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紹介

 生きる上で、「食べる」という行為は切っても切り離せない行動と言える。誰だっていつまでも満腹ではいられないし、いくら金があれど買う品物に食材が無ければ腹は膨れない。必要な量に違いはあってもこの二つは変える事のできない肉体との契約である。

 本来身体にとって必須である何かが不足している状態を維持してしまえば、崩壊を免れる事は不可能。異常が起こるのが精神であれ肉体であれ、その先には世界から見て極小規模な、自身を中心にした破滅しかない。

 食事を自ら用意し摂取する立場になって愚鈍な我はようやく理解した。

 空腹とは恐怖そのものだという事を。


 それが少年の申し出で一食分回避できるというのだ、渡りに船というものではないだろうか。モンスターを一定の数倒すだけで条件を満たせるのならば我もやぶさかではない。

 貴殿、貴女の視点から我を見てこの判断を考えなしだと笑う者が居るのならば、一度保存食が無い環境で空腹の極限状態にまで陥ってみるといい。少年の言った事がどれほど救いになるかを身をもって味わえる筈である。


 少年が我の許可無く受注した依頼の内容は、獣の特徴を持つモンスターとドロドロと形状を保てない生命体、それぞれ五体の討伐。大変な依頼には思えない。

 我は心の中で少々落胆した。これは流石に簡単過ぎて金にならん。しかし、これすらこなせない少年の戦力には失礼ながら興味は湧いてしまった。


 我の視線に気付かぬまま少年は食事を続けている。舌鼓を打って目を細め、腹を満たす至福を全身で感じているようだ。小さな口でこんなに嬉しそうに食べてくれるのなら、器の上にアートを施した料理人も本望と言えよう。


 食べ終わるまで二人の間に会話は無く、しかしこの世では珍しい穏やかな時間が過ぎた。





 日が傾き、町の商人達も昼よりは声量を落とす頃。依頼を実行するために薬草等の買い出しを済ませた少年と、その買い出しの間見事に待ちぼうけをくらった我が再び町の入口で合流した。


 少年にとっては一瞬だったかも知れないが待つ身としてはあまりに長い。やはり無かった事にして宿へ向かおうかと二、三度思ったのは少年には伏せておく事にする。

 我が首をいくらか下げないと視線が絡まない少年は目的の物が手に入ったのか上機嫌だった。


「よし、それじゃあ行こっか」

「待て。何を買った、見せろ」

「見せろったって、さっき行った通りさ。ほら薬草」


 麻で作られた袋の中から緑色の植物が顔を出す。


「これでちょっと怪我しても大丈夫!」

「そうか、それはいいな。だが……」


 子供の笑顔が眩しいのは良い事だ、と思うと同時に口から出る言葉は勢いが失せた。

 黙る我に橙色のポニーテールを揺らしながら様子を窺ってくるものだから、素直にその違和感を問うてみる。


「貴殿の武器が見えない。依頼の前の買い出しと言うからてっきり店で用意するのだと思っていたのだが、我の見落としか?」

「ああ、武器ね。これさ」


 そう言ってズボンのポケットから取り出されたのは小さな折りたたみナイフ。戦闘を舐めているのか経験が無いのかは定かではないが、一度モンスターに襲われそうになっていながら何とも危機感の無い少年である。人間の長所は創作性と学習能力ではなかったのかと小言を零しそうになったが堪えた。

 この世には魔法というものがある。この世で起こる不思議な事は全て魔法である。もしやこの少年もそれらを扱える者なのだろうか……その可能性は否定できない。我は少年について何も知らないのだから、手の内だって知らないに決まっている。

 知らないというのは、肯定の材料も否定の燃料も無に等しい。見識を広げたい気はあるのだが今はその時間も無さそうだ。陽が山に籠もるまであと数刻といった具合だろう。

 自ら「戦力が足りない」と自慢でもなく胸を張る戦闘初心者も居るのだから、時間に余裕のある行動を優先するに越した事はない。それとなく出発を促す事にする。


「準備ができたなら早めに向かおう。宿での休憩時間は長い方がいい」

「そうだね、ええと……」

「…………どうした」

「いや、まだ俺お前の名前知らないなと思って。なんて呼べばいい?」


 下からの視線に一瞬動きが止まった。流れでとはいえ今日行動を共にするというのに、確かに互いに名乗っていない。


「……アントラー」

「アントラー? 珍しい名前な気がする」

「珍しいだろうな、名の意味も浅い」

「へえ、どんな理由?」

「『赤子の頃鹿の角で遊んでいたから』だそうだ」

「あっはっは! 赤ちゃんにしては随分と趣味の良い遊び道具じゃないのさ」


 低い背丈に豪快に笑われた、しかし軽蔑の念は無いようだ。柔らかい頬が楽しそうに口角を上げている。


「俺はロイ。改めてよろしく、アントラー」

「ろい、か。短くて助かる」


 遅れすぎた自己紹介と握手を交わし、我らは街の外へと歩を進めた。

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