
呆気にとられている私。
(お、親方様とシャトレーヌが、結婚? これ、お見合い? しかも、最後の意思確認みたいな感じ? なんなのだ? なんなのだ?)
わたしの思考がぐるぐると回ってまとまらない内に、オルトとルナも入って来た。
「あら、お話まとまったの?」
ルナが嬉しそうに言う。
(お前達! 知っていたのか?)
私はオルトとルナを呼び寄せ、泣きそうになりながら小声で聞いた。
「姉様、ルナと続いているので、あるいはと思っていましたよ。姉様」
オルトは、いつもの冷静な顔。
「え? 私達も今初めて知ったけど、問題ないじゃん!」
と、ルナは大声で言い返してきた。
「!」
私は、首をヒュツと引っ込めて、恐る恐る親方様の方を見た。
しかし。
親方様は、シャトレーヌとの話をしていて私の方など見ていない。
「ん――」
悶絶する私。
まって、まって!
だって、あの親方様だぞ!
『帝国の黒き重圧』だぞ!
今は、『元』が付くけど。
シャトレーヌは、街娘じゃないか?
いや、娘というほど若くないけど。
若くないって言ったらシャトレーヌに怒られるけど。
「あ、あの、親方様。お名前は、何とお呼びすれば……」
いいぞ、シャトレーヌ!
じゃなかった、何てこと聞くんだシャトレーヌ!
親方様にお名前聞くなんて失礼だぞ!
「リーゲンダ・テンプルムと申す」
私とオルト、そして、ルナは、その時初めて親方様の本名を知った。