悪役令嬢は元婚約者の恋人(?)と幸せになります
「サラ・ジャービス伯爵令嬢! 今日この場をもって、お前との婚約を破棄させてもらう!」
王立学園の卒業パーティーの最中、私の婚約者でもあるザカライア王太子殿下が突然上げた声に、楽団の奏でる音楽が一斉に止む。
突然のことに声も出せず、目を見張ることしか出来ない私の周囲から、今日一緒に卒業した同級生たちが、気遣わしげな目を向けながらそっと離れて行く。
どうしよう、なぜこんな事に。
混乱して回らない頭で必死に言葉を探し、何とか口にする。
「……ザカライア王太子殿下、理由をお聞かせいただけますか」
「理由だと? 自分がやった事なのに、説明しないと分からないとはな。お前は同じ学園の生徒であるレスリーをいつも隠れて虐めていただろう?! この性悪の悪役令嬢が!!」
全く身に覚えのない話だった。
しかも、最近お芝居で流行っているという悪役令嬢になぞらえて断罪劇を始めるなんて、どうしてこの人はいつも突拍子もない事ばかり仕出かすのだろう。
後先考えない言動と行動で迷惑を被り続けてきたが、王妃様から「お願い、あの子を見捨てないで」と、泣いて頼まれていたから今まで我慢してやっていたのに。この親不孝者め。
いつかはこんな日が来るんじゃないかと、心の隅では思っていたのは確かだ。でもこんな衆人環視の中で言い掛かりを付けられるとは、悪い夢を見ているようだ。
「私に『悪役令嬢』のレッテルを貼れば、婚約破棄の大義名分になるとでも思っているのですか? 私とレスリーは仲の良い友人です。虐める理由などありません」
「はっ、仲の良い友人だと? お前は友人に水を浴びせたり、教科書を破いたり、突き飛ばしたりするのか? 階上の教室窓から植木鉢を落として怪我をさせるなど、もはや殺人未遂だぞ!」
「そんなことはしていません!」
ザカライアは隣に立っていたレスリー・ハーディングの腰に手を回し、自分の方へと引き寄せた。
レスリーは平民ながら、肩の上で切り揃えられたピンクブロンド、滑らかな白磁の肌、艶やかなさくらんぼの唇、静かな湖水を思い起こさせる潤んだ蒼い目の、同性の私から見ても心掻き乱されるほど可愛らしい子だ。
首席で学園を卒業し、王宮で働く事が決まっている。
そういえば、最近不思議と学園内で2人が一緒にいるところをよく見かけていた。
ザカライアと聡明で真面目なレスリーは、性格的には真逆で珍妙な取り合わせだけれど、視覚的にはどちらも華やかで、私の目から見てもお似合いのカップルだ。
2人が並んで歩く姿は美しく、見た人は全員感嘆のため息を漏らす。
2人は、既に恋人同士だったりするのだろうか。
もしそうだとしたら、私という婚約者がいながら他の女の子に手を出すザカライアの不誠実さよりも、毎日顔を合わせていながら、私に何も言ってくれないレスリーの気持ちの方がショックだ。
考えたくはないが、私がレスリーを虐めたと当のレスリーが言いだしたのだとしたら…………心が折れて、もう立ち直れないかもしれない。
「まぁ、おおかたレスリーと、愛しいこの俺が仲良くしているのが面白くなかったのだろうが、過度な嫉妬は見苦しいぞ」
ザカライアの中で私は『俺が心寄せる少女を虐め抜かずにはいられないほど俺を恋い慕う女』ということになっているらしい。
正直言って、婚約破棄を言い渡されたことよりも、その自信過剰なお花畑頭に腸が煮えくり返る。
私が屈辱に身を震わせていると、「ちょっと待って下さい!」とレスリーが、ベタベタくっ付いてくるザカライアの身体を押し退けながら言う。
「ボクはジャービス伯爵令嬢に虐められてなんかいません! それは冤罪です!」
「レスリー、君は見た目だけではなく心も清らかで美しいのだな。自分自身を虐げた女ですら庇うなんて」
「王太子殿下、本当にそのような事実は無いのです! 入学した頃からずっと身分関係なく仲良くして下さったのは、ジャービス嬢、ただひとりだけです」
「まさか」
「数々の嫌がらせにもめげずに無事に卒業できたのは、彼女という心の支えがあったからです。ボクの恩人だと思っています。──そんな彼女に有りもしない罪を着せるなんて酷いです!」
レスリーは怒りで上気した顔でザカライアに食って掛かった。
いつもの温厚で大人しい彼女からは想像がつかない姿に、私や他の卒業生たちは目を丸くして立ち竦む。
レスリーと言葉を交わすようになったのは、入学して直ぐ、偶然レスリーが昼食の弁当箱の中身を捨てるところに居合わせてしまったのがきっかけだった。
コソコソと何をしているんだろうと訝しみゴミ箱を覗き込むと、弁当の残飯に土や屑が混ぜ込まれていた。
「何ですのそれは。まさか、いつもそんなことをされているのではないでしょうね」
「…………」
彼女は何も答えなかったが、腹の虫は雄弁で、きゅるると自身の空腹を主張した。
「良かったら、私と一緒に中庭でお昼を食べません? 我が家のシェフが、私ひとりでは食べきれない量をいつも持たせるので困っていたの」
「……いいんですか?」
「嫌でなければ、是非」
こんなに美味しい昼食を食べたのは初めてと、目を輝かせて頬張るレスリーに相槌を打ちながら、私自身、他人と一緒に食べる食事がこんなにも美味しく感じられる不思議を噛み締めていた。
そして、いつも1人きりで昼食を食べているのを心配した心優しいシェフが、友人を誘えるようにと多めの量を作ってくれていたことに漸く気付いたのだった。
その日から毎日、私たちは昼食を共にして徐々に親密になっていった。
最初こそ彼女は豪華な昼食を申し訳なく思っている素振りを見せたが、いつも1人で食べている私の事情を知ると、遠慮なく相伴してくれるようになった。
レスリーは今まで、かなりの頻度で弁当箱に悪戯をされていたらしく、お昼抜きでお腹を空かせたまま、午後の授業を受けるのはざらだったのだそうだ。
そんな卑怯な虐めをする者が同じ学園の生徒の中にいるとは。話を聞いて私は腹の虫が治まらなかった。
私たちは似ていた。
小さい頃から未来の王妃となるべく教育されている私を、周りは妬んだり羨んだりした。
王家と繋がりを持とうと近づく人間を遠ざけていたら、いつの間にかまともな友人関係が築けなくなっていた。
一方のレスリーも、自身の能力によって、周りから称賛されたり敬遠されたり。
彼女を利用しようと近づいて来る人を避けていたら、気がついた時には周りから誰もいなくなっていたそうだ。
まぁ要するに私もレスリーも、ロクでもない奴らしか側にいなかったってわけ。
学園という小さな集団に馴染めなかった私たちは、互いに寄り添う事で穏やかな友情を手に入れた。
レスリーが私を心の支えと言ったが、支えてもらったのは私も同じだ。
「レスリーがここではない世界の、前世の記憶を持ってるって本当?」
「うん。小さい頃、突然思い出しちゃったんだ」
「そう、噂は本当だったのね」
学園に入学する前からレスリーは有名人だった。
前世の世界の教養や技術が、レスリーを介して、この国の色々な部分に役立っている。
国民生活の質を飛躍的に向上させた功績によって、彼女は学園卒業後は叙爵されて、王宮勤めをするだろうと皆が注目していた。
「それならレスリーってば、発明品の特許収入だけでも大金持ちのはずなのに、どうしていつもカツカツの生活をしているの?」
「そうだなぁ……。次の商品開発や研究費用で、すぐに消えちゃうんだよね」
「自分の幸せのために、手元にもっとお金を残しておけば良いのに。レスリーは欲が無さすぎるわ」
私の言葉にレスリーは笑って答える。
「ボクは前世では勉強オタクでね、宇宙の事を勉強するうちに地学や気象にも興味が出て、これらを理解するために数学や物理、化学を学び、勉強すればするほど興味の対象が加速度的に広がっていった。だから無欲なんてとんでもない。ボクほど知りたがり屋の強欲な人間は、この国にはいないんじゃないかな」
うん、言ってる事の半分も解らないや。
「……えっと、だからね、折角みんなを幸せに出来る手段を持っているんだから、それを行使することがボクの幸せなんだ。……ジャービス嬢は卒業後は王太子妃になって、ゆくゆくはこの国の王妃様になるんでしょう?」
「順当に行けば、ね」
ちらりとザカライアのことが頭を掠める。
王太子の婚約者なんて、彼の尻拭いをするために与えられた役割の、体裁の良い呼び名でしかないけれど。
「ほらね。君だってこの国に暮らすみんなの幸せのために働くんでしょ? ボクだって同じだよ。立場は違っても、大事な親友と同じ仕事ができることがとても嬉しいんだ」
そうか、私たちは同じなんだ。
かけがえのない友人に“親友”と言ってもらえた事も相まって、嬉しさに頬が緩んでしまう。「王太子殿下に、レスリーの国を思う気持ちの半分でもあればよかったのにね」と言いながら、お茶を飲むふりをして照れ臭さ故の赤面を誤魔化した。
卒業まで欠かさず続いた私たちのランチタイムは、私の在学中二番目の宝物になった。
一番はもちろん、レスリーと親友になれた事。
彼女の存在は、私の自慢であり誇りだ。
今までも。これからも。
私を擁護するレスリーの言葉に、ザカライアはポカンとしながらも尋ねる。
「水をかけられたのではないのか?」
「ボクは以前から、何人かの生徒から嫌がらせを受けていました。突き飛ばされてケガした膝を、ジャービス嬢が水で洗い流してから手当てして下さったのです」
「教科書を破いたのは?」
「教室の机の上に置いていた教科書に、一冊まるまる悪口を書かれました。勿論、やったのはジャービス嬢ではありません。彼女はボク以上に憤り、ページを破り捨てた上で新しい教科書をプレゼントしてくれました」
「……とすると、植木鉢は?」
「これも、落としたのは別の誰かです。落ちてくる植木鉢に気づいたジャービス嬢が、ボクを突き飛ばして庇ってくれました。割れた破片で怪我をしたのは、寧ろ彼女の方です」
ザカライアの顔色がみるみる悪くなっていく。
確認も取らずに騒ぎを起こした事実に、漸く気がついたらしい。
「ジャービス伯爵令嬢は素晴らしい女性です! 彼女を貶める発言は我慢がなりません!」
キッパリ言い切った後、私に向かって優しい微笑みを投げかけた。
あれっ? レスリーは同性なのに何故か胸がドキドキする。
「うぐぐ……っ! それでは“虐め”どころか、2人はすっごい仲良しさんではないか?!」
だからさっきからそう言ってるでしょ。コイツ本当に馬鹿だな。
「この俺を仲間はずれにして、レスリーと友情を育んだ罪は重いぞ?! 彼女は俺様の婚約者になるのだからな!」
何なんだ、それは。
どさくさに紛れてレスリーとの婚約を宣言したよ、この人。
白い目を殿下に向けていた私を含めたこの場の全員が、次のレスリーの言葉に驚愕した。
「王太子殿下は勘違いをしています! ボクは男ですから、婚約者にはなれません!」
ええっ?! 嘘でしょ!
会場のあちこちから「嘘だろ」「ボクっ娘じゃなかったんだ……」「私よりも綺麗な男って……」という声が一斉に上がって一時騒然となる。
入学当初から、目も覚めるような美少女だと信じて疑わなかった。
貴族として培われてきた審美眼には、どうやら性別判別機能は付いていなかったようだ。
「な、なんで女子の制服で学園に通っていたのだ?!」
「我が家は貧乏なので、姉のお古の制服を着ていました。校則で禁止されていませんし、学校からも了承を得ていますよ?」
じゃあ、彼女──彼が性的倒錯者で、自らの欲望のために女子の制服を着ていたということではないのね。
親友の趣味嗜好を一瞬疑ってしまった。
良かった……のか?
「では何故、俺を誘惑するかの様に近づいて来たのだっ!! 迷っている時に助言をしたり、励ましたりしたのだ!! ……俺は……俺は、すっかりお前に夢中になってしまったではないかーっっ?!」
出たーっ! 男に対するゾッコン宣言。
コイツの王太子生命は、今終わりを告げたよ。サヨナラと手を振ってるよ。
「王太子殿下に勘違いさせてしまった事は、心から申し訳なく思っています。
──僭越ながら、殿下が正しい道を歩いて行かれるよう、少しでもお助けしたかった。
それがボクの親友ジャービス嬢に対する、王太子妃になった時の援護になると信じて」
そうだったんだ。
私のためだったんだ。
そうとは知らず、今まで散々嫌な目に遭わされてきたザカライアと、レスリーが仲良く寄り添っているのを見ると裏切られたように感じて、ホントはちょっぴり面白くなかったのよね。
ごめん。ごめんね、レスリー。
少しでもあなたとの友情を疑って。
やっぱりあなたは私の心からの親友。
…………あれっ?
そこまで考えて、ふと気づく。
レスリーって女の子じゃなくて、男の人だったんだよね。
とすると、毎日の中庭でのランチタイムって傍から見ればデートに見えない? 寸暇を惜しむ恋人たちの密かな逢瀬と言えなくない?
婚約者がいながらの他の人とのデートは、ちと不味くないか。
「で、殿下っ!!」
私は慌てて、ザカライアの意識がランチタイムデートに行かないように、違う話をして誤魔化すことに決めた。
「先程殿下が仰られた婚約破棄の件ですが──」
「えっ、ちょ、ちょっと待て! 皆まで言うなサラ!!」
私が何を言おうとしているか察したザカライアが、言わせてなるものかと焦って止めに入る。
この場で私が婚約破棄を承諾したら、孤立無縁のザカライアは『冤罪で婚約破棄した挙句に同性に婚約を申し込んだ男』という冗談みたいな黒歴史の大荷物を、一生ひとりで背負わなければならないだろう。
今までの私だったら、婚約者の名の下に、無償で一緒に荷物を持ってあげたのだ。何ならザカライアの分まで。
でも、そんな自分はもう終わりにするんだ。
いつか目の前に幸せがやってきたら、躊躇せず掴めるように、余計な荷物なんて何処かに放ってしまって、この手はしっかり空けておくんだ。
「──私、サラ・ジャービスは婚約破棄を謹んでお受けいたします!」
「!!!!!!!!」
ガックリと力を失ってその場に座り込む元婚約者に向けて、優雅なカーテシーをすると、そのままパーティー会場から退場した。
最後に視界の隅に捕らえたレスリーは、笑顔で小さく頷いていた。
ここから先は後日談。
破婚の手続きは速やかに行われ、私は晴れて自由の身となった。
王様や王妃様も、流石に今回ザカライアが起こした騒ぎを無かったことには出来ず、彼は王太子の地位を、出来の良い第2王子に譲る事となった。
瑕疵のある私には今後結婚なんて無理だろうから、いっそのこと修道女にでもなって穏やかな余生を送ろう、と決意した途端、求婚の申し込みが連日のように舞い込んできてビックリだ。
何でも、長い間あの我儘なザカライアの婚約者を続けてきたという事実が、他の貴族たちに好意的に受け取られていたらしい。
我慢強く気骨のある女性──って、うら若き貴族令嬢としてはどうなんだろう? 言いたい事は色々あるけど、それが今の私の評価だ。
お父様が「今まで散々苦労して来たから、新たな婚約者は自分で決めなさい」と言ってくれた。
自国の貴族だけではなく他国の高位貴族まで含んで、高々と積み上げられた大量の釣り書きの中から私が選んだのは、一番身分の低い人。
お父様からは本当にその人で良いのかと何度も念押しされたが、自由になった私の両手は、全力で彼を捕まえた。
その人は最近爵位を賜り、新たな王太子の補佐として王宮に勤め、将来の宰相と目されている超エリートさんだ。
王宮勤めで高給取りの彼は、婚約者の私に毎日花束や心のこもった手紙、沢山の贈り物を持ってくる。
あまり無理はしないでね、と私が言うと「サラを目一杯甘やかす事が、ボクの長年の夢だったんだ」と、とろけそうな優しい笑顔で、熱が上がるような事を囁いてきて非常に困る。
どうやって結婚式までに私の心臓を保たせるかが、今現在の最大の課題だ。
愛しい彼の名は、レスリー・ハーディング男爵。
私よりも可愛らしい顔立ちが、唯一の玉に瑕。
※誤字報告ありがとうございました。




