095 防衛線
「はっはっは。いっぱいおるのぉ。腕が鳴るわい」
砦壁の上から、ウンカのごとく押し寄せて来るメラーノ王国軍を見て、アインリッヒ・レルモース・オーバンは、大いに気炎を上げながら、かかと大笑する。
レルモース地方への南側の入り口であるシュナイゼの街に近い砦を改修し、メラーノから続く道を塞いだアインリッヒは、そこで兵六千と共に駐屯していた。
「笑い事ではありませんよ。お爺様」
バエン軍特注の軽くて丈夫な軍服ではなく、昔からオーバン家に伝わる全身鎧を持ち出して着込んでいる自分の祖父アインリッヒに、正規の軍の制服に袖を通している孫、ライザーが呆れた表情を浮かべる。
アインリッヒの若い頃に良く似ていると言われるライザーは、茶の髪を短くまとめ、鷲のように鋭い茶の瞳を隠すように黒縁の丸いメガネをかけている。
今は、祖父似のその鋭い目尻を下げ、元は同じく茶色だった髪もよる年波によって白くなった頭を兜で包んでいるアインリッヒを、ライザーはまるで悪ガキを見るような目で見る。
「何を言う久々の戦だぞ。この身を役立てる最後の奉公。これで気が高ぶらんでどうする」
「巻き込まれた私は、たまったもんじゃありませんよ」
笑いながら大弓を手に、眼下に広がる兵士達を指揮する指揮官目掛けて矢を射掛ける祖父に、ライザーはため息をつく。
ライザーもつい最近になって始めて聞き、度肝を抜かれた事ではあるが、アインリッヒはメラーノ王国と内々に話を進め、バエン王国を裏切る体で話を進めていた。
しかし、実際には、アインリッヒには裏切るつもりはまるでなく、バエン国内にメラーノの先遣隊を引き込み、それを叩き潰す事によって手柄を上げた上で、伯爵位を返上し、勇退する。
長年、戦場の中で過ごし、晩年は領地運営に精力を注ぎ込み、レルモース地方の発展に尽力して来たアインリッヒだが、最後は戦場で華々しい活躍を見せ、その生涯を終えたい。
イクスラの支援の下セラム王国に攻め入るサナーレの援護のため、また、メラーノ王国と不可侵条約を結び、動けないバエン軍を動かすため、わざとメラーノを引き込む隙を見せ、国境線を相手側から越えさせた。
そして、さらに孫であるライザーに活躍させ、手柄を上げさせレルモースではないにしろ、どこかの領主になれるようにしてあげたいという祖父心など、いくつもの願望が重なり合った今回のアインリッヒの暴走である。
アインリッヒ自身はバエンに強い愛国心を持ち、サラディーナ達王族に敬意を持ち、忠誠心も高い。
しかし、よる年波にさすがの英傑も勝てず、体の不自由が徐々に始まり、アインリッヒには焦りがあった。
その焦りが忠誠心と愛国心に暴走をかけ、その上で優秀でかわいい孫に手柄を上げさせて、それを見届けて引退したいという欲望が合わさっている。
もし、レヴェルがいれば、麒麟も老いては駑馬にも劣ると言う言葉を口にしたかもしれない。
ただ、やはり駑馬となっても、アインリッヒが優秀であったのは間違いなく、猜疑心が高いメラーノ王国を引っ掛け自らの領地まで誘引して見せたのは、彼の軍人としての能力の高さ故の事である。
そして、後は、この砦を囲むメラーノの兵三万を片付ければ、アインリッヒの目標は達成できる。
「右手にもメラーノ軍がッ!!」
「心配するな。手は打ってある」
正面から攻めかかるメラーノ軍を相手に、大弓と指揮を持って八面六臂の活躍を見せているアインリッヒに、走りよって来た部下からの報告が届く。
「相手が隠し堀に落ちれば、火矢を射掛けろ。予定通りにやれと伝えろッ!!」
「ハッ!!」
指示を受け、走り去って行く部下の姿を満足げに見つめた後、アインリッヒは戦いに集中しなおす。
アインリッヒはあらかじめ、メラーノ王国と戦うために適した地形を選び、準備を進めていた。
平野部にある緩やかな丘の中腹を切り崩し、丘を避けるように作られた街道を見守るように作られた砦を極秘裏に改修し、万全な状態を整えている。
隠し堀もその一つで、街道を広げるように見せ、幾重にも堀を張り巡らせ、その中に燃える砂を敷き詰めている。
火薬よりも火に対する親和性が高い燃える砂は、火喰い鳥の体内で生成されるもので、爆発物の材料として使われている。
爆発物に加工せずとも、火を近づければ爆発するように燃え上がる性質を持っていて、取り扱いにかなり注意しなければならない。
そんな危険な代物であり、さらに希少性が高い燃える砂をアインリッヒは私財を投げ打って買い集め、堀の中にばら撒いていた。
燃える砂が敷き詰められた隠し堀の中に上を通った兵士が落ちて、そこへ火矢を打ち込めばどうなるか。
そうなれば、派手に爆発して張り巡らせた堀の中に火の川が出来あがる。
「はっはっは。見ろッ!!ライザー。メラーノ軍の奴ら慌ててるぞッ!!」
砦の周りに張り巡らせた上で、土を盛って隠していた堀の中を火花が飛び交いながら、炎の波がメラーノの兵士達を焼き尽くしていく。
その様子を見て、飛んで来る矢や魔法を障壁を張る魔道具を使って防ぎながら、アインリッヒがはしゃぐ。
計画通りに事が運んでいるのが、楽しくてたまらないのだろう。
「お爺様。それはともかく、奴らは次の手に出るみたいですよ」
「おお。なるほど。土を盛って来たか」
砦の右側から左側まで堀を巡らせているせいで、祭囃子のように賑やかに兵士達の悲鳴があがり、祭りの灯のように派手に燃え上がっている砦の前で、急激に土が盛り上がり始める。
その土の塊がなだらかなスロープのようになり、砦と地面を結びつける。
「ライザー。いまだッ!!」
「わかってますよ」
燃えている兵士達を無視して、魔術師達の魔法によって土が盛られ、砦の上までのルートを作られたところでアインリッヒがライザーに指示する。
用意周到に準備をしていたアインリッヒの指示を受けたライザーは、持っていたバックの中から鈍い輝きを示す誰何ほどの大きさの魔石を取り出し、スロープになった盛り土に向って投げる。
「さすが、サラディーナ様。素晴らしいのぉ」
魔石が強い光を放ち、周りの土を集めながら人型になっていく様を見つめながら、アインリッヒは自らの主君の卓越した技術を褒め上げる。
ライザーが盛り土に投げつけたのは、ゴーレムの核になる魔石であり、盛った土を利用して体を作り上げたゴーレムは巨大な人型となり、相手方の魔術師達に襲い掛かっている。
「はっはっは。よぉし。このまま押し切るぞ。ライザー」
「相手の方が人数が多いんですから、無理は禁物ですよ。お爺様」
砦に届くほど積み上げられた土をその体としたせいか、十数メートルはあるほどの大きさを得たゴーレムは、砦に向って来る兵士達をその巨大な腕で薙ぎ倒していく。
その様子にここが攻め時だと考えたアインリッヒは、孫に向って出撃の準備を指示する。
「うん?」
相手の混乱に乗じて追い討ちをかけようとしたアインリッヒ達だったが、戦場の一端で起こった違和感にライザーが気付き、砦壁から降りようしていた足を止める。
「お爺様。あれは?」
「うん。なんじゃ?」
巨大なゴーレムがメラーノの兵士達に向かって腕を振り、足を振り上げ、アリを踏み潰すゾウのごとく暴れまわっている光景の向こう側で空間のゆがみを見る。
「いかん。ライザー。この場から離れろッ!!」
まるで陽炎のように揺らめいている空間をしばらく眺めていたアインリッヒだったが、その揺らめきが何を示しているのかを気付くと、孫の腕を掴み、その場から飛び退こうとする。
「な、何を?」
腕を掴まれたかと思ったら、今度は突き飛ばされ、砦壁の上を転がったライザーは、祖父の動きを理解できずに訝しげな声をあげながら、顔を上げる。
しかし、顔を上げたライザーは、必死の形相を浮かべていた祖父の姿も、自分がさっきまで立っていた砦壁も無くなっているのに気付く。
「あれは」
自分を押した肘から先だけ残っている祖父の右腕を見ながら、何が起こったか確認しようと、わけがわからないまま砦の外に目を向けたライザーは息を呑む。
そこには、巨大なゴーレムよりさらに大きい巨大な黒い龍の姿があった。




