087 転勤
「そうか。うまく釣れたのか。さすがイクスラ様だね」
報告に来てくれた中級の風の精霊から話を聞いたシルフィールが伝えてくれた情報を受け、レヴェルは話を聞いただけで成功を収めたイクスラの実力と運を褒め称える。
「ヴァダーニに任せれば、一網打尽でしたわよ?」
「いやいや、それじゃありがたみが無いでしょ。人はありがたみがあればこそ、他人に感謝し、分かち合えるんだから。
神は貴し、神を頼まず。だよ」
水の大精霊であるヴァダーニに任せれば、そんな“魔獣”を手に入れるのは簡単だと言うシルフィールに、ソファに座ったティアの肩をもみながらレヴェルは答える。
「それはそうかもしれませんが」
「何かな?」
「なぜ、ティア様の肩を揉んでますの?」
「それはもちろん、日頃の感謝を込めてのお礼ですよ」
木目の美しい背の低いテーブルを挟んでソファに座っているティアが、うっとりとした表情でレヴェルの施術を受けているのを見て、シルフィールは尋ねる。
首をかしげているシルフィールの質問に、レヴェルは簡潔に答えながら、緩く適度な圧をくわえ、姉とも思い敬っているティアの肩から背中にかけて刺激していく。
「日頃の感謝と言われるなら、私も揉んでもらう権利がありま・・・いえ、何でもありませんわ」
ソファに座ったティアの肩にソファの背中越しに手を延ばしているレヴェルに、自分にも権利があるとアピールしようとしたシルフィールだが、正面からの強い視線を受けると視線をそらす。
「まぁまぁ、ティア。シルフィールが頑張って役に立ってくれているのは間違いないんだから」
「そうね。マスターがいいならやってあげて」
よほどきつい視線だったのか、完全に横を向いてしまったシルフィールの姿を見て、レヴェルがまぁまぁとティアをなだめる。
至福の時間を邪魔されそうになって気分を害したティアも、レヴェルになだめられると鷹揚に頷く。
「それにしても、よく釣り方を知っていましたわね」
「古い書物に書かれててね。古きを温め、新きを知る。先進的な知識や技術だけがいい物ってわけじゃないんだよね」
ティアからの視線が普通に戻って安心したのか、正面を向き直ったシルフィールの疑問に、レヴェルは答える。
急にアリスに呼び出されたかと思えば、姉のイクスラとの通信するように命じられ、“ゴールデンホース”の捕らえ方を尋ねられた。
サラディーナが開発したとされる通信機は、良好な通話を可能にしていて、通話がいきなり切れるようなことも無く会話が出来た。
アリスの部下であるレヴェルは、どうやらイクスラには物知り博士として認識されているようで、“ゴールデンホース”の生態から趣向や捕らえられた記録まで聞かれ、久々に仕事の以外で知識をフル活用した。
そのおかげか、イクスラが無事に“魔獣”を釣り上げる事ができたらしい。
まだ、イクスラの方からは連絡は来ていないが、シルフィールのいつもの連絡網から話は聞いた。
無事に病気の親子の下に届けられたようで、知識を披露したレヴェルとしても役に立ててよかったと思える。
「しかし、そうなると、アルフレッドは可哀想だな」
「どういう事?」
美しい緩やかなウェーブのかかった黒い髪を生やしたティアの頭をもみながら、レヴェルは思い当たった事を口にする。
「いや、多分だけど、サナーレ様という旗印を手に入れた以上、セラムとの戦いはこれから激化する。
それならおそらく、イクスラ様はティアン川に橋をかける事を考える。
そうなると、ティーエラの力を借りられるアルフレッドは借り出されるだろう。と思ってね」
頭を揉まれながらのため、震える声を出しながらのティアの質問に、レヴェルは思いついた事を口にする。
「あら。せっかくラブラブになったのに、残念ね」
「ラブラブって、ティア様。その表現はどうなのです?」
レヴェルの予想になるほどと納得したティアの表現に、シルフィールは思わず、突っ込みを入れる。
最近、アルフレッドとリーヴェが付き合いだしたのを、レヴェル達は知っている。
シルフィールの風の精霊達の情報網を誤魔化せるはずもないが、それ以上に二人の関係が親密になっているのは端から見ていても分かる。
前々から育ちや感性の違いからか、言い合いが多かった両者だが、最近は言い合いの他にも会話が多くなり、二人はこっそりしているつもりかもしれなかったが、夜中にお互いの部屋を行き来しているようだったし、視線を交し合う機会が多い。
戦術を組み立てるリーヴェと、ティーエラの力を借り受け戦術に大きく寄与するアルフレッドの二人は、顔をつき合わせる機会が他の者より多かった。
二人だけで会っている際に、酒が入り、そのまま酒の勢いで男女の関係へと進展した。
元々は、家の関係もありレヴェルを狙っていたリーヴェだが、まったく進展の無さから半ばあきらめていたところ、アルフレッドと夜を共にする事になり、そのまま目標を切り替えた。
確かに、大地の大精霊と協力できる人物はまれであり、その能力があれば、実家の商家の役にも立つ。
大精霊と関係を結べる者は、ほとんどいない。
そんな相手と関係を結べれれば、他人には無い大きなアドバンテージになる。
父親とも密かに連絡を取り、その許可を得たリーヴェはアルフレッドと他の者には内緒で婚姻を結んだ。
二人は機会を狙って発表する気でいるようだが、もうほとんどの者は知っている。
気付いていないのは、コストアとの国境線に出向いているホルストやサウスマギアぐらいのもので、城の中で二人に接触する機会がある者は、ほとんど気付いている。
それでも、二人が言い出すまではと、気付いていない風をするようにとアリスから秘密の指示が出ている。
だから、二人以外の者は、生暖かく二人を見守っているのだ。
そんな付き合い始めの二人が別れ別れになるのは、かわいそうだなとレヴェルは考え、精霊の二人もその意見に同意する。
「レヴェルさんは、誰かとお付き合いしませんの?」
「いやぁ、俺はいらないな。面倒臭いし、何より仕事の邪魔だしね」
「そうそう。マスターは一人でも心配要らないわ。私が死ぬまで面倒見てあげるから」
「お。それはありがたいね」
「・・・それはどうですの?」
レヴェルの施術を受けてすっきりしたのか、伸びをしながら面倒を見るというティアの言葉に、シルフィールはさすがに眉をしかめる。
いくら大精霊の長とは言え、一人の人間の人生を縛ってもいいものかと疑問に思ったのだ。
「いいのよ。マスターが好きなように生きれば。マスターが相手を作るならそれでもいいし、作らないなら作らないで、その時は私が面倒を見てあげると言う事よ」
「ティアには、ほんと感謝しかないね」
「まぁ、お二人がそれでいいならよろしいですけど」
ソファから立ち上がるティアに手を貸しているレヴェルを見て、仲のいい姉弟のような二人の関係に、シルフィールは口にする言葉が見付からず、何か言うのを諦める。
元々、シルフィール自身もレヴェルとの友好な関係を潰すつもりはないし、ティアの怒りを買うつもりも無い。
そもそもレヴェルの側にティアがいる以上、ティアに気に入られる者で無ければならないし、その関係を秘密に出来る者でなければならない。
そうなると、生半可な相手では問題がある。
「先生。アリス様が御呼びですよ」
その時、部屋の扉がノックされ、赤い髪の少女が入って来る。
「レイラ君。先生ではなく、レヴェルさんと呼んで欲しいといつも言ってるだろ?」
「え。でも、色々教えてもらってますし、レヴェルさんは色々な意味で先生ですので」
入って来たレイラの呼ぶ敬称に不満の声を上げるレヴェルだが、不満を口にされた方は笑顔で拒否する。
「レイラさんも明るくなりましたわね」
「そうね。マスターの面倒見がよかったのね」
幼少の頃から苦労の連続で暗い表情の多かったレイラだったが、最近では笑顔を見せる事が多くなり、レヴェルによく懐いている。
「先生。新しい棚を作ったんです。前回よりよく出来てますから、また見て感想を教えてください」
「ほう。それは興味深いね。まぁ、とりあえず、アリス様のところへ行ってからにしよう」
近頃ではレヴェルの指導を仰ぎながら、木工にはまり、仕事の合間に棚を作り続けている。
はじめは傾いていた棚だったが、最近はしっかりとした棚になり飾り付けまでできるようになって、アリスの城のあちこちで使用されている。
そんな棚作りにはまってから、レイラは今までよりも明るくなり、アリスの部下達からも受け入れられている。
今の彼女を見れば、腕利きの暗殺者であったとは誰も気付かないだろう。
「レイラさんなら、レヴェルさんの相手にふさわしいのでは?」
「どうかしら?。マスターは、妹としてしか見てないように思うけど」
部屋を出て行く二人の姿を見送りながら、ふと、レイラが自分が考えていた条件に当てはまる相手ではないかと思いついたシルフィールだったが、ティアは首をひねる。
ティア自身もレイラの事は嫌っていないので、レヴェルがそうだと思えばそれでいいのだが、肝心なレヴェル自身はそう思っていない節がある。
自分を姉として、レイラは妹。
そう考えている節がマスターから感じ取れるうちは、特に言う事は無い。と言うのが、ティアのスタンスだった。
「そうですわね。・・・あ」
そんなティアの様子を見ながら、紅茶を一口含んだところで、シルフィールは自分がまだレヴェルから施術を受けていないこと思い出した。




