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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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085 川沿いにて


「反対側から見る事になるとは、感慨深いものだな」


 ティアン川のほとりまで来たサナーレは、目を細めて目の前に広がる光景を見る。


 広い川幅と荒々しい濁流を誇るティアン川をサナーレが見る場合、グラゾフ王国を南北に分ける雄大な山々の集合体、ベタルタ山地を背にしている。


 しかし、今はそのベタルタ山地を背中に、ティアン川越しにセラム王国のムラタニ大草原を見ている。


 アニアトに留学する際にも、ティアン川の南を通り、メラーノ王国を通って向った。


 ティアン川を北側から、じっくり見るのはサナーレにとって初めての出来事だったのだ。


 しばらく、雄大で広大なティアン川を、そのほとりに立って眺めていたサナーレだったが、ふと、視界の端に座り込んでいる人の姿を見る。


 編み笠をかぶり、ボロボロの川色に合わせたような黄土色の大きなマントで身を包んで、体型もわからず、年齢も性別も分からない相手は、川に釣り糸をたれたまま赤褐色の岩の上に座り込んでいる。


 それを見たサナーレは、その姿に違和感を覚える。


 普通の川なら、釣りをするのも不思議ではないだろう。


 ティアン川は、“魔獣”が出る事で有名であり、その端で釣りをする事は普通の者にとっては、崖の上から下に向って飛び降りるのと同じくらい危険な事だ。


 釣りをしているどころか、漁をしている者でも“魔獣”達を寄せ付けない魔香をたいていなければ、“魔獣”達に食われる可能性がある。


 運の悪い者なら、たとえ魔香をたいていたとしても喰われる者がいるくらいだ。


 大きな岩の上に座っているからと言って、“魔獣”に襲われないとは限らない。


「もし、そこのあなた」


「あん?」


 一人で危険な川に向って釣り糸を垂れている相手が気になったサナーレは、大小さまざまな石や岩や砂が山積している道なき道を進んで声をかける。


「アタイに何かようかい?」


「!?ッ」


 振り返った赤い瞳に見つめられたサナーレは、思わず息を呑む。


 相手の瞳の中に宿る、燃えあがるような熱く激しく力強い情熱の炎を幻視し、サナーレは声をかけた姿で動きを止めてしまう。


「まぁ、暇なら座んなよ。今日はいい天気さ」


 動きを止めたサナーレを見て、にやりと笑うと、赤い瞳の相手は、後ろに置いてあった荷物をあさり、その中から乾燥した草を編んだ敷物を取り出して置き、自分の隣の岩肌をポンポンと叩く。


「危険ではないのですか?」


「危険か、危険かじゃないかと聞かれたら危険さ」


 相手に誘われたままに、丸く丁寧に編まれた敷物の上に膝を崩して座った平服姿のサナーレは、釣り糸の方に視線を戻した相手に尋ねる。


 しかし、草を編んだ編み笠をかぶっている相手は、ニヤニヤ笑いながら、それでも視線は竿の方に向けたまま質問に答える。


「それに、ここはイクスラ様のお膝元。そんな場所で釣りをするなんて問題になるのでは?」


 儀礼や挨拶などではルシア教の司祭として青いローブを身にまとうサナーレだが、普段は地味な麻のシャツとズボンと言う取り合わせだ。


 旅の間は、この上に日よけのマントを羽織る。


 そんな地味な格好のサナーレが、ティアン川のそばまで来ているのは、クスハに指示され、バエンの三女、イクスラ・フォン・マクトハルトに会いに来ているからだ。


「イクスラ様は、心の広い方だからな。釣りするくらい大丈夫さ」


「・・・なるほど」


 笑いながら、竿を動かす相手の軽い調子の言葉に、サナーレはそういうものかと納得する。 


 確かに、相手の返事はサナーレが耳にしたイクスラの評判と合致する。


 細かい事には拘らず、あけすけで面倒見がいい。


 街を作る際にも、住民に混じって街づくりに参加し、部下達に連れ戻される光景を何度も見た住人もいた。


 城下町に取った宿で店の主人に聞いた時には、そんな事があるのかと不思議に思ったが、自分も王族から離れて神殿に自分の意思で籍を置いている身としては、サナーレとしても親近感を覚える。


 現状、グラゾフとセラムの国境線の責任者は、グラゾフ王国側ではなく、バエン王国側のイクスラになる。


 セラム王国の北部の領土にまで食い込み、グラゾフ、バエン、そして、メラーノとの国境線を接している。


 セラム、メラーノと接している長い防衛線を支えていると言えば、イクスラのすごさが分かる。


 そんなイクスラを尋ねて来たのは、セラムへと出撃する手助けをしてもらうためだ。


 バエンとメラーノが不可侵条約を結んでいるため、表立ってバエン王国はサナーレ達のセラム内戦には力を貸さない。


 ただ、バエンと同盟国であり、セラム王国に南部を攻められ敵対しているグラゾフ王国は、サナーレの支援をして積極的に介入する。


 バエンとグラゾフは同盟国。セラムとメラーノは条約を結んでいるが、グラゾフは関係ない。


 メラーノが表面上はセラム東部に攻め込んでいる体裁を保ち、裏でモンスールに協力している以上、バエン上層部の決断としては手を出さないと決めた。


 ただ、何の関係も無いグラゾフは、積極的に介入してセラムの内輪もめに力を貸す。


 これからは、サナーレ・グラゾフ(バエン)同盟VSモンスール・(メラーノ)と言う図式を作り出す。


 サナーレはその盟主として、兵を率いる事になる。


 セラムの北部を押さえているイクスラの元で、先の戦いで降伏したセラム王国の貴族達から兵を抽出させ、その兵を義勇兵としてサナーレが率いる。


 クスハからの指示がイクスラに届き、その準備にあたってくれていると言う話になっている。


 そのためサナーレは、イクスラの居城であるブルームストーン城までリョウカと共に来ているのだ。


 アリスの部下のアルフレッドがこの城を造った時には、川のほとりに大きな城しかなかったが、グラゾフ南部とセラム北部、バエンとアニアト西部を繋ぐ商業路になると、イクスラが音頭をとって街を開発し、いまや多くの人々が行きかう重要拠点となり、急速な発展を遂げている。


 多くの商店や露天が並ぶ光景に興奮したリョウカを残して、サナーレだけが川の光景を見にやって来たのだ。


「そう言えば、何が釣れるんですか?」


 普段からルシア教の司祭として努めているため、丁寧な口調を心がけているサナーレだが、相手の堂々としたどの人物とも違う威風に押されたのか、ことさら丁寧な口調になる。


「何が釣れると思う?」


 しかし、相手はサナーレが緊張しているのに気付いているのかいないのか、ニヤニヤ笑いながら質問を返してくる。


「なんでしょう?川魚や亀、川えびですか?」


「“ゴールデンホース”だよ」


「え?」

 

 まさか“魔獣”ではないだろうと、ありきたな物をあげたサナーレに、相手はにやりと笑うと、ありえない名前を挙げる。


「え、あれは、“魔獣”ですが?」


「そうさ。あれの肝は、万病に効くからな。アタイが釣り上げて病人に配るのさ」


 驚くサナーレの顔を見て、してやったりの顔をした相手はその理由を口にする。


 “ゴールデンホース”はその名の通り、黄金の馬。と言うわけではない。


 たしかに外見は黄金色だが、顔の形が馬のように面長であるだけで、その概要は魚である。


 ただ、その体長は数十メートルにわたり、金の鱗は幾多の武器を弾き、口から吐き出される水は鎧を打ち抜き、その上魔法まで使ってくる。


 非常に危険な“魔獣”であり、ティアン川の中では最凶の部類に分類されるものだ。


 普通の者では、相手をする事もできない。


 ただ、幸いな事に数は少なく、川の底にいるため、出会う事は少なく、また、出会ったとしても何もしなければ、相手から攻撃される事もない。


 しかし、その肝は万病を癒し、その血は活力を生み、その鱗は鎧となり、その硬い骨は武器となり、その身は美味であり、狙う者も多くいる。


 が、“魔獣”の強さ故に成功する者は多くない。


 その幾多の挑戦者を退け、腕利きの漁師ですら避ける“魔獣”を釣り上げようとする相手は、何者なのか?


 普通に考えれば、単なる愚か者であろうと思われるが、相手の雰囲気を見れば、そうは考えらず、なんて事無くできてしまいそうな印象を受ける。


「お。来たぞ、来たぞ」


 相手から感じるやれると言う自信に、あっけに取られているサナーレの目の前で、竿が大きくしなる。


「まぁ、見てな」


 驚きの表情のまま座り込むサナーレに、笑って見せると編み笠を被った相手は立ち上がり、さほど力を込めた様子も無く、その竿を引き上げる。


 引き上げられた竿は、川面から糸を引き出し、その先には日の光に照らされた黄金の鱗が輝きを見せた。  

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