#死に損ないの少女の黒いカラスへの殺害依頼(6月4日)
#死に損ないの少女の黒いカラスへの殺害依頼(6月4日)
その日教室から出ると、意外な人物が立っていた。
「お前、昨日来なかったな」
そういってネックウォーマーを鼻まで引きずりあげた那烙はいつもどおりの不機嫌そうな目の色。
「え、えと…?昨日?なにか約束とかしていたかな…?」
「約束はしていない。ただ、来るかなぁ、と思って塔の前で首吊ってたんだ。
誰も来ないからな、ただぶらぶらしてると虚しくなってきてな。死ねたり、意識が遠のけばいいんだが縄が首に食い込む痛みだけなんだ」
「う…なんでそんなに死のうとばっかりするの?」
「言ったってわからない…正直、説明に困るしな」
「死、死のうとするよね?それでずっと失敗ばっかり、痛くて、辛くて、もうやめようとか思わないのかな?」
ただ死ぬなって言っても那烙はきっと聞く耳を持たないのはわかっている。だけどビイトも一度、ナイフを手首に当てたからわかる。死ぬっていうのはとても勇気のいること。ましてや痛さと辛さも避けようがないこと。
「…ふん。それぐらいでやめようとするならもともと死のうなどと思わない」
「わからないよ、全然もう、那烙さんがなにを言っているのか」
「それでいいじゃないか。気持ちなんてどうせ通じないものだ。この瞬間の時間の積み重ねだけしか伝わらないぞ。まぁそれですら、わたしとお前じゃまったく正反対の認識の可能性もあるけれど」
「えっと、どういう意味?」
「ようはだ、お前にちょっと来てもらいたかったんだ。会いたかったっていってもいいし話したかったって言ってもいいんだが。ただここで立ち話ってのはちょっと無しだな。
正直、あまり人の視線を浴びるのは好きじゃないんだ」
那烙は頭をぽりぽり掻くと再びネックウォーマーを引き上げる。たしかにこの季節なのに冬用の黒いセーラー服を見にまとう那烙の姿は真っ赤なビイトと同じく周りから浮いていた。
「いくぞ」
「あ、は、はい」
慌ててその後に続こうとすると、ぐいーっと後ろに引っ張られた。
「え、あ、みたまさん…」
「ダメ…ダメですぅ」
みたまはビイトのカッターシャツの裾を掴むものだからズボンからびろん、とシャツがはみ出してしまった。
「…ふぅん?」
那烙は訝しげに目を細めると、薄ら笑いを浮かべた。いつものように見下すような挑戦的な笑いを。
「なんのつもりだ?」
がみたまも負けずに那烙を見上げて完全に受けて立つ姿勢だ。
「あなたは、びいとさまに何をさせるつもりです?」
「別に、スグにでもわたしを殺してもらおうかと」
那烙は笑みを消すとぞっとする、あの冷たい目でみたまを睨む。
「そんなウソ、みたまには通じまないですから」
「ウソ?なんでウソだって思う?聞き捨てならないな、理由を言え」
「…い、言えない。まだその日が今回は来ていないもの」
「言えない?お前が口から出任せだからだろう?ビイトは連れて行くぞ。そもそもお前はビイトのなんだ?付きまとっているだけの金魚のうんこだろうが」
「ちょ…そ、そんな言い方はあまりよくないよ。みたまさんに対して失礼だと思う。人にうんこっていうのはよくない」
ビイトは慌ててみたまと那烙の間に割って入った。当事者の那烙はつまらなさそうにビイトとみたまの顔を交互に見るだけだ。
「び、びいとさまぁ」
みたまは再びぎゅっとシャツの裾を握り締める。ビイトは那烙に向き直る。
「ふたりともなんでそんなにいきなりけんか腰なの?でもそんなのって悲しいと思う。まだ二人がお互いのことよく知らないだけできっと些細なすれ違いなんだから」
数瞬の間が張り詰めていく。数秒が引き延ばされていく緊張感を先に破ったのは那烙のため息だった。
「ふぅ…少なくとも死にたがっていたお前はどこかでわたしと通じるって思っていたんだが…あいかわらずお前はきれいごとばっかりだな。 弱者は食われて死ぬってアレだけいってるのに。
めんどくさくなった、好きにしろ。とりあえずわたしは首を吊ってくる」
那烙は踵を返すと廊下の奥へ消えていく。
「ま、まってよっ」
ビイトは追いかけようとするけれど、みたまはまだシャツを離してくれない。
「いかないでっ!…お願いしますですぅ」
「でもこのままだと本当に那烙さん首を吊るから。あの人、本当に吊る、そんな人だから。だったら僕は止めないとっ」
「ふにゅ、平気です」
「何が平気なのっ!?首吊るんだよ、那烙さんが死んじゃってもいいの!?」
「ほっといても死なないです、あの女は」
その言葉は相変わらず普段のみたまからは信じられないほど冷徹な響きを含んでいる。こと那烙のことに対してだけはみたまはそうなのだ。
「な、なんでそんなことわかるのさ」
「今までのこと、よく思い出して欲しいですぅ。手首を切る、屋上から飛び降りる、首を吊る、そしてメギドドアーからの落下。どれひとつとして死ぬどころか、致命傷にすらなっていなかったはずですぅ」
「そ、それは運がよかったから…でも今度もそううまくいくって保証がどこにもないよ」
「保証はあるですぅ。あの女は、なんだかんだで『世界の恋人』。この世界に愛されているから、死ぬことなんて出来ないです」
忌々しげに吐き捨てられた言葉。那烙に与えられた『世界の恋人』という称号が何を意味しているのか今のビイトには知る由もない。
「まさか…死なない人間なんて、いるはずないよ…」
ビイトは冗談だと笑い飛ばすふりをしながら、それでもみたまの言うことに不気味なほどの説得力を感じていた。
たしかにかにどうしてあれだけのことをしながら那烙はまだ生きているのだろうか。ビイトにちらりとでもあれだけのことをしておいてなぜその程度で済んだのかという疑念がよぎらなかったのかというと嘘になる。考えることから逃げていたのだ。だけどその事実も、そして『世界の恋人』のこともそれ以上問い詰めようとは思えなかった。なぜなら、なぜなら…そこから先に踏み込んでしまえば…そう、とにかくいやな予感だけが走るのだ。
「と、とりあえず追いかけるからっ。みたまさんだって昨日は自殺を止めていいっていってくれたよねっ」
ビイトは言葉とは裏腹にいまみたまの目の前にいることが怖くてしょうがなかった。那烙の自殺を止めるなんてこの場所から逃げるための言い訳に過ぎないのは充分に自覚している。
ビイトは別れの言葉もそこそこに文字通りみたまの前から逃げ出した。
みたまもそのことに気づいたのかさみしげに少し笑って見せただけで動こうとはしなかった。
ビイトは那烙の後を追いかける。
ビイトは今までの人生でこんなに早く走ったことがあっただろうか。後ろを振り向くのも怖かった。あんな目をしたみたまはビイトの知るみたまとはもう別物だ。まるでユーレイみたいだ。なんとか中央玄関にたどり着くと那烙は今ちょうど靴に足を入れたところで、スカートから覗く、黒いハイソックスがやたらと目に映った。
「な、那烙さんっ!!」
那烙は耳を押さえて嫌そうに振り向いた。
「叫ぶな、バカ。普通にしゃべったって聞こえる距離だろ?」
「で、でも、いまから死ぬって、そ、そんな、そのっ」
那烙は靴を履くのをやめるとビイトのほうへつかつかと歩いてくる。
そのままビイトのほっぺたにつつ、と指を這わせた。
「お前、走ってきたからか?それとも怖いのか?」
「…どうして?」
「息が荒い。青ざめている。震えている。みたまに何かいわれたか?」
そこで『世界の恋人』という言葉が不吉な予言のように頭にこびりついていたことをビイトは思い知る。それを面と向かって那烙にいえるわけがなかった。それはピストルの引き金と一緒で後戻りはできない。どうなるかはわからないけれど、これは予感や予言じゃない。次の段階へと進む条件なのだ。
「黙ってばっかりか。別に構わないぞ」
那烙の口から真っ先にみたまの名前が出てきたこと。そしてみたまの執拗なまでの那烙への敵対心。深い隔絶を挟んでふたりが向き合っていることだけがわかった。
「そうじゃなくて、死ぬのは…」
「馬鹿の一つ覚えのように繰り返すな。それ、今いいたいことか?本当は別のことで頭がいっぱいのくせに。
ごまかしの言葉だろ?別に構わないぞ。なぁ、ビイト。逃げるって言葉は全然卑怯じゃない。それは自分を守るためにやることだからな。誰だって自分を守りたいからな。それは当たり前のことだし、当然の権利だ。
だけど、わたしはイライラする」
「だ、だけど…だけど那烙さん…那烙さんも逃げてるよ…死にたいってそういうことでしょ?死んだほうがましだって思うぐらい嫌なことがこの世界にあるってことだよね。
那烙さんは一体、一体何から逃げたいの…?」
「…ぐゅっ」
那烙は胸を押さえてふらりとふらつく。
「だ、大丈夫?心臓病?ああ、だから死にたいのっ!?ダメだよっ強く生きてよっ!!手術をうけてっ!!窓の外の葉っぱの一枚が落ちたって、生きていこうとするのならどこだってハッピーワールドだよっ!!
ビイトは那烙の手を両手で握ってはげまそうと…ぶん殴られた。
「ギャー!!」
「気安く触るな。畜生、一体いつからわたしとお前が仲良しこよしだ!!多少言葉を一つ二つ交わしたからと調子に乗るな」
「…は、はい。ごめんなさい、調子乗りました」
那烙が怒るのももっともなことで呪いつきのビイトだって今までいくらでもこんなふうに冷たく突き放された。すでに慣れっこだったのだ。慣れていたのに。でも今のビイトは初めてそんなことをいわれたときみたいに辛い。
そんな様子を見て珍しく那烙は居心地が悪そうにビイトから目を逸らした。
「それにな心臓病でもないぞ…ちょっと胸を抑えたぐらいで早とちりが過ぎる。さっきのはアレだ…そう、アレ…敗北宣言にも似てるから全然言いたくない言葉だが、図星をさされたからだ…いちいちこんなこと言わせるな」
「…やっぱり、那烙さんも逃げたいの?」
「わたしも人間なんだ。いろんなことを回避したいと思うのは当然のことだ。むしろ誰だって一つや二つそういうことはあって当たり前だ…そしてしょせん、わたしもそんな弱くて食べられるものの一人だってことだ。肉だよ肉。
…認めてしまうのは苦痛ではあるけれどな」
「でも、那烙さんはそういうの見るとイライラするって、さっき」
「ああ、そうも言った。だからわたしのイラつきはわたしも含む」
「那烙さんの逃げたいことってなに?死んでしまいたいぐらいに逃げたいことって…?
そ、その、だって、那烙さんは僕と違ってみんなにいじめられているわけでもなく、それに呪いが憑いているわけでもないんでしょ?」
「そう思うならついて来い。見せてやる。どうせお前にもわたしの言うことなんてちっともわからないと思うがな」
那烙は改めて靴に足を入れるとさっさと歩き出した。ビイトも下駄箱から靴を取り出して遅れないようにそれに続く。
「ま、待ってよっ」
那烙は振り返りもせず、足も緩めずに歩き続ける。
校舎の外に出ると那烙がどこに向かっているかわかった。メギドドアーだ。
いよいよ斜めに傾いた塔がビイトたちの目の前に姿を現すと那烙はぴたり、と足を止めて振り返った。
そして、ひょい、と空を指差した。
「なぁ、みろ、ビイト。信じられない色をしているだろ?」
「え…?」
ビイトは言われるがまま、真上を見た。そこには雲ひとつない、水色が広がっている。そして真っ赤に輝く太陽が自分はここにいるのだと、いつでもこの世界を見守ってるのだとでもいうように燃え盛っていた。
「なんなんだ、この世界の空と太陽は…なぁ、そう思わないか?」
「そうかな…?青い空と、赤い太陽…それってそんなにおかしなことなの?」
「おかしいさ。いつだって、どこだって、あれを見るたびに私の気持ちはどこまでも沈んでいく。子供の落書きみたいに嘘くさいぐらいにいつも晴れ渡っているあの空は不吉の象徴にしか思えない。
いずれお前を襲うのはどうしようもない悲劇だと。避けようのないことだと…
このままただぼんやりと時間を過ごしていくだけじゃひどい目にあうことだけはしっかりと決まっている、そういわれているとしか思えない」
那烙の言葉は真に迫っていてその向こう側にとても大きくてもやもやしたものが横たわっているようにも見える。でも、でもだからこそビイトはこの言葉を笑い飛ばしたい。だってこの世界はいつだって自分以外のすべてを愛してくれているんだから。
「そ、それは那烙さんの考えすぎだよ。だって、空も、太陽も、いつだって僕たちを見守ってくれている。この世界は、この世界の全ては僕以外のものを愛して守って抱きしめてくれているのに」
「ビイト、逆に訊きたいんだ。なんでお前はそうも無神経にこの世界がそうだと、優しさの塊だなんて信じて受け止めていられる?いつこの世界が全てを愛しているなんていったんだ?」
「それは…僕だってはっきりと言葉で訊いたわけじゃないけど…」
「だったら、わたしがそう思っていることをお前は否定できないわけだ。
まぁわたしの場合ははっきりと脳に響いた。おかげでこの腐った脳のしわにまでその言葉が刻みついている」
「それは那烙さんの勘違いだよ…」
「わたしには確信がある。おまけにそれから変な気配に付きまとわれてばかりだ」
「え、どこどこ?」
那烙の突然の発言にビイトは辺りをきょろきょろと見回した。だけど、メギドドアーの周りといえばそれ以外にめぼしい建物はなくあたりは草原が広がっているだけで、とても人が隠れるような場所はありはしない。
那烙はあきらめたように首を振った
「それがどうやらわたしにしか感じないらしい。それがまぁわたしの言うことが信じてもらえない原因のひとつだな。わたしも馬鹿じゃないから声を大にしてそんなことを叫びまわったって意味なんてない。惨めを味わうだけだ。そんなことは考えればすぐにわかる。でもなビイト、とりあえずいっておくがお前はわたしと一緒でこの世界の異物だ。だからひょっとしたらわかってくれるかもしれないな」
「わ、わからないよっ…僕には、那烙さんが言っている意味が全然わからない。それに、那烙さんは僕と違う。僕みたいに世界に疎まれてなんかいない。異物なんかじゃないから…っ!!」
「…はははっ、よく言うよ、なぁ、その面の皮っ!!引っぺがしてやりたいな。だけどまだわたしにははっきりわからないことが多すぎる。どうしてわたしがこんなに絶望的な気持ちになっているのかはやっぱり誰にもわからないらしい。残念だ。わたしにかけられた呪いの言葉の重さはどうにも他の人には伝わらないのか」
「だ、だって、そんなのないもん…那烙さんの勘違いだもん」
「あるっていってるだろっわからないヤツだな!!あまりわたしをイライラさせるなよ…またグーで殴るぞ」
声を荒げた奈落の視線を何とかビイトも受け止める。
「ま、また暴力で訴えるの!?那烙さん、それはあまりよくないよっ!!だって、殴るほうも殴られるほうも痛いじゃない!!それじゃぁ誰も得をしないよ」
「いいや、わたしはちっとも痛くないぞ、むしろすっきりする。だからわたしはビイトを殴るっ」
那烙はぐいっと拳を振り上げる。ビイトはは反射的に頭を抱えてうずくまり目をつぶった。
「なんてな…そんなことするわけないじゃないか」
すっと那烙は拳を下ろす。顔を上げたビイトは思わず笑顔になってしまう。
「や、やっぱりっ!!那烙さんもわかってくれたんだ!!ありがとうっありがとうっ、那烙さ、ギャッ」
ビイトはスネ小僧を抑えてうずくまった。
「ああ、殴ったりしないぞ、だから蹴る」
「ひ、ひぃ、それってアレですよぅ、ヘリクツですよぅ」
「昔の偉い人はいいこといったもんだ。なぁ、そう思わないか?
『ヘリクツでも、理屈は理屈』
まさにその通りだ」
「な、那烙さん~」
「泣きそうな顔をするな、泣きたいのはわたしのほうなんだ。なぁ、みてみろ、この手首。横にも、おまけに縦にも幾つも引き攣れが走ってるだろ?」
那烙さんは制服の袖をまくって見せた。あまりに何度も刃物で耕された傷跡はでこぼこになってしまっている。
「なのにまったく死ぬことが出来ない。傷が浅いのかと骨まで包丁を差し入れたこともあったな。知ってるか?刃物から伝わる骨の感触ってやつを。マンガみたいにゴリッという音が響いたんだ・
そのときわかった。傷が浅いとか深いとか些細なことだ。
決定的に、足りないものがある。わたしを殺すにはもっと、特別な力が要るんだってことだ。
わたしが世界に悲劇を運命付けられているなら、そんなわたしは世界の意思なくしては勝手に死ぬことは出来ない。
逆に言うなら、世界の意思の外側、つまりビイトのような異物の手をもってしか死ぬことが出来ないんだろう、多分」
「…え?」
ビイトが世界の意思の外側?…違う。だってビイトはこの世界に嫌われているからこんなに呪われているんだ。いってしまえばビイトはこの世界の意思に最も支配されているともいえる。そんなモノが世界の意思の外側なわけがない。
「だからいっそ、オマエのその手でわたしを終わらせてくれないか?
わたしは…正直、この世界でこれからずっとその日を待つ勇気がないんだ」
那烙が目を伏せたところを見たのはビイトはこれが初めてだった。そのとき初めて那烙のまつげはその髪と同じで黒くてつやつやしてて長いとかそういうことに気付いた。正直にいえば、ビイトはこの瞬間、那烙がそれ自体で完成されているように思えて目を逸らすことができなかったんだ。
「なぁ?」
そうやって細い指先を那烙はビイトに差し出した。
ビイトはでも黒い手袋をとることはしない。
「…やだよ。ぼ、僕は…もう、絶対に人を傷つけないんだ…そ、それはとてもいけないことだから…」
「なんだ?お前のその手は以前誰かを傷つけたのか?」
一瞬、風景がぐにゃり、と歪んだような気がする。身体のバランスを取ることが難しくて思わず膝を付いてズキズキ痛む頭を手で抑えた。めまいのような一瞬、チラリとなにか見えた気がした。
目の前の那洛とは違う、真っ白な夏のセーラー服を着た那烙、そしてそのそばにいる、真っ黒な髪をした男。そして。
…これ以上考えたくもない。
「ぼ、僕のこの手は、多分誰も傷つけてないと思うけど…でも、僕はすぐ側にいる人をいやな目に合わせちゃうんだ」
「…ふん、なんだ、そんなこと、気にしているのか?わたしなら大丈夫だぞ。
もともと死にたいんだ。いくら不幸な目にあおうとそれは笑ってられるな。死に損なうことといずれ来る悲劇に比べればかわいいものだ」
へらっと那烙が笑う。それはちょっと人を馬鹿にしたような笑い方で、でもいつも不機嫌そうに眉をひそめているところばっかりみていたから、ビイトは思わず息を呑んだ。
「あ、ありがとうね」
「なにがだ?」
「その、僕を励ましてくれたんだよね。那烙さん、優しいね」
「…な、お前、だ、大丈夫か?さんざん叩いたり蹴ったりしてるんだぞ?そんなわたしのどこが優しいんだ?ネジでも落としたのか?」
那烙は目を丸くして大げさに後ずさる。
「で、でも、さっきのは僕を励ましてくれたから」
「は、励ますものかっ!!わたしは別にわたし以外どうだっていいんだ。興味があるのはわたしの死だけだ。
だからさっきだってわたしは別にお前を元気付けようとか思っていってなんかいないぞ。
ただ、そう思ったからそういう言葉を使っただけだ。
こんなのでわたしがお前になにかあるとか…くっ、アレだ、調子に乗るな!!」
本日二度目の調子に乗るなとビンタ。
「い、痛いよ」
ビイトはほっぺたを押さえる。
「ほら見ろ、これがわたしだぞっ!!わたしもバチンとお前をたたくんだ!!周りのやつらと何も変わらないんだぞ!全然優しくなんかないんだからなっ」
「う、うぅ~、なんでそんなにむきになるの?」
「優しさは弱さだ。弱さは馴れ合いだ。馴れ合いは自分を殺す。殺された後に残るのは肉、つまりは食い物だ。
わたしはそんなものになりたくない」
「逆だよ…優しさは強さだよ。強さは繋がりだよ。繋がりがあるから、自分を信じることができる。だから頑張っていけるんだよ…」
「反論は受け付けてない」
那烙はいつもの不機嫌そうな表情に戻るとネックウォーマーをまた引きずり上げた。
「そ、そんな…」
「そう思うならわたしに見せてみろよ、ビイト。わたしは唯物主義だ。目に見えるものだけを信じているんだ。
お前のいう優しさが生む馴れ合いが本当に誰かを強くしてくれるってところをわたしにも見せてみろ。
ふん、もしそうだったらわたしも自殺なんてやめるぞ。わたしに義務付けられた悲劇も努力しだいで回避できるってことになるからな。悲劇なんて弱者にしかめぐってこないものだ。そんなことで強くなれるんなら喜んで群れに混じってやる」
「ほ、ホントにっ!?勢いで言ったわけじゃないよね?」
「勢いでいったが口にしたことは守る。途中で嘘にしてしまったらわたしはわたしを曲げてしまうからな」
「ぜ、絶対なんだからっ、じゃぁ、証明してみせるよっ」
「おいおい、ビイト、自分が嫌われ者の呪い憑きってことを忘れるなよ?お前もわたしと同じ、群れには混じらない存在なんだ」
「…で、でも、絶対に那烙さんを納得させるもん」
「ふふっまぁセイゼイ頑張れよ。わたしにとっちゃいい見世物だ。
黒いカラスが自らの色の小汚さに辟易している。そいつはまぁ、あの太陽みたいに真っ赫で綺麗な色をした鳥になりたかったんだな。そしてそいつは望みどおりの赤い色を手に入れた。だがそこに訪れたのは今までの仲間からの迫害だ」
「そ、それ…どういう意味?」
赤といえばビイトの髪と目の色だ。那烙はなんとなく、その色を使ってたとえ話をしたようには思えない。そこにはちゃんと理由があると思う。
「別に、わかればよし、わからなくてもよし。つまらない話だ」