#黒いカラスと死にたがりの少女(6月1日)
おはこんばんちわ 眠らない町からやってきました。
初めての投稿なのでぜひよろしくお願いします。
ペンネームのゼロイチキングマンドットコムアンダーグラウンドかけごはんの由来をプロフに描きたかったのですが書く手段がよくわからなかったのでここに書いときます。
ゼロ は逆説的な無限を象徴
イチ ははじまり、つまりはオリジナルを
キング は偉大さを
マン は英雄性を
ドットコム はネット世代であり、またハイテクノロジーの象徴
アンダーグラウンド は非合法的なカッコよさを
かけごはん は老若男女貧富の差をとわず親しまれる卵かけごはんみたいな存在になりたい
という気持ちを込めてこのペンネームにしました。
昔書いてて途中でやめたノベルですが周りの人に(たくさんいそうに見えて一人しかいない)完成させてどこかの場で発表したら、と言われましたのでこの場を借りて少しずつ投稿していこうと思います。
#黒いカラスと死にたがりの少女(6月1日)
十代の年頃といえば誰だって特別な何かになりたかったはずだ。
その年ごろ向けに与えられた物語の大半が選ばれし、あるいは特殊な能力で世界を救ったり悪と戦ったり。
そんなファンタジーなくても一瞬の才能を魅入られてスポーツや音楽活動に勧誘される物語だったり。
そうやって特別な存在として生まれてもそれがいっそ何の役にも立ちやしない呪いであればどうだろうか。
その呪いは物語のように反転して世界や誰かを救うための力に裏返ったりしない。
そんなどうしようもない呪いをまざまざとその身に刻まれた少年が細い手首にチキチキと音を鳴らしてカッターナイフの刃を当てた。
ほんの少し、あとほんの少し力を入れるだけで手首が切れる。
カッターナイフを握る、その手はぶるぶると震えていた。
両手に黒いゴム手袋をはめているせいか両方の手はじっとりと汗ばみ不快だ。
だけど、手袋を取るわけにはいかない。この下にあるのは呪われた指だ。触れたもの、全てを腐らせるどうしようもなく呪われた指。
そのまま少年はしばらくカタカタと震えることしか出来なかった。開け放ったままの教室の窓からは外の空気が流れ込み、白いカーテンがゆらりとはためいた。その向うに広がる風景は青空に一際赤く大きい太陽が傾いた夕暮れだ。
死のうと思ったのはこれが初めてじゃない。今までだって何度も何度も思った。少年は世界から呪われているとしか思えなかった。
普通であろうなんて高望みは一度もしたことがない。写真のを端に写るだけのような存在でもありがたい。生きていることが祝福されなくても見過ごされる、たったそれだけのことでよかった。
それだけのことが否定されている。その身にはそれをまざまざと示す徴が刻まれている。忘れることも欺くことも許されない。
生まれつきのこの真っ赤な髪と真っ赤な瞳。比較的進学校に当たるここでなくてもそんな色の髪と眼をした存在など目にかけることがない。どんなに小さくても視界の端に映ればそこにいるのが罪人だとわかる烙印。
徴はすぐさま目に付く外見にとどまらない。むしろ見えないところがその本質といってもいい。ゴム手袋の下に隠された両の手、十指すべてが枯れ枝のように節くれだって奇妙な形に曲がりくねっている。いつのまにかイルフィンガーと称されるようになったそれはまさしく呪いそのモノをかたどった歪な造形で見るものに不吉を覚えさせる。そして名にふさわしい呪いを宿していた。イルフィンガーが宿す呪い、それはおよそ生き物と認識できるものであれば動物植物問わずすべてが触れた瞬間ドロドロに腐り落ちてしまうということだ。触れられたなれの果てはコールタールのように粘着き静脈に流れる血液のごとく赤黒く吐き気を催す臭気をあたりにまき散らす。そして少年の体に流れるものも血液ではなくイルフィンガーのもたらすなれの果てそのもの。ドロドロとしたヘドロ以下の液体だ。
だから皆に責められるのはしょうがないことだ。それは当たり前だ。少年はそう思っている。
自分はこの世界に墜とされた異物そのもので不幸を振り撒くだけの存在だ。さっきだって少年の近くにいたあるクラスメイトは階段で躓きかけた。隣の席のクラスメイトは消しゴムを落とすしあるいは電車だって乗り過ごしてしまうだろう。いや自分が振り撒く不幸はもっともっと加速してさらにひどいものを招き寄せてしまうかもしれない。ならばいっそ。
そうやって何度も繰り返した自問自答なのだけどこうやって手首に刃物を当てるのは今日が初めてだった。薄っぺらで紙を切ることしかしてこなかったカッターナイフでもいざ手首に添えるとまるで違う、冷たさも硬さもない。ただこの薄っぺらい切っ先にすら押し込み横にひく、その行為によってもたらされる機械的で平等な殺戮を秘めている。その事実が一気に押し寄せればただでさえ気の弱い少年の決心もすでにズタズタにされそうだった。
「おい」
「ひぃっ」
情けない声を上げると少年、四ツ琵師彌異徒の手元が狂った。わずかに手首が切れる。そこに走った傷からじくじくと茶色と黒をただごねごねと混ぜくったような、どろりとした粘着力のある液体が滲みだす。ほんのわずかな傷のはずなのに残り少ない絵の具のチューブをひねったように、泥のような塊が浮かびだしていた。
「そんな小さな刃物じゃとうてい死ぬことなんて出来ないぞ」
振り向いたビイトは一瞬、めまいを覚えた。
教室のはずなのにどこかに迷い込んでしまったような錯覚。
目に映ったのは黒髪の少女の姿。透き通るようにきめ細かい、白い肌のせいで女の子は丹精に造られた人形のようでいて、なおさら幽霊のようにどこと無く教室の風景から浮き上がって見えた。学園指定の真っ黒いセーラー服。他の女の子は短く詰めているのに校則通りのスカートの長さが逆に彼女を際立たせている。そのうえ、こんな夏の日だというのに首から口元を白いネックウォーマーで覆っている。
「え、あ、あ…」
すぐに来るであろう叱責にビイトはすでに体をこわばらせ、赤い眼には小動物のようなおびえだけ浮かべてなんと応えていいかわからずにいる。が実際はそんなことはなく予想もできない方へ転がり始める。
「その程度で死ねると思うか?切るならもっと深く切らないとだめ。そんなのじゃ血が出るだけだ」
外見には似合わないちょっと幼さの残るような舌足らずの話しかたを少女はした。
「へ?」
傷口から流れる、このヘドロを見ても何にも思わないのだろうか?
などと思っていると少女はすばやくビイトの手からカッターナイフを奪った。
「見てろ」
そして自分の手首に当てたかと思うと一気に真横に引いた。ぴゅぅぅ、と冗談のように血が噴出した。ぴぴっと飛び散ったしぶきがビイトのほほにかかる。それをビイトはまるで夢でも見るかのように見つめていた。
それは少女があまりにも平然とした顔をしているからだろう。場違いな存在のように思える少女がおよそ現実ではお目にかかれるとは思えないシーンをやってのけた。目の前で繰り広げられるのは凄惨なスプラッタ。そのはずなのにおよそリアリティなんてない痛みもにおいもないうすっぺらなマンガの一ページの登場人物になってしまったかのようだ。
「見たか?こんなのじゃぁただ痛いだけだ。全然死ねない。あいつすら出てこない。死ねないのは当たり前だ」
脈に合わせて血を吹き出す手首をだらりと下げたまま少女はビイトを見下ろしている。
「え、え、痛くないの?怖くないの?」
「怖くはないが痛い。それにわたしは痛いだけだといったつもり」
そういう割には全然表情が変わっていない。少し不機嫌そうに眉をひそめたままだ。だがそれは痛みをこらえている表情なのだろうか。呆気にとられ圧倒されていたビイトにそこでやっとで理性が舞い戻ってくる。
「じゃじゃ、なくてっ、なくてだねっ!!そんなことしたらダメだよっ!!死んだらメっ!!死ねばそこで終りなんだよっせっかくこの世に生まれてきたっていうのにっ!!」
慌ててカッターナイフを少女から奪い取る。少女はビイトのように呪われていないのだからこんな素晴らしい世界で幸せに笑って欲しい、祝福されるべきなのだ。
ビイトはこの世界の全てが好きだ。愛している。青い空も真っ赤な太陽も町を囲む白い壁もみんな大好きだ。今日ビイトの足を蹴ったクラスメイトも、口を利いてもくれない隣の席の女の子も、わざと教えてもいない難しい問題を解かせようとする教師もそれ自体は彼らには何一つ悪いところなんてない。そういうことをさせてしまうだけのものをビイトが背負ってしまっているだけの話。だからビイトはそんな彼らもみんなみんな大好きだ。もしビイトの両手が世界の長さならこの素晴らしくて美しい、ステキな世界をそっと抱きしめて眠りたい。
ただもしそんなことができたとしてもビイトは決してそんなことはしないだろう。すべてを腐らせるこの指がビイトにはあるから。
ビイトがこの世で嫌いなものはたった一つ。それはこの世界でたった一つ呪われているもの。ビイト、自分自身だけだ。
「さっきまで死のうとしてるお前にそんな権利あるか?」
少女は憮然として答えた。でもビイトからカッターナイフを奪い返すつもりもないらしい。
「僕はいいけど、君はダメだよ…君は僕と違うんだから」
弱々しく呟くとビイトは少女の手を無理矢理掴むと保健室へと連れて行くのだった。
保健室に入ってきた少女を見るなり保険医の女はやれやれ、またか、という風にため息をついた。そのため息のやるせなさはまだ30そこそこの彼女を年齢以上に疲れた容姿に見せてしまっている。いまだに少女の手首からはビイトが抑えているものの血が噴出している。
そんな保険医に対して少女はあいかわらず不機嫌そうな顔のまま口元を隠していたネックウォーマーを鼻まで引き上げる。
「また失敗した」
「ハァ…そんなにいっつもいっつもわたしの仕事増やして何がうれしいわけ?死ぬならビシィ、と死んでくれないかな、例えばほら、焼却炉に頭から突っ込むとか大型トラックの前に飛び出すとかいろいろあるでしょ」
「とても教師の言葉とは思えないな」
「あんたがわたしにそういう言葉を言わせているんでしょうが」
もはや何十回と繰り返したのであろうというくたびれたやり取りに全く空気を読めない声が割り込む。
「セ、センセー!!あの、この傷は大丈夫なんですかっ大丈夫なんですかっ!!」
身を乗り出してやたら必死に叫ぶビイトを二人はまるで見えていないかのように扱う。
「消毒はするし包帯も巻くけど…どうせまた剥ぐんでしょう?手首切るから」
コクン、と少女は首だけで頷く。
「もうとめても無駄だからね…。まぁ好きなようにしてよ。わたしも仕事だから形だけの処置はするから」
と保健医は慣れきった手つきでガーゼに消毒液、包帯をくるくると操りあっという間にパチン、とめる。
少女の手首には痛々しいほど白い包帯が巻きつけられ、ソコにほんのりと赤が滲んだ。
「君もこれ、ほっといた方がいいよ。どうせ死にたがるんだから。なんでそんなに死にたいのかわたしにはさっぱりわからないよ」
と、そこで初めて保健医はビイトを見た。そして少女以上に厄介なものに巻き込まれてしまった、と目を見開く。そこにはビイトを取り巻くすべての人間と同じように汚物を見下してかかわりたくないという色が浮かぶ。
赤い髪と赤い目のせいで降り注ぐ視線の中生きてきたビイトはそれがわかった。ビイトの中に流れる罪を改めて知らしめされて、それでも少女のために勇気を振り絞らなければいけない。世界に呪いを与えられたビイトと違って彼女はきっと世界に愛されているはずなのだから。ただ少女にとってはそれは余計なお世話なのだが。
「え、そ、そんな。センセーっていうのはそういうのを止めるんじゃないですか?ほっとけばいいなんてっ」
「それはわたしの仕事じゃない。わたしはカウンセラーじゃないからね。それに最初の二度三度はわたしだって止めたよ。だけどこうも繰り返されちゃ、暖簾にうでおし、ぬかに釘、徒労っていうのはまったくもって疲れることだね。そう思います」
ビシャリ、と反論を許さない、とでもいうように保健医は言葉を締めくくった。先ほどもとても親切とは言えない態度だったが今ははっきりと拒絶されている。
「帰れ。もういい」
少女も自分の手首に巻かれた包帯を見ながら片手でしっしっとビイトを追い払う仕草をする。
「そ、そんな、送る、送るよ。怪我、絶対ひどいって」
「呪いつきに送られたら余計危険だ、帰れ」
やっぱり少女は包帯から目を逸らさなかった。だけどその一言でビイトは泣き出しそうなほど顔をくしゃくしゃにするとポツリ、と呟いた。
「そうだね…危ないね…じゃ、お先に…」
力ない足取りでビイトは保健室を後にする。それが黒カラスのビイトと死にたがりの雛奇施那烙との出会いだった。