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#黒いカラスと死にぞこないの少女、カーテンコール(7月1日前編)#1××

#黒いカラスと死にぞこないの少女、カーテンコール(7月1日前編)#1××


「なぁ、ビイト、なんで手袋を外すんだ」

 メギドドアーの最上階。ビイトはその最奥で那烙と向かい合っていた。那烙は薄ら笑いを浮かべながらビイトの手を見ている。ただ、その薄ら笑いはいつものような嘲りがなくて、どことなく寂しそうだった。

 那烙の後ろには歪んだ曲線が複雑に刻み込まれた、大きな扉がある。その模様一つ一つはじっと眺めればめまいを起こしてしまいそうなほど有機的に複雑にからみあっている。その扉、ちょうど鍵の位置はぽっかりと握りこぶしほどの大きさの穴が開いていた。

 そして那烙はまるでその扉に近づくことを阻止するように、両手を広げて立っている。

 那烙はビイトの目をじっと見た。ビイトはいつだってその目には不機嫌そうな色しか見つけることができなかったけれど。

「びいとさま、あいつの言葉なんて聞いたらダメ、ダメですぅ!!そうやってあいつは何度も何度も、びいとさまを惑わせてきたんですぅ」

 ビイトの後ろでみたまが叫ぶ。だけどビイトは振り返りもせずにただ、右手にはめていた黒い手袋に左手を添えたまま動けずにいた。

 僕は…僕は本当に…

「そんなにわたしが憎いか、ビイト?

 殺したくてたまらないのか?たしかに、こんなわたしの息の根をとめることができるのはお前のその呪われた指以外はありえないだろうな。切っても吊るしても落ちても、試したことがないが刻んでもすりつぶしてもわたしは死ぬことなんてできないだろう。お前のその指以外には。

 わたしも驚いているんだ。

 わたしがずうっと、ずうっと死に損なっていることにもきちんと、理由があったってことにな」

「ぼ…僕は…ぼ…僕、僕はっ…」

 そんなつもりがなくても涙ばっかりでぐずってしまってビイトの言葉なんて全然無力だ。

 那烙は目を閉じるとたしなめるようにゆっくりと頭を振った。

「そんな声を出すな、ビイト。ただの意地悪だ。言ってみたかっただけなんだ。わかっているさ、お前が人を殺すなんてできそうにもないってことぐらいな。それにわたしを殺したがっている理由だってわたしにははっきりわかっている。仕方のないことだ。『まともな美意識』を振りかざすやつらにはそれしか正しい答はないってことも。

 だけどビイト、笑うなよ?

 あれほど死にたがっていたわたしだが、今は死にたくないって思えるんだ。

 ビイト、この扉の向うに本当にお前が信じたものがまっていると思うか?それはここ以上に苦痛ばかりの世界かもしれないぞ。全部わたしと…そしてそこにいるみたまの作り話っていう可能性だってある。そればかりは扉を開いてみないことにはわからない」

 そこで一度言葉を区切ると那烙は力なく首を振った。

「…全然違う。ビイト、わたしはこんな脅しの言葉をお前に言いたいわけじゃないんだ」

 那烙は広げていた両手をゆっくりと下ろす。もう覚悟を決めてしまったかのように。

「那烙さん…」

「びいとさま、しっかり!!今しかないですぅ。この瞬間、扉を開けるタイミングはこの日だけなんです!…この日を逃したらもう、あの」

 みたまの言葉が終わらないうちに那烙は言葉を重ねてさえぎった。

「らしいな、あの扉が何なのかもうはっきりとわかる。もはやいろいろ知りすぎたからな。わたしも…そしてビイト、お前もだ。

 今までみたいな繰り返しがあとどれだけ続くかもうわからない。

 でも、わたしの話ぐらい聞いてくれないか。みたまに言わせればとんだ茶番だろうが。

 それでも、言いたいことぐらい言わせてくれ。

 わたしがずっと死にたかったのは、きっとこの瞬間に立ち会いたくなかったからだ。

 よりによって、お前の手で殺される。わたしはそのことが一番怖かったんだな。そのこともたった今気付いたんだが。

 だからその前にさっさと死んでしまいたかった。でもそうはいかないらしい。

 結局こうやってこの場に立っているんだからな。

 だからビイト、一言だけ言わせてくれないか。

 わたしはもう、死にたくないと思う」

 那烙が言葉をつなげていくたびにビイトは胸が押さえつけられた。呼吸がどんどん苦しくなる。息をすることがこんなに難しいなんて初めて思い知らされた。さっきから左手は手袋に添えられたままピクリとも動かせずにいる。

 那烙の目を見ているうちにもう、正しさを理由にそれを為していいのかわからなくなる。みたまがビイトに告げたこと。それは那烙も否定はしていない。

 そしてビイト自身もそのことをいまや確信していた。ぼんやりとだけど、メギドドアーに、イルフィンガー、飾られた異形図、白い壁、全てが繋がって、それが事実だってことを後押ししている。


 ただ、僕がここでなにをしたらいいかが…こんなことを僕に決めることが出来るわけが…

 与えられた選択肢はビイトの思考の外側にあって提示されるにはあまりにも重すぎる。

 僕が那烙さんを殺す…?僕に那烙さんを殺すことができる?那烙さんは僕に殺される?

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