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第三章 第一話 再び動き出す歯車

 何故か、紅嶋秀一は三十畳一間くらいの広さがある、和室の中央に置かれた黒檀製の下座側に、正座して座って居た。


 周囲、三方は、コレも一目で分かるほど趣のある趣向の襖で仕切られており、残る一方は、細かな和風の細工が施された障子紙が貼られた扉で、締め切られている。

 また、それぞれの襖の上部と障子紙が貼られた引き戸の上には、よく見えないが、龍とか虎とか、鳳凰だろうか、何かが掘られた欄間が嵌め込まれており、独特の雰囲気を醸し出している。


 黒檀製の座卓の向こう側、真正面には、一畳ほどの広さの床の間があり、この家の家人が生けたのだろうか、豪奢な意匠の大きめの平たい花瓶に、秋の季節の花々が生けられているのが見える。

 そして、達筆すぎて、全く読む事が出来ないが、掛け軸もまた、見える。


 少なくとも、紅嶋秀一に、同じような室内の記憶があるとすれば、未だ幼き日に、祖父のお葬式で両親に連れられていった地元の、由緒あるお寺で待たされた部屋、それくらいに限られる。


 いつの間に入ってきたのだろうか。


 『あの』女子高生・・・たたかえ!ベータテンプルマン!』のステージを始めた当初、それこそ、もう何年も前から、たった一人だけ見に来てくれている、国内でも有数のお嬢様女子高校の、清楚で気品溢れる制服を着た小柄な女子高校生・・・が、黒檀製の座卓の反対側、床の間を背にして、気品溢れる姿で座って居る。


 「あの、君は・・・」

 紅嶋秀一が声を掛けるが、次の言葉が出て来ない。


 「ふふふふふ・・・何も心配要りません。心配する必要はありません」

 その女子高生が、優しい微笑みを浮かべたまま、そう言った。


 「それはいったいどういう意味?」

 紅嶋秀一が問い返す。


 「何も心配する事はありません。あなた方は、何も心配する必要など無いのです」

 その女子高生は、同じような言葉を繰り返す。


 ◇ ◇ ◇


 「社長、おはようございます。お目覚めは如何ですか?」

 目を覚ました紅嶋秀一が横たわっている病室のベッド、その横のパイプ椅子に、グレーのツーピーススーツに高丘茜音が座って居た。

 そして昨日まで、紅嶋秀一の身体に貼り付けられていた様々なコード類は全て外され、様々な機器類も全て撤去されていた。


 紅嶋秀一はベッド横の時計を見る。

 時刻は十一時を少し回った辺り、曜日は日曜日、では無く月曜日だと、デジタル時計には表示されている。


 「えっ?!月曜日?なんで?」

 紅嶋秀一は思わず大声を出す。そして慌てて上半身を起こす。

 「日曜日じゃ無いの?何で?」


 「看護師の方々にお聞きしました。社長、日曜日はぐっすりと寝ていて、でもバイタルに問題なかったので、そのままにしたそうですよ?」

 紅嶋秀一が目を覚ましたのを確認してから徐に立ち上がった高丘茜音は、恐らくは彼女が自分が持て来たのだろう、綺麗な花が咲いている切り花を、ガラス製の花瓶に生けながら答えた。


 「大久保さんから昨日の日曜日、昼前に、電話が掛かってきて、今、病院に居るんだけど、社長が目を覚まさないんだって、悲痛な声を上げてました、けれども」

 そう言うと、高丘茜音は切り花を生けた花瓶を、ベッドサイド横の小さなテーブルに置いて、改めてパイプ椅子に座り、脇に置いていたカバンにゴソゴソと手を潜らせる。


 「それで社長、早速で申し訳ないのですが、コレを見て頂きたいのです」

 そう言って、高丘茜音は、紅嶋秀一のベッドの掛け布団の上に、幾つかの書類を拡げる。


 「そうですね、先ず、コレから見て頂けますか?」

 そう言って、高丘茜音が指し示したのは、ファックスで届いたとみられる、何かをコピーした一枚の書類。

 コピーされているのは、小切手だと解る。


 「一、十、百、千、万、十万、ええっと、五十七億円?!」

 小切手の金額を確認して、紅嶋秀一が思わず声を上げる。


 だが、高丘茜音は至極冷静に返してくる。

 「金額は今はどうでも良いです。それより先に、振り出し元と振り出し先を見てください」


 そう言われて、改めて、紅嶋秀一は小切手を隈無く見渡す。

 振り出し元は『有限会社ベータテンプルマン』、そして振り出し先は『株式会社エービーケイ』。


 「それで、此方もエービーケイからファックスして頂きました。後から郵便で届けてくださるそうです。領収書です、エービーケイからです」


 高丘茜音がそう言って紅嶋秀一に差し出した領収書、振り出し元は『株式会社エービーケイ』、宛先は『有限会社ベータテンプルマン』、金額は五十七億五千万円也。


 「どういう事?」

 紅嶋秀一は状況が掴めず、高丘茜音の問い掛ける。


 「さあ?私も前任者の佐伯さんから経理業務一式を引き継ぎましたが、百万を超える領収書を受け取るのは、初めてです」

 そう言うと、高丘茜音はメインバンクのアリマ信用金庫の通帳をカバンから取り出す。


 「通帳の残高も、百万円以上、見た事無かったですし」

 そう言いながら高丘茜音が差し出した当座預金通帳の残高を見て、紅嶋秀一は言葉を失う。


 昨日の日曜日に、『ワカツキ カフウ』名義で十億円の振り込みがあり、残高が十億円を超えている。


 「コレはいったい・・・そもそも、ワカツキカフウ、って、いったい誰?」

 もう何かも訳が分からなくなり、紅嶋秀一は思わず、金切り声のような大きな声を張り上げる。


 「社長、ここ、病院です、大声は拙いですよ」

 高丘茜音の言葉に、紅嶋秀一は我に返り、金切り声に驚いて看護師が一人でも入ってくるのでは無いかと、病室の扉に視線をやる。


 果たして、病室の扉が開き、一人の女性が入ってくる。


 「大きな声を上げてしまい、申し訳ありません」

 紅嶋秀一は慌てて上半身を起こして姿勢を正し、ベットの上に正座して頭を下げ、土下座のように姿勢となってしまう。


 しかし、病室に入って生きた女性は、それには応える事無く。


 「ようやく、私の出番、かしら?」

 長めの髪を搔き上げると、彼女はそう言い放った。


 「あ、後、この病室は最上階の特別な部屋なので、大きな声を出しても、誰も来ませんよ?」

 そう言うと、その女性は柔らかな微笑みを浮かべる。

 「そもそもこの病室は、パパが、幼少期に病弱だった私の為に、院内に特別に用意した部屋ですから」


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