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後編

 彼らの宇宙船は殆ど木で出来ている。シールドは葉を釜で煮込みながら溶かし、薄い膜にし、細く梳いて紡ぎ直した網脈の間に貼り付けて作られる。網脈は宇宙船を包み込むように張り巡らされていて、外に近い網表層の分子の分極が隣接する分子の分極を伝搬するよう設計されている。恒星から受ける圧力により宇宙船を包む網脈に電子の流れが生まれ、それに応答し、網脈間に張られた薄膜の分子が特定の方向に整列することで磁場を強化しシールドとして機能する。

 これらの技術は彼ら種族の少数の天才たちにより考案され、多数の秀才たちにより洗練されたものだったが、彼らの母星生態系の初期から存在した基礎的な機能でもあった。

 桔梗が呟いた。

 今度は桔梗が先に立って舷窓を覗き込んでいた。

 黄土色の発光が観察された。桔梗の感知から光の確認までが前回よりも早かった。一番近い恒星よりもはっきりと見える光源が、膨らんだり萎んだりしていた。今度の光はバンドが広く、スペクトルの移動も計算上の最小値によく合っていた。光源は精度良く船団の進行方向軸線上を先頭から後方に向かって移動した。ブルーシフトからレッドシフトへ推移し、その比率は凡そ1対2。その後、光の強度が検出限界を下回った。それぞれの間の光の膨張と収縮の回数が等しいことから、私たちは光源が周囲の船団から何も影響を受けず、一定の速度で直進したと推定した。

「攻撃では、なかったのか」

「分からない」桔梗は表情を曇らせつつ続けた。「初めは、露光兵と似た特徴を印象付けられた。だけど、今回の現象は今までに観察されたことのないパターンだった」

「露光兵ではない可能性もある、のか? 私には違いが分からなかった」

「露光兵、器?」

 私は絶句した。それは新しい可能性だった。

 再び計器の発報音が船内に響き渡った。私は更に驚き、最早なんと表現すればいいか分からなかった。計器の示す値と桔梗の表情を何度も往復した。むしろ大きな喜びを感じている状態によく似ていたかもしれない。今までにない、異様な高揚感を覚えていた。

「潜像だ」桔梗が躓いて床から弾かれながら再び舷窓へ向かった。「データを見て!」と、私に鋭い調子で支持を飛ばす。その言葉の感じは、これまでの彼女に滅多に表れたことのないものだ。

「確認できた。船団の中心方向だ」

「来る」

 私も桔梗の傍に駆け寄った。

「現像される。露光兵たちだ!」

「光の軍勢」

 すぐに衝撃があった。私は咄嗟に桔梗を抱き寄せていた。

 宇宙船の中を大きな力に弾かれたように舷窓から遠ざかる。身体が浮き上がり、宇宙船の壁に強か打ち付けられていた。

「いったいなにが」声を出すと背中が痛んだ。

 桔梗は低い呻き声をあげた。衝撃により上手く話せなくなっているようだ。

 何が私たちに衝撃を与えたのか分からなかった。放射線にしろ、粒子線にしろ、電磁波の観測から私たちのところまでの到達が早すぎた。最初の発光を確認してから、或いは桔梗が違和感を覚えた時に発せられたものだったとしても、数時間以上の猶予があっていいはずだった。どこかで空間が歪んでしまったのだろうか。それを示す観測データは確認されていないはずだし、他の船団やパーティからの報告も一切ない。

 船体が振動していた。様子がおかしい。

「桔梗、ここを離れよう」

 桔梗は答えない。それだけではない。私自身、身動きできない。熱い。船全体、私の身体、桔梗の身体すべてが焼けるようだ。何もかも眩く光っている。それだけではない、私と抱えていた桔梗の手が融合し始め、最早ほとんど境界が分からなくなっている。

 私と桔梗の間に何かが流れている。流れは私から桔梗へ向いているようだが、それを受けて形を変えているのは私ではなく桔梗の方のようだ。溶け合うような不思議な感覚がある。それは遊技的交尾の時でさえ感じたことのない安らかさをもたらしている。私は、もういい。この平穏の中でなら、なにも必要ない。しかし、桔梗はどなってしまうのか。私の全てに替えても、それを失ってしまうのは惜しいと感じられる。私から桔梗への流れを、強化する方法はないだろうか。

 私は桔梗を強く抱き締めようと「意識」した。それが行われたかは分からない。

 強烈な光に目を瞑る。ついに宇宙船が壊れたのだろうか。身動きができない。背中にあると思っていた壁も見えなくなっている。光の中に、すべてが真っ白だ。

 それから激しい衝撃と、強い風と、振動と……それらが次第に弱まっていく感覚があった。


 熱が冷めていく感覚を覚えた。周囲は黒く、何も見えない。私以外の存在を感じるが、やはり見えない。この感じ方は、腕が融合し始めていた時の感覚と同じように思う。

 あれからどれくらいの時間が経過したか分からない。


 その“書”には意思がある。我々は今日、この書とこの書を管理する方法を学ばなければならない。

 ――『魔術書の製法』より


「……おかしい、私たちは平面世界の住人だったの?」私は暗闇の中で状況の判然としない不快感を覚えつつも、一方で穏やかな静けさを感じていた。


 今日、そのページは文書館最奥の禁帯出書架、閲覧特別許可を要する区分の中にある『手記』背表紙から三枚目に存在する。

 桔梗の花には雄花の時期と雌花の時期がある。

 初めはパネル作成工程をイメージしていた。意識を持ったディスプレイ。しかし、それではただのAIを搭載したモニターじゃないか、と。途中からプリンターに変わった。紙面に意思を持った塗料を印刷するマシーン。魔術書の工業的製法を我々は発明したのだ。なんて。

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