月の双子②
「ふわぁ…」
私は朝に強い方ではない。とは言っても政府の訓練を受けていたころの成果もあって、起床時間だけはやたらと早い。でも私は訓練時代の同期と比べても遅い方だ。
「おはよー響華。朝ごはんもうできてるよ」
既に着替えから朝食の用意まで終わっている有理はもっと早い。
「あの子たちの分も?冷めない?」
時刻は午前4時。普通の女子高生の起床時間ではない。あの二人の生活リズムは把握していないが、流石にこの時間からでは1時間たっても起きないだろう。
「そっちはだいじょぶ。とりあえず今作ったのは二人分だから。」
流石有理といったところ。抜かりない。
「ならいっか。いただきます」
「いただきます」
2つ椅子を空けて有理と向き合って座り、朝食を口に運ぶ。
時間のない訓練時代の癖がここにも顕れていて、一汁三菜の心がけが守られた豪華な朝食をお互い10分ほどで食べ終わってしまう。
食器を洗浄機につっこんでまた同じ椅子に座る。
いつもならここで数時間ほど適当に暇をつぶして学校に行くわけだが、今は任務の真っ最中。使う武器の手入れでもしておこうと、部屋から持っておいたピストルを机の上に置く。
簡単な構造なのでさっさと分解して傷の確認をしていく。
「残弾数は問題なさそう?」
「約200。今回までは何とかなると思う」
小型圧縮空間収納になっている制服のポケットを確認。マガジンの本数から計算して、特注品の弾丸の複製は必要ないと判断する。
「有理は?あの刀、前回結構使ってたけど」
「『斬香』のメンテナンスはゆうべ終わらせたわ。傷とか切れ味の確認くらいなら、響華の『リレクター』より簡単だし。それより、もう一丁は修理中よね?アイツのことならヘマしないだろうけど、明日には間に合いそうにないわね。」
「ああ、そこは大丈夫。敵に真正面から喧嘩を吹っ掛けるわけじゃないし、リレクターだけでも護衛程度なら戦力は十分だから」
と、自分のメンテナンスも既に終わってしまっていることに気づく。時間を潰そうと思っていたのに、ものの30分程度で終わってしまった。今後についてもゆうべ話してしまったし、任務関連でできることはもうない。
結局私は水無月と緋月が起きるまで面白くもないニュースを見る羽目になった。
≪おはようございます!≫
「おはよぅ…ざいます…」
時刻は6時。朝食をとって学校に行くなら丁度良い時間だろう。緋月はボードの文面のとおり元気そうだが、水無月の方は心配になるくらいにはひどい顔をしている。
「はい、おはよう。二人の分の朝ごはんは作ってあるわ。冷めないうちに食べてね」
無駄に高い主婦力。そこいらの女子高生とは格が違う。
≪わあ…!とってもおいしそうです!いただきます!≫
緋月の目が輝く。水無月と二人並んで座り、私の時と同じ一汁三菜のそろったベストな和食を食べる。
「あの、そいえば…私たちはこれからずっとお二人と、一緒に、行動するんですか…?」
「そうなるね。通学帰宅授業休日に、あるなら部活も」
「部活は、大丈夫です…」
会話が終わってしまった。これでは私までコミュニケーション能力がないみたいだ。
「そういえば、どうして水無月は人と目を合わせて会話をしないの?」
それだと何かに負ける気がしたのでもう少し会話を続けることにした。
「あの、それは…」
「それは?」
あぅ…と水無月がフリーズしてしまった。赤い瞳と同じくこっちも事情が深いらしい。
「そんな尋問まがいの方法じゃ話してくれるわけがないでしょ馬鹿。まったく、圧が強すぎるのよ響華は…」
有理が頭に手を当てて呆れている。自分のコミュニケーション能力に自信がなくなってきた。
「ほら、水無月さん、顔上げて。無理しなくていいからね?朝ごはん冷めないうちに食べちゃって?」
優しい。何だろう、扱いの差が激しすぎる。
こっそりショックを受けた私がいた。
「で、どうしてこうなったんだっけ?」
隣にいる臨戦体勢の有理に話しかける。
「いいから今は集中しなさい。来るわよ!」
問いの答えは返ってこない。自力で答えを出そうと脳みそに聞いた。
ええと、ああそうだ。登校途中に早速襲われたんだ。
AGA強度が最強、歴戦の能力者の能力さえ封じられる空間である絶対安全地帯、つまりは我が家を出てたった数分。
大昔のプレハブ小屋みたいな見た目の圧縮空間を利用した住宅が並ぶさまを眺めながらいつもの道を歩き、文明と異能力の利器に感謝していたところ、3世紀は前の漫画に出てきそうなお約束みたいな下っ端4人に囲まれた。自分たちが手を出せない範囲から出てすぐに襲ってくるとは、どこまで女々しいんだろう。
なんてことを考えるうちに、下っ端の一人が2~3メートル程右いる水無月に突っ込んでいく。手持ちはこれまたお約束のような鉄パイプ。
「ひっ…!?」
腰の見えづらい位置に提げておいたリレクターを引き抜き、間に割って入る。
手のひらを重ね、ふりかかる鉄パイプにリレクターの側面を見せるように構える。
ギィンと金属音。身体強化系統らしい。とても人間とは思えない程の腕力がある。
「チッ…!」
手のひらの角度を変え、鉄パイプに地面を殴らせた。鍔迫り合いならこっちが負けるのは分かっている。
身体強化で攻撃の隙がほぼない。が、あることにはある。
私は今攻撃を受け止めたせいで中腰、重心は体の後ろ。相手は振り下ろした得物と共に前かがみになっている。
情報を得た体が勝手に動く。後ろ重心のまま体を一気に反り、踵の後ろ15センチ位に手をついて、両手を支点に一気に体を逆さまに持ち上げる。
同時に両足で地面を、次に右足で下っ端の下を向いた顔面を思い切り蹴り上げる。
起き上がる勢いはそのまま、反転した体を両手を使ってブレイクダンスのようにひねり、空中で姿勢をまた反転させて着地。私のサマーソルトキックもどきを受けた下っ端は鼻血を吹いて倒れている。
「響華!ふざけてないで次!」
ふざけているとは酷いことを言う。脊髄が吐き出した動きだ。他に効率のいい方法は確かにあったけど、途中で動きを変えるなんて不可能だ。仕方ないと思う。
などと私が言い訳を言おうとすると、間髪入れずに今度はかなり大柄なのがやってきた。
拳が赤く何かを帯びているように見える。見るからに当たったらただでは済まなそうだ。
「水無月、ちょっとごめんね」
「へっ…!?」
でかいのを引きつけつつ水無月を脇に抱えて、赤色の拳が振り上げられた瞬間を狙って後ろに跳ぶ。
予想通り、空振りした拳が地面を弾けさせた。
デカブツがクレーターの中心からこちらを見る。
「ひいぃ…」
刺激が強すぎたのか、伸びてしまっている水無月をその辺に優しく置いて、私はリレクターを相手に向ける。
流石にまずいと思ったのか、デカブツが撃たせまいとこちらに突っ込んでくるが遅い。
私のリレクターが先に叫ぶ。
弾丸は右大腿に直撃。痛みにその大きな体が揺れる。
そのままの勢いで両肩、左ももと打ち抜くと、巨体がドスンと倒れた。
「これで全部?」
手に握られている端末で、既に本部への報告と、教習者の収容要請を済ませた有理の足元には日本刀に腹を刺されて倒れている残り2名が見える
「みたい。にしてもずいぶん弱いわね。ホントにあいつらの仲間なの?」
確かに弱すぎる気もする。が、とりあえず有理の守った緋月も足元に転がってる水無月も外傷はない。とりあえず一安心といったところか。
「で、なんで水無月さんは目を回してるのかしら。南さん?」
「うっ…」
前言撤回、まだ一安心とはいかないようだ。
「ん…」
ベッドに寝かされている水無月の目が開く。ここは学校の保健室だ。
「えっと、私は…一体何が…?」
混乱気味の水無月に登校中に襲われたことと、そこで気絶してしまった水無月をここに運んだことを伝えた。もちろん、私が有理にめちゃくちゃに怒られたことは伏せて。
手のひらサイズの端末から有理と、恐らく同じ場所にいるであろう緋月に水無月の目覚めを報告する。
その瞬間、保健室の扉がものすごい勢いで開いた。倒れた水無月を背負って私が無言で入った時もノーリアクションだった先生が驚いて目を丸くしている。
≪姫夜ちゃん!≫
声はないが表情は必死そのもの。ベッドまで最高速で駆け寄ってくる。
≪大丈夫!?ケガとかどこか痛いところはない!?それから…≫
「こら」
≪あいたっ≫
ぺしっと頭を小突くと緋月ははっと目が覚めたかのようなそぶりを見せる。
「そんなに心配だったの?」
この場を見たら誰だって最初に浮かぶ疑問を投げつけてみる。
≪あっ…えっとその…≫
「大変だったのよ?響華ったら何も考えないで緋月さんの端末にも送るんだもの。私の制止も無視して保健室までダッシュしていくのは流石に私もびっくりよ」
赤面と共に文字をつづることをやめたボードの代わりに有理が答えてくれる。
「夏波ちゃん、大丈夫だよ。南さんのおかげで、ケガはないから。私がちょっとびっくりしすぎちゃっただけ、だよ」
なんとなくだが、緋月の右手を両手で包んで語り掛ける水無月は私よりも話し方に余裕がある気がする。仲がいい人相手なら普通に話ができるのかと安心する。
話ができるなら好感度を上げないといけないな。と私は覚悟を決める。
「水無月、後で二人で話さない?」
「私と…ですか?」
夕方。大体の生徒はもう帰るか部活動にいそしんでいる頃。昨日と同じように私は水無月を呼び出した。
昨日選んだ校舎裏は薄暗かったし、私に心を開いてもらうには少々重すぎるかなと、今回はもっと人の来ない屋上を選んだ。
「それで、話なんだけど」
「は、はい…」
夕焼けの見えるベンチに二人きり。そこそこいいシチュエーションとは思ったのだけれど、期待外れか、はたまた予想通りか、水無月の緊張は解けていない。
「そんなに私って怖いかなぁ…」
「え、いやそんなこと…ない、です…」
隣にいる私ではなく、目の前に広がる茜色の空を見ながら話している。
「ちゃんとこっち見て言ってくれる?」
両肩を掴んでこちらを向かせようとする。が、
「ダメです!!」
華奢なシルエットからは想像もできない程の力と、そして今まで聞いたこともないほどの大きな声で、水無月は私を拒絶した。
「ぁ…ご、ごめん、なさい…!」
今にも泣きそうな顔で、しかし決して私の顔は見ずに謝る。いや、呪文のように謝罪の言葉を繰り返している。
下を向いているからか、普段よりさらに水無月の体が小さく見える。震える声で何度も謝っている姿は、うずくまって泣いている小さな子供のようにも見えた。
「落ち着いて」
「ひっ…」
涙も全部ひっこめて、水無月の背筋がピンと伸びる。同時に浅い呼吸を繰り返している。
「ごめんね。こういう時、どうしたらいいのかわからなくて」
言葉と共に放っていた殺気をしまうと、水無月の呼吸音が今度はいつもより大きくなる。
前から軽く抱きしめて、背中を優しくなでてあげる。
すると、水無月の呼吸も心拍数も、元の値へと戻っていく。
「怖い思いをさせて本当にごめんね。落ち着いた?」
「はい…」
多少荒っぽいけど、なんとかあの発作のような謝罪を止めることができた。
「その真っ赤な目が原因で、過去に何か嫌なことがあったの?」
「…」
水無月は話そうとしない。
「はぁ…。仕方ないか」
私はポケットからハンカチを一枚取り出す。
「水無月、これ見てよ」
顔を見るのを極度に嫌った水無月だが、端をつままれて風に揺られているハンカチはしっかり見てくれる。
私はそれを確認してからそれを宙に放り投げた。
「あ…」
私の手を離れた途端に、ハンカチは激しく燃焼し、そのまま細かい塵となって、茜色の空に消えていく。
「私ね、この力で父さんを殺したんだ」
「…!」
「初めてこれが発現したのはまだ本当に小さかったころ。家に泥棒か何かが入ってきて、物音に気付いた私は一人で家を歩いていたの。まあわかると思うけどそいつと遭遇して、恐怖から能力が発現、家ごと父さんと泥棒を焼いたの。母さんは仕事で遠出してたから助かったけど、テレポートで私を家の外に逃がした父さんは間に合わなかった…」
「で、今度は水無月の番。教えて、あなたの事」
「わ、私は…、この力で、昔からいろんな人のいろんな心が見えました。楽しいとか、嬉しいとか、私が顔を見ると音になって、私の耳に入ってくるんです。でも、それだけじゃなくって、怖いとか、きついとか、ウザいとか、自分に向けられた負の感情もそのままぶつかってきました。
両親は配慮してくれていましたが、それでも私は、次第に人とかかわることから逃げるようになっていました。
でも、ある時、私の能力を知った人が、私の事を化け物扱いし始めました。血みたいな紅い瞳のせいで、悪魔と呼ばれもしました。
結局、転校してそこからも逃げました。それからは誰にも話しかけないように、自分のことは表に出さないようにって心がけてきたんです…」
極度の対人恐怖症もどきはいじめられたのが原因であると知って、この子もまた苦労したんだなと何だか勝手な同情心が湧き上がってくる。しかしそのおかげで、私は彼女にさらに興味を持った。
「それで、緋月とはいつ出会ったの?」
「一年前です。転校してきて自己紹介をされたときは驚きました。デュアルの相手が見つかったという告知書に載っていた名前と全く同じだったんです。名簿から私の名前を発見した彼女が私に話しかけてくれて、そこでようやく私たちがデュアルなんだという確証が得られました。
夏波ちゃんはとっても明るくて、裏表もなくて、だからじっと顔を見ても怖くない。夏波ちゃんも自分の言葉として私に思考を伝えられると喜んでいました」
「大体わかったよ。ありがとう」
私の方を向いていない頭をぽんぽんと撫でてあげると、耳が瞳より可愛らしい赤色にそまった。
(案外かわいいな)
「ねえ、私の心も覗いてみてよ。私も水無月の顔しっかり見ときたいし」
「ふぇ…?」
ちょっといじわるをしたくなってそんな提案をすると、私の予想に反して、その紅の瞳がこちらに向いた。
(かわいい)
長めの黒い前髪が少し暗そうな印象を与えてはいるものの、髪の隙間から覗く瞳はやはり初めて見たときから変わってはいない。あのピジョンブラッドの瞳だ。顔全体のバランスも良くて、正直見つめられるとドキッともする。
「な!?ななななにを…!?」
(あ、聞こえてるんだったね。でも水無月はホントにきれいな顔してるよ。ちょっと羨ましいかも?)
「あ、遊ばないでください!」
水無月はふいとそっぽを向いてしまう。
「ふふ、ごめんごめん。それじゃあ、そろそろ有理たちの所に帰ろうか」
「…はい」
若干ふてくされた水無月の手を引いて、私は屋上のドアノブを掴む。と、
ドオオオオン!!!
「「なに!?」」
大きな爆発音が、建物の下から突き上げてきた。
すぐさま端末から通信が入る。
『響華、聞こえる!?現在地は?』
「屋上。そっちは?」
『中庭。二階の職員室前で合流するわよ』
「了解」
簡単な報告と確認をを済ませる。
「水無月、行くよ。あんたのためにも、緋月のためにも」
「はい…!」
私の眼を見つめる瞳は、ショーケースに飾られたルビーみたいに輝いていた。




