謎の来訪者
地の果てかと思われるような、とってもとっても遠い場所に、逆さ虹の森と呼ばれている森がありました。
その森には、いつも虹がかかっていたのですが、その虹は、不思議なことに、上下逆さまだったのです。だから、その気になれば、虹の中央から上がって、そのまま虹の端へまで上っていく事もできそうだったのですが、それを試してみようとするものは現われませんでした。虹の奥は、恐ろしい世界に繋がっているとも言われていたからです。
この森に住む動物たちは、善良な生き物ばかりでした。だから、これまで、目立ったような揉め事や争いだって起きた事がありません。
それが、ある日、突然やって来た奇妙な訪問者によって、大きく、かき乱される事となったのでした。
「♪大変よ〜、大変だったったら大変よお〜」
そう歌いながら、まずは、森の中を飛び回っていたのは、小さなコマドリのお姉さんです。
その声を耳にして、森のあちこちから、動物たちが集まってきました。
「なんだい、なんだい。騒がしいなあ。おい、コマドリ、またお前かよ!」
そう言って、草むらをかき分けて現われたのは、せかせかした態度のアライグマです。
「コマドリさん。おどかさないでくださいよ。どうしたんです?」
のっそりと姿を現わしたのは、大きな図体をしたクマです。
「シューシュー。なにか美味しそうなものでも見つけたのかい?」
舌なめずりしながら、ニョロニョロとやって来たのは、ヘビでした。
「もう、みんな!そんな呑気なこと言ってる場合じゃないのよ。ほんとに大変なんだから!」
コマドリが、近くの樹木の枝にとまりながら、怒鳴ります。
「だから、何が大変なんですか?」
と、クマが返します。
「この森に、どうやら、外から訪れたものがいるのよ」
コマドリの一言に、集まった動物たちはいっせいに驚いたのでした。
「何だとぉ〜!」
「前に、森の外からお客さんがきたのは、いつでしたっけ?」
「シューシュー。知らないヨソモノちゃんだったら、ボクが食べちゃってもいいのかな?」
一番最後にヘビがトボけた事を言ったものだから、コマドリはどやしつけたのでした。
「バッカねえ。食べられると思ってるの?そいつは、あなたの何倍も大きいのよ!」
コマドリに言い返されて、小さなヘビは身をすくめました。
「大きいって、どのぐらいですか?さては、ウサギさんかな?それとも、シカさんとか?」
と、クマが言います。
「それが、そいつは後ろ足で立っていたのよ。二本足だけで、素早く走れるの」
コマドリの説明に、またまた、動物たちは驚いたのでした。
「じゃあ、それはサルだな、きっと」
と、アライグマが言います。
「どうかしら。サルさんにしては、体全体が真っ赤だったわ」
「なら、それは、多分、人間だろう。人間が赤い服を着てんだ」
「ええ!人間ちゃんだったら、もしかすると、猟師って奴かもしれないぞ。シューシュー」
ヘビの一言に、臆病なクマが過剰反応したのでした。
「猟師ですって!あの鉄砲で動物や鳥を撃つと言う人間さんですか?ど、どうしよう!」
「なあに、心配するな。猟師の一人や二人、俺がやっつけてやる」
やんちゃなアライグマが頼もしい事を口にしました。
その時です。
コマドリがとまっていた樹木の梢の葉っぱが、突然、ガサガサと音を立てたのでした。
動物たちは、いきなりの事で、すっかり慌ててしまいました。コマドリはバッと飛び上がり、息巻いていたはずのアライグマはクマの体にしがみつきます。ヘビは、鎌首を持ち上げたまま、ショックで固まってしまいました。
すると、樹木の梢からは、バサーッと、小柄なリスが飛び降りたのでした。
「みんなあ。何をそんなにビックリしてるんだい?」
リスが、可笑しそうに笑いながら、皆に尋ねます。
「なあんだ、リスさんでしたか。驚かさないでくださいよ」
と、ホッとしたクマが言いました。
「♪そうよ、そうよ。人騒がせよ〜」
コマドリが、歌いながら、そう訴えます。どうやら、このコマドリのお姉さんは、興奮すると、つい歌い出してしまう癖を持っていたようです。
「あのなあ。この森に、人間が紛れ込んだらしいんだとさ」
と、アライグマ。
「そうなんだ。もし猟師だったら、君も撃たれてしまうぞ。シューシュー」
ヘビが言葉を続けます。
「なんだい。それだったら、木の上から見かけたよ」
リスが、すまして、サラリと言ってのけました。
「ええ!どこに居たんですか?」
と、おびえながら、クマが尋ねます。
「向こうの原っぱを走っていったよ」
リスは、森の奥の方に目を向けました。
「じゃあ、私たちも、そちらへ行ってみましょう。何者なのか、正体を確認するのよ」
「ウンウン。それがいい!」
動物たちの意見は満場一致となり、彼らは、怪しい訪問者が駆けていったと言う方角へ、全員でゾロゾロと走り向かったのでした。
逆さ虹の森は、それほど広い場所ではありません。
前進する動物たちは、やがて、前方に、二匹の何物かがいるのを目にとめました。
「あ!あそこにいるのはキツネさんですよ」
「キツネの近くに誰かいる!体が真っ赤だぞ。あれこそ、侵入者だ!」
「うん。僕が木の上から見かけた奴に間違いないよ」
「♪もし、ほんとに人間の猟師だったりしたら、キツネさんが危険よ〜!」
こうして、森の動物たちは、慌てて、キツネたちの元へ走り急いだのでした。