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「ヴィアンカ様とお茶会をしたらしいですわね」
応接室の扉を開けすぐに告げられた言葉だ。
紅茶を含みながら微笑んでいるは美の女神の生まれかわりと言われているティエラ嬢。
ハロルドに会いに来ているのは知っていたが、何故私までも呼ばれなくてはいけないのか。
彼女とはあれ以来会うこともなく生活していた。今更、何が言いたい。
あの出来事は彼女がヴィアンカ様を少し煽っていたのはわかっている。ハロルドが意味もなく謝罪するはずがないので、理由を尋ねたら、「学園での兄さんの行動を聞かれたから、ティエラに話した」と言っていた。
あのとき冷静さを欠いた判断をしたといえ、ヴィアンカ様はご自分で確かめることもしなかった自身を恥じていた。
ティエラ嬢はそんなヴィアンカ様を慰めたかったようだが、ご自身の殻に閉じこもった姫を慰めることは出来なかったようだ。
いまだに、姫にお目通りが叶っていないと聞く。
「お久しぶりですわね、ライオネル様。淫蕩にふけているとばかり思っておりましたが、なかなかいい心がけをしているようで」
挑発がしたいのだろう。優雅に振舞っているつもりだろうが、唇を少し噛んでいる。
挑発に乗らないことが、よほど悔しいのか。
悔しそうな仕草を見ていても、何も感じることはない。
王太子妃候補筆頭と言われているが、エリック殿下は彼女を選ぶことはしないだろう。
もともと、相性がいいとはいえなかった。彼女はヴィアンカ様のことを気に入っていることを、あの妹溺愛者はわかっていたようだ。
そのため、降嫁するまでの間、姫との邪魔をしない者を婚約者にしたいという殿下の我儘が発揮されている。
シェリア嬢を使ってティエラ嬢を候補から降ろしたいとも考えていたようだ。杜撰な計画すぎて、そこは無理だったが候補が減ったことはよかった。彼女たちはエリック殿下の候補に挙がるだけの家柄を持ち教養を備えている。
そのため、候補から外れたことにより他家からの婚姻の打診は多くあるだろう。
むしろ、候補から外れることを望まなかった家柄は、先に外れた家柄よりも劣る家柄に嫁ぐ可能性もあるということを考えているのかと思う。また、ティエラ嬢みたいに養子を迎えなくてはいけない家にとっては、同格または上位貴族の次男以降が婿入りするので、関係ないのだろう。だから、ハロルドに婚約者がいないのだろうが。
それにしても、婚約者(仮)である私にすら敵意を向けてくる彼女に呆れることしか出来ない。
入り口近くの椅子にそっと腰掛ける。
「ティエラ、兄さんに対してまずは謝ってよ。君がそもそもヴィアンカ王女に余計なことを吹き込んだのがいけないのだろ」
「そう言われましても、私は事実を述べたまでですのよ」
ハロルドが「ティア」と窘めているが効果はないようだ。
溜息をわからないように、そっと吐き出す。
彼女は反省という言葉を知らないのだろうか。高位貴族らしいと言えば、貴族らしいから仕方がないのか。
そして、彼女の中で淫蕩にふけているという認識をどうにかして欲しい。
彼女がいう淫蕩に仕事で行われた娼館での宴も含まれているというのなら、今後の仕事上の付き合いを考えなくてはいけない。
「そもそも、ヴィアンカ様という素敵な婚約者がいらっしゃるというのに他の女性に淫らに触れるなど言語道断ですことよ」
「ひとつ聞きたいのだが、私がいつ女性に淫らに触れたのだい?」
彼女のいう淫らな触れ合いが思いつかない。娼館での宴は他国の外交官との密会の場にしたために、外部に漏らすことは出来ない。
「何を恍けているのです!あなたは私の友人を手籠めになさったのでしょ!」悲鳴に近いような高い声で告げてくるかの嬢は、興奮しきった様子だ。
「え」という間の抜けたような声が漏れてしまったが、それどころではない。
ティエラ嬢の交友関係など知ったことではない。だが、彼女の友人といわれる令嬢や他の令嬢たちに淫らに触れたことなどない。
社交ダンスでしか令嬢方とは触れ合わないというのに、どういうことだ。
「ねえ、それって誰から聞いたの?紳士的な兄さんが淫らに触れ合うとか無理だよ。母さんが作り上げた最高傑作と言われている兄さんが、そんなこと出来ると僕は思っていないからね」
母さんの最高傑作の意味をあとでじっくりと話しあわなければ。
「学園であの妾候補さん以外にも、女子生徒の方たちと交流なさっていたのでしょ。その中に私の友人もいましたのよ」
「ハロルド」
底冷えするかのような声に「はい、兄さん。シェリア嬢と行動を共にしていたご令嬢方です」とだけ、怯えながら答える。
シェリア嬢の取り巻きと言えば、あまり裕福とは言えない者もいたはずだ。中には没落寸前と言われている伯爵家の御令嬢もいた。
シェリア嬢が私に接触するたびに、彼女たちもいるものだからよく囲まれ、正直に鬱陶しかった。
口を開けば媚びるような声で「恋人にして欲しい」「妾にして欲しい」と宣うので呆れ断っていた。彼女たちが欲しいのは高位貴族の妾になり、不自由なく生活することにある。
仮にも淑女として学んでいる身で、「妾」になりたいと自ら言葉にするのもどうだろうかと思う。
それに、愛人ではなく妾になりたいと言うものは強欲以外のなんでもない。
私の婚約者は王家の姫たるヴィアンカ様なのだから、そのような不誠実な行いをするはずがない。
それにも関わらず、私の食事に少量の媚薬を混ぜ体の関係を強要しようとする者まで現れたので、数日の停学処分を言い渡した。
そのような品格に欠けた行いをする者がティエラ嬢の友人とは。
頬が引き攣るが、無理矢理こちらに睨むかのような視線をするティエラ嬢と向き合う。
「あなたが友人と呼ぶご令嬢方は、あまりに品格に欠けた方が多いようだ」
「リリスのどこが品格に欠けているかしら」
扇子で口元を隠しているが、その隠れた部分で嘲笑っているのだろう。
伯爵令嬢の名はリリスというらしいが、記憶にもない。きっと、リリス嬢はティエラ嬢に頼めば正妻は無理でも妾くらいにはなれると思っているのだろう。
自身が利用されているということに気づくことが出来ないほどに彼女は愚かになってしまったのか。
呆れ果てるしかなく、部屋を退出しよう。
彼女と話をしていると、私を悪と決めつけているようだ。
「ハロルド、今後ティエラ嬢との付き合いは考えろ。幼馴染だろうが未婚の男女が共にいるのは外聞がよくない。それに、ティエラ嬢。あなたは、まだエリック殿下の婚約者候補なのですから行動に慎みを持ってください。それに、婚約者を決めるのは殿下ですが助言をすることは私にも出来ます。いままでの私への発言を含め、あなたの行動をこちら側がどう捉えるかは、お解りいただけると思います」
「私を脅してもどうにもなりませんわ。王妃様の覚えもめでたい私以外に王太子妃が務まると思っておいでなのですか?」
傲慢すぎる。候補筆頭と言われる理由は、家格も然ることながら教養に続き年齢も含まれている。彼女以外の候補者は年上や年下と殿下と少なからず年齢に差がある。ただ、彼女だけは同年ということで可能性が高いために、我々(王宮勤務の者)の中では筆頭と言われている。
彼女は外ではうまく猫を被っているようだが、身内にみせる悪魔のような振る舞いはすぐに晒されるだろう。
「少なくとも、あなたはこの国を国民のことを考えられないでしょう。それに、あまりにも慢心すぎると身を滅ぼしますよ」
静かに扉を閉め、自室に戻り冷静さを欠いた自身に反省を促さなければ。
年下のハロルドと同年の淑女に、浴びせる言葉ではなかっただろう。
だが、ヴィアンカ様が姉のように慕っているティエラ嬢の振る舞いとしては問題がありすぎる。
何故、彼女はあのような振る舞いをしたのか。親しい間柄のわけでもないので、考えても彼女のことはわからない。
タイを緩め、寝具の上へ倒れこめばノックが聞こえる。無視しようとすれば出来るが、いま屋敷の者たちにはかなり気を使われているために「何か用か」と素気ない返事になってしまう。
遠慮がちに開く扉からハロルドが現れたので、上半身だけ起きあがる。
「兄さん、先程はティエラが失礼な態度ばかりとっており申し訳ありません。僕もティエラも兄さんがヴィアンカ殿下と婚姻出来るように協力しようとして」
「気持ちは有難い。だが、彼女の本日の振る舞いでは協力的とは思えない。ハロルド、ティエラ嬢が大事なのはわかるが距離を見間違えるな」
「わかっています。本当に何かあれば僕に教えてください。直ぐに、兄さんの役に立ちます。ティエラを待たせているので失礼します」
ハロルドがあまりにもいつもの元気がないので心配になったが、自身が怒気を放っていたことに気づく。
あまり怒らない者が怒ると怖いとよく言うが、可愛い弟であるハロルドを叱ったことがあるのは両手で数えられるくらいしかない。
そのためか、先程少し落ち込んでいるようにも見えた。
可愛い弟に八つ当たりのようになってしまったことを反省しなくては。
そして、また寝具に上半身を沈めこむ。
目を閉じ先程のやり取りを思い出す。一度すべてを整理しよう。
そうしなければ、また感情的になってしまうかもしれない。
一瞬過ったヴィアンカ様の笑顔に会いたくなった。今朝方会ったばかりだというのに。
ヴィアンカ様に癒されたいと思ってしまう私はティエラ嬢のことを悪くいえないような気がしてきた。




