第六章 性格が全く違う二人が入れ替わり
―久しぶりに夏子の夢を見た。
彼女の結婚式の夢。高校の同級生だった夏子は一年前、IT社長と結婚して玉の輿に乗った。彼女は、高校卒業後、東京の大学へ進学し、大手航空会社のCAとして働いていた。もともと美人だったけど、都会で磨かれてさらに輝きを増していた。旦那さんもカッコよかった。田舎にいたら絶対出合わない、雑誌に出てくるような洗練されたタイプの人だった。
でも、正直私は苦手だなと思った。いかにもって感じに都会的な人とは何を話していいかわからないし、私の自尊心の低さが災いしてるのかもしれないけど、何話しても田舎っぽいって思われそうな気がする…。実際、都会の人と会った時に、そういう経験があったからそう思ってしまうのかも…。みんながみんなって訳じゃ無いんだろうけどね…。って、そもそも私と夏子の旦那さんが二人で話すことなんて有り得ない事なんだけど。
夏子の結婚式に私が呼ばれた事は意外だった。高校時代、同じクラスだったし、お弁当を一緒に食べるグループではあったけど、高校を卒業してからは、一度も会ったことが無くて、もちろんお互い連絡を取り合うという事も無かったからだ。噂によると、夏子の性格が災いして彼女の友人関係はことごとく消滅していて、式に呼べるのは今やほとんど交友関係の無い私たちくらいだったとか…
「新郎新婦、入場!」
暗くなった会場にスポットライトが当たると、新郎新婦が現れた。その時、とんでもない事が起こった。
え? 嘘っ! どうして?
なんと、新郎の横に立っているのは、夏子では無く私だったのだ! 私はウエディングドレスを着て、新郎の腕に手を回している。恐る恐る横に立つ夏子の旦那様を見上げると、丹精な切れ長の目が私を捉えた。
ギヤァァァァァァァァァ
「…子! 気が付いたのか?」
ぼんやりとする意識の中、誰かに呼ばれた。ゆっくり瞼を開けると、知らない男の人の顔が見えた。
私…寝てたの? ここは…どこ?
「先生呼んできます!」
そばにいた看護師らしき女性がそう言って部屋を出て行った。知らない男の人に視線を戻す。私の周りにはいないタイプの人。都会的ですごくカッコイイ。でも…冷たそう。こういう人、正直苦手…。彼は感情の無い顔で私を見ていた。あれ…こういう事、前にも思ったことあったな…そう言えばこの人…どこかで見たことが…。嘘っ! まさか…。でも…さっき夢で見た、夏子の旦那さん???
「俺の事、分からないの? 事故のショックのせいなのか…?」
そこへ主治医の先生が入ってきた。そしてその人は先生に向かって言った。
「…どうも妻は記憶を失っているようです…。」
妻!?
「妻は、自分の夫の顔も忘れてしまっているようで…」
わ、わ、私の…夫!?
医者は私に向かって優しく語りかけた。
「桜井さん、桜井夏子さん! わかりますか~? 分かる範囲でけっこうですので、今から私の質問に答えてくださいね~。」
桜井…夏子~!?
私はベッドから飛び起きた。頭がズキーンとした。看護師さんや先生は驚いて私を止めようとしたが、それを振り切って部屋の中にあるトイレへ駆け込み、鏡を見て愕然とした…。
何…これ…どうなってるの?
鏡に映っていたのは、紛れもなく桜井夏子。旧姓・小川夏子。私の高校時代の同級生だ! あまりのショックで腰が砕け、その場にヘナヘナと床へ座り込んだ。すぐに看護師さんがやってきて、私をベッドまで連れ戻した。
「ダメですよ! まだ安静にしてなくちゃ。」
先生は小さな子をなだめるように私に語りかけた。
「違うんです! 私は夏子じゃなくて菜々子なんです! これは何かの間違…あっ! そうか! これは夢だ! 夢から覚めてまたさらに夢の中にいるのね…。紛らわしい…。すみません、皆さんお騒がせしました! きっとこちらの世界で眠りに入ったら本来の世界で目覚めると思います! では、私は眠りに入らせていただきますね! 短い間でしたが、お世話になりました! 皆さん、さようなら。」
私はそのまま布団に潜り込み、幸せな気持ちで眠りに入ろうとした。ベッド脇で夏子の旦那さんがプッと吹き出す声が聞こえた。失礼しちゃう…。先生は薬を処方だとか、精密検査してみて退院を決めるとか夏子の旦那さんに話をして部屋を出て行ったようだ。変な夢…。早く目を覚まそう。こんな変な夢なんか見ている場合じゃない。私はリストラされるかもしれない危機的状況にいるのだから!




