最終章 1 それは残酷過ぎる現実と無償の愛だった…。今、全ての謎が解き明かされる。
奈美は隣に住んでいる2つ年上の幼馴染だった。親同士も仲良かったから、僕・不破頼人と一つ年上の兄・理人は、物心つかない頃から彼女とは兄弟姉のように育った。幼い頃、僕ら兄弟は背も低く痩せていて、近所の悪ガキたちの格好の餌食なとなっていた。
「お! 見ろよ! ライト兄弟だ!」
「何、偉そうに本ばっか読んでんだよ!」
悪ガキどもは僕らを見つけるたびに絡んできた。兄弟揃ってケンカも弱い上に気も弱かったので、いつもやられるがまま。二人でうずくまって必死に耐えていると、どこからともなく必ず奈美がやって来た。
「あんたたち! 弱い物イジメしてんじゃないよ!」
子供にしては体が大きい奈美は力も強く無敵だった。ケンカをする前から奈美の迫力に負けて逃げ出してしまうヤツもいた。そして歯向かってきた奴らは奈美にボコボコにされた。
いじめっ子が去った後、奈美はいじめっ子に蹴られて足跡が付いた洋服の汚れを払ってくれて、ハンカチで涙を拭いてくれた。そして僕らを優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。
「何かあったらすぐ奈美に言うんだよ! 奈美、理人と頼人のこと、絶対守るから!」
「ありがとう、奈美姉ちゃん。」
僕らはベソをかきながら奈美に感謝した。
奈美は小学校高学年になって、バスケットを始めた。ポニーテールだった髪を角刈りみたいにかなり短く切ったので、後ろから見たら完全に男の子のようだった。
髪が短いので女の子っぽい服は全くに合わなくなり、自然と男児用の服を着るようになって、いつも男の子に間違えられていた。奈美の母親はいつも冗談交じりに「私、男の子を産んだ記憶ないんだけどな」と笑いながら言っていた。
そう言われるたび、奈美は口を尖らせていたが、男の子に見られるのをまんざら嫌でも無い様子だった。僕らは三人でいると、いつも三兄弟と思われた。そしていまだに奈美は僕らより背も高く体格も良かった。正義感の強さとお節介な性格は益々色濃くなり、毎朝学校へ行く前にうちに来ては、僕らの持ち物チェックまでした。
「理人! 体操服のズボン忘れてるよ! ハンカチ取り換えたの? 爪切った?」
「頼人! 給食袋は? 理科のワーク、今日提出でしょ! 算数の宿題ちゃんとした?」
などと、それはそれは学校の先生よりも厳しいチェックだった。
正直、面倒くさいなって思う時も多々あったが、奈美のおかげで僕らは忘れものをしたことが無かった。担任は母親に僕らの事を、とてもしっかりした息子さん、などと褒めていたが、母も実は奈美がチェックしてくれているのを知っていたからなんとも言えなかったようだ…。
奈美がバスケを始めるのと時を同じくして、僕たち兄弟は水泳教室に通い始めた。最初は僕の方が理人より上手かったので、理人はムキになって学校から帰るとすぐに水泳教室へ行き毎日必死になって泳いだ。そして次第に理人の方が僕よりタイムが速くなってきたので、今度は僕がムキになって猛練習を始めた。そうして僕らは放課後、互いに切磋琢磨しながら日々水泳に没頭した。
競い合いが功を総じて、一年もすると県の水泳大会などで、兄弟そろって上位入賞するまでに上達した。水泳で結果を出すようになって、僕も理人も自尊心を高く持てるようになっていた。今まで僕たちを虐めていた子たちの前に出ても、オドオドすることは無くなった。そんな態度でいると、やつらも僕たちと対等に接するようになっていった。
一方奈美はというと、もともと体格が良く運動神経も良かったので、すぐに選抜メンバーに選ばれた。奈美のチームは県大会で優勝するくらい強かった。強豪チームなので、その練習はかなりハードで、奈美も放課後はずっと体育館に詰めっぱなしだった。
小学校、中学校時代そんな生活が続いて、昔みたいに毎日遊んだりすることは無くなったけど、会えばすぐ、今までと全く変わらない僕らの関係がそこにはあった。兄弟姉以上に兄弟姉で、家族と同じくらい、いや、もしかするとそれ以上の心の繋がりがすでにあったかもしれない。たまに三人顔を合わすと、奈美は冗談交じりによくこう言った。
「あんたたち、奈美がいないからイジメられてるんじゃないの? もしイジメられたらすぐ言うんだよ! 奈美、飛んでいくから!」
「いつの話してんの! 俺らもう弱っちい子供じゃないから! 見ろよ、この体!」
僕らはシャツをはぐって割れた腹筋を見せつけた。背だってもう奈美よりずっと高くなった。もう奈美に守ってもらわなくても、僕らを虐めようなんて思う人間はいなくなっていた。
「これからは奈美がイジメられたら、俺らが助けに行くよ!」
僕たちは自信満々でそう答えた。奈美はそれを聞くと、いつも呆れたような嬉しそうな顔をした。
「この私がイジメになんかされる訳無いでしょ! そんな奴いたら逆に面白くてまとわりついちゃうかも!」
そんな事を言いながら笑った。
三人会う時は、最後にお決まりで近所の川の河川敷の遊歩道を三人で歩いた。誰がそうしようと言い始めたか、始まりは全く覚えて無いけど、いつしかそれが僕らのルーティンのようになって、何も言わなくてそうするのが当たり前になっていた。
そして僕らは赤く染まったアスファルトの道を歩きながら美しい夕焼けを見ていた。
この時、まさかそんな日が来るなんて思ってもいなかった。ずっとずっと、一緒にいられると、いや、一緒にいることが当たり前で、それが当たり前の日常であるかのように思っていたんだ。
でも本当は、日常ほどもろくて壊れやすい物で、壊さないように一生懸命守って、守って、守って…ようやく手に入れられる尊くて貴重な存在なんだって、分かったのはずっと後だった…。
僕らは当時、それすらも分からなかったんだ。




