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ヴィアンカ様の元に通いつめ12日が経つ。

最初は扉越しでしか会話も出来ずにいたが、私が10日連続で薔薇を侍女に預け帰宅することから、11日目に扉を少しだけ開き、おずおずとした感じで、ちらりと顔を覗かせながら受け取ってくれた。

固く閉ざされていた扉が開かれたことが嬉しく、破顔しそうになるが、久しぶりに見ることが出来た姫は、少し窶れていた。その姿に心が痛みを訴える。


薔薇だけではなく何か栄養になる物も渡せればと考えるが、王宮の一流とも呼べる料理人たちに任せるべきことであり彼らから仕事を奪うつもりはない。それに、私が出来るのは精々口出し程度だろう。私の手から食事を取ってくだされる姫を想像すると顔が緩む。

屋敷内では公爵家嫡男としての威厳を保たなければと、常に気を張っている。

だらしのない顔で屋敷内を歩くことは出来ない。だが、古参の使用人たちは幼少期の私を知っていることから、まだまだ子ども扱いしてくる節もある。

そんな屋敷の者たちの様子が、最近明らかにおかしい。


元々、エリック殿下に薔薇を用意してもらおうといていたが、あの殿下は庭師の助言という名の嫌がらせにも気づかずに15本の次は黄薔薇を用意したりとするので、植物図鑑を渡し勉強するように言いつけた。謹慎という名の休暇を楽しんでいるのだから、それくらい許されるだろう。

勉強したところで殿下は、素知らぬふりをするのはわかっている。協力すると言ってもあの方はきっと私を弄り倒したいだけだ。だったら、出来るだけ扱き使ってやろうと心に誓う。

黄薔薇やあまりにも相応しくない本数を毎日渡されると困るので、丁重に使命放棄を願い出た。

そのため公爵家で雇っている庭師に、詳しい事情は伏せ贈物用に薔薇を毎日に見繕って欲しいと頼む。また、本数に関しては薔薇を受け取り次第、翌日の本数を指定している。そのため、庭師には花言葉を意識していることを勘付かれているようだ。

そして、毎日贈物をしていることからヴィアンカ様と喧嘩でもしたのではないかと邪推する者が多くいるようだ。喧嘩というわけではないが、少なからず当たっているので、睨みを利かすことも出来ない。

他の女性に贈物をしていると勘違いされるよりは、まだいいので放置しておこうと思う。



今朝、いつも通りに庭師に頼み薔薇を12本用意してもらい、花を包みリボンで束ねることを自らしていると、侍女が微笑ましく此方を見ている。

最初はうまくできずに、侍女に頼んでいたが私の気持ちを伝えるのに、他人の手を借りるのはどうだろうと考えてしまった。(エリック殿下は別)

そのため、包み方やリボンの結び方(女性が気に入りそうな)を教えてもらった。いまでは、それなりに見栄えよくなっていると思う。花屋のような専門的な技術は持ち合わせていないが、アレンジを加えることもいいかもしれない。

出来栄えに満足し、それを手に登城しようとするとハロルドが「兄さん、僕は兄さんの味方だからね」と、わけのわからない言葉を残しすぐに立ち去る。


どういうことだ?味方とは…?

最近、週1でティエラ嬢が屋敷に来てはハロルドとお茶を楽しんでいると聞く。

仲のいい親戚程度に考えれば問題はないが、王太子妃筆頭候補と呼ばれているティエラ嬢が婚約者もまだいないハロルドの元へ通うのは些か外聞が悪いと思う。だが、彼女はエリック殿下の妃になることを望んでいるわけではないことはわかっている。彼女の望みはヴィアンカ様の側にいることだ。そのためなら、エリック殿下でもハロルドでもどちらでもいいのだろう。義姉と呼ばれようが、義妹になろうが。

そんなティエラ嬢がハロルドに、私の婚約解消(仮)事件の話をしたのだろう。間違いない。

最近、ハロルドが妙に落ち着きがないようだ。休日、読書をしているときなど視線を感じることもある。そして、極めつけは「エリック殿下の側近に僕がなればよかったのだよね」と言われたことだ。

ハロルドがエリック殿下の側近になれるかと言えば、無理なことではない。同年代で学友という点を持っているので私よりも適任だったはずだ。しかし、父は同年代だけではなく殿下の年齢より3歳ほど上の者までを未来の側近候補として考えるようにと陛下に進言したらしい。そのため、宰相を父に持ち年上であり公爵家嫡男の私は王宮に通うことになったのだ。自分の息子を側近にしたいという父の野心だと思っていたのだが、「家名に縛られるのは嫡男であるお前ひとりでいい」という判断らしい。ハロルドには自由にとはいかないが、何処かの家に婿入りするか貴族の子弟がなると言われている職業に就くしか道はないということで、無理に殿下の側近にする必要はないという父なり配慮らしい。

だったら、再従妹のティエラ嬢の実家でもあるジャクリーン公爵家に養子に出せばいい。ジャクリーン公爵家にはティエラ嬢しか子どもはいない。そのため、王家に嫁げば家を継ぐ者がいなくなる。養子を遠縁から迎えるものとばかり思っていたのだが、殿下が婚約者をまだ決めかね候補者止まりということで、迎えることも出来ずにいるのが現状。だから、人に迷惑をかけないように早く決めろと言っているのに。







***







「ヴィアンカ様、本日も参りました」


「毎日、素敵な薔薇をありがとうございます。薔薇園にも足を運べていないので大変嬉しいです」



少しだけ開かれた扉から見えるヴィアンカ様は、頬を少し染めあげ嬉しそうに微笑まれている。その姿を拝見できたことがどれほど嬉しいことか。

顔色も昨日よりいい。いままでは、必要最低限の食事しか取っていなかったのかと言いたいくらいだったのだが、これなら私が心配しなくても大丈夫だろう。



「あの、…いつもライオネル様にばかり頂いてばかりで私なにもご用意できないのですが、よろしければ本日お茶を共にしていただけませんか?でも、忙しい方だと思いますので無理にとは言いません。以前も忙しそうでお茶に誘うのには、少々抵抗がありましたのよ?」


「…ヴィアンカ様!!喜んで、そのお誘いをお受け致します。姫には準備等もあると思いますので、3時間後で如何でしょうか?」


「ご、ご配慮ありがとうございます」



真っ赤な顔をしながら突然、扉を閉められ呆気にとられる。気を悪くされたのだろうか、ただすぐに「お待ちしていますので、はやくお越しになってください」と告げてくるので杞憂に終わった。

執務室に向かい本日中に目を通さなくてはいけない書類にだけ選ぶ。

はやく、終わりにし姫の元に向かいたい。今回は邪魔する者もいないのだから。


姫との茶会に想いを馳せながら書類を捌いていると、ノックもなしに入室してくるエリック殿下はどうやら不機嫌そうだ。目を向けることはないが、扉の開け方が少々乱暴すぎて「痛みが早くなるからやめろ」と言いたくなったのだが、いまはそれどころではない。はやく、捌かなくてはいけないからな。



「おい、ヴィアンカから茶会に誘われたらしいな」


「ええ、誘われましたが、それが何か?」


「何故、俺は誘われない?俺は兄だぞ」



茶会に誘われなかったから、それほどまでに不機嫌なのか。この妹溺愛(シスコン)は病気と言ってもいい。

はやく、終わりにしたいのに殿下の相手をしなくてはいけないのは非常に面倒だ。

妹溺愛者の殿下は、きっと私に茶会への口添えが欲しいのだろう。いままで、散々ヴィアンカ様との茶会を邪魔してきたのに、これ以上何がしたいのだ。

それに私たちのために協力すると言ったが、邪魔をしてどうするのだ。この妹溺愛者め。



「知りませんよ。それより、殿下。お遣いもまともに出来なかったあなたに今一度お遣いを頼みます。今回は()()()()()です。こちらの紙に本日の茶会に用意していただきたいものを書いてありますので、これを是非、殿下自ら厨房へ届けていただきたいのですよ」


「俺は王太子だ。そのような場所に立ち入ることが出来ないのを知っていて頼んでいるだろう」


「ええ、当然です。ですが、殿下。今回はヴィアンカ様のためなのですよ。殿下自ら指示されたと聞けば、ヴィアンカ様もお喜びになるはずです」



ヴィアンカ様のためと言えば「そうか」と嬉しそうにするので、扱いが簡単。姫の名を借りれば、簡単に動いてしまうので将来が心配だがどうにかなるだろう。私やジョナス、他の者たちが殿下を支える予定なのだから。

今回は殿下がただ指示書を届けるだけなので、前回の薔薇のようなことは起きないだろう。

もう私から殿下に用はないので、退出していただきたいのに、何故ソファーに座ろうとする。それより、はやく指示書を届けろ。



「それにしても、あいつが自ら外に出ようとしてくれるのは嬉しいことだな」



しみじみと言う殿下に同意だ。だが、この阿保は気づいているのだろうか。

私は先程、本日の茶会でと言ったはずなのに何故寛ぎはじめる。意味がわからない。

殿下の相手をするのは疲れるが、いまは目の前の書類と格闘しなければならない。



──────残り時間、1時間45分




ジョナスが殿下を迎えに来れば「殿下はヴィアンカ殿下の茶会ではなくて、ご自身で開かれる茶会の準備をしてくださいよ」と、爽やかそうな笑みを浮かべているが、「仕事しろよ」と遠回しに言っている。

逃げていないで、自身の婚約者をはやく決めてください。

そして、ジョナスには「殿下を厨房に連れていくように」とだけ指示すれば、殿下の背中を押しながら、にやりとした顔を浮かべている。

そのまま殿下を抑えていてくれれば有難い。ジョナスが抑えていなければ、絶対に邪魔をするために乱入するだろう。

だが、ジョナスも面白いというだけで参加しそうだが。




───早く、ヴィアンカ様とお茶がしたい




そして、静かになった執務室でまた書類に目を落とす。


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