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第二章 第一話 突きつけられた現実

 紅嶋秀一は目を覚ます。


 場所は何処かの病院の集中治療室、などでは無く一般病棟、それも、ありふれた六人部屋の普通の病室。


 身体には様々なコードが医療機器と繋げられては居るが、特に身体の欠損や破損、骨折などは一切無く、普通に呼吸が出来て脈拍もあり、身体の何処かが痛い、と言う事も一切無い。


 部屋は、電灯などが全て消灯されて真っ暗、カーテンの隙間を通して窓から見える外の景色は夜。

 部屋に備え付けられた看護用ベッドは全部で六台だが、紅嶋秀一が寝ているベッド以外に人の気配、つまりは同室患者の気配が全く無い。


 アルコールの臭いとか、何かの薬剤の臭いとか、何度か通院した事のある、ごく普通の病院に行けば感じる臭いが辺り一面に溢れている。


 ベッドの横に置かれた椅子には誰かが座っているようだが、母親か?いや違う。見た目が若すぎる。

 『有限会社ベータテンプルマン』の社員か?いや違う。

 女性だとは解るが、暗くて顔が見えず、誰か解らない。


 「異世界なのか?」

 紅嶋秀一は思わず、其の言葉を口にする。


 「ふふふ・・・異世界ですか。面白い事を仰いますね、ベータテンプルマンの中の人は。まさかのラノベファンでしたか?それともアニメファンでしたか?」

 椅子に座った女性が口を開く。


 「異世界などでは無く、此処は現実世界、ですが、もちろん現実世界で貴方は死にました・・・いえ正確には、死に・・・かけました」

 そこまで言うと、女性は徐に立ち上がり、お互いの鼻と鼻がぶつかりそうな距離にまで、彼女の顔を紅嶋秀一の顔の近くまで寄せる。


 「いえいえ、もっと正確に言うと・・・貴方が死ぬ直前で、わたくしが其れを阻止、しました。」

 そう言うと、女性は、ふふふ、と小さく笑う。

 「いえ、もっと正確には事実と異なる部分が多々有りますが、企業秘密と言う事で、よしなに」


 社員か?・・・高丘茜音とか北甲希海とか、『タキオン・ショッピングモール弐番館』でいつもお世話になっているスタッフとか、もしそうだったら、取り返しが付かないが、まあ頭を打って、とか言って誤魔化そう、紅嶋秀一は意を決して、目の前の女性に恐る恐る訪ねる。

 「貴方、貴女はいったい、どちら様でしょうか?」


 「コレはショックですよ・・・たかだか十五年の人生でも最大級の衝撃、まだまだ参戦数が不足してましたか?いやおっかしいですね、ステージはたった一回の欠けも無く皆勤賞間違いなし、全て参戦してた筈ですけどね?」

 そう言いながら、女性はゆるりと顔を上げて姿勢良く立ち上がると、クルリと紅嶋秀一に背中を見せる。


 「悪い・・・申し訳ない、この部屋がとても暗いから」

 言い訳がましく、紅嶋秀一が応える。


 「ふふふ・・・嘘まで下手で最悪」

 そう言いながら、肩まで下ろしていた濡れ羽色の髪を、髪留めを使ってアップ気味のポニーテイルに纏め、ドキーホウテンで売っているような、奇抜なサングラスを掛けてから、鼻の上辺りまで伸ばした前髪を、手慣れた手つきで纏める。


 「流石にキツめの化粧は病院内では怒られるし、髪を纏めるクリームは持ってきてないから、変装はコレが限界だけど、コレで気付かないと?・・・怒るよ?」

 そう言いながら、其の女性はまたクルリと振り返り、紅嶋秀一の瞳を見つめるようにして、左手で持ったスマホのライトで彼女自身の顔を照らし出す。


 「あ!きみは・・・」

 小さく叫んで、紅嶋秀一は彼女が誰か、やっと気付く。


 「やっと気付いたっ、うふふふふ」

 小悪魔のように悪戯っぽく彼女は笑うと、軽いステップで病室のドアまで近寄って、部屋中全ての電気を付ける。


 「うっ!」

 殆ど何も見えない暗闇状態から、部屋の中がいきなり真昼のような明るさとなり、目くらまし状態になった紅島秀一は思わず、手で顔を覆い、瞼を閉じる。


 「今日は此処まで、です。またね?」

 そう言った彼女の声が聞こえて、しかし病室の外に繋がる扉が開閉された音は聞こえなかったのに、何故か、彼女の気配を感じ無くなる。


 ようやく明るさに目が慣れてきた紅島秀一は、急いで瞼を開ける。

 やはり、部屋の中には誰も居ない。


 その代わりに、扉が無造作に開けられて何人かの足音が、ドタドタと病室の中に飛び込んでくる。


 「社長!大丈夫ですか!?吃驚しましたよっ!」

 そう言ったのは大久保寛太。


 他にも見知った顔ばかり、高丘茜音、北甲希海そして他数名の男性社員女性社員、そして数名のアルバイト学生が一斉に紅嶋秀一が寝ているベッドを囲む。


 「済まなかった、ショーはどうなった?」

 「中止、です。」

 高丘茜音が一番に応える。


 「それよりもまず、社長にはお伝えしなければならない事が色々とありまして」

 そう言葉を繋いだ高丘茜音の表情が一気に暗くなる。


 「ええっと、ああ、何?」

 紅嶋秀一が雰囲気を察して問い返す。


 「『タキオン・ショッピングモール弐番館』から、ショーの無期限停止を通知されました。支店長名では無く、スーパー『タキオン』本部からの通知書を受け取りました。事故に対するコンプライアンス問題、だそうです。後で見て頂きます」


 「それから、本日、『タキオン・ショッピングモール弐番館』が事故後に閉鎖をしたため、其の営業補償を請求されました。ただ、『タキオン・ショッピングモール弐番館』の支店長のご厚意により、此方の方は十万まで減額して頂けました。申し訳ありませんが、此の十万に関しては、法人として誠意を見せるため、わたくし、高丘茜音が一存で支払いを済ませました。後で全額、社に対して返済致します」

 其処まで一気に言葉をまくし立てた、高丘茜音の表情が更に曇る。


 「返済しなくて全然、構わない。経理担当は高丘さんに一任してある。実績もあるし、信用している。雑損処理しておいてくれ」

 紅嶋秀一も即座に返答する。


 「解りました。ありがとうございます。ですが、それよりも、もっと大きな問題が有りまして」

 そう告げた高丘茜音はしかし、紅嶋秀一に返事の機会を与えず、言葉を繋いだ。


 「アイドルグループ、キャンキャットの運営会社、エービーケイより、本日、キャンキャットが新曲発表出来なくなった、其の損害を請求するとの旨の文書を受け取りました」


 高丘茜音の言葉に、其の意味に気付いた紅嶋秀一の表情が一気に曇る。


 「先方さんは請求額について、如何ほどだと?」

 紅嶋秀一は高丘茜音の目を見てそう告げる。


 「ウチが零細企業で有る事、また『タキオン・ショッピングモール弐番館』の支店長が間に入ってくれた事から、本来ならば五十数億を超える所、一億と」

 そう言って高丘茜音は、請求書を紅嶋秀一に差し出す。

 株式会社エービーケイの社印、角印が捺印された、法的効力を持った請求書であることが解る。


 少しの間があった。その後。


 「解った。今日来たアルバイトの皆には全額、一日分のアルバイト代を支払って欲しい。社内の金庫にそれくらいの金額は残っている筈だから」

 「承知しました」

 紅嶋秀一の言葉に高丘茜音は即答する。


 「それから今月二十五日締め分までの給料を正社員には支払って欲しい。高丘さんには悪いが、明日中には全ての支払い事務を完了して、翌月曜日にはアリマ信用金庫に提出できるよう、準備して欲しい」

 「解りました。明日中には全て処理します」

 そう言うと、高丘茜音は紅嶋秀一に一礼する。


 「そして高丘さん含め週明け二十五日を以て全員解雇する」

 そう言うと、紅嶋秀一の目からは、それまで堪えていた涙が零れる。


 「『有限会社ベータテンプルマン』は整理手続きに入る。それは俺が全てやる」


 「私、高丘が整理手続きまでお手伝いしますが?」

 高丘茜音はそう言ったが


 「いや、本当に申し訳ない。それは俺の仕事だ」

 そう言うと、紅嶋秀一はベッドの上に正座して、居並ぶ社員やアルバイトに正対して、深々と頭を下げる。


 「社長として先ず、皆に謝りたい。今回のことは全て私、紅嶋秀一の未熟さが招いた大失態。本当に申し訳ありませんでした」

 そう言った紅嶋秀一は悔しげな表情をして天井を見上げる。


 ややあってから、紅嶋秀一は重い口を開く。

 「ベータテンプルマン、俺の夢だったんだけどなぁ」


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