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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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078 襲撃


 大きな騒ぎと何かが破壊される物音が聞こえ、サナーレは目を覚ます。


 何かあった時のために、麻のシャツとズボンと言う普段着でいつも寝ているサナーレは、ルシア教の司祭を示す青いローブを着ると部屋から飛び出す。


 ルシア教徒を示すローブは黒から始まり、女神ルシアに認められるたびに、ローブの色が薄くなり、最高司祭ともなると白いローブとなる。


 治癒の力が使えるようになったサナーレは、司祭の位を賜り、青いローブを身に着けている。 


 治癒の力を使える者は少なく、事故や獣に襲われ、怪我をした者がたびたび深夜でも担ぎ込まれて来る神殿にいれば、治癒の力を使える者は、いつでも有事に備えておかなければならない。


 その心構えを常に持っているサナーレは、いつでも対応できるように準備している。


 しかし、今回の騒ぎはいつも対応してきた状況とは違う様子であり、サナーレは警戒を強めながら神殿の寮から神殿の敷地に出る。


「こ、これはッ!!


 用心しながら、それでも急いで生活の場である神殿の寮を飛び出したサナーレが見た物は、夜空を赤々と照らし出す業火に焼き尽くされる町並みだった。


「サナーレ様ッ!!」


「クラレ殿」


 燃える町並みを見て呆然としていたサナーレの元に、神官の意を示す紺のローブを着た男が、石積みの壁で囲われた神殿の敷地内に血相を変えて走りこんで来る。  


「火災が起きているなら、すぐに消火活動を」


 神殿が街の一番奥にあり、少し高い丘の上に建てられた神殿に向って伸びる道を中心に作られた町並みは、ちょうど門前町のような造りである。


 そのため、奥まっていて、さらに石造りの寮は音が響きにくく、町の音が聞こえにくい。

 

 きな臭いにおいは感じていたものの、さすがに町全域に火の手が広がっているなどとは考えなかったサナーレは、慌てて神官の男に指示を出そうとする。


 火の手が上がっている町の方から走って来たため、神官の男が上位者である自分に指示を貰いに来たのだとサナーレは考えたのだ。


「違います。ただの火災では、グハッ!!」


「クラレ殿ッ!!」


 走りこんで来た男の背や肩に、町の方から飛んで来た複数の矢が刺さるのを見て、サナーレは驚く。


 そして、その男が知り合いだと気付くと、サナーレは倒れた男に駆け寄る。


 同じ頃に神殿に入り、年はずいぶん相手の方が上だったが、同じ入信者としてクラレとは親しくしていた。


 治癒の能力の発現はサナーレの方が早く、司祭になったのはサナーレの方が早かったが、それでも人が良く朗らかなクラレは、年下の自分を祝福してくれ、友人として付き合ってくれている。 

 

 その年の離れた友人と言うべきクラレの肩や背に矢が刺さり、目の前で倒れた。


 その姿を見たサナーレは、その傷を癒すべく、倒れたクラレに近寄り、体を抱き上げる。


「くッ」


 しかし、さらに大量に矢が放たれた風きり音を耳にしたサナーレは、自分の周りに飛んで来る矢は素手で払い落とし、クラレの体を担ぎ上げて安全な神殿の中に戻る。


 膂力は群を抜き、アニアトの学生時代から飛び抜け、先輩であるクスハからは、レドナ大陸でも五指に入ると評価されたサナーレからすれば、大の男一人肩に担ぎ上げるなど造作も無い。


 まして、クラレは痩せていて、並の男もよりも細い。


 セラム王国の根幹を成すエルフ族の中でも、特に体が細い事から兵士になる事を諦め、神殿に入信した男だ。


 そんな軽い男を担ぎ上げて走るなど、サナーレにとっては訓練にもならない。


「クラレ殿。しっかり」


 神殿の扉を閉め、矢を引き抜くとサナーレは、自分が仕える女神ルシアに祈りを捧げ、その傷を癒す力を発動させようとする。


「お、お待ちください。姫」


「姫?クラレ殿。貴方は?」


 治癒の力を発動させようとした右手を掴み、その行為をやめさせようとするクラレに、サナーレは訝しげな声をあげ、目を細める。


 自分がセラムの姫である事は、誰にも打ち明けていない秘め事である。


 それを知る相手が何者なのか?


 秘密を抱えるサナーレでなくても、警戒するだろう。


「私は、貴方様のお父上、モントロール様から姫様をお守りするように指示されています」


「私を?父上が?」


 痛みが響くのか、時々顔をしかめながらのクラレの言葉に、サナーレは警戒しながらも驚く。


 セラム王国の王太子であるモントロールは、サナーレの父親になる。


 しかし、サナーレはアニアト王国の留学から帰ってからは、王家の一族からは離脱し、ルシア教の中で生きる決意を固め、親子の縁も切っている。


 ルシア教の神殿に入り、セラム王国におけるルシア教の歴史をまとめる。


 アニアトで培った知識や経験を生かし、サナーレはルシア教の歴史編纂に力を注ぎ、それを自分の命題として生きていくつもりだった。


 平凡な能力しか持っていないにもかかわらず、身の程を弁えず、叔父であるモンスールと王太子の座を争い、長きに渡っていがみ合っている父親が、サナーレは好きではなかった。


 誰が見ても才覚に劣る父親が、すべての面において勝る叔父に勝てる見込みはない。


 誰かの上に立とうとか、誰かを押しのけてまで何かを手に入れようという野心を持たないサナーレは、王になろうと言う父親の気持ちが理解できない。 


 そんな父親を見限り、親兄弟と縁を切り、サナーレは静かで平穏で争いの無い生活を求め、神殿に入ったのだ。


「モントロール様は、万が一の時、サナーレ様に危害が及ばないように我々を遣わせていたのです」


「父上が何故?」


「それは、もちろん、サナーレ様を」


 心配していた。と、言葉を続けようとしたのか、そこでクラレはえづき、数度、血を吐く。


「クラレ殿。すぐ回復を」


「いえ、姫様。回復をすれば、姫様の力が損なわれます。私を助けるより、お力を蓄え、この場からお逃げください」


 治癒の力を使おうとするサナーレを、クラレが再び静止する。


 祈りを捧げ、回復する力をルシアから借り受ける。


 それには、少なからず、魔力と体力を消費し、疲労を覚える事もある。


 神官としてその事を知っているクラレは、サナーレが余分な体力を使わずに、この場から撤退する事を望んでいるのだろう。


「しかし」


「お父上である、モントロール様はモンスール様に討たれました。

 他のご兄弟様も討たれたとか。

 モントロール様の血統は、もはや、サナーレ様のみ。

 姫様はお早くこの場から去り、ご家族の敵を」


「だが」


 家族の敵と言われても、サナーレにはそんなつもりはない。


 家族と言われても、末の娘であるサナーレには、他の兄弟との付き合いも無ければ、ほとんど顔を会わせる事も無い父親に尊敬や敬意も愛情も無い。


 出世欲も野心も無いサナーレからすれば、王位などというものに固執し、我が身の非才を省みずに身を滅ぼした愚か者としか思えない。


「・・・だが」


「姫様ッ!!」


 咳き込むクラレの傷を癒すと、サナーレは立ち上がり、側に立てかけてあったハルバードを手に取る。


 そして、神殿の外に出て、燃えている町並みを見る。


 自分の家族には、残念ながら興味はない。


 しかし、ここには多くの親しく付き合っていた人々がいた。


 賑やかに町を駆け回る子供、商店で声を張り上げる威勢のいい店主達、噂話に花を咲かせる奥様達、巡回して平和に貢献していた神官達。


 そのすべての人々の関係は、サナーレにとって大きなものだった。


 そして、それは今燃えている。


 怒号や悲鳴を上げながら、炎の中に飲み込まれている。


 その責任が、すべて自分にあるのだ。


 自分がここに来なければ、失われる事はないものだ。

  

 自分の父親が王位継承者ではなく、そして、無意味に王位を求めなければ、こんな事は起きず、失われる事もなかったものだ。


 サナーレは、そう考え、歯軋りする。


 怒りに体を震わせながら、歯をきしませながら、強く一歩踏み込んだサナーレは、向って来た兵士を切り捨てる。


 町の始末を着けたのか、少しづつ、ボロボロの鎧を身に着けた兵士達が神殿の前に集まりつつある。


 その中に、サナーレは飛び込み、ハルバードを振るう。


 ハルバードは、槍と斧を組み合わせた武器だ。


 斧の歯の部分で兵士を腕を切り飛ばし、槍の部分で兵士の体を貫き、柄の部分で兵士達を跳ね飛ばす。


「ルシア様よ。ご照覧あれ。私の責任によって失われたものは、私の責任において、晴らせて見せます」


 山賊でも装っているのか、バラバラの格好をしておきながら、統率の取れた動きを見せて群がって来る兵士達を、サナーレは強い決意を持って撫で切り始めた。

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