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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

願望大爆発

 サラリーマン、宇田津昇(うだつのぼる)のケース



「……という訳でありまして、前年と比べて我社の業績は下降気味であり、これには歯止めを利かせるには……」


 俺事、宇田津昇は、高卒と同時に今の会社に就職したばかりなのが、正直なところあまり馴染める感じがしない。

就職してから2ヶ月は経過してるし、普通ならそろそろ馴染めてる頃だと思うんだよ。

 そんな俺は今、加齢臭の漂う部長による有り難~い話を社員一同の1人として聞いてるのである。


「また、そもそも我社の強みは、諸君ら1人1人の長所を生かし、短所を助け合うというモットーを元にした企業戦略とも言える……」


 就職が決まった時は嬉しかったけどな、いざ入ってみると……ってな感じかな。

まぁ悪い職場って訳でもない、別に嫌がらせを受けてる訳じゃないし、皆普通に接してくれてるのが分かる。


「つまるところ、現状に甘んじていては他社との差が広がる一方であり、それを打開するためには……」


 けどなーんかつまんないんだよなぁ……。

 なんつーか刺激が足りないっつーか、生き甲斐っつーの? そういうやつがさぁ。

 いや、そんな事より話長過ぎんだよったく……。


「以上です。では本日も張り切って、各自の業務に取り組んでください」


 ふぃ~、やっと終わったぜ。

 じゃあ張り切って仕事しますかね。








「ではお先に失礼します」


「おう、お疲れ!」


「お疲れ様でした。(はぁ……つまんねぇ1日だなぁ……)」


 何ごともなく1日が終わった。

 まだ仕事は残ってるんだが、会社の方針とやらで残業はしない事になっている。

出来ない分は次の日だ。


 俺は会社の側にある社員寮に戻り、ソファーに座ってダラリとする。

なんにもないただ退屈な日々は、俺のやる気を削ぐのには充分な威力を発揮した。

 そんな俺はスマホを取り出して、すがる気持ちで腐れ縁の友達に電話をかけた。


『よう、昇じゃんか、どうしたん?』


『いや、用って訳じゃないんだけどな。たまには飲みに行こうかと思ってな』


『お、いいねぇ、なら迎えに来てくれよ、いい店知ってるからさ!』


『分かった、今からそっち行くわ』


 少しは気晴らしになればと思い、俺は友人である和徳(かずのり)を飲みに誘った。


 車で10分程の距離にあるアパートで和徳を拾う。

車内で他愛もない会話をしてるうちに、目的の居酒屋に到着した。


「んじゃ今日はお前の奢りでいいよな?」


 まぁ誘ったのは俺だし別にいいか。


「ああ、こちとら社会人だからな、今日は俺が出してやるよ」


「さっすが! 俺よりも一足先に就職した奴は言う事が違うねぇ!」


 今言われた通り、高卒後に俺は就職し、和徳は大学へと進学した。

そして俺は就職が決まった際に、一足先に社会の風を受けてくるぜ! ……とか言ってたのを思い出す。

今思い出すと恥ずかしい限りだが。


 そして適当に空いてるテーブルを見つけ、向かい合って座った。

少しして注文したビールが来たところで、互いの今の語り合いがスタートする。


「……で、最近どうよ?」


「ああ、ボチボチ……って感じかな」


 本音で言えば、毎日がつまんな過ぎて退屈だと言いたかったが、つまんないプライドが邪魔をして無難な返答をしてしまう。


「俺の方は楽しいぜ? レポート提出は厄介だが、それさえクリアすれば問題ないしな。俺は文系だから良かったが、吉男(よしお)は理系だからヒィヒィ言ってるぜ!」


 和徳が言った吉男ってのは高校の時のクラスメイトでそれほど親しくはないんだが、和徳と同じ大学にいったために和徳とはよく話すようになったんだとか。

なので一応は俺とも話す事はある。

……たまーーーにだけどな。

 そしてそのレポートとやらが、理系の場合だとしんどいらしい。

俺は詳しく知らないが。


「んでよ、サークルに入ってる女がメチャ可愛くてな、しかも話が合うんだよ。こりゃもう、もしかしたらもしかするかも知れねぇぜ?」


 年齢=彼女居ない歴は、俺達共通のアイデンティティってやつだ。

そんな俺を差し置いて、和徳の奴は裏切ろうとしてやがる。


 とはいえ、ここは応援してやるべきかもしれない。

互いに春が来ないってのも辛いしな。


「ま、頑張れよ」


「おう! ……でよ、蒸し返すようで悪いが、お前今悩んでんだろ?」


 どうやら和徳はお見通しのようだ。

伊達に腐れ縁じゃ無かったな。


「ははっ、分かっちまうか」


 思わず乾いた笑いが出ちまった。

 ここで意地張っててもしゃーないし、潔く和徳に打ち明けよう。




「……って訳よ」


「成る程なぁ……」


 いや、今はそんな事より話の続きだ。


「まぁあれだな。いっその事イメチェンでもしてみれば?」


「そこでイメチェンかよ……」


 まだ2ヶ月しか経ってないんだし、ついに本性を現したとか言われるだけな気がするがな。

 他に何かないもんか? この退屈をまぎらわす何かが……。


「後は……うーーん、そうだなぁ。普段と違う事をしてみるとか?」


「なんだそれ?」


「いや、例えばよ、今飲んでるビールの種類を変えてみるとかよ、帰り道を変えてみるとかな」


 成る程、ビールは兎も角、帰り道を変えてみるのは有りかもな。








 次の日だ。

 前日に和徳から出た案を採用して、俺は仕事帰りに普段は通らない道を車で走ってみた。

普段とは違う風景に新鮮さを感じながら走行してると、見慣れない神社らしきものを発見した。


「こんな場所に神社が……」


 既に人気のない雑木林が列なる場所に来ており、日が完全に落ちると薄気味悪い場所になりそうだ。


「まだ夕方だし、お参りくらいしてくか」


 これも気晴らしだと思い、俺は軽い気持ちで賽銭を入れて手を合わせた。


 パンッパンッ!


「世の中俺の思い通りに成りますように」


 って、そんな事は有り得ないだろうが、願うくらいなら罰は当たらんだろう。

そして俺はお参りが済むと、そそくさとその場を後にした。








 翌朝になり、いつも通りに会社の自分の椅子に座る。

今日もまた退屈な1日になるのかと思うと嫌気がさすんだよなぁ……。

「それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて事でも起これば嬉しいんだが……」

 おっと、つい口に出してしまったけど、小声だったためか誰にも聴こえてないようだ。

 そんな事を思いつつアクビが出そうなのを我慢していると……、


「ちょっといいかい、宇田津君」


 あ、部長からの呼び出した。

 俺はすぐに席を立ち、部長の机に駆け寄った。


「朝早くからすまないが、いまからこのA社に出向いてほしいんだ。何でも急な話なんだそうだが、毎回同じ事を言ってるし大きな取引ではないだろうから君でも大丈夫だろう」


 A社なぁ……うん、まぁ悪い会社じゃないんだが、取引の規模が毎回小さすぎて急がせる割には大した利益にはならないんだよな。

ま、何も無いよりましか。


「分かりました。今から向かいます」


「よろしく頼むよ」




 A社に到着すると、いつもよりも熱烈な歓迎を受けたのだが、理由はすぐに分かった。


「こ、こんない発注するんですか? いつもの10倍……いや、20倍近くある!」


「ああ、何分急に必要になったのでね。いつも急な駆け込みで融通してくれているそちらの会社なら頼めるかと思ったんだよ。頼めそうかい?」


 これは難しいな……。

急いで手配しても……いや、手分けしてやればいけない事もないか?

いずれにしても、こんなやりがいのある仕事を白紙にしてしまうのは勿体無い。

なによりこれは俺が望んだ展開だ!


「やります。やらせてください!」


「そうか! いやぁ助かるよ! じゃあさっそく詳細なんだが……」


 それから担当者と詳細を詰めてから、自分の会社に戻った。

そしてやはり自分1人では手に終えそうにないと判断し、部長を含めて周囲を巻き込み、商品の手配を行う事になった。

さーて、これから忙しくなるぞ!




 それから10日後、社内はいつもののんびりとした雰囲気に戻り、ダラダラとした日々が訪れていた。

 10日前に引き受けた取引は、3日かけて無事に終了した。


「はぁ……」


 10日前からの3日間、毎日が充実してる感じがしてて俺自身も生き生きとしてるのを実感してた。

 けど今は元通りって訳だ。


「あの1回だけじゃなぁ。やっぱり仕事ってのは、()()()()()()()()()()()()してくれなきゃねぇ」


 おっと、また口に出してしまった。

 そういえば10日前も、今みたいに願望を口にした途端に舞い込んで「宇田津くーん!」


 おいおい、もしかしてこれは……、


「こないだのA社からだよ。まだまだ足りなかったらしくてね、追加で発注したいそうだ。今回は君をご指名だから君に頼むよ」


 やっぱりそうだ!

 これは俗に言うフラグってやつなのかもしれないな。

それに願望を口にするだけで叶うなら儲けものだぜ!




 口に出した願望は実現する。

 その日思わず口に出した、定期的にデカイ取引が発生してくれなきゃ……って言葉が発端となり、数日置きにデカイ取引が発生するようになった。


 そして俺の生活も、その日を境に劇的な変化を遂げた。

数日置きにあちこちと走り回った結果、会社の業績も右肩上がりに成ると、当然のように部門が拡張され、ボーナスも破格の数字となった。


 勿論変わったのは仕事面だけじゃない。

 休日にパチンコに行けば大勝し、抽選式の特典に応募すれば百発百中だ。

ついでって訳じゃないが、前から気になってた社内の別部門の女性とも恋仲になり、順調に愛を育んでいる。

 これらは全て、俺の()()が実現した結果だ。


「これはあの神社でお参りしたからだよな」


 俺は薄々気付いてた。

半年前のあの時、和徳に相談した結果、いつもと違うルートで帰宅したら偶然見つけたんだ。

 いまだに何の神様を祀ってるのか知らないが、神社様様だな。




 更に半年が経過した今も、俺の生活は充実したままだ。

以前と違うところがあるとすれば、恋仲だった女性とは、この春めでたくゴールインしたって事だなぁ。

 早すぎるって思うかもしれないが、お互いに好きになったんだ、何の問題もない。


「あの日から1年かぁ……」


 俺はふと、1年前の今を思い出した。

 あの時はまさかここまで日々が充実するとは考えて無かったからなぁ。

そう考えると和徳の奴にも礼を言わないといけないな。

何だかんだ言ってここ半年以上、和徳とは話してないしなぁ。


「久々に()()()()()()()か」


 特に願望にする必要は無かったが、あえて口に出してみた。

 すると不意にスマホに着信が入る。

さっそく来たかと相手を見ると、以外にも表示には吉男と出ていた。

てっきり和徳からかかってくるものと思ってたから少し驚きつつ電話に出た。


『吉男か、久しぶりだな。どうしたんだ?』


『やぁ、久しぶり。いきなりで申し訳ないんだけど、和徳と話してやってほしいんだ』


 勿論そのつもりだったんだが、和徳に何かあったんだろうか?


『僕も詳しくは分からないんだけど、ここ暫く受講しに来てないみたいなんだ。だから何か悩んでる事があるのかもしれないと思ってね。何だか僕が話し掛けても上の空だしさ。昇の方が和徳と親しいだろ?』


 成る程ね。

 なら今度は俺が相談を受ける番だな。


『分かった。俺から話してみる』


『うん、よろしく頼むよ。このままだと単位がヤバイ事になりそうだし、心配なんだ』


 高校の時にはあんまり話さなかったけど、吉男って良い奴だったんだな。

 まぁそれはさておき、さっそく和徳に電話してみよう。








「……って訳なんだよ。もうやってられっかっつーの!」


 吉男からの電話の後に、すぐに和徳にかけてみた。

すると何やら愚痴を聞いてほしいって事だったんで、例の居酒屋にて話を聞くことになったんだが、まるっきり1年前と立場が逆だな。


「まぁまぁ、今日は俺の奢りだから好きなだけ飲め」


「おお! 心の友よーーっ!」


 んがっ! 抱き付くんじゃねぇ、気持ち悪い!

 俺は和徳を引き剥がして落ちつかせる。

もう既にかなりの勢いで酔ってるんだが、何故そうなったのかというと、同じサークルの女が原因らしい。

 1年前に和徳から聞いた、もしかしたらもしかするかも! と言ってた相手なんだが、最初の内は上手く行ってたらしい。

その時は俺にも自慢してきたからよく覚えてるな。

 だが問題はその後だ。

サークルにチャラそうなイケメンが入ると、今度はそのチャラ男に女が(なび)いてしまい、完全に横取りされた形だ。


「横取りなんてチャチなもんじゃねぇ! 寝取られたんだよ! NTR!」


「分かった分かった」


 今じゃもう、その2人の間に入り込む余地はない程に仲が深まってしまったという。


「もうさ、顔も見たくないんだよ。分かるかこの気持ちが!?」


「おうよ、分かる分かる」


「でな、はっきり言うけどよ、世の中不公平なんだよ!」


「うんうん」


「でなでな、はっきり言うけどよ、世の中今のままじゃイカンと思う訳よ!」


「おうおう」


「でなでなでな、もうぶっちゃけちゃうけどさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ。なぁ昇、お前もそう思うだろ?」








「ああ、()()()()()()()








 あ、あれ? なんだか視界がぼやけてきたような…………不味いな……和徳だけじゃなく俺まで酔ってきたみたいだ。

 それに身体が熱くなって来……アツい……。

アツいアツい。

身体がどうしょーもなくアツい!


 み、水だ、とにかく水を……くっ、ダメだ!

アツ過ぎる!

アツいアツいアツいアツいアツいアツい!


 ダメだ! 本当にアツい!!


 俺は自分と和徳のグラスに注がれたビールを頭からぶっかける。


「ちょ、昇! いったい何を……」


 呆気にとられる和徳を放置し、他の客のグラスも次々に自身に傾ける。

 だがダメだ! それでも足りない!


 俺は呆然と眺めてる客をよそに厨房に乗り込む。

そしてまさに今、テーブルに運ぼうとしてたであろうドリンクを次々と頭から注ぐ。


 それでもダメだ! アツさが止まらない!


 俺は唖然としてる店員を押し退けビールサーバーを開放し、頭から注ぎ続ける。


 やはりダメだった。

どんどんアツさが上がっていき、身体の自由がきかなくなる。


 俺はその場に大の字に倒れこむ。


 もう限界だった。

 

 それはまるで、俺自身が爆発してしまいそうな感じ…………、








 だ!!!!!!!!








『次のニュースです。昨日の午後19時頃、〇〇市〇〇区の国道〇〇号線沿いにある居酒屋〇〇で、大規模な爆発が起こり、死傷者が多数出ている模様。今も尚、現場では瓦礫を撤去しつつ懸命な救助活動が続けられてますが、死傷者は増えると見られます。警察の調べでは、特に厨房の爆発炎上跡が強いと見ており、火の取り扱いに不備が有ったのではと見ています。では次の……』


END


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