プロローグ:クラスメイトの眠り姫
まーた寝てる、相川さん。僕、松川理人の左斜め前の席に座る相川星空さんは、授業中いつも寝ている。起きている姿を見たことがないと言っても過言ではないくらいに。一年生の時は違うクラスだったからわからないけれど、少なくとも二年になってからはそう。
生まれつき色素が薄いであろう栗色のロングヘアーが日差しでところどころ金色に輝き、白くて細い腕に小さい顔がちょこんと乗っている。長いまつげ、主張の少ない可愛らしい鼻、ほんのりピンクな薄めの唇、本当に美しい。
“眠り姫”、僕は心の中で勝手にそう呼んでいた。
授業に集中しなくてはいけないのに、ついつい彼女に目がいってしまう。たぶん僕は彼女に恋をしている。眠っているから本人にはバレないだろうけど、あまり見すぎるとクラスのみんなにはバレてしまうかもしれない。視線を手元の教科書に戻す。えーと、今どこをやって……。
「松川!ぼーっとしてないで問5解いてみろ!」
「あっ!?はい!」
少なくとも先生にはバレてしまっていた。
しかし、謎だよな。あれだけ堂々と寝ている相川さんを誰も注意しないのだから。僕のよそ見も問題だけれど、熟睡の方がもっと駄目ではないのかな。
あれか、僕は平凡な顔面で、相川さんは美人だからか?あれほど美人ならば贔屓されるのも納得だ。文句なし。しかも成績は僕よりよかった気がする。日中あんな態度をとる人が、自宅でちゃんと勉強しているとは思えない。天才なんだろうか。一応うちの高校はそこそこ偏差値が高めな方だ。授業さえも聞かない完璧なノー勉で上位になれるほど、甘くないはず。
相川さんは物静かな性格のようで、休み時間も誰かとおしゃべりしている様子はない。というか、寝顔以外をほとんど見たことがない。何が好きで、何が嫌いで、普段は何をしているのか、まったく情報がなく、ミステリアスな女性だ。気になって仕方がない。本人に話しかけてみたり、自分の友達に尋ねてみたりすればいいのだろうけれど、相川さんに気があることを知られるのが恥ずかしくて、とても出来ないのだ。叶わぬ恋心を胸に秘め、時折こっそりとお顔を拝見する日々である。
我ながらちょっと気持ち悪いな。じーっと見つめてくるが会話すらしたことがない異性のクラスメイトだなんて。帰路、歩きながら僕は苦笑した。
よし、今度勇気を出して話しかけてみようかな。さすがに今のままでは諦める踏ん切りすらつかない。一度そっけない対応を受けるくらいなら大丈夫だろう。そう考えていたところ、前方に黒い塊を見つけた。
「猫、だな」
可哀想に、車に轢かれたのだろうか頭がぐしゃりと潰れている。一目で生きてはいないとわかる容貌だ。今朝も、雀の死骸を見かけたばかりだというのに。最近、猫や鳥など小型の生き物の死骸を見かける機会が増えている。偶然にしては多すぎるように思う。まさか、この町にわざとこういったことをする残虐的な人間が?だとしたら恐ろしいことだ。全国ニュースではボウガンで射られた野鳥や毒入りのエサを与えられた犬などを見たことがある。このように頭部を破壊、というのは記憶にないが、ありえない話ではない。杞憂だといいのだが。
よくよく亡骸を観察すれば、車にはねられたにしては胴体に損傷が無い。少ないどころでなく、きれいなままなのである。まるで、頭部だけが突然破裂してしまったかのような不自然さ。人為的?病気?寄生虫?とたんに恐ろしくなり冷や汗が流れた。いや、そんなことがあるわけがないじゃないか。自ら生み出した下らない妄想を振り払おうとするものの、不安は消えない。このおぞましい光景が脳裏に焼き付いてしまった。
猫を飼う身、なんだか心配になってくる。早く元気な姿を見たい。動物の死骸を処理する機関に連絡を入れたあと、足を速めた。
「ルカ!よかった無事で。」
帰宅し、愛猫のロシアンブルー、ルカを撫でる。13歳のオスネコだ。小さい頃からの相棒で、かけがえのない家族の一員である。大丈夫だとは思いながらも、実際にこの目で見て触るまでは不安だった。
「にゃーお」
僕が落ち着くまで大人しく撫でられてくれる優しいルカ。言葉は通じないけれど、心は通じ合っている、と僕側は思っている。ほとぼりが冷めたころ、ルカは僕の膝からにゃーんと飛び降りて、ねこタワーに登った。
「よし、勉強するか~」
その後は勉強したり、晩ごはんを食べたり、お風呂に入ったりいつも通りの日常を過ごした。いつの間にかすっかり就寝時間だ。
実は、僕にはひとつだけ特技と呼べるようなものがある。それは、望み通りの夢を見ることが出来る能力だ。今夜はそれを使って、相川さんを夢に登場させようと思う。夢の世界で練習をしてから現実で話しかけるという算段だ。僕はリアルな予行練習を行う為にこの能力を重宝していた。デジャブの大半はこのせいかもしれない。とにかく、他の人からしたら下らない能力かもしれないけれど、心配性の僕には大切な能力なのだ。
起きている相川さんが夢に出てきますように、おやすみなさい!僕は眠りに落ちた。