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よほろ軍談記・回天  作者: 鈴木カラス
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序幕 「巫女の予言」 その2

 決着は思いのほか時を要した。

 襲撃側の指揮官が殲滅命令を下していたこともあるが、荷馬車側が万全の準備を整えていたこと、何よりどんな劣勢になろうとも一人たりとて退く気配を見せなかったからであった。洋の東西、時代の新旧を問わず大勢が決した後も兵士が抵抗を続ける理由はほぼ一つ、敗走したとて死ぬことに変わりがない時である。荷馬車側の兵士たちは、皆死兵であった。もっとも、そうなることを分かっていたからこそ、紫紺の羽帽子をかぶった指揮官は最初から部下たちに殲滅を指示したのだった。

 「点呼をとり、損耗(そんもう)を速やかに報告せよ!」

 鹿毛の馬にまたがった壮年の騎士が声を張った。一息つく間もなく、いまだ生のある者たちは慌ただしく互いに声をかけ合い、戦場のあちこちで小さな人の輪を作り始める。それを横目に見ながら、ヴォータンは青鹿毛の愛馬を荷馬車の方へと進めた。

 「お館様!」

 瓜二つの顔をした双子の少年が荷台の内から飛び降り、息せき切ってヴォータンの馬前に駆け寄って片膝をついた。左の耳朶に青玉の耳飾りをつけた少年――ムニンが、手に持っていた錫製の缶を恭しく掲げる。ヴォータンは音もなく愛馬から降りると、錫缶を受け取りふたを開けた。血と鉄の臭いが漂う戦場の中で、瞬間ヴォータンの鼻腔を独特な甘ったるい香りがついた。

 「間違いない、阿芙蓉(あふよう)だ……」

 ひとりごちるようにつぶやくと、ヴォータンは錫缶のふたを閉め直し、

 「他の荷は良い。同じ物だけを早急に運び出せ」

 双子は弾かれたように立ち上がり、すぐさま踵を返して荷馬車へと向かった。ヴォータンは振り返り、背後で下馬して控えていた騎士に錫缶を軽く放り投げた。

 「ギイ卿の言う通りであった。商人の情報網、やはり(あなど)れぬな」

 端正な口元をわずかにほころばせたヴォータンに対し、騎士オックスは渋い顔を作った。

 「ですが、こちらも九名が死に、四名が重症にござる。せめてあと二〇、いや一〇人いれば、半数を失うことも無かったかと……」

 控えめではあるが、言葉にどこか非難めいたものが含まれているのをヴォータンは感じ取った。おそらく死傷者が全て、オックスの配下だったからであろう。しかし、虹彩異色症(オッドアイ)の瞳をやや伏せがちに、ヴォータンは恨めし気な眼差しを受け流した。

 「貴公の言いたいこともよく分かる。しかし、人が増えればそれだけ襲撃を察知される可能性も高まる。相手はあのロズルだ。奴を崩すには、こちらも無傷ではおれぬ」

 ヴォータンは再び騎乗の人となり、手綱を引きながら戦場となった森の中の街道を見渡す。荷馬車よりヴォータンの命じた錫缶の詰まった箱を運び出すムニンとフギン、矢を集めるギョーム、負傷者を手当てするイーファ、味方の死体を片付けるライヘルト、全体にくまなく指示を出すゴットフリーらの姿が目に入った。

 「精鋭は残った。充分だ」

 オックスに聞こえぬよう、表情を変えずに心の中でヴォータンは満足げにつぶやいた。

 事実、積み荷はギイの情報通りの物であったし、その強奪に成功したのである。またこの奇襲作戦は一度しか使えぬものであり、なおかつ失敗は許されぬものでもあった。それを考慮すれば、オックスには悪いが、首尾は上々の出来だとしか言いようが無かった。

 「閣下、荷の収容と負傷者の応急手当てがひとまず済みましてございます」

 兜を小脇に抱え、ゴットフリーが首を垂れた。頑丈そうな顎をおおう豊かな白髭についた返り血が、すでに乾いて黒くなっていた。その肩ごしに、連れてきた荷馬たちの背に乗せた木箱の山が見える。その一つ一つが、金貨を詰め込んだ宝箱のようなものであった。

 「大義であった。帰城するとしよう」

 馬首を返し、ヴォータンは再び薄暗い森の中へと駒を進めた。

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