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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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008 覚悟


「そうですか。やはり、うまく行きませんでしたか」


 エマと分かれた後、ストラスに呼び出しを受けたレヴェルは、サーキーンを説得できなかった旨を伝えられ、当然だろうと言う雰囲気で頷く。


「わかっていたようだな」


「それはもう。王様の性格は把握しておりますので」


 苦虫を噛み潰したような厳しい表情で、デスクに座るストラスを前に立ったまま、レヴェルは慇懃に礼をしてみせる。


 剛毅な性格で知られるサーキーンは、剣に重きを置く武人であり、あまり頭の切れる人物ではない。


 その上、猜疑心が強く、独善的な人間だ。 


 元々、プレタダ、ナステト、タナケダ、ガストルは、グラリア王国が四つに別れたものだ。


 グラリア王国の正統なる後継者を自認するサーキーンは四ヶ国をまとめ、グラリア王国の復活をもくろんでいる。


 その戦いの中で、サーキーンはガストル王国のビーバッフ王には、一度も勝っていない。


 そこにガストル王の娘をストラスの元に嫁がせるなどと言う方策は、下手に出た弱腰の方策だと、サーキーンなら考えるだろう。


「それで、私が呼び出しを受けましたか?」


「・・・お前の言うとおりだ」


 息子にガストル王国の風下に立つような方策を吹き込んだのは誰だ。と言う事になれば、ストラスはレヴェルの名を出さないわけには行かない。


 怒り心頭のサーキーンなら、レヴェルの首を刎ねる可能性も高い。


 実際、怒りに任せて切られた貴族や近習も多いのだ。


「しかし、お前が行く必要は無い。私が必ず、父を説得してガストルとの同盟をまとめてみせる」


「いえ。それは不可能でしょう」


 強い口調で意気込みを語るストラスに、レヴェルは首を振ってみせる。


 最初に提出した百年の大計は、相手がストラスである事を前提に方針を述べさせてもらっている。


 レヴェルとしては、はなからサーキーンを相手にしていない。

 

 自分を雇ったのが、ストラスだからこそ、ストラスの天下取りの方法を述べたまでで、サーキーンが相手なら、また別のそれにあった方針を述べるだろう。


 最も、自分のやり方を押し通すサーキーン相手にどれだけの献策ができるかわからないが。


 サーキーンの参謀を務めていた実弟、ホールトンが在命の内は他人の意見に耳を貸していたそうだが、最も頼りにする弟が病死して以降は、自分の殻に篭り、さらに考えを押し通すようになった。


 信頼していると口では言っている息子の言う事も聞かない人物に、どのような献策をしたところで無駄だろう。


「ストラス様が覚悟を決めるか、私が覚悟を決めるかです」


 自分の決意をふいにされ、やや渋面をしたストラスにレヴェルは珍しく強い視線を向ける。


「覚悟とは?」


 押し黙ったストラスに変わり、副官であるライルが代わりに尋ねて来る。


「サーキーン様を退位させ、ストラス様が王位に就かれる事でしょう」


「・・・」


「その覚悟を決められないのなら、私が死ぬしか無いでしょう」

   

 二人が黙ってしまったのを、レヴェルも黙って見守る。


 もし、ストラスが、レヴェルが提出した百年の大計を最後まで見ているなら、もう覚悟が決まっているはずだ。


 最後の章には、ストラスにいかにしてサーキーンを退位させ、プレタダ王国を建て直し、周辺諸国に対抗させるかを書いておいた。


 ここで返事をしないという事は、覚悟が決まっていないか、提出した物を最後まで見ていないのだろう。


 他人の悪意に敏感になり、自我の暴走を止められなくなった君主など、どんな歴史書を紐解いても、最期は悲惨なものだ。


 それを穏便に済ませる方法を記し、覚悟を促したのにもかかわらず、それをせずに、直接交渉に向ったストラスには、レヴェルは失望する。


 元々、レヴェルはシャロンのようにストラスに忠誠を誓っているわけではない。


 神官長に恩義を感じ、トゥーエの期待に答え、ストラスに受けた借りを返すために仕えているに過ぎない。


 神殿で書物の番人をしているだけでよかったレヴェルを、参謀までにしたのはストラスである。

 

 参謀にされた以上は、その職務に忠実たらんと作成したのが百年の大計になる。


 それを生かせてもらえないとなるなら、レヴェルは職を辞するしかない。


 サーキーンの元に引き出されるなら、その場に出て、首を刎ねられる覚悟も決めてある。


 そうでなければ、命をかけて仕事を全うすることはできない。


 しかし、ストラスには、そこまでの覚悟を読み取る力が無かったようだ。


 ストラスの評価としては、平時ならいい君主になれるだろうが、戦乱の世では君主としては物足りないと言う評価を下している。


 自分の評価通りだった事に、内心、ため息をつきながらレヴェルは、ストラスには見切りを付ける。


 元々、司書官にしてくれると言う約束で王都まで来たのにも関わらず、行動の自由は与えられたものの、完全に約束が果たされたとはいえない。


 こちらは不平は口にしながらも、与えられた職務は十分にこなしている。


 現王を倒し、王座を乗っ取るぐらいでなければ、大陸統一を狙うサラディーナの侵攻や、周りの国からの攻撃から国を護る事はできない。


 このままではガストル王国や、コストア王国にすら勝てないまま。プレタダ王国は無くなるだろう。


「しかし、やはり、王を排斥し、その座を乗っ取るのは風聞が良くないのでは?

 父親でもあるわけだから」


「ハイデル様は、セルファティーの故事を知らないと見える」


 黙ってしまったストラスを擁護しようとしたライルに向ってレヴェルは、普段の気の抜けたような表情を険しくして、かつて暴虐の王を打倒し、傾いていた国を立て直した賢王の名前を挙げる。


「何のための国政か。民のためか、己のためか。国を滅ぼしかねない政策を推し進める者を止めなくてどうするか。国を保つのは争いにあらず。優れた内政と、周囲を安定させる外交。

 この国には、そのどちらも無い。どちらも無ければ、早急に改めなければならない。

 そうしなければ、この国は滅ぶッ!!」


 今まで無気力な姿勢を貫き、ひょうひょうとした態度を改めたレヴェルの迫力に、ストラスもライルも意表をつかれ、目を丸くして気をされる。


「でも、まぁ、いいでしょう。国破れて山河有り。たとえ、国が無くなっても、風景は変わりませんし、民達も特に困る事は無いでしょう。

 このまま旧体制然とした支配より、統治者が変わった方が、民のためかもしれません。

 では、失礼します」


 急に元のように無気力に戻ったレヴェルは、二人に頭を下げると、くるりと向きを変えて、部屋を出て行こうとする。


「ど、どこに行く?」


 部屋を出て行こうとするレヴェルに、いまだ唖然としたままのストラスが、かすれた、ようやく搾り出したといような声で尋ねる。


 自分ごときに気圧されるストラスに、内心ため息をつきながらレヴェルは、それをおくびにも出さず振り返る。


「王に呼ばれて行かないのは、不敬でしょう」


 ストラスに笑って見せるとレヴェルは、驚愕の表情を浮かべる二人を残して、王の間に向かって歩き始めた。


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