081 策謀習い
「ハッ」
ガィィンッと、硬く重い金属同士を打ち合わせた音が宿屋の中庭に響く。
打ち合わせているのは、二人の女。
かたや円月刀を構えた、夜の闇でも輝く金の髪に金の瞳を持った龍人の少女。
その相手を務めているのは、斧槍を構えた夜の闇に溶け込む褐色の肌に白銀の長い髪を束ねたエルフの女性。
「オウリャァッ!!」
他の泊り客がいないのをいい事に、周囲を威圧する気合の声を上げながら龍人の少女、リョウカが円月刀を振り下ろす。
その振り下ろされた円月刀を弾き返したエルフの女、サナーレはお返しとばかりに、斧槍の槍の部分で付き返す。
「ムゥッ!!」
サナーレが突き出した斧槍を、リョウカは円月刀で受け流しながら手首を返し、斧槍を弾き飛ばそうとする。
剣などと違い、槍や棍などの長物の武器はその長い柄の部分を回旋させる事によって、相手の武器を巻き込み引っ掛け、吹き飛ばしたり、叩き落したりする事が出来る。
技術が無ければ、ただ長い本体を振り回したり叩き付けるしかないが、しっかりとした技術が身に付いていれば、長柄の部分を回転させるだけでも、相手を押さえつける事もできるのだ。
そのリョウカの回旋を、サナーレも逆に手首を返して受け止め、手の中から滑り落ちそうになる斧槍を掴みなおして、足を踏みしめ、跳ね上げる。
「なんとぉっ」
弾き飛ばそうとするつもりが、逆に跳ね飛ばされたリョウカだったが、前を向いたまま飛び上がると、弾き飛ばされた円月刀を空中で掴み取り、斧槍を構えて踏み込んで来たサナーレを牽制する。
「ふっ」
牽制のために突き出された円月刀を、サナーレの斧槍が弾く。
「ハッ」
しかし、弾かれた勢いをそのまま利用してその場で回転するとリョウカは、袈裟懸けに円月刀を斬り付ける。
「うっ」
「勝負ありね」
斬り付けられた円月刀を斧槍を斜めにして受け流すと、サナーレは体を半回転させて、リョウカの首元に斧の刃先を当てる。
戦場でなら首を取られているリョウカは、一声うめくと無念そうに円月刀を下ろす。
そのリョウカの様子に、ふぅっと大きく息をつくとサナーレも斧槍を下ろす。
「お二人とも見事なものですね」
そこへ、右足を引きずりながらアンフェルが現れ、二人の舞のような見事な打ち合いに敬意を表して拍手を送る。
中庭に続く宿の出入り口から現れたアンフェルの声がかかると同時に、模擬戦を終えた二人はお互いの健闘をたたえ始める。
「いやぁ、やっぱりすごいき。姐さんの腕にはほとほと感心するちや。
ウチもそれなりに自信があったがやけど」
袖なしの麻の短衣に、膝丈のズボンと言うスタイルで惜しげもなく健康的な白い肌と金の鱗に覆われた肌をさらしながら、首元にかけたタオルで汗を拭う疲労の見えないリョウカに、サナーレは苦笑いを浮かべる。
「私でもまだまだよ。あなたが目標にしているアリス様は私の四倍は強いらしいわよ」
リョウカとは対照的に、茶の長袖、長ズボンと言う神官らしい慎み深い服装で露出の少ない格好のサナーレは、かつて、アニアトの学園でクスハに聞いた話を思い出し、それを目の前の少女に説明する。
両手に長さの違う槍を持ち、両手の槍を自在に操るアリスは、並みの腕では太刀打ちできず、バエンの演習では一万の兵と対等に渡り合ったと言う話をサナーレは聞いた。
「ほへぇ。たまげるがちがうき。そりゃぁ、もう人やないがやないが」
「私が聞いた話だと、グラゾフの王都攻略戦では、城壁に刺さった矢を足場に登ったとか。
戦場で名を残す英雄とは、常人の意識では計り知れない相手なのでしょうね」
「う~ん。ウチも気合入れてやらにゃぁいかんねぇ」
サナーレの話を補足するように伝え聞いた戦歴を足してきたアンフェルの言葉に、リョウカは気合を入れるように円月刀を素振りする。
「しかし、本当にアンフェルの言う通りね」
タートルの町にたどり着き、普通に宿を取ったサナーレ達は今のところ襲撃者に襲われることも無く、普通の旅人として宿での時間を過ごせている。
サナーレ自身はタートルの街に入らず、野宿をして襲撃者をやり過ごすつもりでいたのだが、
「おそらく町での襲撃は無いでしょう。
サナーレさんの行動を先読みすれば、サゴンの港からグラゾフを目指すのはすぐわかります。
街道での襲撃はともかく、町を支配する貴族がいる場所で、派手な争いとなれば、貴族の反感を買います。
恐らく相手が普通にものを考えられる者達なら、本格的に襲うならサナーレさんがサゴンの港町に着いてからでしょう。
支配権がまだ確定していない王弟派ですから、小さい貴族ならともかく、大きな貴族の支配地域では無理はしないでしょう」
と言うアドバイスを受け、今までの強行軍で酷使して来た体を癒すために、タートルの町の宿で休む事を決めたのだ。
確かに中継都市タートル周辺を治めている貴族は、王兄派でもなく、王弟派でもない中立を保って来ている。
まだ王弟派が完全に勝利したとはいえない状況では、行動を起こさなかった貴族なら慎重に行動するだろうと言うのが、アンフェルの意見だった。
宿へ入るまでは、自分が住んでいた神殿町のようになるのではないかと戦々恐々としていたサナーレだったが、英気を養うための二日目の逗留となると、アンフェルの指摘が正しかった事を知る。
「私の推察が役に立ってよかったですよ。何しろ、サナーレさんには、傷を癒してもらった借りもありますしね」
感心するサナーレに対し、アンフェルは自分の顔を仮面の上から指で叩く。
ルシアの信徒として治癒の力が使えるサナーレは、アンフェルの治療を申し出て、その火傷の痕を癒した。
サナーレとしては、完全に癒したかったのだが、いまだ修行不足であるためか、完全に癒す事はできなかった。
それでもアンフェルの体を蝕んでいた火傷の痕は大幅に軽減し、体の痛みは治まり、皮膚の引きつりも少なくなった。
その事でアンフェルはサナーレに感謝し、旅の間の助力を申し出てくれたのだ。
それが、タートルの町での滞在であり、無事グラゾフに着いた時に必要になるであろう交渉のための草稿作りを手伝って貰っている。
そういう交渉事が苦手なサナーレとしては、色々とアイディアを抱えているアンフェルの話は、非常に勉強になり学ぶ事も多い。
「アンフェルがそのまま来てくれれば、心強いのだけど」
「その言葉は嬉しいのですが、サナーレさん達の旅に付き合うのは、私の体だと少々厳しいので」
持ってきてくれた草稿の内容に目を通しながらため息をつくサナーレに、楽になったとはいえ、いまだ引きずっている古傷残る足をアンフェルは軽く叩く。
「ウチがずっと背負って行ってもええがで?」
「・・・その申し出も魅力的ではありますが」
歩くのが早くなったとは言え、いまだ動くのに不自由なアンフェルに、リョウカは自分が背負っていく事を提案する。
しかし、少し悩んだ後、アンフェルは首を横に振り、リョウカの提案を断る。
これからサナーレの道筋が戦いに彩られている事を考えれば、動きの遅いアンフェルは足手まといになる。
移動するだけなら背負ってもらえれば助かるが、急に戦闘が起これば、いちいちリョウカに下ろしてもらっている時間が大きなロスになる。
それらもろもろを考えれば、アンフェルは共に来るべきではない。
その事を理解しているサナーレは、惜しいと思いながらも、泣く泣くアンフェルと別れる事を選んだのだ。
「そろそろ部屋に入らんかえ?冷えてきたき、お風呂でも入って汗を流したいちや」
「そうね。そうしましょう」
夜ともなると、やはり冷えて来る。
盛大に模擬戦を繰りひろげただけに、サナーレもリョウカもだいぶ汗をかいている。
体がなまらないための模擬戦をして体を冷やしたせいで体調を崩したら、目も当てられない。
アンフェルから預かった草稿をまとめると、サナーレはリョウカの提案を受け入れ、風呂の後に草稿の打ち合わせをする事にした。




