第1話 ホンキー・トンク・ウィメン
おい。この物語を読むことは正直、あんましオススメしない。
お前たちの期待する萌え萌えなんてのはねえし、出てくるのはむさいオヤジ達ばっかりだ。
女がでてくりゃ、だいたいはねっかえりの女かアバのズレたやつばかり。
まず女は論外だ。そして、小中学生には早すぎる。高校生もやめときな。大学生も悪いことは言わねぇ。
だがな、オヤジだけは……見てくれ。
イタリア イオリア海沿いにある酒場プラヤ。
そこは四人がけのテーブルが壁際に四つ置かれていて、通路を挟んで五人ほど座れるだけのカウンターがある小さな酒場だ。
店内は一般的なバーと変わらず薄暗く、カウンターの向こうには蝶ネクタイの髭が整った年配の男性がよくあるスーツを着て一人立っており、グラスを拭いていながらも周りを常に気にしてるマスターがいる、そんなごくありふれた酒場のカウンターにひとりの男が座っていた。
あまり気にしなければ何てことは無い少しガタイのいい男だが、注意深く観察するとなかなかどうして。
頭髪は銀がかったブロンズの短髪で、また髭ももみあげから口まで生えそろっており、ダンディーな印象を受ける、しかし鼻は少しとんがっており堀が深くて何よりもその男は眼光が鋭かった。
肌にはシワが刻まれており、また右目には何か鋭利なもので切りつけられた跡が一筋ある。
それらが相まって一段と風格のようなものが現れていた。着ているスーツもしっかり身体に馴染んでおり使用感はあるがくたびれていなかった。
その男はスコッチを飲みながら葉巻を吸っていた。
店にはそれ以外に壁際の席に丸帽子を被った小太りの男と、少し化粧の厚い派手な服を着た女が酒を飲んでいた。
マスターはグラスを拭きながら小声で話しかけた。
「お客さん、あまり見かけない顔だから教えとくが、今が二十一時だ。
あと一時間するとここら辺を統治してるマフィアのステファニー家の連中がここに来るから、あんまり長居しないほうがいい。あいつらに絡まれると厄介だ。」
すると男は葉巻を吸うとニヤリとしながら煙を吐いて言った。
「ステファニー家ね。あんまり名前を聞かないところを見るとFランか、この辺はハズレが多いな。」
それを聞くやマスターが驚いた様な表情で聞き返した。
「あんた、まさかラッシャーか?あんたぐらいの歳でそんな無謀な事を。
それにステファニー家は名前こそ通ってないが、ここら辺では顔だよ!
政府はEでランク付けしてるが、Dランクはある。
それにここらであまりステファニー家を馬鹿にすると本当に死ぬぞ。」
次の瞬間後ろのテーブル席からその年配の男めがけて酒が入ったグラスが飛んできた。
グラスはちょうど男の椅子の背もたれにぶつかり、「ガチャーン」という音とともに、砕け散り酒がかかった。
マスターはそれに驚き小さく声をあげた。
テーブル席に座っていた小太りの男が席を立つ。そしてゆっくりと年配の男の背後まで歩いてそばまで来ると声をかけた。
「マスターの言う通りあんまり俺らの事をバカにしないほうが良いぞ、おっさんよ。」
そう言うなり手に持った瓶ビールを頭にかけた。
マスターはバツの悪そうな顔で「お客さん、どうしたんですか、急に?」と一言。
小太りの男は丸帽子をとりながら挨拶をした。
「どうもマスター、いつも自分の部下が世話になってるようで、たまには自分もそんなところで酒を飲みたいと思ってね、来てみたんだよ。だけど、こんな面白い所だとは思わなかったな。」
男を睨みつけた。
マスターは帽子を取った男の顔を見るなり、血の気が引いたようになった。
「まさか三代目がわざわざお越し下さるとわ。この男はこの辺のもので無いようで、どうか見逃してやって下さい。ほら、あんたも謝って。」
そう言いながら目を配らせる。
すると、ビールが服に染みてポタポタと床に垂れるのを見て、突然ハスキーだが芯のある声で笑った。
「ふっはっははは、お前さんが後継かね。」
「なにが可笑しいんだ?てめぇ?」
怒りを露わにしながら、右手に持ってるからのビール瓶で思い切り殴りかかった。
すると葉巻を消しながら、くるのがわかっていたように片手で受け止めた。
相変わらず笑いながら洋服を気にして言った。
「わりいわりい、今朝見た新聞の占い面に急な土砂降りに注意。服がびしゃびしゃにってのがあったのを思い出してね。占いも馬鹿にならんね。本当にびしゃびしゃだ。」
すると、後ろの席の女がそれを聞くや、つられて笑った。
「はははは、おじさんうけるねー!なかなか上手いこといってるよ。」
それを聞くなり顔を真っ赤にして小太りの男がビール瓶を地面に叩きつけて割れる音が店内にこだまする。
するとおもむろに、スーツの内側からギラギラと黒光りする拳銃を取り出し、男のこめかみに押し付けた。
マスターはそれを見るや血の気が引いた様になり、必死になりながら二人に話しかける。
「三代目、落ち着いてくだされ。ほらあんたいい加減にしなさい!」
そんなおり、バーのドアが開いて、スーツを着た柄の悪そうな若者三人が入ってきた。
すると小太りの男はそれに気付くと、そいつらに向かって言い放った。
「お前たち、ちょうどいいところに来た。ここの酒場がいいって言うもんだから来てみたらこの通り最高だったよ。で、お前達だけなのか?」
何かに驚いたような表情をして若者三人は返答した。
「お取り込み中でしたか。はい、自分たち以外の奴らは今日ここにゴッドファーザーが来るので送迎中で、もう到着する頃だと思います。」
小太りの男は相変わらずこめかみに銃を当てたまま会話を続けた。
「なに?親父が。なんでまたこんなところに。お前たち。なんで来るか聞いてねえのか?」
「何やら、旧友と会うとか合わないとか言っておられました。あっ!ご到着のようです。」
すると何やらバーの外で車が停車したような音が聞こえる。
銃を突きつけられたまま男は両手をあげてるだけでピクリとも動かない。
「へっへっへ。さっきまでの威勢はどうしたおっさん?怖いんだろ、これが?
怖いんだろ死ぬのがよ?なぁ?
ちょうど親父に俺がしめるところ見せてやれるなんてタイミングがいいな。」
そう言い終えるとすぐにバーの扉が勢い良く開き、柄の悪そうな若い連中に守られるように一人の整った白いひげをはやし、白い帽子に白いスーツを着た男が入ってきた。
その男も、カウンター席の男同様に風格があり一目で普通の人でないことが伺えた。
入ってくるなり手を挙げ合図をすると、若者たちは声を揃えて挨拶を終え、一目散に外へ出て行った。
バーの中に一人残されたその男は鋭い眼差しを小太りの男の方へと向ける。
その後少しだけ笑うと、小太りの男へと言った。
「どうしたんだ?そこの人が何かお前にしたのか?」
小太りの男は頷き話した。
「ファーザー。こいつは俺らステファニー一家の事を馬鹿にして、だから見せしめにこうしています。」
「ふふふ。そうか。ならばその引き金を引いてみなさい。」
そう言いながらジェスチャーで銃の引き金を引くような真似をした。
小太りの男は少し強張った顔を覗かせながらも、自分の手元へと目線を向けた。
すると、さきほどまで微動だにしなかった年配の男が声をあげた。
「よく見ねぃ。セーフティーがかかってるぜ。バンビーノ。」
それを聞いて小太りの男が目線を逸らした次の瞬間、男は目にも留まらぬ速さで、あげた手で銃身を掴むと器用にその銃を小太りの男の手から外し、自分の手に持ち変える。
その後呆気にとられてる男の手を掴むとあっという間に地面にその体を叩きつけ、頭部に銃を押し当てた。
また男がハスキーな声で笑いながら言った。
「ふははは!こんなもんかね!なぁ、友よ!」
すると一連の流れを見ていた白いスーツの男性が拍手をしながら言った。
「うちの愚息が悪い事をした。しかし、さすがはハウリング・ウォルフとまで呼ばれた男だ。久しぶりだが相変わらずだな、元気だったかキャラバンよ。」
「さっきこいつがお前の跡継ぎって聞いてつい笑っちまったよ。
あんたとは性格が似ても似つかないからな。まぁ若え時はこんぐらいがいい。
それよりあんたこそ元気そうで良かったよ。ジェフ。いや、この辺だとステファニーだっけか?」
「いや、ジェフのほうが君に呼ばれるならしっくりくる。」
一通りの会話を終えるとキャラバンは銃を離してカウンターに置き、拘束を解いた。
すると小太りの男は息を荒げながら呟くように言った。
「ファーザー。一体何が?」
ジェフは小太りの男の目を見ながら一言一言丁寧に話した。
「アルよ。覚えておくんだ。銃とは脅しの道具じゃない。自分に覚悟がないのにそれを使うな。もしあそこでお前が殺されてたとしても文句は言えんぞ。」
「申し訳ありません。」
そう言って深々と頭を下げた。そして少し小声で問いかけた。
「ファーザー、こちらのお方はどなた様で?」
するとキャラバンの方を見ながら話し始めた。
「お前もずいぶんな奴に喧嘩をふっかけたな。そいつはまだ世界中でドンパチしてる時、イギリスの特殊空挺部隊と特殊舟艇部隊の両特殊部隊から選び抜かれたものだけが入れる、通称ウォルフ部隊の隊長だった男だよ。
特にこの男だけは戦場では無類の強さを誇ってたっけ。
この声が特徴で吠える狼ってあだ名で呼ばれてな、私達の様な古いマフィアの中じゃあ有名な男だ。」
するとキャラバンは少し懐かしむように返した。
「ふはは、まぁ遠い昔の話だ。ジェフ。お前こそあの頃共闘した時は今よりもだいぶ血の気が多かったじゃないか。
俺らウォルフ部隊でも有名だったぜ。
お前のナイフさばき。イタリアの吸血鬼って呼ばれてたな。」
それを聞きアルは額に脂汗を滲ませながら、丸い黒い帽子を取るとしきりに謝り始めた。
「なんと、ファーザーの旧友とは知らずに大変な失礼を。なんと謝ればいいか。」
「はっはっは。俺こそ悪い事したな。
さっきはわざとバカにするような事を言って試しただけだ。
それに俺は今となっては、しがない一介のラッシャーさ。」
焦りながらまたアルが尋ねる。
「え、ラッシャーと言うことは自分達を捕まえる為に?」
するとジェフが、話を割るようにキャラバンへと話した。
「久しぶりに君から連絡が来たからまさかとは思ったが、ラッシャーに。君の大切な人が亡くなってしまったと聞いたが。」
キャラバンは葉巻に火をつけ、煙を吐くとゆっくり話した。
「ふぅー。あんたもだいたい知ってるだろうがな。
少し昔話をしよう。
早いもんで、あの戦争が今となっては懐かしい。
戦争で死んでも良かったんだが、俺もお前も生き延びちまったな。」
グラスに手をかける。
一口飲むと、スコッチに写った自分の顔を見た。
「俺は終戦後には必要の無い人間になっちまってな。同国の戦友はみな、戦場に散っていった。
一人になった俺は生きることが辛かったんだ。そんな時に、俺の前に一人の女が現れた。
俺を唯一、俺が唯一、愛して、愛された女。アナスタシアさ。
それから俺らは退役金でアナと一緒にイギリスの片田舎で隠れるように、ひっそりと暮らしていた。
その時ばかりは生きてるっておもえたっけな。
だけど過去は俺を逃してはくれなかったんだ。
お前も知っての通り、俺はあまりに戦争で多くのマフィア達の事を壊滅させたから恨まれていたんだ。
そして忘れもしないあの日だ。
俺はいつも通り薪を調達するために山に行き、いつも通り家に帰った。
だけどいつもと違い、アナが血を流して倒れていた。」
キャラバンは残りのスコッチを一気に流し込んだ。
ため息を一つつく。
「俺は急いで駆けつけたがもう虫の息だった。」
少し間が空いて、話を続ける。
「アナスタシアを襲ったのは俺に恨みを持つマフィアって事はすぐに理解できた。
必死に謝る俺にアナは、振り絞ぼりながら
「Don’t look back in anger」って一言だけいうと俺にキスをして息を引き取った。
俺は調べに調べ、アナを殺ったのは中国系マフィアの双龍会ってことがわかった。」
するとその話を聞いていたバーのマスター、アル、ケバい女などが驚きの表情を浮かべている。
ジェフだけは真剣な表情のまま返答した。
「身の上話をするなんて、君にしては珍しいな。だけどそれを聞いてわかったよ。君は死ぬ気だな?」
「何故にそう思う?友よ。」
「双龍会といえば昔からあるマフィアだが、あまりに強大で政府もSSSという桁外れのランク付けをしてるのを知らない君でもないだろ。
そんな相手に一人で行ってどうなる。事情はわかったが、私は友の自殺を手伝うことは出来ん。」
キャラバンは葉巻を灰皿に置くと、右手で自分の右目の傷をなぞりながら話した。
「この傷を見てくれ。
これはその双龍会の現ゴットファーザーのシド・バレッドに戦争中つけられた傷だ。
アナが居なくなってからというのもこっちの目で俺は過去をいまだ見ちまってる。
それにあんたもシドの顔を知ってると思うがあいつは左目に傷があるだろ?
あれは俺がやった。あいつを殺るのはそこらのラッシャーには無理だ。だが俺なら出来るさ。」
「本当に死ぬ気ではないな?」
「別に死にに行くわけじゃないさ。
このよく出来た悪い夢から覚めるために行くだけだ。」
ジェフは頷いた。
「ふっ。君らしいな。わかった協力しよう。その前に再開の祝杯がまだだったな。これで乾杯でもしよう。」
「ありがとう。恩にきる。」
ジェフはマスターに目配せをした。するとマスターは何かを察して、何種類かの酒を混ぜると、オレンジ色の液体をグラスに注ぎカウンターへと出した。
「メキシコ風の飲み方だ。少し甘いがクセになる。」
「へぇー。なんてカクテルだい?」
「テキーラ・サンライズ。私達の間では再会の時に飲むものなんだ。」
キャラバンはそれを手に取り眺めた。
そしてジェフがそこへグラスをくっつけた。
「サルーテ」
お互いがそれを一気に飲み干した。
ジェフはキャラバンの隣へと座り色々と話始めた。
アルはお互いの顔色を伺い少しして端っこへと腰をかける。
しばらくして、できあがってきたジェフがアルを呼んだ。
「明日からうちの若い衆を使って、双龍会の情報を集めてくれ。」
「了解です。あの、キャラバンさんにお聞きしたいのですが、ラッシャーとしてどっかのマフィアを捕まえたりしましたか?」
「ああ、ちょうど昨日、一昨日とここへ来る途中の町で二つほどの一家を潰してきたところだ。」
それを聞くなりジェフが笑った。
「はっはっは。フーキット一家とヘンスリー一家を捕まえたのはキャラバンだったか。噂になってたぞ二日、三日の間に二つのファミリーが捕まるのは珍しいからな。」
「あんなちっぽけな一家潰しても肩慣らしにもなりはしないさ。ところで結構夜も更けた頃だ、おやじには眠い。そろそろお暇しようと思うんだが、ここら辺に宿あるかい?」
「今日は疲れたろうと思って既に手配済みだ。おい、アル、キャラバンを案内してやれ。」
「なにからすまないなジェフ。」
キャラバンは葉巻を灰皿に擦り付けると、席を立った。
そしてそれを見ていたアルが反応してまた席を立つ。
「ここからだと少し歩きますので、車を出しましょう。」
「いや、気持ちは有難いが一人で宿には行くよ。イタリアの春の夜は気持ちがいいからね。歩きたいんだ。場所はどの辺かだけ教えてくれ。」
それを聞くなりアルはマスターからペンと紙を貰い丁寧に地図を書き上げるとキャラバンへと渡した。
時計の針は十二時を過ぎようとしていた。
「私は明日からスペインへと行かないといけない。今日の宿は私達一家のよしみがやっていて、いくらでも使えるように言伝しあるから遠慮せずつかってくれ。
それとこいつらの事も遠慮なく使ってくれよ。」
キャラバンはビールの匂いがするコートを羽織ると、バーの扉を開けながら振り向かずに話した。
「A presto. mio amico.」
それを言うなり片手をあげて軽く左右に振ると扉が閉まった。
キャラバンは外へと出ると、あたりを見渡した。
夜の街の光が暗い浜辺をうっすらと照らしだし、波間には誰の物かさえわからない、スカーフが揺蕩っていた。
春の少し暖かい夜風が塩味を帯びて吹いているのを感じるように深呼吸を一つすると、地図を頼りに薄暗い街中を、ポツリポツリと歩き始める。
しばらく歩いて、宿まであと少しに差し迫った頃、キャラバンは後ろを振り返り誰も居ない方へと言葉を発した。
「おい、俺が尾行に気付いてないと思ってるんなら計算違いも甚だしい。どこのどいつだ?」
すると路地裏の方から1人の女が現れた。
「あははは。ばれちゃったかー。さすがだねおじさん。」
するとその顔をみてキャラバンが少し驚いた。
「おまえ。さっきの酒場にいたジェフの倅のオンナか?」
女は怪訝そうな顔をした。
「え?あたしが?ははは、うけるー!おじさんジョークも言えるんだね。
あんなのがあたしの男な訳無いじゃん。
ここだけの話ね。こう見えて私もラッシャーよ。」
そう言い終えると派手な服の間からサプレッサー付きの小さなサブマシンガンを取り出し、銃身をなぞるように舌をだして舐めた。
「へえ、そうかい。そいつは悪かった。生憎、人の色恋沙汰には疎くてね。それに、こんな夜中に男を尾けてやられたいのか?」
女は怪しい笑みを浮かべながら返す。
「あはは、どっちかっていうとやりたいほうかな。」
すると女は銃を構えて引き金を引いた。
「パス、パス、パス」
乾いた発砲音が辺りに鈍く響いた。
キャラバンは近くの大きな酒樽の裏へ急いで隠れた。
「ったく。今日は厄日だ。ビールの雨のあとは鉛の雨かよ」
そうボヤキながら葉巻に火をつける。
女の足音がこちらに近付いて来るのがわかる。
キャラバンは酒樽の裏に立てかけてあった木材を見つけると、そこにビールを飲んだコートを引っ掛けた。
そして、それを勢いよく酒樽から女がいる薄暗い通路側へと伸ばした。
「へへ、年貢の納め時だぜオッサン。」
そう言いながらありったけの弾をそのコート目掛けて女が撃ちまくった。
キャラバンは発砲音が無くなるとワザとらしく声をあげた。
「ぅっ。ぐぁ。やられたー…… なんてな。」
言い終えると女の目の前へと出て行った。
女は驚き、銃を向けて引き金をひく。
しかし、「カチカチ」と音がするだけで何も出ない。
キャラバンは両手を挙げる真似をしながら言った。
「懐かしいな。その銃声はよく知ってるよ。
U&W社のmp7a1だろ。そいつは軽くてコンパクトで暗殺がモットウの殺し屋さんにはお誂えだ。だけど装弾数が少ないのが欠点さ。あんまりいっぺんに撃つもんじゃあないぜ。」
「くっ。まんまと子供騙しに引っかかっちまったのか。」
女は悔恨の声をあげた。
キャラバンは穴だらけのスーツを拾いながら言う。
「あーあ。一張羅が台無しだぜ。こうなりゃ、体で払ってもらうしか無いぜ。」
「チッ」
女は舌打ちをすると銃を捨て胸元から、折りたたみナイフを取り出すとキャラバンへと、突き立てた。
「よっと。」
そう言いながら伸ばしてきた腕を身体半分ずらして避け、手に持った穴だらけのコートを伸ばしてきた腕へと絡めると、足を払った。
すると女は綺麗に宙を一回転して、仰向けに地面へと倒れた。
「う。がは。ゴホゴホッ。」
キャラバンは手放したナイフを手早く分解すると、路上にあるゴミ箱へと捨てた。
「ゴミはゴミ箱へってな。」
そして仰向けの女へ手を差し伸べ言った。
「俺は女には手を出さない主義なんだが。正当防衛って事で今回は許してくれ。ほら、立てるか?」
すると女は高らかに笑い始めた。
「あはははははは。本当に強いんだね。あたしの負けだ。殺しなよ。」
キャラバンは頭を抱えながらバツの悪そうな顔をした。
「はぁ、ったく。お前さんみたいな若い女が軽々しく殺せとか言うなよな。それにまたなんで、ラッシャーさんがカタギの俺に絡んだんだ?」
女は急に無表情になりポツリと言った。
「あんたを試すためさ。」
またキャラバンは怪訝そうな顔で尋ねる。
「ああ?試す?どういうこった?」
「さっきの酒場での話。あんたが双龍会をやるって聞いたから本当にできるか試したのよ。」
葉巻を吸い煙を吐いて話した。
「へぇ。で結果は?」
女は仰向けのままでニヤケながら話す。
「合格だよ。あんたならもしかしたらやれるかもね。」
「ははは。そいつはどうも。合格証書は後で送ってくれ。じゃあ、俺は行くぜ。眠くてたまらん。」
すると女はガバッと起き上がり、開き直ったようにキャラバンへと話しかけた。
「いいこと思いついた。あたしも双龍会狙ってるんだけど協力しない?おじさんとなら私もいいわよ。」
キャラバンはため息をついた。
「勘弁してくれ。なんで俺が、お前みたいなHonky tonkwomenを相方にしないといけないんだ?」
「あら、失礼しちゃうわね。あたしに気にいられる男なんて滅多にいないのに。それに双龍会の情報、要らないの?」
「何?双龍会の情報持ってるのか?」
女は魔性の笑みを浮かべ返答した。
「へっへっへ。別に要らないならいいのよ。あたしと組めばお互いにウィンウィンだと思うんだけどなー。
それにおじさんはラッシャーになったばっかりの童貞くんでしょ?
あたしが手取り足取り教えてあ・げ・る。」
また深くため息をつくと葉巻を携帯用の灰皿に押し当てた。
「はぁ。わかったよ。わかりました。お前が情報を提供するって条件で組んでやるよ。」
女は握手をしようとキャラバンへと手を伸ばして言った。
「まいどあり。あたしはグレイス。グレイス・スリック。グレイスって呼んで。宜しくね。」
キャラバンはグレイスの手を握り返答した。
「おじさんって呼ばれてもアレだから一応、自己紹介してやる。俺はキャラバン。
アイリッシュ・キャラバンだ。」
握手を終えるとキャラバンは欠伸を一つした。
「明日またここで落ち合おう。朝の九時ごろだ。」
「九時はちょっと早いかな。ていうか、私今一銭も持ってなくて、あんたの宿に泊めてよ。」
キャラバンは苦虫を噛んだような顔で答える。
「はぁー?
だからさっきジェフの倅にたかってたのか。
ったくなんでまた一文無しなんだ?」
「カジノに貯金したのよ。昨日一昨日とマフィアを二つ潰してるんなら、その上前、私にも分けてくれても良いのよ。」
「そりゃ、お気の毒に。お前よく図々しいって言われない?」
「あんたこそよくケチって言われない?ああ、もうわかったわよ。適当にその辺で一晩あかせばいいんでしょ。」
そういうと、グレイスは銃を拾い歩き始めた。
「はぁー。早くついてこい。宿はすぐそこだ。」
するとその声を聞くなり、グレイスは振り返りニヤケながら話した。
「へへへ。キャラバンもうまいねー。そうやって何人の女を今まで連れ込んだのか。」
キャラバンは再び葉巻に火をつけ、歩き始めた。
二人は宿へ到着すると、中からは少し強面の男が出迎えた。
「ファーザーから話は伺ってます。何日でもお泊りください。」
そう言って部屋へ通された。
そこまで広くないものの、掃除が行き届いていて綺麗だった。
ベットは一つしかなくソファの脇には机が置かれていた。
息つく間もなく、グレイスは一目散にバスルームへと向かい、キャラバンに「覗かないでよね。」と釘をさすように言うと扉を閉めた。
「俺は中学生かよ。」
そう一言呟いて窓際へ向かい、カーテンを少し開き窓を少し開けた。
外は街の灯りでぼんやりと揺らめいていた。
葉巻に火をつけボーっとしていると、バスルームの扉が開く音が聞こえた。
「キャラバン。上がったよー。」
キャラバンは葉巻を消してバスルームへ向かった。
すると、そこにいたのは先ほどまでの化粧の厚い女ではなく、どこか清楚な美女がバスローブを着て立っていた。
少しの間キャラバンはその美女に呆気にとられていると、目線に気付いたのかキャラバンへと鋭い視線を送り返した。
「なにジーッと見てるのよ!やっぱりムッツリなのね。」
その言葉を聞き我に帰ったキャラバンは言葉を詰まらせながら言った。
「お、お前その顔。グレイスなのか?」
すると、それを聞き顔がほんのりと赤く火照った。
「なっ。あったりまえでしょ!ああもう、スッピンなんて見せんじゃなかった。」
「いや。そう言う意味じゃないんだが、お前一体いくつなんだ?」
するとまた顔を明るめて怒鳴った。
「デリカシーってものがあんたにはないの?」
「いや、すまん。今切らしててな。」
「ああ、もう、十九よ!!!」
キャラバンは目を丸くした。
「じゅ、じゅうくだぁ?さっきのお前は少なくとも三十路近かったぞ。」
「女なんて化粧で幾らでも誤魔化せるのよ。あたしなんてこの童顔が嫌で舐められないようにあんな厚い化粧してるんだもの。」
「はあ、なるほど。にしても今のままだと到底あんなアバズレには見えないがな。いやー女とシチリアの空ってやつか。難しいねー。」
グレイスの体がプルプル震えた。
「だぁーー。いいから早く入りなさーい!!」
「うぉ、なんか知らんが怒らせちまった。」
キャラバンは逃げるようにバスルームへと駆け込んだ。
それからしばらくして、キャラバンがバスルームから出ると、先程までと違い部屋のライトが薄暗くなっていた。
そして一つしかないベットにはグレイスが寝息をたてていた。
キャラバンはそれを確認するや、タオルを首に掛けたまま、ベットから少し離れた場所にあるソファーへ横たわった。
先程少し開けた窓から心地よい風が火照った身体を冷ましていく。
五分ばかり目を閉じて寝かけたところで、キャラバンは何か気配を感じて目を開けた。
「うお。びっくりしたぜ。」
ソファーの傍にはグレイスが立っており、キャラバンはグレイスを注視した。
するとバスローブが着崩れており発育の良い2つの膨らみが薄暗いながらも見えた。
「にしてもお前なんちゅう格好してんだ。」
そうキャラバンが言うと、グレイスは横へと移動して言った。
「だって、あたしのこと襲おうとしないんだもん。」
言い終えるとグレイスは薄紅色の唇を重ね合わせた。
キャラバンは咄嗟にグレイスの両肩を掴み離した。
「おい、いきなり…」
言葉を発し終える前にグレイスが耳元で囁く。
「言ったでしょ。あたしはやられるよりやりたいって。」
グレイスは身につけていたバスローブを脱いだ。
肌はまるで雪のように白く、暗い部屋なのに薄っすらと光って見えた。
そして金色の髪がグレイスの美しさを際立たせた。
グレイスはキャラバンのバスローブの結び目を解き脱がそうとした時、キャラバンがグレイスへと呟く。
「本気か?」
するとグレイスは先程見せた怪しい笑みではなく、どこか幼さを感じさせるそれであった。
グレイスはキャラバンのバスローブを剥がすと、肌を重ね合わせた。
暫くして、事が終えると満足げなグレイスは、ソファに座り明後日の方を見ながら葉巻を吸っているキャラバンへと話しかけた。
「ねえ、あんた良いもの持ってるじゃない。
こんなに気持ちよかったの初めてよ。」
それに対してキャラバンは何も反応しなかった。
少しの静かな間の後、グレイスがポツリと話始めた。
「私は気持ちよかったけど、あなたは心ここにあらずって感じだったわね。
まったく。私みたいな美女とやってるってのに。どんな人だったの前の女って?」
すると反応が無かったキャラバンは葉巻を大きく吸うと、ため息のように煙を吐き出して続けた。
「なに、どこにでもいる一つ、二つの秘密を持ってそうなキレイな女さ。」
「ふーん、あっそ。」
そう言いながら古傷がついた筋骨隆々な背中を人差し指で撫でながら続けた。
「それで、双龍会を狙うのも女の為って訳ね。」
また少しの間が空いてキャラバンは口を開いた。
「居なくなった女の為に出来る事なんてないさ。バーでも言ったろ。
俺はこのよく出来た悪い夢から覚める為に向かうんだ。」
「男ってほんとバカね。」
「女ほど強くはないさ。」
読んでくださってありがとうございました、
次も宜しくお願い致します。