月の双子➀
担任が朝のホームルームを始める。旧時代から伝統を引き継ぐのは構わないがこの時間が無駄に感じて仕方ない。
「はーいみんな注目。今日からこのクラスに転校生が参加します。仲良くしてねー」
いかにもやる気のなさそうな空気を漂わせながら担任が今日一番のニュースを伝える。昨日の指令書に書いてあった通りだ。
同じクラスに二人同時とは珍しいが、理由は能力の関係と組織の裏工作の半々だろう。
能力はどうやら二人でいないと使えないものらしい。そういう能力者は二人セットでデュアルというランクで呼ばれるのが国の基準だが、最近はそんなことを公の場以外でいちいち気にしている人はいない気がする。
護衛対象の能力は知っておきたいところであるが、今は人物像の確認が先だ。自己紹介ぐらいしっかり聞いておこう。
入ってという教師の指示の後にドアが開く。入ってきたのは少女が二人。身長は同じくらいで、一人は黒髪で肩につくほどの長さ。もう一人は背中まで伸びる白髪。グローバル化で人種がごちゃごちゃになった現在でも珍しい。アルビノというやつだろう。
また、二人とも瞳が深紅。特に黒髪の方の瞳の色は特別紅が深く、例えるならピジョンブラッドとさえ言えるだろう。白い方はアルビノで納得がいくが、黒髪の方はなかなか事情が深そうだ。
ブレザー型の制服を二人ともよく着こなしていて、先日のバカとは違い見た目の印象は悪くない。
「水無月姫夜 、です。よろしく…」
最初は黒髪の方。教室前方のスクリーンに漢字が映し出される。流れるような響き、いい名前だと素直に思う。が、それとは裏腹に、本人の表情はそれこそ夜の闇の下にあるかのように暗く見える。
声の調子も明るいと言えるものではなく、姫というよりは目立たない使用人のようなイメージだ。
水無月の自己紹介が終わり、今度はアルビノらしき彼女が話す。と思われたが、いくら待っても声は聞こえない。
病的にもとれる色素のない顔にある表情は入室時と変わらず微笑んでいる。
「すぅ…ふぅ…」
大きな深呼吸に教室全体の注意が一転に引き付けられる。
それを待っていたかのように彼女は語った。
≪初めまして、緋月夏波です。≫
ただし、声ではなく文字で。
胸のあたりにモニターが出現し、そこに文字が描かれていく。
≪姫夜ちゃんと同じ学校から転校してきました。仲良くしてくれると嬉しいです。あ、あと私は先天的に声が出せないので、少し話しかけづらいと思いますが、気にせず話しかけてきてくださいね!≫
制服の襟の上の端からちらちらとチョーカーのようなものが見える。あれでモニターを出しているのらしい。
文字だけでは彼女の言うとおり人柄を読み解くことは難しいが、先ほどよりも明るさがさらに増した笑顔や、文末に感嘆符を置いてくるあたり水無月のように暗い感じはしない。少なくとも表面上では話しかけやすそうだという印象を受ける。
「はーい自己紹介ありがとー。んじゃ二人の席はそこね」
担任の指さした先、教室の後方に学習机と椅子のセットが二つ、横に並んで出現する。窓際最後尾の私のちょうど後ろだ。
真後ろに水無月、斜めの位置に緋月が座る。
二人が席に座ると、転校生の自己紹介というイベントに変な緊張感を持っていたクラス内の空気も落ち着いてくる。
また退屈な担任の連絡が再開される。
「ふぅん…」
「何?」
「いや珍しいなあって、あの一匹オオカミを擬人化したみたいな響華がそこまで人のことを見てることが」
時刻は夕方、場所もこの時間には日が遮られる校舎裏なので人は私と有理との他にはいない。昔から変わらず余計な一言が多い有理だが、任務に関する情報を伝えている現在もその例に漏れない。
「で、ちゃんと来てくれるの?そもそもどうやってここに呼び出したのよ」
夕方とはいえそろそろそう呼べる時間も終わりかけている。元々日も当たらない場所なのだから、当然その影はいっそう濃くなっていく。
「二人でここに来るように紙に書いて授業中にぽいっと」
そうやって護衛対象である二人を放課後来るように伝えたと有理に言うと、
「響華ってほんっと雑ね」
何故か辛辣なコメントが返された。
なぜだろう。確かに紙なんて絶滅危惧種もいいところ。能力学とは別に発展した科学の恩恵で紙なんて使う人間はほとんどいない。昔と違って今どき重要書類も全部電子書類だ。
「そんなに紙を使うのがおかしかった?」
「そこじゃない。そういうところよ?」
ますますわけが分からなくなった。私と有理はほとんど育ちが同じはずなのに時々会話が成り立たなくなるのはどうしてなんだろう。
そうやって他愛ない会話をしていると、足音が二つ、こちら側に伸びてくる。
「あの、何ですか?こんなところに呼び出して…」
水無月と緋月だ。が、どうにも様子がおかしい。極度に緊張しているようだが、こちらが恐れられる理由が全く分からない。
「ねぇ響華。私たちのこと、この二人は知ってるの?」
「あっ」
「ほんとにそういうところよねえ…」
私たちが政府からの護衛であること、私達がどういう存在であるのか、諸々の事情を説明した後、またもや大きな有理のため息が響く。
≪えっと、つまり、お二人が政府から派遣された私たちの護衛の方々という認識でいいんですよね?≫
数分にわたった説明を、緋月が一行程度にまとめてくれる。
「そうだね。というか、なんの連絡もなかったの?誰とかってやつが護衛になるとか」
≪知りませんでした。トラブルというか、事件に巻き込まれたのは確かですし、それで警察に相談もしました。
けど、いつの間にか転校が決められてて、二人組の護衛が付くっていうことしか聞いていなかったので、こちらも何が何だか分からない状況で…≫
困ったような表情が、ボードに移された単調な文字列に感情を与える。
あの野郎。上司の顔が脳裏に浮かんだ。きっと今すごい顔してるんだろうな私。
「はい、というわけでしんみりしたお話は終了!家に帰るよ~」
一人イライラを募らせる私を置いてけぼりにして有理が話を進めてしまう。
≪え?家ってお二人のお家にお邪魔するんですか?≫
「え?護衛だよ?いつも一緒にいる方が確実でしょ。それに私たちの家ならもっとしっかり話が聞けるし」
ぐいぐいと二人を押して二人を連れていく有理。私は連ついていくことしかできなかった。
所変わって我が家のリビング。そこそこ広めに作ってあるから無理なく4人が顔を合わせることが出来る。
「あの、その…私は自分の家に帰りたいんですが…」
椅子に座って最初に声を発したのは意外なことに水無月だった。
「だーめ。何のための護衛だと思ってるの。私たちに合流するまではノーガードなのよ?護衛をされるような立場の人間が、そんな事言ってる場合じゃないでしょ」
「それは、そうですけど…」
有理のもっともな説得にいまいち納得のいっていない様子の水無月。
「めんどくさいわねぇ。はいこれ」
有理が空中にモニターを投影し、そこに二枚の書類を映す。
≪あれ?これってもしかして…≫
二人分の住所変更の書類が映されていることに緋月がすぐに気づく。
「そ、あなたたちの住所はもうここ。手続きまで完了してるの。そろそろ諦めてくれたかしら?」
「うぅ…」
最高機関である政府直下の組織の力は並のものではない。それを抜きにしても、保護者の印鑑付きの書類を見ると、水無月も観念せざるを得なかったようだ。
「二人の部屋はもう空間拡張で作っておいたから好きに使って。元の家から持っていきたいものがあったら私達に言って。組織の人間に取りに行かせるから」
間髪入れずに私が先のことまで説明する。
緋月と水無月は顔を見合わせた。呆れたのか、はたまた驚いたのか、何も言えないまま無表情なにらめっこを続けている。
「で、二人の能力と巻き込まれた事件についてなんだけど」
私が話題を変えると、一気に場の空気が変わった。重く、悲しみというよりは怒りとか、もっと別な感情がごちゃごちゃになった感じだろうか。明るいはずの部屋で、二人の顔にだけ明確に陰が差したのが分かった。
『詳細は本人たちに聞くように』とは上司も酷なことをするものだ。
≪では、私から≫
先に動いたのは緋月のボード。本人の表情も一気に引き締まる。
≪私たちのデュアルの能力は「観測者」です。効果は特定の個人とその周囲約5キロメートル圏内の情報を得ることが出来ます。条件は私たちが手をつないでいること、相手の名前と顔が分かっていること、の二つです。能力を行使する対象者がどこにいても使うことができます≫
「ふぅん…」
有理が眉をひそめた。当然だろう。デュアルの性質上二人一緒でいなければならないのは確かに機動力の面ではかなり弱い。だが能力と効果範囲がマッチしすぎている。最悪シェルターに入っていても外の状況を確認できる。
≪私たちが巻き込まれた事件というのは、Rsickという組織に関わるものなんです…≫
「Rsick!?」
有理のいぶかしげな表情が一気に驚きへと、そしてすぐさま苦々しい表情に変わる。
Rsick。活動範囲、構成員ともに小規模ながら、強力な能力を保持するものが多く、一般の警察では対処しきれないほどの戦力を持つ自警集団。
「向こうに何かしたの?」
私は気になって聞いた。Rsickはあくまで自警集団。何かしら刺激を与えていない状態で、奴らが動いたという記録はない。
≪実は、Rsick内に最近、他人の能力を察知できる能力者が入ったみたいで、私と姫夜ちゃんを勧誘しにRsickのメンバーがやって来たんです。≫
隣にいる水無月も首を何度か縦に振った。
≪誘いを断ったら、無理やり連れていかれそうになって、そこから二人で警察に逃げたんです。≫
「それで今に至る訳ね…」
大体状況が理解できた。Rsickの活動範囲は確かに近い。私たちに護衛が任せられたのは納得だ。
「気がかりがあるとすれば、その新しくRsickに入ったっていう能力者かな…」
「そうね。あいつらはよそ者をほいほい信じるような奴らではなかった気がするし、なぁんか怪しいわね」
もう一つ気になることといえば、
「二人はどうやってRsickのメンバーから逃げ出してきたの?」
最下層の構成員でさえ、警棒を装備した一般の警察官2~3人は相手をできるような集団だ。そこからどうやって無傷で警察まで行けたのかが分からない。
≪それは…≫
「たぶん…私の能力、です」
今まで一切口を開かなかった水無月が、緋月の言葉を遮って発言する。
「たぶん?」
引っかかるワードだ。一般的に自分の能力の詳細は、発現時に能力の名前と共に頭に入ってくるものなのに、まるでそこに確証がないような物言いじゃないか。
「私はデュアルで、えっと…ツヴァイでもあるので…同時に二つ能力が使えて、あ、いやその、それくらいは知ってるか…えと、だから…」
しどろもどろの口調。正直言って聞きづらいことこの上ない。
「あなたのもう一つの能力を簡単に教えてくれたらいいわ」
有理のアシスト。こういう時は案外優しいのはどうしてだろうか。
「名前は『マインドマイン』っていって、その、普段は顔を見た相手の考えとかが全部わかるだけの能力なんですけど…なんでか分からないけど…あの時だけは感覚が違って、気づいたら襲ってきた人たちが倒れちゃって…」
「自分の能力が今までなかった現象を引き起こしたってことでいい?」
私の問いに水無月は今度はぶんぶんと首を縦に振る。
困った。非常に困った。
ただ守るだけならいいものの、こっちは水無月の能力の暴発にも注意しなければならないらしい。聞いたところ発動条件は顔を見ることのようだが、護衛対象の様子が確認できないとなると辛い。
「分かった。聞きたいことはこれだけ。色々やることはあるけど、とりあえず今日は疲れただろうから早めに寝て」
私は二人をリビングから縦長の廊下に押し出す。二人の部屋をそれぞれ教えて、個室のドアが閉まったのを確認してから有理のいるリビングに戻った。
「面倒なことになったね」
「そうね。Rsickがらみとなると、連中から何をされるか分からないわ…」
有理と二人きりで今後について話し合う。上司は今回あんまりあてにならないし、私達で方針を固めるしかない。
「今回相手には私たちの能力を把握されるってことでいいのかしら」
「多分ね。例の新しい能力者がいる限り、護衛をしていく中で能力は察知されるのは覚悟した方がいい」
「じゃあ装備はいつものものでいいわね」
「むこうも能力からこっちの戦い方が分かるとは思えないし、いいと思う」
リビングの壁。壁紙の境目を有理がなぞると、淡い蒼の光が細い隙間から溢れ出す。
光は線となり、地を這い長方形の軌跡を描き、そのうちを満たして面となり、浮かび上がり、そしてついに収束し、そこに一つ、直方体を生み出す。
その箱を開けると、私の愛用のピストルと有理のメインウエポンである日本刀が収めてある。
「さあ、忙しくなるねえ」
これから始まる騒乱を予想して、ため息をつこうとしたはずなのに、私の銃の側面に反射して映っていたのは、ニヤリと歯を出して笑う変人だった。




