091 戦場に渡す橋
「魔法というものは、ここまですごいものですか」
「いやぁ、こりゃ。精霊王様々だな」
目の前に広がる光景を見て、サナーレは思わず驚きの声を上げる。
その声に答えるイクスラも、普段の飄々とした雰囲気はそのままながら、その言葉の中には驚きとも感嘆とも取れるニュアンスが感じられる。
それだけ目の前の光景は、信じがたく、普段の常識では考えられなかったものだ。
何しろ、今まで誰も成し得なかったティアン川に、大きな橋が架けられているからだ。
イクスラが居城にしているブルームストーン城の川沿いから、相手側の居城マティソン城の正面に渡されている橋は、アルフレッドの指示によって地の精霊王ティーエラが生み出したものだ。
大きめの馬車が六台並んで進めるほどの広い幅を持ったレンガ風のアーチ状の橋梁は、まったくの歪みもたわみもなく、緩やかな曲線を描きながら向こう岸に届いている。
その幅も、長さも高さもレドナ大陸史上類を見ない橋には、橋脚が無く、水量の多いティアン川の流れや水圧に影響されないように考慮された造りになっている。
「さすがに、これだけの橋になると圧倒的ですね」
「そうだな。アタイでも度肝を抜かれるんだから、相手はたまったもんじゃないだろうな」
超巨大建造物と言って差し支えない橋を見ながら驚嘆の声を上げるサナーレに、同意をして、イクスラは対岸にある城塞都市に目を向ける。
対岸にあるセラム側の城塞都市マディソンは、今頃大騒ぎのはずだと、イクスラはほくそ笑む。
マディソンが今まで何百年と無敵を誇ってきたのは、目の前に広がるティアン川があればこそだ。
船で攻め寄せれば、“魔獣”の襲撃や矢などで妨害し、それならばと橋を渡そうとすれば、逆に船を出してその作業を妨害する。
川の水を何重にも造った堀の中に引き込み、川と共にあり、川と共に生活を営み、川と共に育って来た城塞都市マティソン。
そのマティソンとしては、目の前にいきなり橋を作られれば、街に住む者達は、戦々恐々となり混乱に陥る事は間違いないだろう。
川に護られればこそのマティソン。と考えている者は、住人だけではなく、マティソンの一族の中にもあり、そのアイデンティティが失われた事は大きい。
長くマティソンを護って来た一族としても、相手の国と地続きになったのは今回が初めてのはずだ。
橋ができると同時に、わざわざその橋すべてを使うかのような豪華で盛大な、まるで祭りのような使節団を送り込み、降伏の使者を送っている。
使節に同行したヴィルドの報告を聞けば、相手が混乱しているのは間違いない。
戦うか、それとも、降伏するか。
今頃城内は、その事で紛糾しているだろう。
最も、イクスラは、マティソンの一族は降伏してくれるのではないかと考えている。
降伏の使者は、サナーレの手の者であり、降伏と言うよりも第一の王位継承者の正統な跡継ぎであるサナーレが、父親を殺したモンスールを打倒する戦いの協力者を求める体を取っている。
だからこそ、ヴィルドがメインではなく使節団の付き添いと言う形を取っていたのだから。
元々、サナーレの父親のモントロール派であったと言われているマティソンなら、協力してくれる可能性も高い。
ただ、城主であるレデス・フォング・マティソンは、一本芯の通った人物として知られている。
その事を考えれば、素直に単なる降伏と言う風にはならないかもしれない。
そんな簡単に付き従う相手をころころ変えるような者なら、数百年に渡って要衝を守り通す事はできないだろう。
地形的にも、外周からセラムの王都を目指すより、ティアン川を越え、そのまま南下する方が他の道より距離が短く、要害も少なく楽になる。
そうなっているのも、すべてはマティソンの一族に対するセラム王族の信頼故だ。
しかし、だからと言って、同じセラム王族のサナーレの誘いに簡単に乗ってくるだろうなどと言うのは、希望的観測過ぎるかもしれない。
王都に続く北からの近道を任されていると言う事は、それだけ王家からの信頼が厚く、逆にマティソン側も忠誠心も高いと言う事になる。
ただ、それでも、イクスラ自らがバエン軍を率いて戦うより、サナーレが寄せ集めのセラム軍とグラゾフの友軍を率いて当たる方が犠牲は少ないだろうと考えられる。
もろもろの情報を重ねて検討した結果、イクスラの判断としては、ある程度の戦闘は起きるだろうが、おおむねサナーレ側に付いてくれるのではないかと考えている。
今はのん気に橋の袂で、大型建造物であるにもかかわらず、わずか二日で出来たばかりの橋を眺めているサナーレであるが、その内面は非常に疲弊している。
セラム兵の生き残りが集まってくるに従って、サナーレに従う兵は増えていっているが、それを取りまとめるのに四苦八苦しているからだ。
ヴィルドの推薦を受けて入れたダルカルとゴスター二人だが、思いの外サナーレとの相性が悪く、うまくかみ合わない。
グラゾフから来たツラガネ、クラビラ親子がサナーレの代わりに兵の指揮を肩代わりしてくれるようになったので少しは楽になっている。
しかし、それは逆に、グラゾフから派兵されて来た兵士と元セラムの兵との確執が生まれ、分断の危機が生まれることになる。
サナーレ自身もその事を自覚していて、両者の間に立って話し合いを続けている。
さすがに、ルシア教の司祭を獲得しただけあって、相手の気持ちを汲み、それを引き出す話術は巧みであって、話し合いを続ける事で徐々に不満を解消しつつはある。
ただ、ゴスターはともかく、ダルカルとは会話すらうまく行っていない。
兵を指揮する能力に限らず、すべての面において高い能力を示すダルカルだが、イクスラが考えていた通り、性格に難がある。
元々、人付き合いに難があり、他人との間に壁を作る不遜な性格で、認めていない相手は身分に囚われず見下す傾向にある。
それは相手が王族であっても同じであり、グラゾフ派兵の際、自分より身分が上の指揮官を激しく面罵した事は、イクスラの耳にも届いている。
その性格のせいで、殿を押し付けられたのであろう事は容易に想像できる。
しかし、その性格を差し引いても、ダルカルの能力は輝くものがあり、外すには惜しい。
見捨てられるように強制的に任された殿で、グラゾフ軍の追撃をかわし、受けきった事を考えれば、それだけでもダルカルの能力は高い事は証明されている。
そんなダルカルが協力してくれれば、サナーレも楽になるのは間違いない。
相手と衝突する事が多いダルカルだが、なぜか部下になった者の面倒見はよく、部下からの受けは非常にいい。
相手が誰であろうと、配下の者を傷つけた者には容赦しない親分肌のダルカルであるため、その配下に入った者達は、命がけでその心意気に答える事が多い。
その部下達との絆の強さが、ダルカルの個としての強さだけではなく、軍の強さにも現れている。
だからこそ、ダルカルの部隊は、屈指の強さを堅持しているのだ。
いざとなれば、自分が何か忠告するか。と、イクスラは思考をめぐらせる。
サナーレに対する嫌がらせかと思われた、イクスラの元へ戻ると言う言葉ではあったが、どうやら、ダルカルのイクスラに対する忠誠心は本物のようで、普段は他人に対してとげがある物言いをするダルカルも、イクスラにはそれがない。
イクスラの元に戻りたいと言うのも、どうやら本当の気持ちのようで、それがサナーレの指示に従う事に抵抗を感じる事にもなっているようだ。
「・・・橋渡しねぇ」
ダルカルに指示を出して、サナーレとの関係に橋渡しをする。
サナーレはサナーレで、自分の力でグラゾフ軍とセラム軍との橋渡しをする必要がある。
目の前にかかる大きな橋を見て、思わずそんな言葉が浮かんだイクスラは、苦笑を浮かべる。
「は?何でしょうか?」
思わず、こぼしたイクスラの言葉を聞きとがめ、サナーレが首を傾げる。
「何でもねぇよ。気晴らしが出来たんなら、戻るぜ」
ありえない迫力のある光景を見て、気落ちしていたサナーレの雰囲気が上がったのを見たイクスラは、笑みを浮かべると自分より高い位置にある相手の肩を叩き、橋の袂から連れ立って離れた。




