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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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086 イクスラ


「はっはっは。驚いてもらえたんなら、アタイは満足だね」


「・・・イクスラ様には驚かされっぱなしですよ」


 隣で闊達に笑うイクスラに、サナーレは苦笑いを浮かべて返す。


 “ゴールデンホース”の姿を見た後から、サナーレは驚きの連続だった。


 黄金の鱗を持つ巨大な鯉のような“魔獣”が釣り上げられると、サナーレの周りの景色が一変する。


 とは言っても、景色すべてが魔法のように変わったわけではない。


 周りの岩だと思っていたものが、いきなり立ち上がり、

“ゴールデンホース”に襲い掛かったのだ。


 全体的に、四角い印象を持った分厚い胸板と太い腕をしたずんぐりとした土気色した巨大な岩のような体格。


 バエンが誇るゴーレム兵。


 アリスとサラスはあまり好んで使わないが、イクスラやクスハのように自分の魔力に自信がある者は好んで使う。


 何しろゴーレム兵は、ゴーレム兵を司る核さえあれば、何度でも魔力を込めて使えるのだ。


 人手が少ないバエン王国としては、これ以上に無い画期的な発明であり、農村や鉱山に限らず強力は兵器としても扱える。


 しかし、便利な分欠点もあり、ある一定以上の魔力が要求され、魔力の低いバエン国民では扱える者が少ない。


 現在は、サラディーナ率いるバエン開発省が魔力が少ないゴーレムの開発を続けており、その弱点は改善されつつあるが、それでも扱える者が少ないのは代わらない。


 そんなゴーレム兵三体がいきなり現れたかと思えば、釣り上げた“ゴールデンホース”に挑みがかり、取り押さえた。


 暴れる十メートル以上の怪物魚に挑む、三メートルほどの巨躯を誇る三体のゴーレム。


 まるで怪獣大決戦のような光景に、唖然としていたサナーレの前で編み笠を被った相手は、その時はイクスラと知らなかったが、竿を持っていない左手を挙げ、魔力を解放する。


 すると、イクスラの魔法に反応するようにゴーレム達がそれぞれ青、赤、黄の三色の輝きに包まれ、その動きが力強く、素早くなる。


 動きを変えたゴーレム達は、圧倒的な力で“ゴールデンホース”を殴り倒し、引き倒し、地面に押さえつけ、その動きを束縛し、イクスラが荷物から出したロープで拘束する。


 始めて見る“ゴールデンホース”に驚き、さらに、その場でうずくまっていたゴーレムに気付かされて驚き、ゴーレムの動きに驚かされ、騒ぎを聞きつけてすっ飛んで来た部下達の言葉にサナーレは驚かされた。

  

「何やってるんですかッ!!」


「イクスラ様ッ!!」


 二十人ほどの兵士を引き連れて現れた、丸坊主のゴーレムのように太くたくましい大柄な体付きをした同じ顔をした男二人の言葉に、さらにサナーレは驚かされる。


 その時になって初めてサナーレは、目の前の小汚い格好をした相手が、この地域を支配する軍団長であるイクスラだと知らされたのだ。


「おお。ドラとゴラ。見ろよ。釣り上げてやったぜ」


 しかし、当の本人であるイクスラは、周りの騒ぎなど気にした様子も無く、ゴーレムにロープで引き上げられた“ゴールデンホース”を指差す。


「釣り上げたじゃッ!!」


「ありませんッ!!」


「また勝手にッ!!」


「一人でッ!!」


「出歩かないとッ!!」


「約束されたッ!!」


「でしょうッ!!」   


「ウハハハッ。相変わらず、おもしれぇな。お前達は」


 オーグル族なのか、青い肌の額に二本の角を持つ男ドラと赤い肌で額に角一本を持つゴラが、毛が一本も無い丸坊主の頭に青筋を浮かべて代わる代わる怒鳴るが、当の本人であるイクスラは笑って受け流す。


「ほらよ。街で待っている奴らがいるんだろ?さっさと運んで配ってやんな」


「う」


「しかた」


「「ないですな」」


 同じ顔で、怒るタイミングも息ぴったりの二人だが、別に双子でもない親戚でもない、赤の他人同士のドラとゴラに、“ゴールデンホース”を街へ運ぶようにイクスラは指示する。


 その指示に、ムムッとうなりながらイクスラの言葉に従うと、ドラとゴラは兵士に指示を出し、“ゴールデンホース”を運ばせる。


「よし。迎えも来たことだし、城に行くか。サナーレ。歓迎するぜ?」


 その、あまりの展開の素早さについていけず、呆然としていたサナーレに笑うとイクスラは、付いてくるように指をクイクイ動かし、自分の私室に自ら案内する。


「・・・今、思い出しても恥ずかしいですよ」


 そして、今は、二人で執務室のソファに座り、雑談をしながらワインを片手に親交を深めている。


「へっへ。白髪に褐色の美人のエルフ。それでスタイルもいいって話だ。

 そんな美人がそこら辺にいるわけねぇからな。クスハ姉に聞いてた通りだったから分かりやすかったぜ」


 こちらは相手に気付かず、相手は自分が誰か知っていたとなれば、それはそれで恥ずかしい。


 しかも、あの時は驚きの連続で、ずいぶん間の抜けた顔をしていたはずだ。


 その顔をイクスラに見られていたとなれば、生真面目で普段余り表情を崩さないサナーレからすれば、かなり辱められたのは間違いない。


「クスハ姉の話より、ずいぶん可愛らしいな。堅物で融通が効かないって聞いてたんだけどな」


 サナーレの前にグラスに、赤く芳醇な香りのするセラム産のワインを注ぎながら、イクスラは笑う。


 ワインを注がれたサナーレは、恥ずかしさに頬を赤くしながら、表情を硬くして見せる。


 シルヴィアやクスハや他の者とも違う、どうにも癖の強い相手にサナーレとしては対応が取りにくい。


 ただ、不思議な事にあまり怒りを感じない。


 からかい慣れてないサナーレからすると、怒っても良さそうなものだが、不思議と怒りと言う感情よりは、仕方ない人だと、苦笑いを浮かべる程度の対応になってしまう。


「まぁまぁ、そう怒りなさんな」


 そんなサナーレの肩をポンポンと叩きながら、すぐ真横に座るイクスラは、一緒に腰掛けているソファの上で足を組む。


「しかし、太っ腹ですね。“ゴールデンホース”をそのまま街の住人に振舞うなんて」


 なぜか、正面のソファではなく、真横に座って肌を寄せて来るイクスラから話をそらすために、サナーレは釣り上げた“魔獣”の話を振る。


 イクスラは釣り上げた“ゴールデンホース”を、ドラとゴラの二人に任せ、街の住人に与えた。


「ありゃぁ、そもそも病気の子供の親に頼まれてたんだ。

 あいつの肝は病気に効くからな。だから、肝が必要だったんだよ。

 それ以外は別に必要ねぇからな。それなら、後は欲しい奴にやりゃぁいいんだよ」  


 ドラとゴラの二人に聞いたところによると、イクスラが仕事の合間に部下達の目を盗んで街をぶらついている時に、病気の子供を抱えた親に出会い、その子供を助ける事を約束したらしい。


 ルシア教の高位の司祭なら治せるかもしれないが、新しく出来たばかりの街にはそんな高位な者は存在しない。


 だから、イクスラは“ゴールデンホース”を釣り上げる事を決め、その準備に力を入れ、さらに情報を集め、今回の行動に繋がった。


「住民の事を考えているのは、為政者として重要な事ですね」


「住民の事を考えているかといやぁ、そりゃぁ違うな」


「え?」


 街の者の事を考えている行動を見習うべきだと考えていたサナーレの思考を、当のイクスラが否定する。


「子供は成長すりゃぁ、兵士になる。住民に気前よく振舞うのは人気取りだな。

 そうして、住民に人気がありゃ、その評判で周囲から人が集まる。

 人が集まりゃ、経済が回る。

 結局は、回りまわって、アタイのためになるのさ」


「な、なるほど」


 何でもないという風に答えるイクスラに、そういうものなのかとサナーレは考え込む。 


 王族とは言っても最年少で政務に携わる事も無く、留学先では歴史と宗教学を専攻していたため、軍を率いる知識も、政治に携わる事も学んだ覚えもない。


 ただ、武芸の腕だけは、人を抜きん出ていたため、一人で戦う力だけは誰よりもある。


「物事を発展的に考えられなきゃ、一軍を率いるのは難しいぜ?」


「やはり、難しいですよね」


「そりゃ、簡単じゃないさ」


 自分のグラスに入ったワインを飲み干し、次を注ぎながらイクスラは、ケッケと笑う。


「犠牲者を出さないのが一番だが、そう言う訳にはいかねぇ。

 犠牲を出さない努力もするが、どうせ死じまうなら気持ちよく死んでもらいてぇ。

 死んでも残された家族は安心だ。この人の下なら死んでも悔いはねぇ。

 どうせ死ぬなら、こっちも気持ちよく、悔いなく死なせてやりてぇ。

 無駄死になんて絶対にさせられねぇ。

 だから、アタイも気を使うし、アタイの為なら死んでも惜しくねぇって、思わせるように努力してんのさ」


 歌を歌うかのようにワイングラスを掲げながらのイクスラの言葉に、サナーレは考える。


「だから、あんたも復讐ばかり考えてないで、ちゃんと兵士の事を考えるようにしな。

 そうしないと、復讐もままならないぜ?」


 難しい顔で考え込んでいるサナーレに、イクスラは楽しそうに笑う。


「もし、ですが?」


「あん?」


 言われた事を考えながら、サナーレはふと思いついた事を尋ねる。


「もし、仮にイクスラ様の家族が誰かに殺されたなら、どうしますか?」


 ただ、疑問に思った事をサナーレは口にする。


 グラゾフでクスハと別れる時にも、聞いた質問。


 同じ姉妹でもずいぶん考え方が違うように感じた二人の違いを確認してみたくなったと言うのもある。


「決まってんだろ?」


 聞かれたイクスラは、サナーレの言葉に大して考える風もなく事も無げに答える。 

 

「やった奴は、皆殺しだ」


「なるほど」


 一瞬だけこちらに視線を向けて、にやりと笑うとイクスラを見て、サナーレは言い方は違うが同じ答えを出した二人に、やはり姉妹だと思い、今度は特に驚かなかった。


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