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旅人

 とある田舎町、とある酒場の中。木で作られた質素で丸い、天板の狭いテーブル席に腰を下ろしていた。何故そんな場所に居るのかと思うかも知れないが特に深い意味は無い。ただ肉の焼けるいい匂いが広がっている空間に腰を落ち着けるこの時間は、十八年人間の身体で得た経験からして、決して悪いものではないと断言できた。


 我はこれまでこの新しい身体で何箇所かの村や町を巡ってきた。言わば「旅人」という身分で人探しをしているのだが、どうやら町の外にはモンスターと呼ばれる多種多様な生物が多く潜んでいるようだ。何故それを知っているか……簡単だ。この目で見たのだから。

 前世来る日も来る日も空調の効いた室内で生活していた我には雷に打たれたような衝撃であった。前世の住処となっていたその室内にも稀に虫などの小さな生物が徘徊し、その度に人間である主──我が飼い主様が情けなく悲鳴を上げ、我がやれやれと仕留めにかかったものだが、いやはやモンスターとやらには悔しいくらいに毎度毎度驚かされるばかりである。

 何せ本当に多種多様、千差万別とはこの事と言えるようなものなのだ。歩行の仕方から本能的な性質でさえ、群れでなければ何を取っても同じものに出くわす事の方が少ない。そのバラエティーに富んだ数々の命を十把一絡げに「モンスター」と略す人間の怠惰さには一周回って豪快さまで感じる。見習おうとは欠片も思わないが。


 周りを見渡す。当然我の視界には酒場の内部が映し出され、客人の立場に立つ、酒場でせっせと働いている人間とさして大差のない多数の人間がしきりにフォークと顎を動かしている。前世の主に似た人間は居ない。

 この町もハズレなのだろうか。 

 まだ窓の外に日光が被さっているにも関わらず自ら琥珀色の麻痺毒を飲み干す愚かな人間達の騒がしさには些か呆れるものがあるが、その騒がしさが我に飛びかかる事はまだ無かった。色々脳内に積み上げた人間への感想が尽きる事はないが、我も今の身体は人間なのだ。同種への賛同ならともかく、非難にこの貴重な時間を費やす趣味はない。


 我の辿ってきた道の話に戻ろう。

 最初から最後まで四足歩行であった我の生涯の終わりにあったのは輪廻転生であった。先述した通り、我の望みは人間としての生命。次に目を開ければ人間の赤子に我は宿っていた。既に不器用に歩けるくらいに身体の成長を遂げている。物心がつく──というものだろうか。

 滞りなく願いが叶った事を大いに喜んだ。


 さて、ここで一つ注意喚起。もし貴殿、貴女が記憶をそのままに転生したとして、必ずしも皆から一目置かれるような存在になれるとは思わない事だ。もし記憶を誰も知らない過去の尻拭いに使いたいのなら「人間から人間へ、といった同種での転生」「前世で身につけた常識がある程度通用する世界への転生」の二つが重要になる。

 勿論絶対条件ではない。が、この二つはあった方が絶対に精神的ストレスにはならない。今までの教育、学習がほぼ無駄になる世界では記憶は足枷になり得るのだ。


 そうなると我の人間としての子供時代はどうだったか、という話に自然となると思うのだが、元四足歩行の常識などたかが知れている。我は記憶を持たぬ普通の子と同じように多数の恥をかいてきたつもりだ。

 毛づくろいをすれば両親に止められ、過去の身体では気付いたら無くなっていた生殖器は、時間が経てばまた姿を消すのかと問えば両親に心底心配され、そこらで爪を研げば我の爪の方が予想以上にダメージを負い両親に治療と説教をされ……。

 ……今もこの話になると、前世でしていた行動が人間の身でまかり通ると思っていた我自身の浅はかさと、両親の慈悲深さを鼻先に突きつけられている錯覚に陥る……。できる事ならこの人生こそ、やり直したい人生と言えよう。


 そんな恥晒しこと我が旅人になったのは、これまた単純な理由であった。

 我が転生できたのなら、あの人も、主も転生してこの世に居るかも知れないという根拠の無い希望である。


 会えなくても我の人生を大きく左右する事はないかも知れないが、会える可能性があるのなら心臓を投げ捨ててでも会いたい人。


 現に今こうしてしがない旅人としてその「可能性」を信じ続けている。

 恥の多い生涯の中でも、元主を探している我だけは誇りたいものだ。


 我の過去はこんなものである。伝説の如く大きな場を借りてする程の事でも、はたまたこういった食事の場でさえこれと言って食べ物が美味しくなるようなスパイスに代わる話でもない。きっと我は、この世で活動している転生者の中でも一番つまらない人間なのだろう。


 肉の香ばしい香りに包まれながら天板に乗せられたコップの中を飲み込む。中身は無味無臭の液体、水である。ろ過により生み出されたガラスの透明度は肉体の要、これが無料で提供されるなどなんと喜ばしい事だろうか。この店は是非とも後世まで姿を残してほしいものだ。


 過去の話と視界に映る情報の描写に耽っている間に、我の座っているテーブル席に手を置く者が居た。我より小柄、橙色の後ろ髪を一つに結った少年。目玉の露出は多く童顔と言える顔立ち、白く短いポンチョから細い身体の線に沿ったインナー。裾の広がった黒い半ズボンにふくらはぎまでのブーツを合わせている。

 若さを好む人間の雌に広く受け入れられそうな、我から見れば苦労の多そうな容姿であった。


「でさ、でさ、俺も色んな所を旅してみたいんだ。旅の仲間に加えてくんない?」

「断る」


 そこで繰り広げられる会話は平行線。我の背中にある大剣を見て好奇心に目を輝かせている。

 額に手を当てる我の向かいに座っていつの間にか注文していた大皿に乗せられた料理を二人分に取り分けていた。気が利く人物であるのは確かなのだろうが、会って一日も経っていない相手に見せる態度なのか我の理解は追いつかない。少なくとも我よりも警戒心を欠損している人物であるのも同時に確立させるこの少年、なんと冒険者の肩書を持つ身でありながら町から出たのは片手で数えられる回数のようだった。

 どうも一人では旅に出るには戦力が不足しているらしい。近場で済ませる事のできる薬草集めの依頼を受けたところ、途中で獣系のモンスターに襲われ、そのモンスターの肉を求めた我によって救われた、という事を少年の視点で語られ、あれよあれよと我はこの店に連れて来られた。

 いい迷惑である。


「なんでさ!? この冒険者ギルドでお前の冒険者登録もしたじゃん!?」

「間違えるな、貴殿が勝手に、だ。我はぼーけんしゃになど興味はない」

「てかもう依頼受けてきちゃったし」

「知らんが」


 本当にいい迷惑である。

 どうやらこの酒場はギルドとしても機能しているようで、壁に寄り添うように佇む掲示板には所狭しと依頼が書かれた紙が貼られている。我も席に着く前に少しだけ目を通したが、これと言って手応えがあったり報酬の良いものは無い。

 原因は恐らく、この町の周りに出現する敵が比較的弱い事にあるのだろう。金を稼ぐには向かない町と見た。


「他と行けば良い。我はその食事だけ頂いて支払いを全て貴殿に押し付けて宿へ行きたい」

「驚く程素直過ぎてなんか俺結構好きだよその生き方」

「貴殿に好かれても金は増えん」

「人脈は増えるさ」


 目の前にずい、と寄せられた肉料理にフォークを突き刺した。透明な肉の脂が表面に沿って流れていって、柔らかく形が崩れるのをそのままに会話は続いていく。


「この討伐の依頼こなせばお金山分け! 悪くないと思うんだけれど」

「だから他と行けば良いだろう」

「やだ、俺はお前がいいのっ」

「知らん。何故我に拘る? 見たところこの場に居る人間達と蟠りがあるようにも見えなかったが」

「だってお前、転生者だろ? 強いんじゃないかなと思ってさ」

「………………」


 言い分を聞きながらカトラリーの先を口に運ぶ。

 転生者という「身体に特徴的な痣をつけた」存在は、誕生頻度こそ少ないが各地で報告があるらしい。ある者は魔力を大量消費する上位魔法を意のままに操ってすました顔をし、ある者は残った記憶を使って天才的な発明をして国に貢献し、またある者は獰猛なモンスターを手懐け悠々自適な暮らしぶりだとかなんとか。

 痣の形は皆決まっていて、小さな点が三つ。点を結べば正三角形になるのも特徴として挙げられている。大きさ、位置に決まりは無いらしく、顔や肩や足など転生者によって違いはある。

 その偶に出てくる情報の中に探し人への手がかりがないか頻繁にチェックしている時期もあったがすぐに飽きたのを思い出した。


「貴殿、もしや転生者全員が強いと思っているのか。確かに我は転生者ではあるし首に証拠の痣もある……しかし──」

「よし! じゃあ一回お試しって事でこの依頼だけ一緒にやろ。俺だけじゃできないからさ。それにそっちにだって得はある」

「……先程聞いた。金の山分けだろう、大した山になる見込みは無さそうだが」


 しまった、元四足歩行であるという事を伝えるタイミングを逃した気がする。

 肉を頬張るポニーテールは大きな目で一度瞬きをした。料理に使われているタレが唇の端を汚し、童顔を更に幼く見せている。呆れた声で返すと、意外にもその橙色は首を横に振った。


「違う違う。それとは別」

「ん?」


 首を傾げた我に対し少年は、口の中の料理を飲み込んで一呼吸置き口を開いた。


「お前の今日の夜ご飯、俺が作るからさ」


 少年の瞳に我が映る。


「──────…………ほう?」


 平行線の会話は食欲により絡み合った。

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