手作り弁当 1
「なあ、なんで君がここにいるわけ?」
俺は比較的穏やかな口調で、努めて平静を保つよう心掛けながら、目の前の女に問い掛けた。
女は、突然の質問に驚いたようで、若干キョドりながら答える。
「きょっ!……教室にいないから、ここかなって思って」
金色の髪が校舎屋上に吹きすさぶ春のうららかな風に靡いた。その下から、朱色の瞳が照れ臭そうに俺を覗いている。顔が良いだけに、その仕草は絵になった。
しかし、油断してはいけない。彼女は今、その手に人間の頭蓋くらい入りそうなバッグを、重たそうに抱えているのだ。あれはきっと、何かしらのトラップor凶器に違いない。
「そ、そうなんだぁ……。まそうね、正解、当たりだよ。教室にいなければここに居る。だってここ、俺のベストプレイス。校内で唯一心落ち着く場所なんだ」
君から逃げられる、唯一の場所だからね。
言外にそう含ませたつもりだったが、目の前の女の子は、自分の予想が当たったことに満足そうに微笑んだ。
「うん……!知ってるわ!」
「……あーうん、そうだろうね、知ってるから来たんだろうね。でも、俺の聞きたい事ってそういう事じゃないんだ」
「・・・・・・?」
目を点のようにして小首を傾げる女の子、もとい死神。俺の言いたいこと、なんにも理解してないって顔だ。
人の気も知らないで、のほほんとしたものである。
「あそっかぁ、そうだよねぇ~。俺の聞き方が悪いよね~。じゃあ聞き直すけど――――」
俺は一呼吸置き、冷や汗が滲むのを感じながら、改めてこの場所が安全では無くなった事実を確認した。
「ここ、鍵掛かってる筈だろ?どうやって、先回りした?」
「へ?えっと、鍵を開けて、だけど」
本鍵であろう、屋上の文字の入ったプレートを付けた鍵を見せる死神。
俺はそのあまりにも呆気ない物言いに、声を荒げることしか出来ない。
「だけどじゃねえよ!ここの鍵は俺が持ってんの!無理なの不可能なの俺しか入れない筈で、お前から完全に逃げられる安全な場所なの!だから俺のベストプレイスなんだろうが!」
「ちょ、ちょっと待って!そんなにいっぱい言われても分かんなくなっちゃうじゃない!」
「どんだけ頭のメモリ少ねえんだよ!ていうかもう分かんなくていいわ!もう二度とここには来ないだけだからな!」
そう吐き捨てて、狼狽したままの死神を置いて、逃げるように校内へ戻ろうとしたその時だった。
俺の視界は突如ブラックアウトしたのである。
なんだ、何が起きた?どうして俺の目の前は真っ暗に?こめかみに走る激痛はいったい!?ぐっ、誰か助けてくれ!俺の身に何が起きているって言うんだ!
なにか、なにか手掛かりになるような物は?何でもいい、手繰り寄せ……ん?なんだ?何か掴んだぞ。柔らかいようで堅いようで、丸みを帯びているようで平た「いやぁあああああああああああああああ!!!」貫くような鈍痛が下半身に――――!!!
「どくろべぇっ!」
およそ人生で出すことの無いだろう特殊な悲鳴が込み上げる。それと同時に視界が戻り、見慣れたアフロ頭と赤毛のポニーテールを視認しながら、文字通り膝から崩れ落ちた。
あぁ、だめだ、意識が遠のいていく……。
「うわ、見事な膝蹴り……キツいお仕置きだべぇ……」
「最悪!どさくさに紛れて胸触るなんてありえない!死ね変態!」
「わ、あ、大丈夫……?」
アフロとポニーテールを掻き分けて、真っ先に駆け寄ってくる死神が見える。抱えていたバッグを側に置き、俺の頭を抱え上げた。
もしかしたら、このままあの世へ連れていかれるのかな……。
「どうせなら、天国へ……」
「死ぬな礼二!大丈夫、お前の息子は無事だ!」
「はは、姉さん……供え物におはぎはやめてって言ったのに……しかもなんかしゃべってる……」
「礼二!逝くな、礼二ぃ!」
「ねぇ秋子、息子ってどういう意味?まさかこの人に子供がいるの?」
「あーもう!何処から突っ込めばいいってのよ!礼二、こういうのあんたの仕事でしょ!起きてなんとかしなさい、よ!」
ぺちんっ、と頬が叩かれた衝撃で、朦朧としていた意識がはっきりと戻ってきた。
目の前には間抜けな顔をした死神。その横には覗き込むように、はぎ夫と秋子が並んでいる。はぎ夫は念のために俺が連れてきたのだが、なんで秋子までここに?いや冷やかしに来たんだろうけど。
しかしやけに死神の顔だけ近い。まるで密着した状態で見上げているようだ。そういえば、後頭部が柔らかい感触に包まれているが、まさかこれは……膝枕……?
「ほわぁっ!?」
「きゃっ!?急に起き上がらないでよ!危うくおでこぶつ所だったわ」
「おでこぶつ所だったじゃねえよ!お前なに勝手に膝枕してんだ!」
「え、な、なに?なんであたし怒られてるの?」
声を張り上げて怒鳴りつけると、死神はうろたえた様子で秋子に確認していた。
言われてみれば、確かに膝枕をして怒られる理由は何処にもないが……。
「いいよルーナ、気にしなくて。あれ、照れてるだけだから」
「バッ……!照れてねえよ!」
「耳まで赤くしておいてなに抜かしてんだ!かー!羨ましいぜ!俺も膝枕されてー!」
勝手に盛り上がる幼馴染二人と小首を傾げる死神。
いいな、お前はいつでもマイペースで。
「ていうか、もういいよそんな事は。それより――」
「ほらルーナ、この隙に思い切って頭抱きかかえてやんなさいよ」
「そ、そんなこと……恥ずかしいわよ……」
「はー、あんたも変な子ねぇ。奥手なのか大胆なのか分かんないわ」
「あー、あー、いいなぁ。俺もされてぇなぁ、膝枕」
「アフロは黙ってなさいよ。どの道、あんたのその頭じゃ誰も膝枕できないでしょ」
「そう言わずさぁ。秋子でもいいからいっぺんだけ」
「何よ、"でも"って。毟るわよ?」
「やめてぇっ!髪の毛も大事なとこも毟らないでぇ!」
「あのー、お前ら人の話聞いてる?」
控えめに主張すると、漸く三人の目が俺に向いた。そして、秋子が一瞬鋭い目つきをした。
「なんであんたみたいな変態の話聞かないといけないわけ?」
「分からない!自分がどういう立ち位置にいるのか分からない!」
なんなんだよもう!
殺そうとしてた癖に愛の告白してきたり、友達とくっ付けようとする癖に暴力振るったり変態扱いしてきたり!
女心となんとやらってやつだろうか。
「まあ確かに、あの何かを確かめるようにしっかりと揉みしだく手付きはなかなかの変態ぶりだったな」
そう言って、渋い顔でうんうん頷くはぎ夫。そのどてっぱらに、見事なコークスクリューブローが撃ち込まれたのは言うまでもない。
「分かった、正直あまり覚えていないし俺は悪く無かったような気もするが、後でちゃんと謝るから、取り合えず話し合わない?」
「秋子、話聞きましょうよ、ね?」
「わかった、ルーナがそう言うなら聞いてあげる」
あ、もうそれでいいです。
「それで、何なの?何が言いたかったわけ?」
「じゃあ尋ねるけど、二人は何しにここへ来たんだ?鎌乃の言いようじゃ、そっちが何か用があってきたんだろ?」
相も変わらず不機嫌そうな態度の秋子に、項垂れながら言うと、二人ははっと思い出したように顔を見合わせた後、死神は持ってきていたバッグを開け、中から風呂敷に包まれた箱状のものを取り出した。そしておもむろに結びをほどき始める。
いったいどんなビックリドッキリメカの登場かと身構えていたが、風呂敷の中から現れたのは漆塗りの立派な重箱。重箱の数は四段。おせち以外で初めて見たかも。
予想外の物に、俺だけでなく、はぎ夫と何故か秋子まで驚いているなか、死神は急にもじもじと煮え切らない態度になり、細々と説明を始めた。
「あのね、秋子から、男の子のハートを射抜くには、手料理だって聞いたから……」
「えっと、ルーナちゃん、じゃあその立派な重箱の中身は手料理ってことか?」
と、はぎ夫が確認すると、死神は小さく頷いた。つまり、あの重箱の中にはぎっしりと食べきれないほどのお弁当が入っていると言うのか。そしてそれを渡そうと、俺を探して来たと。んで、秋子は見物というか付き添いか。
事情を知っているはずの秋子を振り向くと、秋子は静かに視線を反らした。どうやら、この弁当は秋子にも想定外の規模だったようだ。このバカを最後まで監督出来ないなら、妙な入れ知恵はするなよ。
「だからね!あたし、頑張ってあなたに……れ、礼二に!お弁当を作ってきたの!だから、食べて貰おうと思って探してたの!」
「うん、勇気を振り絞って言ってみてもね、そのボリュームはどれだけ好意的に取っても迷惑だから」
「ええっ!?でも、昔お婆様が男の子は信じられないくらいいっぱいご飯を食べるのよって言ってたわ!そ、それに、一応あたしのと二人分だから」
「信じられないのはお前の頭の中だよ!どう見ても四人前はあるだろ!それに、俺は自分で作った弁当持ってきてるし……」
そう言いながら持っていた手提げ袋を見せ付ける。
ちなみに昨日のサンドイッチも手作り。コンビニ弁当は強めの味付けが苦手だ。
死神は俺の手提げ袋を唖然とした顔で見詰めている。そして、だんだん沈んだ顔に成っていくのが少し気の毒だった。
何を作ってきたかは知らないが、これだけ大きな弁当を作るのは相当苦労した筈だ。昨日の晩のうちから色々と準備をして、相当な早起きをして作ってきたに違いない。俺に食べてもらいたいと、その一心で。
そんな想像をしたせいか、変な同情に駆られて、つい、余計な事を言ってしまった。
「でもまあ、少しくらいなら、食べるの手伝ってやるよ」
それを聞いた死神はぱあっと顔を明るくする。まったくもって喜怒哀楽の激しい奴だ。動物か子供だな。
「食べてくれるの!?」
「少しだけな。基本はお前が責任もって食べろよ。あと、一つ条件がある」
「条件?」
「ああ、そこの二人も一緒になら食べてやる」
急に指名されてピクリと跳ねるポニーテールとアフロ。
何故驚く、この量を目の前にしたら自然な流れだろうに。どうせ、俺と死神を二人きりにでもさせるつもりだったのだろう。
ともかく、二人がいないと、いつこいつが死神の仕事思い出して襲ってくるか分からんのだから、これは絶対条件だ。
「まっ、ルーナちゃんがいいなら俺は喜ばしいかぎりだな」
と、はぎ夫。
秋子も「流石に二人じゃ食べきれないだろうし」と、了承した。
「うん!じゃあ二人も一緒に食べましょう!」
死神は、楽しそうにニコニコと笑って二人を誘った。