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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「可憐な死神」について

作者: めがわるいあきら

今度出そうと予定しているハイファンタジーのアーキタイプです


 紅より赤く。

 夕日の中、ナイフを持った血染めの少女が僕を取り囲む兵士の前に立っていた。


「逃げてって言ったのに」


 そんな言葉と共に、その場に立っていたはずの彼女が霞んで消える。

 そう錯覚するほどの速さで動いていた。

 そして、そうと理解したとき僕の周りでは既に血の雨が降っていた。

 取り囲んでいた兵士達が、肉塊に成り果てている。


「え」


 何が起こったのかわからず、少女の影を目で追うと、後方にある本隊の方へと向かっていた。


「このっ−−−−」


「遅いよ」


 赤い風となった彼女の影が、一人の兵士の前を通る。同時、鈍い煌めきが夕焼けの中で翻った。

 ポトリ、と兵士の首が地面に落ちた。

 自分が何をされたかもわからず、首と生命を亡くした身体はその場で(くずお)れる。

 それだけで、彼らを混乱に陥れるのには充分だった。


「ひぃぃ! くっ、来るな来っ」


「どこだ! どこにいる!」


「神よ、どうか我らをお救」


 阿鼻叫喚の中、赤い風が吹き荒れた。不自然に途切れる叫び声は、彼らの命が目で捉えきれない速さで刈り取られていることを表していた。


「待て! 撃つな!」


 そんな声が聞こえたと思えば、次の瞬間にはでたらめな発砲音が響き始めた。

 恐怖で平静を失った兵士が所かまわず発砲し始めたのだ。


「撃つなと言っているだろう!」

「狙っても当たらないんならこうするしかないだろ!」


 半ば泣き叫ぶように発された声。確かに一発くらいならまぐれで当たるかも知れないが、結局は自分たちの被害を広げるだけだ。けれど、半狂乱の状態ではそんなことにすら気づけない。

 味方を犠牲に発砲音が続くけれど、鈍色の輝きを伴った赤い風は止まらない。

 敵を切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って、刺された。


「ひっ、ひ……へ?」


「……あれ」


 二十四回ナイフが煌き、二十四人を殺して二十五人目を切ろうとして、その二十五人目が目を瞑って突き出した銃剣に、彼女は刺されていた。

 刺した方も刺された方も、何が起こったのか分からないという表情で呆けている。それは刺されたというより刺さってしまった、という方が正しいだろう。

 つまり、まぐれが思いがけない形で起こったのだ。


「う、撃て! 撃ち殺せ!」


 千載一遇の好機(チャンス)。これを逃せば殺す機会はないと判断し、彼女へ一斉に銃口を向けた。

 五十名以上いた彼らは既に半分以下になっていたけれど、それでも人ひとりを殺すには十分すぎる数だ。


「待ってくれ! 俺は撃たな」


 いくつものドラムが滅茶苦茶に打ち鳴らされたような音が夕焼け空に響き渡る。

 銃剣を刺した兵士もろとも、彼女は弾丸の驟雨(しゅうう)に晒された。


「はぁっ、はぁっ……これで、どうだ。バケモノめ」


 閑散となった荒野。最後の一発を放った兵士が少女と兵士だった肉塊の前で、荒く息を吐いた。

 何百もの銃弾を撃ち込まれた少女は、もはや原型を留めていなかった。


「……う」


 遠目で見ても吐き気を催す()()に、僕は思わずえずいてしまう。そして、それだけで僕の存在を兵士達に思い出させてしまった。


「あぁ……? まだ生きてやがったのか」


 恐怖と興奮とが()()ぜになり血走った目で彼らが僕を睨めつけてくる。


「お前も、殺してやるよ」


 狂気に引き()った笑みを浮かべ、兵士が近づいてくる。

 僕は必死に後ずさるけれど、右足の負傷でまともに動けない。

 縮まっていく距離。近づく荒い呼吸。そして、銃剣がゆっくりと振り上げられ、


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 叫び声が上がった。銃剣を振り上げた兵士と僕は咄嗟にその方を見やり、


「……は?」


 心底から意味がわからないという兵士の声が聞こえた。

 そりゃそうだろう。僕だって自分の目を疑っている。


「うぅ。いたたたた」


 少女が、立ち上がっていた。穴だらけで血だらけの衣服のまま、頭痛がするのか頭を押さえている。その姿はあまりに平常でいて、この場ではあまりに異常だった。


「ま、まさかこいつ」


「……可憐な死神(べヘス・モル)


 兵士の震える言葉を、僕は知らず継いでいた。

 少女が僕を見る。そして−−−−



 □ □ □


「あなた達には、これから“代理戦争”をしてもらいます」


「…………は?」


 それは、見知らぬ女性から突如として告げられた。


「い、意味がわからないんですけど」


「そのままの意味です。それでは」


 僕たちを乗せてきた馬車に乗ったまま、女性はそれだけ言うと僕らを置いていってしまった。


「……なんだこれ」


 果ても見えない荒野のど真ん中、僕は呆然と立ち尽くすしかなかった。


 昨日、普通の村人として暮らしてきた僕の元に見たこともない騎士の女性が現れた。


「あなたには勇者の素質があります。私と共に来てください」


 そして、そんな突拍子もない言葉で僕は王都に連れて行かれた。

 無論、拒否権などなかった。両親や村の人など、「うちの村から勇者が出た」などと狂喜乱舞して僕を見送った。

 その時点でも平穏主義の僕にとってはだいぶ不幸だったのだが、そこから先は比じゃなかった。

 あれよあれよという間に王都に連れてこられた後、碌に事情も説明してもらえない状態で、初対面の二人と共に今度はここまで連れてこられて、放り出されてしまったのだ。

 それが一時間前。

 経緯とすら呼べない、狂った経緯だが、それが真実だった。

 全く状況が分からず他の二人に説明を求めたが、その実彼らも十分な説明をされないまま今に至ったのだという。が、二人のうちの一人、ガタイのいい男が自分の知っている範囲で良ければ、と言ってくれた。

 彼に連れられ、隠れる場所が多い岩の密集地で、僕ともう一人は男の話を聞いた。

 曰く。現在、王国は長らく隣国と戦争状態にあり、疲弊(ひへい)し切っている。このままでは国力を維持できないと判断すると、王国政府は人道などクソ食らえと言わんばかりの生贄(いけにえ)政策を取り始めた。

 それが、男が口にした“代理戦争”。

 初めに取り決めた『本来の“代理戦争”』は「多くの人民の命が失われる総力戦はやめ、互いに少数精鋭での頂上決戦にしよう」というものであった。

 けれど、王国はそれすらも反故にした。「我が国の勇者は現在負傷中であり、長期の治療が必要だ。勇者の治療が終わるまで待っていて欲しい」と存在なんてしない勇者の治療を理由に、休戦を隣国に申し出た。

 しかしその申し出は聞き届けられず、「ならば貴国の勇者が現れるまで、小規模でも戦争を行い続ける」と返事がきた。

 愚劣な言い訳すら即座に看破された末、王国政府が取った苦肉の策が、王都周辺の貧しい地域から徴兵し、事実上の生贄にする “代理戦争”だった。


 男が言った。


「代理戦争だなんて、名ばかりだ。あんなのは殺し合いですらない。一方的な虐殺だよ」


「なんで王国政府はそんな無謀な戦を続けているんだ? 勝算はあるのか?」


「上の奴らはそもそも勝つつもりがない。噂じゃあもうとっくに亡命の準備を済ませてるって話だ。今も殺されてるであろう人たちと、これから犬死にするであろう俺たちは、ぶくぶく肥ったお偉方の時間稼ぎに過ぎないのさ」


「どうやら僕は随分と酷いところに生まれついてたみたいだ。こんな国だったなんて、今の今まで知らなかったよ」


「数年前までは良かったさ。まぁ、勝てない戦を申し込まれたのが運の尽きだったな。大陸の端の端だからどこにも逃げ場なんてない」


「あんたはこれからどうするんだ? やっぱり戦うのか?」


「それしかあるまいよ。あんなんでも生まれ故郷なんだ。豚どものために死ぬよりかは、お国を想って死んでやるさ。そう考えた方がマシだからな」


「……可憐な死神がいれば、こんな状況でもなんとかなったのかな」


「戦場にふらりと現れてはその場にいる奴らを皆殺しにするっていうあれか?」


「そう。殺されても生き返って、意地でも殺し尽くすって言われてる戦場の死神だよ。出会ったら決して後を追ってはいけないとも言われてる」


「んなモンいるわけねぇだろ。あんなのは都市伝説だ」


「ま、魔法使いの生き残りかも知れないじゃないか!」


「魔法使いはもう絶滅したんだ! よしんば魔法使いだったとして、生き返る魔法なんて聞いたことがない。ここまできて無駄な幻想を抱くのはやめろ!」


「……」


 僕は言い返す言葉がなくて、黙るしかなかった。


「……すまない。少しばかり言い過ぎたな」


 と、男はそこまで話して、連れてこられたもう一人−−−−ずっと口を(つぐ)んでいた黒い服の少女。そう、少女に声をかけた。


「嬢ちゃんはどうする。進退(きわ)まる、とはこのことだが俺と一緒に戦ってみるか?」


 半分冗談だったのだろう、男は口に笑みを含ませてそう言った。


「……」


 その少女は何事か言おうとして、迷っている様子だった。


「……」


「うん? なんか言ったか?」


 不意に、少女が小さく呟いた言葉が聞き取れず、男が聞き返した。

 すると、ずっと顔を伏せていた少女が初めて顔をあげた。

 そして、少女は優しく微笑むと、


「一緒も良いと思うけど、わたしは一人でやりたいから」


「……」


 予想もつかないその返答に僕と男は唖然としてしまった。


「いたぞ、あそこだ! 撃て!」


 その時だった。


「!?」


 そんな声と共に、銃声が(とどろ)く。二人が為す術なく倒れた。

 僕は何が起こったか理解できていなかった。


「痛っ。え?」


 銃弾が耳のすぐそばを通り過ぎて行ったのだと、耳から流れる生温かい感覚と、異常に大きな風切り音でようやく気づいた。


「なッ……。ひ、」


 腰が抜けて後ろに手をついた僕の前で、息も絶え絶えな少女が、口から血を流しながら呟いたのが見えた。


「逃げて」、と。

 何度かよろめきながら、ようやく立ち上がる。後ろを向く。


「まだいるぞ! 撃て!」


 第二声。

 とんでもない質量の(きり)穿(うが)たれたような感覚が、僕の右ふくらはぎと左胸を貫いた。


「がッ! ……ぁっああああああ!!」


 痛みで視界が真白に染まる。たまらずその場に崩れ落ちる。

 足が痛い。胸が熱い。

 息がうまく出来ない。

 あぁ、これはダメだ。


「……」


 僕は何も言わず仰向けになって、空を見上げた。

 雲ひとつない、見事な夕焼けだった。

 指揮官と思わしき兵士が僕の元まで歩いてきた。


「運が悪かったな。これも戦争だ」


 僕を見下ろしたまま、彼はそう言ってきたけれど、まるで現実味がなかった。


「運が悪い……というか」


 空を見上げ、


「そんな次元じゃないだろ、これ」


 息も切れ切れに、僕はそう呟いた。


「ふざけんなよ……っ!」


 更に悪態をついても、僕を取り囲む兵士にはカケラも意図が伝わることはない。


「せめて一思いに殺してやろう」


 そんな言葉と共に、指揮官の男が僕に銃口を向けたその瞬間。


「待って!」


 聞こえるはずのない声が聞こえた。


「な……なんで君が」


 尋ねるも、声の主は答えない。代わりに、


「逃げてって言ったのに」


 夕日の中、ナイフを持った彼女がそこには立っていた。


 □ □ □


 黄昏(たそがれ)時が近づく荒野。僕と彼女以外、動くものは無くなっていた。


可憐な死神(べヘス・モル)、実在していたなんて思わなかった」


「さっきもそう言ってたよね。それってもしかしなくても、わたしのこと?」


「君以外、誰がいるんだよ」


「あはは、ほんとだね」


 そう言って笑う姿は服装以外、どこからどう見ても少女のそれだった。

 つい先ほどまで目にしていたはずなのに、こんな少女が化け物じみた殺戮を繰り広げていたとは信じられなかった。


「あの、助けてくれてありがとう」


「そんな、お礼なんてされるようなことはしてないわ」


「確かにそうだけど、それでも僕は君にお礼が言いたい」


「……本当に、お礼なんていらないのに」


 言って、彼女は沈む太陽を見た。そして、


「それじゃ、私はもう行くね君も元気で、」


「ま、待ってくれ! 僕も一緒に行かせてほしい」


「それはダメだよ。人が殺し合うところに行くんだもの。あなたにはそんなことして欲しくない」


 彼女の言葉に、僕はずっと疑問に思っていたことをぶつける。


「じゃあ君は、なんでそんなことをするんだ?」


「殺し合いを無くすため」


 はっきりと、彼女はそう言った。

 その瞳はとても優しくて、死神だなんてとても思えなかった。


「僕の願いも同じだ! こんな馬鹿げた戦争をやめさせたい!」


 こんな子を一人にしておけない。僕はその一心で食い下がった。



 可憐な死神にまつわる掟も忘れて。


「うーん……。本当に一緒に行きたいの?」


「ああ。君と一緒に行かせてほしい。そのためなら何だってする」


「……そっか」


 少女は微笑えむと僕の方へと向き直り、僕の頬に左手を添えた。


 その感触は、ナイフを持っていたとは思えないほど。

 そして、彼女は僕の耳元に口を近づけると、


「わたしは一人でやりたいから」


「え?」


 右手が見えた。景色が回転しながら落下していく。

 落ちた先、彼女が右手に持ったナイフを振り上げて言った。


「ごめんね」


 僕の意識はそこで途切れた。


こんにちは。ローファンがひと段落ついたので「なろうって言えばハイファンだろよっしゃハイファン書こうぜ!」と意気込んだはいいけど見事迷走して瞑想しているめがわるいあきらです。

死んでも死なないかっこかわいいチートガールを書きたくて書きました。

なんかかっこいい、と思ってもらえたら幸いです。

次は長編ハイファンタジーでお会いしましょう。お会いできるといいな……

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